300のお題シリーズ

お題『 かみなり(雷) 』

あー、うん、うん、ちゃんと聞いてるって。で、何の話だっけ?

 

「……」

俺は、目の前の状況がうまく飲み込めずに、いた。いや、そもそも、この状況をどう理解しろというのだろう。いや、無理だ。俺には無理だ。受け入れることはできても、考えることなんてできない。

というか、何でこんなことになったのか、本当に心底知りたい。てか、俺が何かしましたか、神様!!

「…で、どうする。早く、決めろ」

目の前には少女。うん、紛れも無く少女。それも、クラスメイト。うん、クラスメイト。クラスの中で、いやいや少なくとも、今まで会ってきた人間の中では一番の性格破綻者にして、完全美形。

まさに、『恋人にしたくないヒロインNo1』の座を、押し売りされてなおかつその座をキープ…ならぬ防衛し続けているチャンピョンこと、柏桔梗さん。皆普通に『キキョウ』とか、『キョンキョン』と愛らしい名前で呼んではいるものの、本人は実際あまり気に入っていないことをよく知っている。

「ったく、優柔不断。決めてろって?」

そんな少女が暗闇の中、蝋燭を持って、俺の目の前に立っている姿は、何がなんだか分からない。

…いや、落ち着け、俺。今は何をしている? 決まっている、肝試しだ。俺らが通う私立 共学社は、この季節、何故か知らないけど長崎のある場所で合宿をするのだ。それも、1週間も。

うむうむ、それで、何故このような事態になったのだ? いくらなんでも今までの人生で、俺は暗闇の中から蝋燭を持った桔梗からこんな風に罵られるほどひどいことをしたとは思えない。

いや、そもそも、何故ここに桔梗がいる? …あ、思い出した。そうだ。俺らのクラスは男女が奇数だから、うまく班分け出来なかったんだった。何でか知らないが、物好きの委員長が2人1組で肝試しやるとか言い出して。

んで、運悪く…いや、確率的に言えば運良く(?)俺と、またまたこっちも運良くそのあぶれ組みになった桔梗とはめでたくペアとなり、スタートしたんだった。んで、何故か俺らは最終組で。

その途中に、いきなりの落雷で、あたりの電気が全部消えちまったわけだが。

「おい、あんた、マジでびびってんの?」

うわ、男顔負けの口の悪さでにらんでくる、恋人にしたくないヒロインNo1。

「いや、ちょっと、記憶が混乱していてね」

「分けわかんないこと言わないで」

一蹴された。

「…ともかく、戻ろう。さっきの落雷で、照明灯まで全部消えてるし。先生達だって、俺達を確認したがってるだろうし」

「逃げるの?」

「戦術的撤退と言って欲しいね」

「…わかったわ、従う」

? あれれ? 予想外の反応。いつもなら、

『負け犬。あんた、どーせ怖くなったんでしょ?』

って煽ってくると思ったのに。

「何よ。私が”この負け犬!”とか罵るとでも思った?」

はい、その通りです。英語で答えるなら Of Course か?

「いや。とにかく、今は戻ろう。肝試しどころじゃ…」

―www―www――www

落雷再びというほどの、衝撃を伴った雷が、俺の言葉を打ち消した。

「きゃっ……」

「ん? どうした、柏。転んだのか?」

見ると横の柏は床にへたりこんでいた。蝋燭だけ何とか持っているらしく、その手もひどく弱弱しい。

「…な、なんでもない。それより、戻るにも、どっちに行けばいいのかわからなくない?」

立ち上がる桔梗。まったく、気丈だね。

でも、柏が言うのも一理ある。さっきまで俺達は”照明灯”を目安にここまできたのだ。残念ながら、帰る方向はわかっていても、正確にたどり着けるかどうかは怪しい。

俺は、自然に柏の手から蝋燭を奪う。その持つ部分は、何故か汗で濡れていた。

「…まあ、全ての道は繋がってるだろう」

「阿呆。ホテルの道は分岐するんだよ」

最もだった。

「でも、とにかく歩いていこう。向かうだけして…」

―WWW―WWW――WWW

再び。

「っっっ……!!」

また硬く目を瞑り、何かを堪えるようにしている桔梗。

どうやら、相当らしいな。

てか、さっきの振動は俺も驚いたぞ…。心臓が早鐘の如く鳴っている。血が体を駆け巡っているのがリアルに知覚できる。毛細血管一本一本が限界まで開いて血をおくっているのが分かる。

ふうっと息を吐き、落ち着きを取り戻す。

「柏。休むか?」

「馬鹿いえ…早く戻らなきゃって言ってたのって、アンタだろうが」

毒づく。まったく、ここまで気色荒いとはね。天然ものだな。

「だな。んじゃ、歩くぞ。蝋燭の明かりについてこいよ」

俺は歩き出す。背中には柏の息遣い。それが、いい。彼女のこんな姿を見るくらいなら、見ないほうがいい。

偶像は、偶像のままでないと、意味が無い。価値が無い。存在理由が無い。

あがめる存在で無くなった神に価値が無いように、使われなくなった道具に価値が無いように、謎が意味不明でなくなったら価値が無いように、それは、無くなって消える。

俺は、階段を上り、そして降りる。途中、何回かの雷が鳴るが、気にしないで歩き続ける。

―www―www――www

―www―www――www

―www―www――www

……ったく、まだ電気は戻らないのか?

馬鹿な奴らが入り口で携帯を没収したから使えないし。

そもそも、蝋燭の明かりが持たない。まあ、蝋燭なんて最初から雰囲気出すためだけで、本当は照明灯で何とかなるはずだったんだから、仕方ないけど。

暗闇の中、俺ら2人は歩き続ける。会話は無い。後ろから、時々嗚咽に近いような声が聞こえるが、振り向くことは出来ない。

そんなのを、桔梗が望んでいるわけじゃないから。

「…そろそろ、着かないとおかしいはずなんだがな…」

と、俺は流石におかしいなと思い始めていた。

大体肝試しは全部で30分の工程だと説明を受けた。それを考えると、すでに20分近く歩いている俺達は、今どこの地点にいるのだ?

この建物は横に長い3階建て。スタートしたのは1回のフロント前。全部で回っても15分くらいで着くから、だから3ポイントを巡回する方法をしてたはずだ。

なのに、20分も歩いて何も無いのはおかしい。

いや、そもそも、さっきから俺は、何回階段を”下りている”?

ここは、どこだ?

不安が、つのる。

ありえないが、もしこの旅館に地下室とか、そんな秘密の入り口めいた場所があったとして、それでその場所に入っていたらと、子どもながらに思う。

ありえないという気持ちと。フィクションを信じる子どもの気持ちが交差して、不安を呼ぶ。

「柏。どう思う?」

「…どう、とは?」

意外に落ち着いた声。よかった、取り乱しているわけではなさそうだ。

声が震えているのは聞かなかったことにする。

「さっきから俺ら20分ぐらい歩いてないか?」

「そうは、思わないけど。時間の感覚がおかしいんだろう?」

うーん、そうかもしれない…と、思い直し、俺は再び歩き出す。

階段を、”下る”。

ここは、どこだ?

……いいや、おかしい。絶対に変だ。

時間の感覚が狂っていることは認めよう。しかし、しかしだ。

階段を下りている回数は、明らかに3回以上だ。

コレは何を示すのか。つまり、俺達が今いる場所というのは1階よりも、下なのではないのか?

この館には窓が極端に少ない。何でも、夏のシーズンは風が強くなるから(だから、肝試しが楽しくなるだろう? と、誰かが言っていた)窓が少ないらしい。

風も強いので、あんまり大きい窓をつけておくと、飛んできたものがあたって割れるらしいのだ。

だから、窓が見当たらないのは頷けるが、それにしても妙だ。

そして、もうひとつ。蝋燭の減り方だ。

渡された蝋燭は、普通の蝋燭よりも幾分か太い蝋燭だった。この蝋燭の見積もりは、大体短くても1時間ってところだろうから、今大体3分の2。

単純計算でも40分が経過していることになる。それくらい、減っている。

時間の感覚がおかしい? は、まさか、ありえない。確かにおかしいのは認めるが、この減り方は尋常じゃないだろう?

何かがおかしい。しかし、後ろの奴を不安にさせるわけにはいかない。

黙って進む。

また、突き当たり。階段を”下る”。

ここは、どこだ?

これで、多分5回目…。どうなっている?

どうやったら5回も階段を下れるのだ?

3階建てのこの建物の中で、一体どうやって…?

次の瞬間、館の電気が点いた。

 

+  +  +

 

「ん? ああ、帰ってきたか、2人とも」

俺らはロビーに戻ってきていた。というか、電気が点いた地点から、大体5メートルとしない場所が、ロビーだったらしい。大雨で、しかも先生達が静かにと言っていたせいで(…ごめんなさい。実際は極度の緊張で、だが)音が聞こえなかったのだ。

電気が点けばあっさりとさっきまでの疑問は無くなり、現在の地点が1階ということがわかったのだ。

そのまま普通に歩いてきたら、皆すでにそろっていたと。

それにしても、ちょっとしたミステリを体験した気分だった。マジでびびったぞ。

「…それにしてもさ、何か2人とも遅くなかったか?」

「停電してただろ? だから照明灯が消えてさ。現在位置が分からなかったんだよ」

解散の号令の後、俺らは友達と一緒に部屋に戻る。

「いやさ、それにしてもかかりすぎ。俺ら、停電したとき2階にいたけど、すぐ戻ってこれたぞ?」

「…待て。どうやって階を知ったんだ?階が分かれば俺らだってすぐに…」

「プレートだろ?部屋の。ほら、部屋のプレートって3桁の数だろ? あれって、最初の数がフロアじゃん」

…そういわれて見れば、確かに。

「…でもさ、俺ら、確か階段5回以上下ってた気がするんだよな…それに、時間だって40分くらい経ってたし。気のせいなのかな…」

「いや、正確だと思うぞ。停電したのが大体9時半だから、今の時間は11時半。停電していたのは、大体一時間ほどだからな」

「…じゃあ、その間、俺は、どこに…?」

「ああ、階段だろ。ここの旅館の階段ってさ、普通と違うんだよな〜。ここの階段さ、ちょっと建築の問題があったらしくて、全部の階段が平行みたいな感じであるんだよな」

「…平行?」

「そ、平行。だから、階段を下りて、もうひとつ下るためには、その階段の横を回るようにして、真後ろに出なきゃいけないわけ。んでさ、ちょっとここ、全体的に斜めってるから、A館とB館の間にも階段があってさ…あれ?知らなかったのか?」

知りませんでした、馬鹿野郎。

「…だったら、お前の放浪にも頷ける。一回のフロアからスタートして3回の地点で停電。その後、お前は馬鹿正直に三回フロアと片っ端から片っ端まで歩き、その後二回に降りてまた片っ端まで歩いて、一回に降りた。それなら、普通に片道20分の三倍で、1時間だからな」

正論過ぎて反発も出来ないです。

「あーあ、何か馬鹿らしいわ…マジでミステリした俺が馬鹿みたいだ…」

「あー。それにしてもひどいよな、お前」

「…どうしてだ?」

 

「だってさ、お前、途中で、確か3階で桔梗さん置いてきたらしいジャン? ま、あんな女とずっといる方が無理だろうけどさぁ」

俺の友人は、そう言うとケラケラと笑った。
後日談だが、それは桔梗本人が流したうわさだと、判明したのだった。