300のお題シリーズ
お題『 合わせ鏡 』
「ねえ、行ってみない?」
どこの学校にも、在り来りな噂と言うのは存在する。動く人体模型に笑うモナリザ。地域によっては怒るベートーベンだったり、悲しむモーツァルトだったり。 他にもある。魔の十三段階段に、深夜4:44の謎など。 とにかく、学校と言うのはそういう噂の宝庫なのだ。勿論、誰の学校にもそんな噂はあっただろう。もしかしたら、エンジェル様、こっくりさん、その他もろもろの”魔術儀式”なるものが流行っていた学校があるかもしれない。 さて。そういうことからすると、私立緑ヶ丘中学校は、まさにそういう例に漏れない学校だったということだ。 そして、その噂を聞いた一人の少女が、とある日、ソレを実行したくなっても仕方無いのではないだろうか。 その少女は、数名の少女に声をかけ、万が一のために男子生徒も誘って、深夜美術室に乗り込むことにした。 その相手は、悪魔との合わせ鏡。深夜0:00丁度にその鑑を覗くと、自分の将来の姿が見えるというやつだ。 数名は、すぐに楽しそう、と言って承諾する。結果、彼女らは女子4人、男子2人の、計6人で行くことになった。 「なあ、エミ。どこから入るんだ?」 深夜の学校に木霊する声。その声は、雰囲気をがらりと変えた校舎に響き渡る。 まさに、変ってしまった学校といった雰囲気だった。昼間はあれほど慣れ親しんだ学校が、いまや異質な空間に見える。一人出来ていたら間違えなく怖がって逃げ出していたな…と、エミは内心思った。 「まっ、まかせて。えっとね…大体この窓だったかなぁー」 エミと呼ばれた少女は、手探りで暗い中、窓を開ける。普段は普通にスライドするはずなのに、今日に限って途中でガタガタと音を立てるのだから性が悪い。 「ね?」 「…美術室は、確か3Fだよね?」 もう一人の女子が声を上げる。『それじゃ、男子から入って?』 その声に順って、全員は窓から校舎内へと身体を滑り込ませる。 6人はそのまま歩いてゆき、警備員に注意しながら、ゆっくりと進んで言った。 先に進むに連れて、会話は少なくなる。徐々に、恐怖が増してくる。 ”もしかしたら””もしも””例えば”。彼女らを不安にさせるのは、彼女の中にあるそう云う気持ちからだった。そして、その感情をさらに辺りの暗闇が増大させる。 「ねえ、チー。今、何時?」 「…えっと、今、大体10分まえだよー」 「…美術室って……ここ、だよな?」 「うん、えっと…入るよ?」 6人はそれぞれ『うん』、と頷き扉をあけると、中に滑り込む。 それを迎えてくれたのは、首からうえが正確に造られた、彫刻だった。部屋を丁度囲(かこ)むように、壁際に列べられている姿は、はっきり言ってホラー目的以外には考えられない。 「ひっ!!!」 一人が上ずった声を上げる。その声に緊張する他5人。 「……だ、大丈夫、彫刻だって…彫刻…」 暗闇に浮かび上がる無数の人の顔が、さらに雰囲気を出していた。そんな中、6人は、鏡の前まで歩いてくる。 部屋の角、そこに鏡は位置していた。大体、その位置は教室の扉から対角線上の位置にある。そこまで、気味悪い彫刻の間を移動しなくてはならないのだ。はっきりいって、それだけでも、雰囲気抜群だ。 厳重に掛かっていた布をとり、鏡を開く。美術室の鏡は大きくて、両側に丁度開くようになっているのだ。大体、大きさ的には少女たちと同じくらい。 そうすると、その中にちゃんと6人映し出されている。一人多かったり、少なかったりはしない。正に目の前に、自分たちがそのまま映し出される。 チエは内心、安心した。怪異なんて、本当は無いのだと…。そう、実感できたからだ。あとは、12時になるまで待って、鏡の中に何が映し出されるのかすら、確かめればいい。 「あ、あと…10秒…」 そして、12時、丁度。 しかし、何も怒らない。鏡の中には相変らず自分たちが映し出されており、他には何も映し出されていない。 6人の姿は写っているが、それ以外は何も無い。最初から変ったところも無ければ、変な部分もない。誰かの身体のパーツが消えているわけでも、増えているわけでもない。 その時、最前列のエミ背後でパシャっとカメラのフラッシュが光る。急いでみると、6人のうち一人が、持って来たカメラで鏡を撮影していたのだった。 「び、びっくりするじゃない!!」 「エ、エミ…声、声〜〜…」 「あうぅ」 「すまんすまん。いやさ、記念に、って」 一人の男子は笑いながらカメラを構えて、もう一枚奪る。再び、美術室が一瞬照らし出されて、背後にある彫刻が見える。…気持ち悪い。 鏡を閉じ、再び布をかける。そうすると、不思議と安堵感がこみ上げてくる。 「…何も、なかったね〜」 「恐かったけどな」 「んじゃ、帰ろうぜ?」 「そうだね」 そういう会話の後、私たちは再び美術室のど真ん中を横切り、さらには沈黙に染まっている廊下を歩きながら、帰った。 学校の前まで来るとすでにハイテンションな会話になっており、エミも一緒になって笑っていた。 それから6人は解散し、それぞれの家に帰って言った。両親に、何て言おうかと思いながら。
それから数日後、あのときの写真が出来上がった。 そこには何も不思議なものは写っていない。あの時と、全く変らない表情の私たちが写っているだけだった。6人全員の表情が見える。微妙に、背後の無表情の彫刻も、見えて恐いものがあるが。 男子の一人は、最前列のエミの顔がバカみたいだと笑っていたし、女子もそれぞれ写真を見ながら笑っていた。 とにかく、いい思い出だったと、エミは思った。 鏡の前でフラッシュをたいたら普通どうなるだろうかと、考えている人間はいないようだった。 |