300のお題シリーズ

お題『 はさみ 』

まあ、死んでいる以上、誰かが殺したんだろう。無論、死人を含めた誰かがね。

 

さて。

今日も簡単に仕事を終える。

俺は、深夜、というよりもう朝方だが、家に帰宅する。俺の仕事が終わる時間はとても不定期だから、今日みたいに一日で仕事が終わるのは珍しい。

暗く、生活観の無い部屋に帰宅する。部屋には予め張り巡らしてある罠を、慎重に回避しながら、俺は自室に向かう。

俺の職業は、殺し屋だった。

殺し屋と言って誰もが抱くイメージとはかけ離れているのだが、俺は他人を殺すことで、自分を生かしている。そう云う意味では、大体の人間がやっていることと同じコトを俺はやっているわけだ。人間は何かを殺して行き続けている。その殺す対象が、霊長類かそうでないかの違いだけで、俺は基本的に自然の摂理に反したことはしていない。

とはいえ、俺のやっていることは勿論非合法。それに、人を殺すというのはタブーだ。

人権擁護団体などは言う。『この世は、どんな人間であれ生きる権利がある』と。まったく、その通りだと思う。俺が今迄殺してきた奴等ははっきりいって社会の屑だったが、何事にも理由があるように、そいつらにもそうなった過去があった。

人間には、そうなるべくしてそうなるというような因果が俺はあると信じていたし、人間を殺すという行為が尤も愚鈍かな行為であることは自覚していた。

だが、俺はヒトを殺すだろう。外の誰でもない、自分のために。

俺の信念は、殺す対象を敬うこと。どんな人間であれ死んでいい人間なんていない。だが、俺は殺す。なら、俺はそいつのことを全て背負っていかなくてはならない。

俺は、偽善だったが、今迄殺した奴等の名前を全て言うことが出来る。それが、罪滅ぼしというわけでもないのだが。

くるくるっと、自分の愛用の道具であるハサミを回す。俺は、これで生きている。

人間とは脆い。別に戦車を持ち出さなくともヒトは殺せる。武器が進化する理由は、殺す威力を求めているのではなく、それを保っていることで与えらえる”優越感”や”力”である。それか相手に対する”牽制”か。どちらにしても、殺す威力を求めて武器は進化するのではない。

俺なら、ハサミじゃなくともメス一本あればヒトを殺せる。ヒトが死ぬということを、良く知っているから。

同様の理由で、俺は、いつでも自分を殺せる。どうやったら自分が死ぬか、良く知っているからだ。

俺は自分の部屋で電気も付けず、今日殺したターゲットについて考えた。今日殺したのは、エルリィ・ハードルドという犯罪者と、まだ幼かったミッシェル・ウェーカーという少女だった。

エルは誘拐犯だった。そして、ミッシェルは掠われた子どもだった。ミッシェルを誘拐した犯人であるエルは、ミッシェルと引き換えに法外な金を要求してきたらしい。

エルにも、金が必要な理由はあった。家族のためだった。生活に困ったエルは、悩んで悩んだ挙句、誘拐と言う尤も”成功率が低い”方法を取った。

今回の俺の依頼人は政府だ。

この事件において、ミッシェルが殺されれば警察の面子はつぶれる。それも、政府の人間にしてみればギリギリの選択だった。自分と言う人間が所属する組織を考えての、行動だった。

犯罪者に殺されるくらいな、どうせなら”不慮の事故”で死んだほうがいい。まあ、そんなことだろ。

ミッシェルの両親には悪いと思う。だが、俺は言われたとおり殺した。ミッシェルまで殺すのは少し気が退けたが、俺の存在が世間にばれては何の意味も無い。この事件が殺し屋によって解決されたとなると、それこそ政府の面子が潰れる。

だから、殺した。それは、仕方の無いことだったのだ。

俺は、目を瞑る。考えることを止める。

この世で、一人、二人、いなくなった。だが世界は動いている。この矛盾。一つの、いや二つの世界が消えたのにも拘らず、巡り続けて行く世界。それに関係した人間の人生をハチャメチャにしながら、まだ動き続ける世界。

一番残酷なのは、いるのなら神だろう。そいつは最低の傍観者であり最低の観客だ。俺らを見ながら何も使用としない。まさに嘔吐が出る考えだ。俺が殺しの技術を磨くのは、おそらくあの世に言った際、神を殺すためだろう。

神を、殺す。しかし、恐らくその前に俺が死ななくてはならないだろうが。

馬鹿らしい思考を打ち消す。そして、眠りに入ろうとする……

……しかし、残念だ。俺は、まだ眠れないらしい。

外に、気配。だが、ソイツらは気配を隠す必要も無いといった様子だった。

人数は、かなり多数。それも、おそらく組織的行動。それは、多くの気配が集団的に、そして連携の取れた動きをしていることから想像できた。

少し、外を覗く。そこには―――――――警官。

了解、なるほど、わかった。そういうことか。そりゃ、そちらさんの面子からすれば、この事件を殺し屋が解決したとバラされたら、そりゃ都合が悪い。それをネタに強請るかもしれない。

俺は、そう言うことはしないのだが、”他人を疑う”ことを考える場合、それは仕方無い結論だろう。どうみても、向こうは”正義”、こちらは”悪”だ。決めるのは、無論憲法だけれども。

俺は身体を起こす。ハサミを取り出す。構える。あと、1時間は眠れないだろう。ちょっと金にならない仕事は嫌だが、それと引き換えに自分の命を渡したくも無い。

外の気配をさぐる。と、玄関で数名の人間の呻き声。罠にひっかかったらしい。

S.W.A.T.も、質が下がったらしい…。

まあ、いい。

俺はゆっくりと歩いて窓を少しだけあけると、外に誰もいないのを確認して、飛び降りた。その着地した衝撃を利用して大きく前に一歩、踏み出す。普通の人間なら、足の骨を折っている高さだが、俺にはもう慣れた高さだった。

回りの人間に、気づかれる。そして発砲…される前に殺す。

静かに、もう一人の人間の世界が消える。悪いとは思うが、同情はしない。この人間にも過去はあったのだろうが、俺はコイツのことを残念ながら知らない。

また、名前を知らない人間のリストが更新されてゆく。俺は、ため息を付いた。

俺の職業は、殺し屋だ。

だが、俺のやっていることは非合法。それに、人を殺すというのはタブー。

しかし、俺はヒトを殺すだろう。外の誰でもない自分のために。

くるくるっと、自分の愛用の道具であるハサミを回す。

俺はこれで、”生きて”いる。
ちょっと孤独な殺し屋さん。欺瞞が欺瞞を生んで、裏切りが裏切りを生む。そんな、悲しい世界のお話です。