300のお題シリーズ
お題『 マルボロ 』
タバコの自販機の前、俺は立ったまま落胆していた。
というのも、別に仕事を今日限りで辞めなければならなかったからでも、またまた行っていた大学で単位が足りずに進級できなかったからでも、さらには数ヶ月前に彼女に逃げられて、さらにはそいつが大親友だった奴の彼女におさまったからでもない。 …いや、正直に言おう。俺は世界を恨んでいると言っても良い。 この世は平等だというが、一体何が平等なのだろうか? 今まで人生の中でとびきり幸福なことを味わわず、さらにはこの仕打ちだ。まったく、神様とやらがいたら殴ってやりたい気分だ。 …まあ、もっとも、神さんがいたところで、俺みたいな人間には会っちゃくれないだろうが、ね。 とことん、欝だった。 さらには。 タバコを買う金すらないことが、最早どうしようもないくらいに、悲しかった。 自分自身に腹が立つが、どこに気を向けて良いやらも分からない。 何かを食べて忘れてしまいたいのだが、生憎、その金すらもない。 何せ、タバコを買う金すらないのだから。 ため息をつく。そのまま俺は自販機の下に座り込んだ。 誇りっぽい夜風が俺の頬に当たり、ちょっとむせた。 ごつんと、まるで自販機に頭突きをするように頭を乗せる。頭の上がぼーっと発行してるみたいに光っていた。 頭の後ろで動く、かすかなファンの音。そして、見上げた空は曇っていた。 …普通、ここで満天の星空、だろ? と悪態ついたところで変わらない。というか、こんな都会の真ん中で、満天の星空などは見る事は到底適わないのだが。 せめて、月だけでも出てて欲しかった。 空を見上げて思う。曇ってる空。今にも崩れそう空。 ――はっ、そうか、お前も俺と一緒なのか? 黒い、暗黒、ダークなイメージが俺の心の中にはあった。それは恨みであり、妬みであり、さらには悲しみだった。 そりゃ、小さい頃は親とかに育ててもらって楽しい思いをした。 でも、年を重ねるにつれて言葉が増え、いらない知識が増え、そして親を貶すようになり、見下すようになった。そして、反発するかのように大学に入り上京し、今に至るわけだ。 まったく、自分は要らないものを沢山背負いすぎていると思う。 無駄な知識、無駄な言葉、無駄なお金に、無駄な反感。その考えは、まさに俺という人間は無駄なのではないのかと思わせる。 ――死のうかなぁ… 取りとめも泣く思う。自分なんて生きていても仕方ないのではないか? と自問自答する。 泣いてくれるのは両親と、あと一人の兄くらいだろういか? いや、それはない。両親は出来た兄貴ばっかり見てて、俺の事は疎ましがっていた節がある。それに、アニキは今や人気絶頂の芸能人。 すんでる世界が、違いすぎる。 夜空は曇っている。金もない。さらには、彼女も、仕事もない。 これ以上に、下の世界はあるのだろうか? あたりの人間はまるで忙しいみたいに毎日何かに縛られて動いているし、それは一向に変わる気配がない。 俺みたいな男が、自販機の前で腹空かしていても、誰も手を差し伸べてはくれない。 このまま餓死したって、他人事ってわけだろう。 弱者にかける手はない。と、世の中がそう言っているような気がした。 厳しい世の中だ。まったく、厳しい世の中だ。 こんなことなら、縄文時代とか、弥生時代が良かった気がする。あの頃は確かに生活は苦しかったが、逆にそのせいで結束は強かった。 運命共同体っていうか、そういうの。 今の世の中、てかこの国は、生きるってことが簡単になっちまって、一人でも歩いていけると思われてるんだろうな。 だから、俺みたいなオチコボレに差し伸べる気持ちは無いってことだろうな。 ―――あーあ、俺ってマジで生きてる価値あんのかなぁ? …? 「なぁに死んでんだよ、おい」 目の前、一人の男が現れる。 ――誰だ? 「おーい、見えっか? お、目開けた」 目の前には一人の男。その男が俺を見てにこやかに笑った。 自販機の光に照らされて、男は少し酔っているのだということが分かった。顔が、微妙に赤い。 「何してんだよ、お前」 ――なんだっていいだろ。放っておいてくれ。 「む? 何だ、この手は。振り払おうとしてるには弱い力だな? っっと!」 ぐいっっと、手を引っ張られる。その途端、頭が自販機から離れ、世界は回った。 「ををを。…お前、少しは力入れろよ…重かったぞ…」 男は俺を立たせた反動でちょっとよろける。酒が回ってるだけあって、男の力は微々たるモノだった。 …が、立っていた。俺は、立たされた。見事に、腕を引っ張ってもらって。 地面が高い。今まで背にしていた自販機の光が、俺の照らす。夜空には、霞掛かっているものの月が出ていた。 夜風が、俺の頬を薙ぐ。すうっと、気持ちが良い風。 そのことが、俺に死ぬなと言っている気がした。 ――…ったく、しゃーねーなぁ… 面倒くさいが、まだ生きてやるよ。
「サンキュ、助かったよ」 俺は、目の前の男に礼を言った。 |