300のお題シリーズ

お題『 釣りをする人 』

暑い、それも今日はこの夏一番の暑さらしいが、流石にこれは暑い。

ボクは、目の前のかすむ景色を見ながら、空を見上げかけて、止めた。

日光が、もう燦々と照り付けているために、とても空を見上げる事は出来ない。今見上げたら、自分の目玉が目玉焼きになること間違いなしだ。

それにしても。

暑い。とにかく暑い。

ボクは座っている石の上からあたりを見渡し、もっと涼しいような場所を探した。

川辺。川原というほど広くない、川辺。それも、山の中腹にあるためにひどく、ボクが住んでいる町のクリークとは比べ物にならないくらい、いやむしろ比べるのが失礼なくらい、澄んでいる。

川の中を泳ぐ魚が見える。それだけで、ボクの心は躍りだしていた。

夏休み。ボクは、一人旅を決意した。

といっても、親には行き先を告げてあるし、家から愛用のマウンテンバイク―誕生日にお父さんから買ってもらったものだ。もう、かれこれ3年は使っているのに壊れない、自慢のマウンテンバイクだ―をこぎ、山を登った。

良いポイントを探す。というか、どこが良いのかを定める。ここあたりは釣りの聖地みたいな場所で、どこでも魚がいるし、どこでもつれる。つまり、場所を探すというより、選ぶといったほうが適切なのだ。

勿論、この厳しいご時世に川で勝手に釣りをしては本来はお金を支払わなければいけないのだけれど、そんなものこそっとやれば大丈夫だ。

それに、ボクの場合は殺すわけじゃない。キャッチアンドリリースが基本だ。

だから、ボクはここで釣りをしても、別に怒られることじゃないのだ。

それにそても、暑い。座っている石が、まるで日にくべられた鉄板のように熱くなる。あたりでは陽炎が見えるし、もう目の前の川に思いっきり飛び込みたい衝動がボクをじわじわと侵食している。

ボクは、耐えられなくなって立ち上がった。釣りの糸を川からあげようと、リールを巻く………。

が、糸は何かにひっかかったみたいで、取れない。

魚がかかったわけではなさそうだ。

チャンスだった。

うむ…とボクは思案した後、もう我慢しきれずに、飛び込んだ。

一瞬、宙を舞い、そして着水。

巻き上がる飛沫。それは、もう最高に気持ちよかった。

冷たい水。体全身に張り付いてくる服。外気とは違い、川の中はまるで冷蔵庫の中みたいに冷たかった。

一瞬、息が出来なくなるが、一瞬でなれる。

さて。

ボクは手に持った釣り糸をたどり、ルアーが引っかかっていると思われる茂みに、ざぶざぶと近づいてゆく。

その間、足の裏に詰めたい感触。ぬるぬるする感触が伝わってくる。気持ち悪い。

が、その感覚も新鮮な感覚だった。考え方を変えれば、クッションの上を歩いているみたいで気持ち良い。それに、別になんてことはない。ゴミの上を歩くよりマシだ。

ボクらの住んでいる街の川は、こんなことしたら、匂いが一週間は取れないだろう。

やっとのことで目的の茂みまで到達する。そこで、糸を引っ張ってみて、ルアーを見つける。

…あった。

やっぱり、想像していた通り、草の根っこに引っかかっていたらしい。

ボクは丁寧に、まるで赤ちゃんを扱うように、ルアーを根っこからはずしてやると、それを片手に持ち、来た場所に戻ろうとする。

また、ざぶざぶと、腰まで漬かりながら、引き返す。

時々、とがった石があり、足の裏が痛い。

絡み付いてくる藻みたいな草。ぬるぬるとする感触。気持ち悪い。

外から見た川とは裏腹に、ひどく不快感を覚える。

早くあがろうとする。だが、川の流れが逆流で、上手く戻れない。

手が塞がっている為に上手く泳げないし。下手すると流されてしまう。

困った。

非常に困った。

変な意味で、遭難しているみたいだ。

これから、段々水嵩はあがるだろうか? そうすると、ボクはもう二度と、向こう岸へは戻れないだろう。

一瞬、自分が死んだ姿が思い浮かべられた。ボクは、泣きそうになった。

先ほどまでとは打って変わり、水は、まるでボクからエネルギーを奪っていく。

徐々に、徐々に、体温が失われていく。

まるでボクを動けなくしているみたいに。

川は、実は怪物なのかもしれない。この川は、ボクを殺そうとしているのかもしれない。

そう思うと恐ろしくなってきた。

ゆっくりと、一歩を踏み出す。その度に絡み付いてくる藻。気持ち悪い感触。失われる体温。

それでも、ボクは、ゆっくりと、向こう岸へと歩いてゆく。

…。

そして、たどり着いた。

手はもう微妙に白くなってきていたし、足には感触が無かった。

手はルアーを握り締めていたため、ちょっと血も出ていた。

ボクは泣きそうになった。

そのまま、ボクは今まで釣りをしていた岩の上にのぼる。

そうすると、どうだろう。

途端、岩がボクの失われた体温を返してくれる。

太陽が、濡れたボクを乾かしてくれる。

ボクはもう一度、太陽を見上げようとして、やめた。やっぱり、太陽には勝てないらしい。

全身ずぶぬれで、何をしようも無かったので、それに濡れていたし、ボクは石の上に寝ころがって身体を乾かすことにした。

せせらぎの音…たまに、魚が跳ねる音。水の匂い、それは森の匂いと交じり合ってとても良い気分になる。

太陽の暖かい光線、そして暖かい石。

ボクは寝ころがったまま、来て良かったなと、漠然と思った。
 あはは、実経験。