300のお題シリーズ
お題『 ガードレール 』
もっとも健全的なお願いって何だと思う? 『願いを叶えてください』じゃない?
『わー、お花、綺麗ね〜』 「ああ、そうだな」 俺と、あと俺の彼女は道路の脇に添えられている花を見ながら、声を上げた。といっても、彼女の声はボクにしか聞こえない。だから、会話という概念が適応できるかどうかは分からないが。 『これって、百合の花かな?? 綺麗ね〜』 彼女はさっきからずっとしゃがんだまま、花を見ては飽きることなく声をかけ続けている。そんな姿を俺は後ろから見ている。 彼女はとても綺麗な人だと思う。というか、綺麗だ、というのが彼女と出会ったときの第一印象だった。次の印象はいじっぱりで、恥ずかしがりで、最近になって彼女がロマンチストだということを知った。つまり彼女はそんな人間だった。綺麗で、意地っぱりで、恥ずかしがりやで、ロマンチスト。 彼女と出会ったとき、最初は単なる気が会う友人程度でしかなかった。特別好意を抱いていたわけでもなく、彼女とはよく一緒に飲みに行ったりした。彼女も彼女で、かなり頻繁に俺を誘ってはどこかへと出かけていた。 まあ、あの頃を考えれば、もしかしたら彼女は最初から俺に惚れていたのではないのか? という、自意識過剰な考えが出来そうなくらい、彼女とは一緒にいた。だから、俺と彼女が付き合うことになったとき、周りの反応は『いまさら?』と言わんばかりだったのを覚えている。 その数ヵ月後、俺は事故に巻き込まれることとなる。単純なオレのミスによる、交通事故だった。勿論助手席には彼女の姿があった。 結果、俺は死亡。彼女はどうやら現実の世界で生きているらしくまだ彼女は”コチラ”の世界には来ていない。これでよかったのだ。俺の簡単な運転ミスで、彼女まで”コチラ”に喚んでいたら。俺は本当の意味で”生きて”はいられない。 『ん? ねえ、何考えてるの?』 と、そんな様子を見ていると、彼女が俺の顔を覗き込んでくる。彼女はいつも通りの好奇心旺盛な瞳を俺に向け、微笑んでいる。そんな彼女の姿にちょっと微笑しながら、 「いや、オマエに、他のいい男が出来ないかなって、思ってた」 本心を、口にする。 その途端、彼女の顔色がサッと変わる。見るからに彼女は沈んだ表情になり、あと一言何かを言えばしゃくり上げて泣き出しそうな表情へと変わってゆく。 俺は、最近彼女を泣かせてばっかりいた。あの事故から数ヶ月間、彼女が”コチラ”の世界へと来るたびに俺はこの質問を彼女に投げかけて泣かせていた。 『…そればっか、だね…。最近さ、”コッチ”の世界に来ればそればっかり…。少しくらい、夢見てもいいじゃない…』 拗ねる。そんな姿が、最高に可愛い。最高に、愛しい。 だから、俺はそんな彼女に笑って、 「…無理、しなくていい。俺はもう、、、死んでるんだから。だから、、さ。オマエは、もっと他にいい人見つけていいんだよ、絶対」 『…嫌だよ…。それに、他にいい人なんて、いないしさ』 彼女は道に添えられている花を見ながら、俺を見らずに言う。彼女はきっと泣いているだろう。泣いているに違いない。そう、何故か確信できた。 丁度、道がカーブした先。そこに、俺は浮いているようにして存在している。といっても、これは彼女の夢の世界。彼女の視野以外の場所や、イメージできていない場所、そしてうろ覚えの場所はまるで靄がかかったようになっていて正確には知覚出来ない。それは、彼女の想像によってこの世界が構築されていることを示している。だから、夢の世界。 俺はこの夢の登場人物にすぎない。強制的に呼ばれた、お呼びでない人間だ。いや、幽霊か? まあ彼女にはどうやら巫女体質があったらしく、俺のような幽霊みたいな存在を引きやすいらしい。さらに彼女の悲しみが俺を強く引いているもんだから、毎回無条件で強制的に俺はこの夢に参加させられる。 まー、毎晩毎晩夢の中に現れるという面では、俺も他の”憑いている”幽霊と変わりないのかもしれない。 そう考えて、自分で笑えた。まさに、まさにその通りじゃないか? 俺は実際彼女を苦しめているし、俺なんかが死んだからといって彼女は人生を棒に振るような真似はしなくていい。それに、あれは俺の自業自得だったわけだし。 俺の理由で、彼女を苦しませているという部分では、他の奴らより数倍性質が悪い。 「そんなこと無い。同じクラスの飯島だって、あとオマエの兄貴の友達の―――」 『嫌ぁっ! …私には、まだ、まだ君がいる…』 泣き叫ぶ。一瞬だが、世界が黒く、そして悲しく染まる。ぎりぎりで保っている世界。あと少しで壊れる世界。”コチラ”の世界は、あまりにも曖昧で、糢糊で、不確かだ。脆くて、すぐに崩れる。そこを想像力で何とか保っているといった様子。彼女が俺を”呼べなく”なる日は近い。 しかし、今の状態で俺がいなくなったら? そう考えるとゾっとする。彼女は、確実に壊れるだろう。そう、確実に。 だから、早めに俺のことを断ち切らなくてはいけないのだ。強くならなくては、いけない。 そのはずなんだ。 「俺はもう死んでる。君はまだ生きてる。この違いは、わかるだろう?」 やさしく、諭す。 『それでも、君はここにいる。夢の世界だけど、私は君と会える。肌だって触れ合えるし、話だって出来る。こうやって、外にだって出れる』 「…こんなことは言いたくないけど、逃げるのは駄目だ。君のためにならない」 一瞬だが、彼女の瞳が震える。 心に、罪悪感。彼女の表情が、刻まれる。 丁度いい。コレくらいの戒めが無いと、俺は慢心してしまう。満足してしまう。了解してしまう。容認してしまう。この世界を。この、彼女との距離感を。何より、俺の罪を。 戒めが無くては、逆に危ない。この心の痛みこそ、その戒め。 そのために、彼女は俺を断ち切らなくてはいけない。俺は、彼女を忘れてはいけない。それが、罰。 「そう、逃げてる。その証拠に事故現場以外の場所にはいけない。この場所以外には、君の力をもってしても行けない。それに、俺はこのことを記憶としては”忘れる”。知識としては残るけど、毎回呼び出される歳に再確認するだけで、それは俺の”実体験”じゃない。言うならば、毎回俺は生まれ変わっている。これでも、オマエは、満足するか?」 『……いい、いいよ! 毎回違ったって、全部が全部君だから。間違えなく、私が愛した君だし。だから、私はいい。この場所でしか会えないのだって構わない。だから……そんなこと言わないで欲しい』 まったく、生前に聞いていたら飛び上がって喜んだだろう台詞も、今聞くと不気味だ。 それに、このままでは、彼女は”危ない”。それは間違いない。 「…そろそろ、止めよう。この世界にこれ以上来てはいけないんだ。君は生きるべきなんだよ…」 『そんなこと…ないっ!!』 ”ぐらり”。 世界が揺れる。いや、世界が歪んで、曲がって、捻じれて、傾いて、裂ける。 彼女の感情が制御を失って壊れてゆく。世界が消える。無くなる。俺と彼女の場所が消えてゆく。 『…ごめんね…今日は、もう、おしまいみたい…』 ――嗚呼、今日も駄目だった。 それでも、彼女は、彼女は明日も俺を呼ぶだろう。 夢が、終わる。徐々に、俺という存在は消えてゆく。 『でも、また、また明日会えるから…だから、大丈夫』 彼女の放つ激情という名の奔流に流されながら、俺は漠然と思う。 ――また、明日、俺は生き返えれるだろうか… いや、それこそ馬鹿げている。俺は、自分が”蘇えらない事”を望んでいるのだ。決して、蘇る事を望んではいない。 明日も、夢の世界の中で。あの、生殺しの夢の世界の中で俺と彼女は邂逅するだろう。 それは永遠に続く連鎖。終わることの無い階段。無限に伸びる螺旋。 『…おやすみなさい』 しかしその連鎖は早く断ち切らなくてはいけない。彼女が、そう、彼女が、 ――自分の死に気づく前に。オレがやらなければ――― オレは、消滅――す―――る――――、、、。 |