300のお題シリーズ
お題『 デルタ(三角。正しい表記はΔ。小文字はδ) 』
誰にも必要とされてないって? うーん、誰かを必要としてるのなら、いいんじゃないか?
「はぁ…」 私は、溜息を吐き出す。前ほどから数回。今日一日だけなら、已に百回は越えている自信もある。 無気力。今の私を形容するのにこれ以上の言葉は要らない。 私は学校からの帰りの電車の中、外をぼうっと眺めながら溜息をつき続けていた。 景色は已に夜。 今時の高校生はお天道様が活躍している時間帯よりも早くに家を出て、それで没むよりも遅く帰ってくるのが普通だ。 …少なくとも、私の中では普通だ。 それでも、私を信用してくれているのか、はたまた放ったらかしているのかは今一はっきりしないが、両親名はそれでも何も言わない。 まあ、信用されているということにしておこうかな、悲しくなるから。 流れる景色。 暗闇の中に浮かんでいる無数の蛍が、黒い夜空の中では無数の線となって流れてゆく。 夜空に浮かぶ月は下界を照らそうと頑張っているものの、どちらかと言うと人工の月ネオンの方がどうやら優勢のようだ。 暗い外の景色を眺めているだけで、私は何もしていないのだが、それだけで悲しくなってくる。 日常に、私自信に、そして何よりこの”運命”という奴に。 「……はぁ…」 また、溜息。 原因は、至極簡単なところにある。そう、原因は。 だが、その解決方法が見つからない。どうしても、分からない。如何するべきと言う指針もなく、特に何も出来ずにその場に停滞している私は、とりあえず今は無気力感の中に漬るしかないのだ。 優柔不断だというのは分かっている、だが、それを簡単に決められないのが本当の優柔不断なのだ。凄く、中途半端。 私はまさにソレに洩れない、本当の中途半端の女の子だった。 悩んでいる原因、それもベタで恋愛だった。それも、三角関係。俗に言う恋の三つ巴。 …まあ、言わないかもしれないけど、今はそんな感じなのだ。 まさに三つ巴というか、三竦み状態。三者がそれぞれ三者を監視しあっている状態。この状態を少しでも変えようとするものなら、この均衡が壊れること受けあいだ。 だが、私のような意志の弱い、平均アベレージ以下の女の子が、そんな修羅場に入って行くわけもない。というか、私にはそんなの無理だ。 だから、本当は三竦みというより、二竦み状態なのだが。 方や完全無欠のお嬢様。非の打ち所のない美貌と、何者も勝つことの出来無い天才。その風貌は正に気高さを醸し出しており、女の子全員の憧れ。誰に属するわけでもなく、一人単体で全てをこなしてしまうような器用さ。そして、どんな人間も容認してしまうような、器量の広さ。まさに現代版シンデレラ。 方や女の子の羨望の対象であるお姉さま。兎に角優しく、女の子なら誰でも憧れる”リーダー”のような存在。とにかく信用できる人物。何事も包み込んで衛ってくれるような錯覚を起こしてしまうほど、一緒に居る時は安心できる。まさに逸れは円卓の騎士。女の子の、王子様。 そんな、2人の二竦み状態。そして、その中心にいる私と言う平々凡々を絵に書いたような少女。 「…はぁ…」 また、溜息。 そりゃ溜息も出る。だって、そんなシンデレラのお嬢様と円卓の騎士様が、私に同時に告白(?)をして来るんだもん…。 私は、外をぼうっと見ながら、取りとめもなく、思考もせずに、座っていた。 ―私、どうすればいいんだろう… おかげで、降りる駅を間違えた。
翌朝。 私はいつもの通り登校してきた。私が通う聖女マリア学園は、女子高だ。だが、ただの女子高ではない。完全無欠のお嬢様が入るような、正に私のような平々凡々の凡人ちゃんが入ってくるような学校では、決してない。 だが、場違いにも私がこんな学校に何故いるのかと言うと… 「…ごきげんよう、エル様」 校門をくぐった途端、一人の女性―同級生には絶対見えない洗礼された動作、それは正に女子と言うより女性と形容した方がぴったりだ―が挨拶をしてくる。 「ご、ごきげんよう、瑠璃さん…って、また待ってた…じゃない、待ってらっしゃったんですか?」 私には到底似合わないような堅苦しい挨拶。でも、この学校ではこれが普通。 もう本当に、前世からお嬢様に生まれることが決まった人間しか来ないような学校なのだ。これくらい、普通のことだ。 …他にも、”薔薇”の称号を持った生徒会のような組織もあるのだが…。あれには流石にお近づきになりたくない。というか、私には無理。 なのに…なのに… 「ええ、そうですわ。だって、エル様がどちらのプチ・スールになるのか、非常に興味がありますもの」 ふふっと笑う瑠璃ちゃん…じゃない、瑠璃さん。その笑顔は、本当に可愛くて…。 一瞬と言うかずっと、私は魂を抜かれたように立ち尽くしているだけだった。いや、だって、瑠璃ちゃんが笑うと、本当に可愛いのだ…。 あ、ちなみにプチ・スールというのは、この学校特有の姉妹制度というものの一つだ。 この学校には多くのお嬢様がいるのは先ほど話したとおりなのだが、それぞれ一年生は、上級生の先輩と”姉妹”になり、色々上級生から教えてもらうという制度がある。 まあ、それだけじゃないんだけど、私はそうとしか理解していないのだからどうしようもない。 そして。 例のシンデレラ様と、円卓の騎士様が、私をプチ・スールにしたいと、こう仰ったわけだ…。 「…それで、決めましたの?」 「あぅ…その…まだ、なんだけど…」 「まぁ、悩むほどのことですか? どちらのプチ・スールになるにせよ、この学園の生徒全員からの羨望だというのに…」 そう、それは分かっている。この学校にいる”薔薇”の称号を持たない人間の内、美人と言われている5人がいる。それは通称”水蓮”と呼ばれている人達だ。そして、その2人はその水蓮に入る。 ”薔薇”と”水蓮”は多少気色が違うものの、この学校にある生徒の組織の中では対等の立場にある。というか、薔薇は生徒の自治組織。平たく言えば生徒会。”水蓮”は生徒による活動組織。これも言ってしまえば運動部の纏りみたいなものだ。 「うぅ…でもさ、私なんか平凡な人間が、あんなに素晴らしい方々のプチ・スールになるなんて…変じゃない…ですか?」 かなり際どい敬語だが、瑠璃さんはそんなの気にした様子はない。 「…そんなことは、断じて」 と、新たな声が背後に、すぐ背後に出現する。 私はどきっと、その声に心臓の音が一気に跳ね上がったのを、感じた。いや、というか血圧が多分10は上がったはずだ…。間違いない。 「ごきげんよう、燐鈴様」 「ごきげんよう、瑠璃さん」 …私は、まだ実は振り向けないで要るのだが…。背後の人物が私を意識してくださっているのが、痛いほど分かる。 「ごきげんよう、エルさん?」 …あぅ…。私は観念して、言葉を返すことにした。というか、返さないと何をされるか、本気で分からない。 「あ、あの、ご、ごきげんよう…様です。燐鈴様…」 訳分からないままの振り向きざまの応答。はっきりいって、変人以外の何者でもない。 「はい、ごきげんよう。それにしても、エルさん。自分のことを”凡人”と言うのは、今後一切禁止いたします。よろしいですね?」 ギロっと、正に効果音が聞こえてきそうな雰囲気で睨まれる…もとい、諭される(?)私。 「は、はいぃっ! わ、わかりまし…」 しかし、その言葉は全部発することが出来なかった。というのも、何故か私の口は、誰かの手によって塞がれたためだ。 「エル、ごきげんよう。あと、この女の言うことを聞かなくてもいいぜ。それに、俺はエルが凡人だと思ってようと気にしないしね」 私の背後でニヤリと笑う気配。 この学校唯一の姉御キャラにして、多数の女子から崇拝されている人物。その人物が、今私の背後に要る…。 それだけで、卒倒してしまいそうだ…。だが、それは無理そうだ。というか、そんなことになったら、本当にこことで死闘が始まりかねない。 私を、卒倒させた責任問題、とか言って…。本当に、勘弁してください、お2人とも。私は冷汗三斗の状態のまま、完全に膠着する。 「…ごきげんよう、詩織さん。注意しておきますが、その粗雑な言葉遣い、このマリア学園に相応しいものとは思えませんが?」 「ごきげんよう、燐鈴。そういうお前も、随分裏で権力使いまわしてるじゃないか。俺の部の部員が、予算が大幅に減ったって、泣いてたぞ? それこそ、マリア学園の学生に相応しくないんじゃないかい?」 ぐぐっと、2人の間(私の前の前というか、御二人とも背が高いので、目の上で、だが)で火花が飛ぶような視線が交錯する。 「…詩織さん、貴方の理非曲直さには相変らず脱帽いたしますわ…さっさと、その汚らわしい手を離しなさい…」 あぅ〜燐鈴様、怒ってるぅ〜。この燐鈴様を怒らせることが出来るのは、恐らくこの世で5人といないだろう。そして、そのうちの一人であるところの詩織さんは、平然として、 「燐鈴こそ、俺に隠れてこっそりとエルを奪おうとするなよ? ったく、考えることがセコイな? てめーこそ破邪顕正してやろうか、燐鈴?」 …もう、私にはどうしようもありません。とりあえず、隣の瑠璃ちゃんに助けを求めようと首を動かそうとしますが、残念ながら完全に硬直した私は動くことが出来ず、固まったままだ。 …正に、暗雲低迷。私は、この先どうなるのだろうか…と、不安に駆られながら固まる。 「ごきげんよう」 だが、ソコに第三の声が表れる。その人物こそ、私がこの場違いな学園に入った理由であり、この二人が私を狙う最大の原因の人物だ。 「ごきげんよう、燐鈴、詩織。あなた方は何をなさっているのですか?」 優しい声。しかし、そこに含まれている絶対的な威圧感。 「ごきげんようですわ、”黄薔薇”」 「ごきげんよう、美香子様」 その声に動じないような声で挨拶をする御二人。しかし、その声に前までの迫力はない。完全に飲まれてしまっている。 「まったく、あなた方は、場をわきまえなさい。聖母マリア様の前で、このような醜態を晒すなど、それこそこの学園の羞というものです」 ぴしゃっと、言い切る。その言葉に、お二人とも黙ったまま、何も言わない。 「…まあ、いいでしょう。二人とも、お行きなさい」 と、今度はその女の人が私のほうを向く。 「ごきげんよう、妹・慧流。朝から大変ですね」 「ごきげんよう…お姉さま…その、ごめんなさい…」 そう、私のお姉さまにして、この学校の”薔薇”の中では憧れの存在。”黄薔薇”の称号を持つ人物。その人物こそ、私の姉だったのだ。
私の姉は、本当の姉ではない。 私の義姉さまである。私の母は私が小さい頃に死んでしまった。多分、私を生んですぐだったのだろう、私にはその記憶が全くない。 その後、私は中学校までお父さんだけで育てられた。でも、それでも格別不自由は感じなかった。逆に、だらしないお父さんの為にと、毎朝朝食を作ったり洗濯したりしていた分、私は、まあ今考えれば”いい方向”へと育ったのだろう。 そして、私には突然姉が出来た。それは、私が中学校一年生の時だった。 再婚する、そう訊いたときはまったく不思議じゃなかった。お父さんだってまだ若かったし、それに子どもの私から見ても誇れるようなお父さんだったからだ。 そして、対手のお母さんの連れ子、この方が美香子様。そのときはまだ中学校3年生だったはずだ。だが、その年齢はたったの二歳だと思えないくらい美香子様はちゃんとした女性だった。 私は、一瞬でお姉ちゃん子になってしまった。男だったら、確実に惚れていただろう。いや、むしろ私はお姉さまに恋をしたといっても、本当に過言ではない。 そして、お姉さまは聖マリア学園へと入学。学校でも成績が抜群によかった美香子様は、マリア学園へ難なく入学。そして、その後を見ていたのは、私だった。 私は、努力した。もう、今思い返せば人生で”本気”になった唯一の時間だった。来る日も来る日も、私は学習に尽くした。そして奇跡の結果、私はなんとかギリギリスレスレでマリア学園へと入学したのだ。 その後、入学して間もなく、私が馬鹿にも学内で美香子様のことを『お姉ちゃん』と呼んだことから、これは始まっているのだが。 あー、思い返して見れば、非道く馬鹿なのは自分なのだなぁ…と思う。 ”黄薔薇”(そのときはまだプチ・スールだったが)の称号を持っているお姉さまを持っているという噂は瞬く間に流れ、そして多くの人間が私をプチ・スールにしたがった。 それは憧れである美香子様の妹をプチ・スールにすれば、学内でも結構融通が利く。それくらい、美香子様はすごい人物なのだ。 学校の人間全員から例外なく憧れていると言っても過言ではないほどの容姿、博覧強記で頭脳明晰な知能、ずば抜けた運動神経。まさに、どれをとっても完璧な女性だったのだ。 だから、私を見ているわけではなく、多くの人間は私の背後に要る美香子様を見ているに過ぎない。私は、相変らずの凡人だ。 だから、この三角関係は、本当は私が入る余地など、どこにもないのだから…。
そんなある日。 聖マリア学園の園内。時間帯は昼休みの時間だ。 私は午前中の授業がまったくと言っていいほど理解できずに、私より数倍頭脳明晰の瑠璃さんに今日の授業を復習して頂いている時だった。 中庭。木陰のベンチで今日のノートを拡げていると、ふと陰る。そこに写った影の人物を確認しようと顔を上げるとそこには… 「…あら、ごきげんよう、エルさん、瑠璃さん」 …あぅ、シンデレラこと、燐鈴様が立っていらっしゃった。 「ごきげんようです、燐鈴様」 「…ご、ごきげんよう様です、燐鈴様」 優雅な礼をする瑠璃さんに比べ、明らかに不恰好な礼をする私。うう…ちょっと、悲しい。 何か、王様のパーティーに紛れ込んだ運動部員の礼みたいだ。そう考えると、それが言いえて妙だったので、更に悲しくなるのだが。 「お勉強ですか?」 優雅な声が、付近を包む。それだけ、私は何も言えなくなる。 「はい、燐鈴様。エルさんに、お勉強をお教えしていたんですの」 ニコリと綺麗な笑顔を浮かべ堂々と言い返す瑠璃ちゃん。うーん、様になっている…。 ソレに比べて私は…。かなり、見窄らしい…。 「あら、本当ですか? そんなことでしたら、私に聞いて下さればよかったのに…」 「あ、その、非常にありがたいんですけど、私みたいなぼ…」 凡人、といいかけて止める。この前、止められていたのだった…。危ない。 「…その、燐鈴様に態々お願いするような問題では、ありませんので…」 アハハと、渇いた笑いが付近に広がる。うぅ、悲しいよう…。 「問題に大きいも小さいもありません、私は単純に貴方のチカラになりたいだけなのですから」 「…は、はぁ…」 私は歯切れが悪い返事をする。どうせ、燐鈴様も、私は見てくれていないのだ。私の背後に要る、美香子様を見ているだけなのだから。 そう思うと、眼の前の女性が、非道く汚く思えてきてしまう…。 「…ま、あ、その、考えておきます、燐鈴様…」 「いや、その必要はないぜ、エル?」 と、今度は中庭の反対側の道から、もう一人の”水蓮”の方が歩いてくる。 その動作一つ一つが優雅美麗で、完璧だ。 …言葉遣いは、相変らずみたいだけれども。 「ごきげんよう、燐鈴?」 「…ごきげんよう、詩織さん」 一瞬目を合わせるものの、直様離れる御二人。 「エル、困ったら私のところへきなよ? 私も、アンタのチカラにくらい、成れるからさ?」 「まぁ」 ニコヤカな解答を返す隣のお嬢様であるところの瑠璃さん。 …まあ、コレは見方を変えれば告白みたいなものではないのか…。 だが、お二人とも私は見ていない。私の背後の美香子様を見ているだけだ。 そう考えると、何か凄く腹が立ってきた。誰も、私を見てくれないのだ…。 「…全く、貴方のような粗雑な人間にエルさんを委せらるはずがありません。貴方の粗雑さが染ったらどうするおつもりですの? 美香子様に、何と言えば?」 「大丈夫。アンタみたいな腹黒い人間がエルの面倒を見るよりは数倍ましだろう? もしかしたらエルは将来の”黄薔薇”かもしれないしな? そんな人間が燐鈴みたいだったら、流石に嫌だからな」 やはり、お二人とも”黄薔薇”に美香子様。二言目には、そう仰るのだ…。 誰も、私を見てくれていない。 誰も…… 「…いい加減に、してください、お二人とも」 私は、静かに言った。 その言葉にお二人とも顔を蹙めるようにして、コチラをみる。隣の瑠璃さんでさえ、駭いた様子で私を見ている。 「…いい加減、にしてください。私に構わないで下さいませんか? 私は、私はあなた達のプチ・スールには相応しくありませんそれは前から言っているはずです。私みたいな凡人が、あなた方の様な方の後継者など、まさにお笑い種です、まったく釣り合ってません。それに、どうして私なんですか?」 「エルさん…」 「もう、うんざりですよ。どうせ、お二人とも私ではなく、私のお姉さまに興味がおありなのでしょう? だったら、私じゃなくて直接お姉さまに言ってください私に言わないで下さい私を利用しないで下さい。私は、私はあなた方とは、一緒じゃありません。私は只単にお姉さまの妹なだけであって、私はお姉さまじゃありません、迷惑なんですよぉっ! 重いんです、あなた方が!」 中庭に、そこまで言って沈黙が走る。ただ、私の荒い息遣いが聞こえてくるのみだった。 空気が凍っていた。誰も、口を聞こうとしない。 「もう、構わないで下さい」 ――終わった… 私は正直そう思った。その途端、何故か涙が溢れてくる。同時に此所に要るのが非道くいたたまれなくなって、走り出す。誰も、私を止めなかった。
その後、私は適当に時間を潰してから、そっと教室へと戻った。だが、そこはまったく変わった雰囲気はない。どうやら、あの事実が抵たりに知れるまで、多少のタイムラグがあるらしい。 …だが、あの出来事は確実に学園中で噂になるだろう。そう考えると、この学園に要ること自体、場違いに感じる。 いや、そもそも私はこの学園には相応しくないのだ。もともと、場違いだったのだ。何故そう思いながら、必死に逃げていたのだろうか。 もう、私は、終わったのだ。どうせ、場違いな場所だ…このまま消えてしまうのも…。 「失礼します」「ちょっと、ごめんね」 そんなことを思っていると、私の教室に二人の人間が入ってくる。それは紛れもなく、あの二人だった。 …何故か、二人とも怒っているように見える…何故かは分からないが。 「エルさん」「エル」 「は、はいぃっ!」 ……条件反射で答えてしまう私。さっき思いっきり言いたいことを言って逃げてきたのに、余りにも情けない。 と、いつもなら笑っている燐鈴様が、 「貴方、先ほどは私に言いたい放題言ってくださいましたね?」 …怒っていた。 「そうだぜ、エル。お前、俺らの弁解も聞かずに駆け出しやがって…お陰でお前を索し歩く羽目になっちまったじゃねーか」 こちらも、激しく怒っていた。 私は、固まったままだった。 「でも、貴方の気持ちは分かりました。だけど、私は貴方を諦めることはないでしょう」 クラスは、今や神妙な雰囲気が漂っていた。そりゃそうだろう。いきなり学園きっての”水蓮”の二人が、教室へと殴りこみに来たのだから。 …おそらく、マリア学園全体でも、前代未聞の空前絶後の事態だろう。 「俺もだ。それに、俺らは、勿論燐鈴も、何も美香子様とお近づきになりたくてお前をプチ・スールにしたかったわけじゃねーぞ?」 ………え? 「そうです。私は、貴方が図書館にずっと遅くまで残り勉強を諦めずにしていた姿に感銘して、貴方をプチ・スールにしたいと、そう思ったのです。断じて、美香子様は関係ありませんわ」 「俺は、お前がクラス全員の分の差し入れを、それも一人で作って来てくれたのをみて惚れちまったんだ。黄薔薇は、正直関係ない。分かったか?」 …どちらとも、私には思い当たる光景だった。 燐鈴様の仰っていることは、おそらく一年生の最初の頃。一番最初のテストで私はいきなり赤点ギリギリを取ってしまい、そして毎日図書館へと通って勉強していたのだった。それを、見られていたのか…。まったく、気づかなかった。 それに、詩織様が仰ることも、心当たりがあった。運動大会の時、先生に無理を言って家庭科室をお借りし、試合に出る選手の分と、それとクラスメートの分のお菓子を作って持って行ったのだった。と言っても、私が単純に運動ができないから、それくらいしか出来無いだけなのだが…。 ちょっと、恥ずかしい。 というか、クラス中の人間が、私に注目する。 「あ…ぅ…そ、その…」 私はそうとも知らず、あんな悪態をつき、更には逃げ帰るようにして、いや実際逃げて来てしまったのだ。しかし、それをお二人は追って来てくれたのだ。 紛れもなく、お二人は私のことを見てくれていたというのに、私はそれに気づかずに…。 「も、申し訳ございませんでした……」 とりあえず、謝る。 「ええ、本当に。本当なら、謝っても許さないところですが、私のプチ・スールに成ってくださるのなら、考えてよ?」 え…? 「まあ、言いたい放題言ってくれたがね、俺は別に怒っちゃいない。だが、コレが徒労に終わっちまうのは、ちと悲しいなぁ…あーあ、欲しいなぁ、プチ・スール?」 えぇ…? お二人が私を見たまま、ニコリと、天上の笑みを浮かべる。 私はその中、只固まったまま、冷や汗を垂らしていたのだった。
その後、その話はもうコレでもかと言うほど校内を噂として流れ、それが先生の耳にも入り、御二人はミサの時間にたっぷりとお説教をくらったそうだ。 私はと言えば…。 家に帰るなり、お姉さまから鉄血制裁があったということは、言うまでもないのだが。 |