300のお題シリーズ
お題『 ポラロイドカメラ 』
まるで、魔法だった。
今まで、普通のカメラしか知らなかった私にとって、ソレはまさに魔法の道具だった。 いつも思っていた。自分が撮った写真、または撮られた写真をすぐに見らたらいいのに、と。 小さい頃から写真は好きだった。 写真は嘘をつかないし、なによりも本物の景色をこえる美しさがあると思っていた。 実際の景色は、人間全員共通にある五感で感じることができるが、感じ方それそのものは一人一人異なる。だから、私は自分の撮った写真は、自分だけが見ることにしている。 自分自身が感じたあの感動は、自分にしかわからない。そして何よりそのときの楽しい思いなどが写真には詰まっていて、それを感じれるのはほかならぬ私だけだからだ。 だから、写真は、私にとって実際の景色よりも大切なものなのだ。何ていったって、気持ちまで思い出せて楽しくなってくるから。 音楽とか映像だって、そりゃあすごいと思うけど、でも、思い出に適うものなんて何も無いのだ。 そんな、写真好きの私は、小さい頃、何と誕生日のプレゼントに写真機を欲しがるほどだったのだ。そして、何を思ったか親も、私に高価なカメラを買い与えた。 結果、1週間たたずに壊してしまった。まだ、10枚も満足に写真を撮っていない時だった。 悲しかった。虚しかった。何より、自分自身が一番悲しくて、そして腹立たしかった。 少し成長し、私は自力でバイトをしてカメラを買った。あんまり高価じゃなかったけど、その分思い入れは過去のカメラより上だった。 そして、いくらか時間がたって私はソレと出会った。 私はいつも現像を待つのが待ち遠しかった。でも、自分の家に暗室を作るほど余裕が無かったし、そんなに家は広くなかった。さらには、現像するためには色々なものが必要で、かなり頻繁に写真を撮る私にとってそれは決して安くなかった。 だから、ソレは魔法の道具だったのだ。 私は、すぐにソレを欲しがった。自分のものを友達に売ったり、あとはお年玉を溜めたお金なので、すぐにソレを購入したのを覚えている。 嬉しかった。普通のカメラに比べて、数倍写真を撮ることが好きになった。 そしてその頃、ソレで撮った写真が、初めてコンクールに入賞し、私は最高に嬉しかった。 また、入賞しようと思った。自分が撮った写真が、他人の人に認められるのはすごい嬉しいことだったし、私の名前の上に”最年少”という肩書きが付くのも自慢だった。 それから、私は前に比べて多くの写真を撮った。 絶えずシャッターチャンスを探しては歩き回り、そして少しでも良い写真を、と様々な機材を買った。 就職もしていたが、それよりも私は写真に夢中だった。 そして、幾度と無く賞に入選したのだ。 その頃、丁度デジカメが発売され、私でも手軽に手に入るくらいの値段になってきていた。 コレは買うべき! と、私は給料をすぐさま銀行から卸し、デジカメを買った。 すぐ写真が見れることに関しては、ソレを大きく性能として上待っていた。それに、ズーム機能なども優れているために今までに比べ、多くのシーンを撮ることが出来た。 私は嬉しくなって、さらに写真を撮り始めた。買ったばっかりのPCは、あっという間に私の写真だらけになった。 携帯電話でも写真が撮れるようになり、私は今までにまして写真を撮った。 そんなある日。 私が結婚し、引越しのために荷物の整理をしていたとき、私はアレを久しぶりに見つけた。 それは埃被っており、もう動く事は無いだろう。 ためにし、レンズから覗いてみるが、傷だらけのレンズで、しかも視点がボヤけて見え難かった。 ――デジカメが、やっぱり良いわよね。 だが、私は、いつまでたっても、その手に持ったソレを離せなかった。 写真と、同じだった。 ソレに出会ったときの感動。そして、それを使って初めて入選した小さなコンクール。 そしてそのコンクールで感じた思いと、そして嬉しさ。 そういった、”感情の奔流のような何か”が私に流れ込んできた。 直接心に訴えるような。 オーケストラで言えば、バスのような。心臓の鼓動のように力強く、そして大きい。 映像で言うなら、無論クライマックスの、あの感動。それも、登場人物になって体感しているようなリアリティ。 私は、泣いていた。 あれから、私は多くの賞をとったし、多くの写真を撮ってきた。 それでも、それでも。 私は、何も撮っていなかったのだと、気づいたからだ。 ソレは、私の宝物だった。 私にとっては魔法の道具だった、ソレ。 私に多くの感動を与えてくれたソレは、今や、静かに物置の後ろの後ろで眠っているだけだったのだ。 コレは、私を見ていたのだろうか? ソレをレジで購入した私を? そのときの、希望に満ちた私を? ソレを毎日使いまわして、写真を撮っていた私を? 入選し、感動して涙していた私を? そして、今、コレを手に取っている私を…?
私は”写真”を撮りたかったのか、それとも”思い出”を撮りたかったのか。
そんな大切なことを、私は忘れていたのだ。 私はただ、ソレを手の中で握ったまま、涙していた。 |