300のお題シリーズ
お題『 ビデオショップ 』
やらなきゃいけないこと? それって、生きるってことかな?
いつもの行動、いつもの時間。私はいつもの場所にいる。 いつも通り、私は無数のビデオが並んでいる棚の間を散策していた。先ほど上から指令が来たのだ。何でも急遽記録『B.C.200-201:EZ』というビデオが必要に成ったらしい。こんな時間にもお構いなしで指令を出してくる上に少し非常識さも感じるのだが、それでも自分の仕事を放棄するわけにも行かず、私はB.C.の棚を歩き回る。 棚にはそれこそ無数のビデオテープ。誰が見てゆくのか分からないが、このビデオを全て見れる人間は絶対にいないだろうという数。かなりの情報量。こんなもの扱えるのは神様くらいだろう。 そんなことを思いながら、目当てのビデオを発見する。整理されていると見つけるのが大変だ。一回なんか全てのビデオを処分して、それから撮りなおすという訳の分からない作業をしたことがある。 …あの時は、何年かかったのだろうか。覚えていないが、今になって思えば貴重な経験だった。 二度とやりたくないケド。 とぼとぼと、ビデオの棚を抜け、カウンターに戻ってくる。自分の椅子に座ると、自分のPCを起動する。スクリーンセイバーが起動している画面から、すぐさまデスクの画面が姿を表す。そこで簡単な手続きをした後、そのビデオを上からの指令で取りに来た人に手渡す。その人は先ほどから一言も喋らない、まるで人形みたいな人だったけど、そのテープを受け取ると一礼して消えた。 少しは、礼儀正しいところもあったらしい。 ちょっと感心しながら、そのままパソコンをまた眠らせる。別にやりたいこともないし、今は暇な時間だからサボっても大丈夫だろう。 店内は、暗い照明に覆われていた。というか、暗すぎてこの中でビデオを探していると眼を悪くする確立は高いだろう。それだけじゃなく、もう眩暈がする数の棚と、頭痛がする数のビデオが連立している姿は、精神に異常をきたしそうなほど病的だ。 この中で正気を保つのが難しい。 あれ?なら、私はすでに狂っているって事かしら? そう考えると笑えた。そうに違いない。きっと、そうなのだろう。この仕事について結構時間が過ぎたけど、その間に私は狂っていたのだろう。それは色んな大切なところの欠落だったりするかもしれない。 まあ、もう私には関係ないけれども。この仕事を辞めたら何もないし、そもそも簡単に辞められるわけがないこともわかってるし。アルバイトの店員さんとは、違うのだから。 今度は一人の女の子が現れる。年のころ10歳前後といった感じだ。肌が少し黒いが、黒人というわけではないのだろう。きっと、部活動とかをしていた名残に違いない。あ、10歳なら今やっているわけだけど。 その女の子は今にも泣きそうな表情をしていた。私がニコっと笑ってあげても、その表情は崩れなかった。 『どうかしたかしら?』 私が訪ねる。その女の子は今にも泣きそうな震えた声で、用件を伝える。わかったわ、と簡単に言うと、そこのソファで待ってるようにと言い、私はまた無数の棚の列に歩いていった。 彼女は、どうやら相当悲しい思いをしたらしい。先ほどの言葉からもあんまり楽しいといった雰囲気は感じられなかった。きっと、色々な思いをしてきて、ああいう風になったのだろう。 私は少し同情する。私も、昔はああだったのだろうか? もう自分が子どもだった頃なんか思い出せないけど、それでもあったであろう子ども時代。 棚の間を歩いてゆく。そのまま、考える。 あの子にはどんな物語が適切だろうか? 一杯楽しいことがあるようなストーリーだろうか? それとも、終わったあとに、やりがいがあった、と思えるようなストーリーだろうか? 悲しいストーリーなんてないんだけれども、今彼女に悲しいストーリーを渡す気には成れなかった。 だから私は、仮初でも楽しい、愉快な世界が見れるよなストーリーを手渡すことにした。これなら彼女も楽しめることだろう。そうであるといいなと、思う。 目当てのビデオを探す。無数のビデオ。でも、欲しいのはその中に一つ。棚を眺めながら、探す。この作業も随分慣れた。最初は戸惑っているばかりで何も出来なかったのに、今では管理者である。 まったく、どうなるかなんて誰にも分からないのだなと他人事のように思う。人生なんて、そんなもんだ。 目当てのビデオが見つかった。棚からそれを引き出すと、少女の下へと歩いてゆく。棚の並木道を抜けると、ソファで悲しそうに相変わらずうつむいている少女が見えた。 涙には、笑いを。苦しさには、開放を。悲しさには、癒しを。彼女には、素晴らしい物語を。 机に戻るとまたPCを起動し、また簡単な手続きをした後、そのビデオを少女に渡す。 『これなら、きっと思いっきり楽しめるはずよ、はい』 少女の手には少し大きめのテープが、少女の手によって握られる。 『本当?』 『うん。どんな映画より、どんな物語より、もっと楽しいもの。だから、もう泣いたりしちゃ駄目だよ?』 『………うん、わかった。ありがとう』 バイバイと、幼稚な挨拶をした後、少女は消えた。 私の仕事が、また終わった。私はまた自分のデスクに戻ると、意味もなくビデオが並んでいる棚を眺める。ソコには何の意図も感じられない。ただ、整理整頓されている無数のビデオの羅列。いつか、誰かに見られるであろうビデオが並んでいる棚。そこに、何の意図があるというのだろう? 私はふと、昔を思い出しかけたが、その行為が意味ないものだと悟り、辞めた。もう、過去には戻れないのだから。ビデオテープのように巻き戻しは出来ない。それが、人生。 辛いシーンでも、楽しいシーンでも、決して演技することをやめない登場人物たち。それは道化だけど、精一杯生きている証だから。だから、輝いている。最後には、きっと何かが残っている。 でも、私は物語を見るのを止めた。一番物語りに近い場所にいながら、もう物語を見ることがないという矛盾。いや、これは別に矛盾ではないのだろう、きっと。 きっと、そうなる”物語”だったのだろう。そう、思う。 外を眺める。今日は色々な人と会った。久しぶり、上からの仕事もしたし。それに、感謝されるかどうかは分からないけど、少女に楽しい物語をあげた。 ここはアカシックレコード。全ての記録が保管されている場所。 無数のビデオテープと、無数の棚が並んでいるだけの場所。 人の数だけの物語がある場所。全ての人の物語がある場所。 その場所を、私は何ともなく見ているだけの、何ともない存在だった。 |