300のお題シリーズ
お題『 ナンバリング 』
完全な管理体制。それが、今の社会だ。
人は、全て例外なく機械によって管理されている。機械は間違えないから、管理も完璧。 法律は絶対厳守はあたりまえで、もし法律を破ったものがいた場合、自らの生活水準を下げて罪を償わなくてはならない。意外にこの制度は効果があった。刑務所に入るなどするならまだしも、普通に生活していいという制度は、一見滅茶苦茶なのだが、だが日常生活の生活水準をどん底まで追い込まれるということがどれだけ苦しいか。 そのせいか、犯罪者は、この完全管理体制になってから激減した。 ここで生まれてくる人間は、生まれて初めて覚えるのは自分の名前でも、母の呼び方でも、父の呼び方でも、自分の性別でもなく、まずは自分に振り分けられたナンバーを覚える。 このナンバーは、自分の名前なんかよりも数倍大切なものだ。事実、タウンに住む物である以上、このナンバーを使用しないで生きて行けるものはいない。このナンバーが自分の身分証明であり、自分のIDなのだ。 それは、ある意味で命よりも重宝されるものだった。 そして、そのナンバーによって管理されることで、人々は安心した生活をおくることが出来る。逆に言えば、そのナンバーによって苦しい生活を強いられることもあるのだ。 規則違反、模範無視、反逆思想などは特にその減点が重い。というか、追加されるペナルティが半端ない。何でも、『小さな犯罪こそ、見逃すべからず』という方針らしく、この空がドームに覆われて久しいタウンの中でそれは絶えず監視されており、そこにプライバシーなどはない。 まあ、見ているのはあくまでも機械であるから、問題は無いのだけれども。 そんなある日、私―356779、通称ルミ―は、いつもの会社からの帰り、道端に一人の少年を見つけた。 少年はひどく弱っていた。どうも、何かから追われていたらしい。身体の服はボロボロだし、髪の毛はボサボサ。さらには、全体的に臭い匂いがする。大体年齢にしたら12才前後といった感じだ。 私は顔を蹙める。そして、そのまま放っておこうかと思う。と、いうのも、最近ここ付近で一人の犯罪者が逃走しているという噂があるからだ。勿論、あの少年がそうであるという保障はまったくない。だが、危うきには寄らず、だ。 だが、私はどうしてもその少年が気になった。というのも、その少年はおそらくここにずっといたら確実に死ぬだろう。それは保障してもいい。今私が通っている道は、はっきり言って誰も通らない道だ。おそらく、私のほかにも後は数えるほどしかヒトは通らないだろう。そうなると、目の前の少年は確実に死ぬ。 しかし、私が構ってやるのはナンセンスだった。実際、目の前の子どもが犯罪者ではない保障はどこにもないのだし、もし何らかのトラブルに巻き込まれたら、それだけで減点の対象と成る。それだけは、避けなくては成らない。 それでも、私はその少年を見捨ててはいけなかったのだった。何故かは分からないが、私は気づくと少年を自分のホームまで運んで歩いていた。
数時間後、私は少年を新しい服に着換えさせ、私のベッドに寝かしておいた。その少年は一向に起きる気配は無い。まあ、ちゃんとメインの心臓は動いているから問題は無いだろう。 さて。私はとりあえず食事にすることにする。 と、背後でヒトが動く音がする。私はその方向を振り向くと、少年が立っていた。少年は気を失っている姿からはそうぞうも出来無いような形相で私を睨みながら、と言った。 「…お前は、誰だ?」 意外に理性的な一言に、とりあえず安心する。どうやら、ヤク中とかそういう類の人間ではないらしい。会話が通じることに安堵する。というか、逆にもしもそうだったとしたら、私はどうしたのだろうか? 今考えると、分からない。 「私は356779。ネームは、ルミ。貴方は?」 とりあえず、冷静に。目の前の人間は、今すぐにでも私を殺そうと構えているのだ。ここは、冷静にならなくてはならない。相手は犯罪者だ。 このときになって、私は目の前の少年が、例の”犯罪者”であるということを認識した。どうやら、最初の勘は正しかったらしい。 「……俺にナンバーなんか無い…」 少年はぶっきらぼうに言った。 「そんなはずはないでしょう? このタウンで生まれたのなら、確実にナンバーがあるわ。もしかして、忘れたの?」 「…んなことないっ! 俺には元々ナンバーなんかなかったんだよ! 名前もないしな…ああ、でも、一つだけなら、ある。そういえば、皆俺を呼ぶときに”アイ”って呼んでた」 「ふーん、変ってるわね…アイか。なら、私もそう呼ばせてもらうわ」 そういうと少年は今迄睨んでいた目つきを止め、今度はバツの悪そうな顔をしならが、 「……アンタ、いい人みたいだから、信用してやる」 と、ぶっきらぼうに言い放ったのだった。
それからというもの。私は彼と一緒に生活を始めた。といっても、一緒というのは適切な表現じゃない。何故なら、私は普段は会社に出かけて家をあけているし、少年も少年でふらっとどこかへと出て行ってしまうからだ。 私は少年のその行動を止めなかった。というか、犯罪者と呼ばれている存在かどうかすら、確かめなかった。確かめるのが恐かったというのもあるが、見た目以上にナイーブな心を持つ少年にそれを聞くこと自体が恐かった。 それでも、私たちは生活していた。共同生活というには程遠いものだったけど。それでも、一緒に生きていたといえるだろう。 そんなある日、 「なあ、あんた」 「あんたじゃなく、ルミ、でしょう?」 「ああ、ルミ。そのさ、どうして俺を拾ってくれたんだ?」 唐突に、少年が聞いてきた。それ自体に意味はない、とでも言うように。至極当然に、その少年は口にした。 沈黙。 やがて、私は口を開く。 「……わからないわ」 「ふーん、だってさ、タウンに住んでる連中は、誰でも規則規則規則だろ? なのにさ、俺みたいな人間を不法滞在させてるし、それに飯だって食わして貰ってるしな」 「…知ってたの、このタウンのこと。まったくの無知だと思ってたけど?」 しかし、少年はニカっと笑って、 「まー、俺だって少しくらいだけどな、知ってるの。だって、俺はタウン外から来たんだし」 「え……外?」 私は、ショックをうけた。 何にショックを受けたかと言うと、”タウン外”というものの存在を知らなかったからでもあるし、少年がそう云う存在だとは思いもしなかったからだ。 同時に恐ろしくなった。 ”私は、誰と話しているのだろう?”と。 「うん、ま、そゆこと。ルミになら、話してもいいかなって思ってね」 さらに少年は笑うが、私は内心そう云う気分ではなくなった。 「……どうして、今、そんなことを?」 「ああ、もう、最後なんだ…どうやら、”バレた”らしいから」 「バレ…た?」 そういった瞬間、私の家のドアが吹き飛ぶ。 ソコに表れたのは銃武装している、兵士数名。そしてさらに私たちを挟んで反対の窓がわれ、ソコからも武装した人間が数名入ってくる。いや、もう窓を突き破って突っ込んでくる、と形容した方が相応しいのだが。 一瞬の、閃光。両者の間で、激しい銃撃が飛び交う。 中心にいた私たちは勿論巻き込まれた。間にあったものは例外なく壊れた。吹き飛び、拉げ、曲がり、飛び散り、砕け散った。 煩い音が鳴り止んだとき、私は前につんのめるように倒れこむ。身体の各所が熱かった。嗚呼、私は死ぬのだなと、他人事のように思った。 そうして、私の意識は遠退いて行った。
そんな中、あの弾丸の中で生き残っている窓から入ってきた兵士と、少年は会話していた。少年は無傷だった。 「…ギリギリ、間に合ったって感じか?」 『すまない、アイ。遅れた』 「いや、いいさ。こちも派手に電波飛ばすわけにもいかなかったからな…かなり微弱な信号だっただろうし。助けに来てくれたこと自体、感謝だ」 『…そうか。それで、そこに倒れている人間は、一体誰だったんだ?』 「? 人間? ああ、こいつか。これは製造番号334―…あー、忘れちまったけど、とにかくヒューマノイドだ」 『…造られし、人間か』 「ああ。こんなもんを造りやがったヤツを、ぶっ潰す」 そう云うと少年は数人の兵士と供に、去ってゆく。 部屋の中には、微かに弾薬の匂いのみが、残っていた。 |