300のお題シリーズ

お題『 深夜番組 』

命は、終わりがあるから輝くんじゃないの? いや、始まりがあるから輝けるんだよ。

 

「ふわぁ〜」

私は、大きなあくびを一発した。その後、眠い眼を擦って洗面台へとゾンビの如く歩いて行くとそこで歯を磨いて、口をゆすいで、そして寝る。

布団に入ると最初は気持ちいいが、段々と熱くなってくる。もう少しで夏に入ろうかという季節。まだ冬の状態から模様替えしていない私の一人暮らしのアパートでは、まだまだ現役で羽根布団が活躍している。

寝るときになるたびに仕舞わなければと思うのだが、朝になると面倒くさくなって片付けずに終わる。そんな生活を、かれこれ2ヶ月は続けている。

まあ、少し前までは彼氏もいて、夜とか呼ぶことも多かったから頻繁に片付けしてたのだが、今はその彼氏ともあえなくなり、その反動でまったく掃除をしなくなってしまったのだ。

と、いうのは嘘で、私はもともと掃除が大嫌いなだけだ。どーせ汚すんだから、何で片付ける必要があるのかわからない。そもそも、散かったのだって”散かるべくして”散かったのだ。必要だから箪笥の奥から引っ張り出したのであって、それを箪笥にまた仕舞うなんて意味不明な行動をしなくてはいけないのかが理解に苦しむ。

とはいえ、流石にこの季節に羽根布団はきつい。てか、暑い。いつも通り『明日は片付けよう』と心に誓って寝るのだった。

時間はすでに深夜。

真っ暗闇の中、デジタルの時計だけが淡緑色を放っていた。

 

その翌日、、、。

「おはよー皆」

私は普通どおり大学へと登校した。

まだ大学の1年生。高校から単位が選択制になったとはいえ、かなり必修科目も多い。

それに私は医者志望だから更に必須科目が多くて、もう朝の一時限目から授業を受けなくてはいけない。眠い眼を擦りながら、電車に乗り大学まで約1時間。私は教室に入り、いつも通り皆に挨拶した。

「ん? あ、おはよ春日」

「春日ぁ、おはよーさん」

机に座って話していた何人かが挨拶を返してくれる。彼女たちは私と同じ医者志望の子たちで、必然的にクラスでは一緒になる回数が多いので、もう友達になったのだった。

私も彼女らの話に入るべく、隣の机に座ると、『で、何の話してたの?』と聞く。

すると皆は、アハハ、とそろえて笑う。その中の一人が私の肩をたたいて、

「お疲れ様ね、春日」

と言う。

「…?」

いや、そもそも妙だ。周りの人たちも私をどことなく見ては笑う。

やばい。これって、もしかしいぢめか何かだろうか? だとしたら、今、この時、いぢめが始まる前に何となするしかない。いぢめっていうのはコッチが受身に入ったら終わりだ。

私が改心した後、友人に話しかける。

「ねえ、何?」

最初はそれとなく。抽象的に、曖昧に。とにかく、私がいぢめに対して屈しないという態度を示さなくてはいけない。ここで泣き寝入りしたら終わりだ。あとはいぢめがエスカレートして終了。私は心に傷を負うだろう。そんなのはご免だ。

「隠したって無駄だよ? 昨日のTV。だってエミ、いきなりあんなことするんだもん。今じゃ、ちょっとした有名人だよ?」

ねー? と言って皆笑う。その後も、皆から口々に、

『ねー、きっかけは何だったの? オーディション??』とか、

『いきなりでびっくりしたよ。でも、私は好きだけどね』とか、

『羨ましいなぁ、春日可愛かったよ!』とか色々言われた。

…変なのは、私に言われていることの身に覚えがないこと。正直にそう言っても、『またまた』と言われるだけで何のことか分からない。こうなったら、直接聞く。このまま回りに流されているだけでは、何も変わらない。そう確信した私は、思い切って皆に聞いてみることにした。

「ねえ、さっきから何のこと言ってるのか、ちょっと分からないんだけど…えっと、どゆこと?」

「はぁ? だから、昨日のTVだってば。夜の。春日がいきなりグラビアだもんねー。びっくりしたって話」

「…それって、私じゃないって。似てるだけでしょ?」

「え? そーなの? でもさ、名前”エミ”だったから、そーだと思ってた」

「もう、エミなんて結構多い名前だし、私に似てる人がいたって変じゃないでしょ?」

まったく、そう言うことか。昨日の私が寝ていた間に流れていた番組に、私の顔と名前に似ているグラビアアイドルが出た、と。それでクラスの人間が私のことをみるわけだ。

それにしても。面倒なことにならないといいのだけど。そう私は思って、クラスに入ってきた生物学の教師を眺めていたのだった。

 

それからは、語るに語れない。

キャンパスの中では、多くの人間が私のことを”エミ”と呼んで、色々尋ねてくる。流石に恥ずかしくなって、昼飯は大学の外で食べたのだが、やっぱり外でも間違えられる。

…以外に深夜のTVは視聴率がいいらしい。私は一気に気疲れしてしまった。いや、そもそも、その”エミ”とかいうアイドルは結構人気があるらしく、どうやら私が知らなかったのがおかしかったらしいのだ。

流行に後れているつもりはないが、女である以上同姓に興味が薄いのは事実だったので、そうだったんだー程度で納得する。

私は一人暮らしのアパートに戻る。途中ストーカーらしきものがいないか注意する。流石に、今なら洒落なしで襲われかねない。てか、マジで怖い。

人目を忍んでアパートの自分の部屋に戻ると、一気に鍵を開け、そして中に入ると即効閉める。

その途端、私はわが目を疑った。

「う、そ…」

それは。

溢れんばかりに、いや実際に溢れていて気持ち悪くなるほどの数の手紙が、郵便受けから中に投げ込まれていたのだった。

 

流石に腹が立ってきた。

エミというアイドルもアイドルなら、そのファンもファンだ。

私のことを完全にそうだと勘違いした連中に絡まれること数回、ファンレターは毎日来るし、今日だけでも嫌がらせの電話なんかもしょっちゅう掛かって来るし。

ストーカーもいるのではないかと心配し、一応警察にも行った。来た手紙は、例外なく全て捨てた。

あれから二日、私の怒りはもう相当だった。

夜。私が例の番組を求めてTVをつけていると、あった。例の話の”エミ”という女の子がテレビの前でニコニコと笑いながら何やら話している。

はん、馬鹿らしい。

水着姿のまま、まだ夏にはなりきれていない季節だというのに、笑顔を絶やさないように喋っている。相手方の男は完全に冬服なのに、エミとかいうアイドル数人は水着。しかも、女の子なら絶対着ないような際どい水着。

正直呆れた。私はこんなことを平気で出来るような人間じゃないし、馬鹿みたいに笑ってられない。何で私の友人もこのTVの少女を私だと思ったのか分からない。

…でも、正直、姿は似ていた。私にそっくりだと言っていい。スタイルも似ている。姿か形だけを取って見れば私達が双子だと言っても信じてもらえそうな雰囲気だ。親に生き別れの妹がいないかどうか聞いてみたら、案外いると暴露するかもしれない。

下らない妄想を、打ち消す。馬鹿馬鹿しい。確かにTVの中のエミは私に似ている。だからといって、なんだというのだろう?

私はTVを消す。下らない。明日も早いから、寝てしまおう。そう思うと、さっさと布団の中に滑り込んだ。

…また、羽根布団を片付けるのを忘れてしまった。明日こそは、片付けよう…。

 

『すみませーん』というお気楽な玄関の女の子の声で、私はたたき起こされた。今日は休日。私は今日こそはゆっくりしていようと思っていたのだが、そうもいかないらしい。

しかも、さっきから玄関先の人物はどこかへ行く気配がない。郵便物なら郵便受けに入れるだろうし、配達屋なら荷物を置いてゆくだろう。なのに、何の目的か知らないが、一向に立ち去る気配がない。

私は覚悟を決めて玄関の扉を開ける。

「ん…ったい、誰よ…」

がちゃりと扉を開ける。そして、ソコには例の少女が立っていた。

「な………」

驚いた。いや、驚いたなんてもんじゃない。これは、何か? 新手の悪戯か? それにしては人気絶頂のグラビアアイドルを用いてやる悪戯なんて手が込みすぎててありえない。というか、目の前のこの女の子は、本当にあの”エミ”なんだろうか?

寝起きの頭で考えるが、何も浮かばずに混乱していると、その女の子はぺこっと頭を下げて、

「朝早くすみません。ちょっと、お話がありまして…中に、入れていただけませんか?」

と、そういった。声までそっくりだった。

しかし、全体的に纏っている雰囲気が違う。やっぱり凡人とアイドル。オーラが違う。化粧だってばっしりと決めているし、ファッションだってセンスは抜群にいい。

成るほど、コレなら”アイドル”っていうのも頷ける。

しかし、しかしそのアイドルが何故? そんな疑問もありながらも、ここじゃあ朝とは言え人目に目立つし、見捨てるにはあまりにも可哀想だったので彼女の願いを聞いてあげることにしたのだった。

 

彼女は、どこまでも”アイドル”だった。

部屋に入ってからも私の部屋に文句を言うこともなく、お茶も出されないのに文句も言うこともなく、言われたとおりの位置から動くことなく、座っていた。

お茶を出しても『いえ、結構です』って断るし。まあ、謙虚でいい感じだ。流石アイドル。

まさに、偶像 - アイドル。あがめる対象である。

偶像は完璧でないといけない。それは、偶像があがめる対象だからだ。あがめられない偶像に価値はないように、それは意味がないものと化す。完璧というものこそが、偶像を偶像たらしめている。

「…んで、グラビアアイドル様が、私のところに何用?」

布団を適当にたたむと、そこら辺に片付け、やっとひと段落したところで、私は部屋の隅に縮こまっている少女に向かって聞いた。

「あ、えっと、ですね。私、日比谷大学の一年生なんですが」

…初耳だ。というか、この子は私と同じ大学だったのか。

そーゆーことなら、私の大学で、私を見間違う人間が多数いたことにも頷ける。私は一人で驚きながら、内心納得していた。こんなにも身近にいたなんて、気づかなかった。

ということなら、私の友達も知らなかったんだろうか? ちょっと疑問に思う。

「その大学で、私と似ている人がいるということをお聞きしまして…」

「前置きはいいわ。ま、私と同じ大学だったってことは分かったわ。で、私に何の用?」

昨日までの騒ぎが手伝ってか、私は目の前のこの子に妙な偏見を持ってしまったらしく、どうも好きになれない。考えればこの子に責任はなくて、ファンとか周りの環境に責任があるのだから私が抱いている感情はまさに逆恨みみたいなものだろう。

だから、その感情はいったん眠らせることにした。

「はい、その、初対面でいきなりで、本当に身勝手なお願いだって言うことは分かってるんですが…」

「うん」

「今度の取材、私の代わりに受けてくださいませんか?」

「………は?」

固まった。いや、例外なく固まった。てか、意味が分からない。思考が停止する。えっと、先ほどの言葉を再確認。”私の変わりに”というのは勿論、目の前の少女の変わりにって事だろう。”取材”というと、何かしらグラビアアイドルのお仕事のことだろう。とすると、

「…えっと、貴方は…私が貴方に似てるから、グラビアの取材を変わってくれって、言ってるの?」

コクリと、目の前の女の子。

「…あのね…いくらなんでも…」

「り、理由ならあります!」

を? いきなり意気込む目の前の少女。

「か、彼の、誕生日なんです…それで、その、デートしようって、言ってくれて」

「…だからって何で私が…」

「年に数回しか会えないんですっ!! そ、それに、今回だって無理やり仕事を空けて来てくれるし、ずっと私、仕事で彼に会えなかったからこの日ぐらいはって…。事務所の人にも言ってたんですけど、その、駆け出しだからそんなの駄目だって言われて…このままじゃ、このままじゃ私、嫌われちゃいそうで…」

あーあ、泣かせちゃった。というか、私のところにこんなお願いをしにこなくてはいけないほど、彼女は悩んでたというわけだろう。それを私が変に断ったりしたもんだから、感化してしまったと。反省。

それに、彼女はやはりグラビアアイドルの前に一人の女の子だったのだろう。確かに彼女は可愛いが、それ以前に一人の女の子なのだ。私と同じ、私と、同じ。

会えない彼を持っているのは、お互い様という訳だ。アイツも、もう随分あってない。それにしても、偶然というものは続くものだ。こんなところまで似ているなんて。

「…他の日にとか出来ないわけ?」

「……できたら、こんなところまで来たりしません……」

だよね。

一瞬考える…。しかし、いきなりやってみたこともない仕事をしてみるってのもつらい。

それに、彼女にだってイメージみたいなものがあるんだろうし、それを私がぶち壊しかねない。さらには、私はあんな水着姿で馬鹿話をするほど阿呆じゃない。

「…仕事の内容に、よるわ」

「あ…え、えっと…ラジオなんですけど…だから、水着とかは着ないでいいですし、その、喋るだけだから他の人にもバレないかな…と」

成るほど。この子にも、少しくらいは知能があったらしい。

「…日にちは?」

「明日…なんですけど…」

「……え…? 何て言うか、その近いわね…妙に」

「ごめんなさいっ! ぎりぎりまで悩んでたんです…だから、遅くなっちゃって…」

ふむ。明日…明日…そうね。他にすることもないし。それに、目の前の子だって、一人の女の子なわけだし。それに、何か知らないけど彼女の気持ち、良く分かるから。

だから、私は、

「いいわよ。わかったわ。行く。その代わり、絶対一回だけだよ?」

と言ったのだった。不思議と、前までの嫌な気持ちは消えていた。

 

当日。

私はちょっとアイドルを意識した格好に、化粧をちゃんとして、家を出たのだった。途中、足がないと困っていると、いきなり帰ってきた私の彼が車を出してくれると言い出した。まったく、連絡もせずにいきなり帰ってくるなんて、どうかしてる。

いつもの私と違うと一瞬で見て分かったらしい彼は、それでも何も聞いてこなかった。まあ、私のほうが『聞かないで』のオーラを出してだから聞けなかったのかもしれないけど。

ラジオの収録。あの子の言うとおり最初は事務所に行き、何やらプロデューサーさんと簡単な打ち合わせの後、本番に入った。

緊張しっぱなしだった。

様々な手紙や、DJの人のトークが飛び交う中、私は一人完全に取り残されていた。それでもガラスの向こうにいる大勢のファン(彼女はそんな事言ってなかった!)に悟られないように、笑顔で振舞った。その30分間は、私にとって何よりも長い30分間となったのだった。

その後、また彼と共に家に帰る。彼とは簡単に話して、分かれた。いつもなら部屋に入ってもらうのだけれども、悪いが精神共々疲れ果ていたのだ。だから彼女が家に帰ってくる前に眠りに落ちてしまった。気づかなかったが部屋の中は何故か、簡単にだが模様替えされていた。

 

朝、眼を覚ます。

今日から学校だと考えると、昨日のアイドルとしての夢心地から、一気に現実へと引き戻された。

あれから彼女は彼と会えたのだろうか? 昨日すぐに寝てしまったから気づかなかった。

彼女から何か連絡があるかもしれないと思い、携帯を開けて見ると、

『新着メール 1件』

の文字。きっと彼女だろうと空けてみる。

『Eメール』ボックスを開けると、そこにあるのは予想通り『初めての人』フォルダに1件のメールが入っていた。そういえば、アドレスを登録していなかった。

あ、そうか。そういえば、彼女のアドレスを聞いていなかった。私が一方的に教えたのだった。と、いまさらながら再確認。

そして、メールを空ける。そこには、『春日 ミエ』と、書かれていた。

「ちょ、ちょっと。どういうこと? 私の、名前?」

そのメールを開ける。内容は単刀直入に一言。『箪笥の中を、見てください』とだけ。

私は言われるがままに見ると、その箪笥の中には、数え切れないほどの手紙が几帳面に結んであり、その上にぽつんと、一通の手紙が置いてあるのだった。

 

―もう一人の、私へ……―
 意味分かる人がどれだけいるか、不明ですが。てか、長い!!