300のお題シリーズ
お題『 √ 』
この世界に難しいことなんて存在しない。それは単純な問題が複雑模糊に絡み合っているだけさ。
むかしむかしの、物語です。 ある一人の青年がいいました。 青年は、毎日働きもせずに、ずっとずっと座っているだけでした。 昔は、青年は人気者でした。 青年は子どもたちと毎日遊んでばかりいましたから、子どもたちからみたら人気者なのです。 でも、おとなはそうは思いません。 あげくの果てに、こどもに『あの人とは遊んじゃだめ』といいました。 悪いぶぶんがうつるから、という理由でした。 あんな遊んでばかりの人とは、つきあっちゃだめだと、言われたのです。 青年は、ひとりぼっちになりました。 だれも子どもはきません。だれも、遊んでくれません。 毎日、毎日、青年は本当は子どもたちを待っていたのでした。 また、来るだろう。また、来てくれるだろう。もし来て、オレがいなかったら、子どもたちは悲しいだろうと。 そう、青年は心がやさしい人だったのです。 でも、子どもはずっとずっと待っても、きませんでした。 だから青年は、思いました。 これはオレの中にいけないものがあるからだ、と。 オレの中から、だめな部分が出て行ってしまえば、ボクはちゃんとした人間になれるんだ、と。 また、子どもたちと遊べるようになる、と。 だから、青年はけついをかためました。それはそれはかたい、青年が今までの人生の中でもっともちゃんとしたけついでした。 『ボクのなかから、悪いぶぶんを取り出してもらおう』と。 その日から青年は、毎晩毎晩、山へとのぼって行きました。 仙人にあうためでした。 青年の家の近くには、仙人がすんでいるという山がありました。 青年は、ふだんのなまけ者からはそうぞうできないくらいちゃんと毎日、山にのぼっていきました。 そこで何時間も、何日も、ずっとずっとお願いしました。 ボクの中から、悪いぶぶんを出してください、と。 毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、青年は石の前に立ってお願いするのでした。 その態を見ていたのは仙人でした。 仙人はほんとうは人間とは関わってはいけないのです。本当は、姿を現してはいけないのです。 でもその仙人は、青年が本気でお願いしているのを見ていました。そしてある日、青年の前に態を表したのでした。 青年はいいました。 『オレのなかから、悪い部分をとりだしてください』 と。仙人はいいました。 『いいだろう。ただし、条件がある』 と。青年はききました。 『なんですか、条件とは?』 『それは、二度と、この山には登らないことだ。もしのぼったら、ワシの術をといてしまうぞ』 と。 青年は『わかりました』といいました。 そして仙人はうなづいて、青年を”悪いぶぶん”と、”良いぶぶん”にわけました。 悪いぶぶんの青年はいいます。 『もっと子どもたちと遊びたい。働きたくない』と。 でも、良いぶぶんの青年はいいます。 『ちゃんと働いて、そしてお金を稼がないと』と。 そして仙人は良いぶぶんの青年を山の下へと帰してやりました。 そして悪いぶぶんの青年は、仙人と一緒に生活すことに成りました。
良いぶぶんの青年は、それから一生懸命にはたらきました。 それはそれはすごい働きようでした。どうすごいかというと、一晩で畑をたがやし、外の畑にいっては草取りをして、つくった作物を外の家に配ってまわりました。 村のひとたちは青年の変りように大いに喜び、青年のいえに色々なものを持ってきました。 一人の村の人はいいます。 『寒いでしょう? だったら、この服を差し上げます。野菜をありがとう』と。 もう一人の村の人はいいます。 『お腹がすいたでしょう? だったら、このおかゆをあげます。野菜をありがとう』と。 3人目の村の人はいいます。 『風がつめたいでしょう? だったら、あそこの家をあげます。野菜をありがとう』と。 最後の村の人がいいます。 『寂しいでしょう? だったら、私の娘をもらってください』と。 そうして青年は、村一番の美人といわれた娘と結婚をしました。 でも、それでも。子どもは一人もきませんでした。 青年は毎日忙しくて、子どもたちが来ても、追い返してしまっていたのです。 仕事が大変で、あそんであげる時間もありませんでした。 青年は、それでも働き続けました。でも、それでも子どもはきませんでした。 毎日が忙しくて、遊ぶ暇もありません。 奥さんとも、まったく話せません。 毎日が忙しくて、話す暇もありません。 そんなある日、青年は悲しくなってまた山へ行きました。 ずっと、仙人の約束を守っていたのに、このとき初めて青年は約束をやぶりました。 石の前にたっていると、仙人がでてきていいました。 『どうして、山にのぼってきたか』と。 青年は答えます。 『私は色々なものをもらいました。服、食べ物。家。そして、綺麗なお嫁さんももらいました』と。 仙人はいいました。 『それは、わるいことなのか?』と。 青年は答えました。 『こどもとは、遊べませんでした。毎日が忙しくて、こどもたちとあそべません』と。 仙人は言いました。 『どちらもとるというのは無理だ』 『はい。ですから、私はどっちもとろうとおもいます』 青年の答えに、仙人は首をかしげます。仙人はとても賢いひとだったんですが、青年の言っていることがよくわかりませんでした。 『私の悪い部分を、返して欲しいと思います』と。 仙人はいいました。 『また、何故か』と。 青年は笑って答えました。 『それは、ボクらが、2人で1人の人間だったからです』と。 仙人はわらって、悪いぶぶんを呼びました。悪いぶぶんは動物たちのうえにまたがって山から降りてきました。なんと、悪いぶぶんの青年は、ここあたりの山をしきる親分にまでなっていたというのです。 悪いぶぶんはいいました。 『おかえり』と。 良いぶぶんはいいました。 『ただいま』と。 そして、青年は元に戻りました。
それから青年は適度に仕事をして、適度に遊びました。 動物たちもさいしょは怖がっていましたが、そのうち青年と仲良くなりました。 子どもたちともいっしょに遊びます。 でも、仕事もちゃんとしています。その間、子どもは畑のそばでずっと青年を眺めているのです。青年の仕事をじゃましてはいけません。 動物たちと、子どもたちと、そして青年と、青年奥さんと、その子どもはそれからずっと、楽しそうにくらしました。 青年はいいました。 『悪いぶぶんも、良いぶぶんも、ぜんぶ自分だったんだ』と。 仙人は山の上からそれを眺めて、わらっていました。 |