300のお題シリーズ
お題『 鍵穴 』
汝、剣を持て敵を伐て。
「……まいった、なぁ〜…」 そう、俺は参っていた。 俺の名前はカシオと言う。フル・ネームはカルシオル・フリーバー。今現在の年齢は数えなくなってから計算すると15歳くらいだろうか。 だが、ここ6年ほどは、ちゃんとした生活をしていないからそこあたりの感覚は怪しいものだ。 今現在、俺は路上でギャング団の一人として生きている。これは比喩なし、脚色無しの『生きている』だ。 子ども達のみで構成されているギャング団は、しばしば『キッズギャング』とも呼ばれたりする。俺達も、結構この呼び方が気に入ったりしているのだが。 勿論、世間では俺らの評判は余りよくない。いや、はっきり言って悪い。悪すぎるってくらい悪い。 まあ、やってることがやってることだから、仕方がないって言えば仕方無いんだけど…。だが、それも変な話だ。 俺らの仲間のほとんどは、親が捨てたり、手放したし、挙句の果てには殺そうとしたりした子どもばっかりの集まりだ。中には親がヤバイ仕事で殺されたとか、自分から楽しそうだからって遊び半分で入ってくる奴だっている。だが、基本的に俺らは自らこの道を選んだわけじゃない。 そうならざるを得なかったから、そうなったのだ。 俺は、俺の仲間のエピソードに比べたらクソみたいに普通の人間だった。親が警察官、母親や主婦だった。だがある日、父親が逮捕したギャング団の頭の部下が、家に日を放ちやがったのだ。そこで、両親はどちらも死亡。俺と、あと俺と一才違いの姉貴は別々の親戚に引き取られたのだが、そこで俺の悪運は終わらなかったらしい。 そこの家でも、俺は家族を失った。原因は分からないが、ある日行き成り黒服の男が家に入ってきて、借金のカタにと、俺らの家を奪って行った。どうやら、今度は義母の奴がどうもギャンブルで多額の借金を作ってたらしい。その後は、夫婦仲好く自殺。俺は目出度く6歳にしてギャング団になったというわけだ。 そして、今、俺が何故困っているのかと言うと…。 『…シャル! 大変だ!! 例のデータが盗まれた!』 眼の前の空間を、誰かの足が通り過ぎる。その足はかなり狼狽てている風で落ち着きと言うものが全く感じられない。 まあ、無理もないが。 『ええ、貴方。私のもなの! もう、まさか窓ガラスを破って入ってくるなんて…』 泣きそうな女の人の声。遠くで聞こえる。 『…とにかく、警察に連絡しよう。そうしたら、何とかしてくれるはずだ。今、あれを失うわけにも行かない…何に変えてでもな』 ―け、警察っ!? マジかよ! これは、ますますもってヤバイ。 俺は位空間の中、窓の鍵穴から見えるかすかな景色と、それと聞こえてくる不鮮明の声の中、戦慄していた。 俺は、何を隠そう、数十分前にこの家に忍び込んだ。仲間達と大体4人くらいでチームになって行動する。 一人は見張り役。んで、他の三人が主に強盗の役だ。 強盗の役にも種類があって、俺は一番大切な寝室やらの役だったのだが。 見張りの人間が帰ってきたのをみすみす見逃しやがった訳だ。他の二人は何とか逃げたらしいが、どうも俺だけはタイミングが悪かったらしく、身近にあったクローゼットの中に滑りこんだのだが…。 まあ、”盗まれた”と家の人間が言っている事から、おそらくあいつらは何かしらのものを持って行ったのだろうが。 この家の住人は、そんなに金持ちという感じでもなく、かといって貧乏では無いという平均的な家庭だった。この家を狙った理由は、ガードマンらしき人間は雇っておらず、その上侵入しやすかったからに過ぎない。 そんな偶然で、俺はこんな目に合わせられているのだ。少しだけ、運命を呪いたくなる。 だが、今は運命を呪うよりはここから脱出する手段を考えなくてはいけない…。 …そーっと、扉に耳を当ててみる。あんまり体重を掛けすぎると扉が開いてしまうから、あくまでもそーっとだ。 声は、ずっと遠くにあるようで、どうやらこの二階に人はいないらしい。 今度は鍵穴から外を見て確認する。 ――よし、誰もいないか… 外を慎重に観察し、そしてクローゼットの扉を少し開けようとしたそのとき、 「―っ!!?」 行き成り扉が開かれた。 眼の前には一人の、俺よりは少し年齢が上の少女。恐らく年齢は17くらいだろうか。まあ、俺の年齢すら怪しいから分かったものではないが。 それからの俺の行動は早かった。 クローゼットを開いている手を掴み、床に押し付ける。女が悲鳴を上げようとしたので、直様に喉を圧迫して声を出さないようにする。 動脈を抑えることなく、気管だけ圧迫する技術は結構自身があり、眼の前の少女も必死に声を出そうとするが何も言えなくなった。 「…悪いな、動かないでくれ」 俺は静かに語りかける。ここで取り乱したりすれば、逆に相手に有利を与えてしまうこととなる。これは、今までの経験上から知っていた。 「決して大声を上げようとは思わないことだ。まだ警察は来ていない。ここで大声を上げれば、俺は確実にアンタを殺すだろうし、俺は確実に逃げれる。だから、無駄だってことだ」 「……」 女は何も言わない。じっと後ろ向きに、背中に乗っている俺を睨みつけるように見つめている。 ―ほう? 今時の女にしては珍しい。 俺は内心、その女の態度に少しだけ感心していた。こう云う場合、大体の人間が泣き喚くか、暴れ狂うのだが、眼の前の女にはその態度が微塵も感じられない。 勿論、殺されるかもしれないという恐怖はあるものの、だからと言って逃げようともしない。 「…大声を上げないって誓えるか? なら、喋れるようにしてやる。俺も、お前にニ三個質問がある」 コクリと、うなづく少女。ふむ、混乱しているわけでもなさそうだ。 ゆっくりと手を話す。勿論片手の、後ろ向きに回して動きを取れなくしている腕は離さないが。 「…貴方は、一体誰?」 女の一言目は、こんな感じだった。明らかな敵意の言葉。だが、ソコには抵抗の意思は余り感じられない。 あくまで冷静に、俺に訊っている。そんな感じだった。俺はその態度にもさらに感動する。それと同時に、言い知れぬ不安感を感じる。 一言で言えば”喰われる様な”感覚。眼の前にいるこの少女を、無条件で危険だと感じる、本能の感情のようなものだ。 「質問してるのは俺だ。お前こそ、誰だ?」 「私はこの家の娘よ。ここは私の部屋。質問には答えたわ。あなた、誰?」 ふむ、変な女だ。 こんな状況なのにも関わらず、自分が殺されるような状況なのにも関わらず、冷静に物事を受け止めている。 「…強盗が、そんな簡単に名前を教えると思うかい?」 「…まあ、それもそうね…。それより手、離してくれないかしら? さっきから痛いんだけど?」 「……勝手なことを言わないでくれ。お前が逃げるかも知れないだろ?」 「アンタなら、私が逃げ出すより早く殺せるでしょう?」 む。 まあ、そうなのだが。この女がこの場所から出口に到達するよりも早く、この女を投げナイフで殺す事は、そんなに難しくない。 が。 「ダメだ。俺の身の安全が保障されるまでは、一緒にいてもらうぞ?」 「……わかったわ…でも、とりあえず私の首に突きつけてるジャック・ナイフだけは、しまってくれるかしら? 正直、それじゃあ生きた心地がしないもの」 「ダメだって言ってるだろう? もしかしたら、お前が何か変なことをするかもしれないだろうが」 「……まったく、強盗さん、少しは私の言うとおりにしてよ。じゃないと、私は貴方を逃がせないわ?」 …は? いや、今コイツは何と言ったんだ? 俺は、改めて眼の前の少女を見下ろす。なるほど上級家庭の生まれらしい純白の服。押えている感触からしても、どうもこの女は白い服一枚しか着ていないらしい。ふむ、お嬢様らしい格好だ。ちなみに、俺らの縄張りでこんな格好をしていたら、10分で貞操を失っている事は間違いない。 このお嬢様は、自分の身を守るってことを知らない。 筋肉も華奢なもんだ。俺が少しでも力を篭めれば折れてしまいそうな白い腕。きちんと綺麗にまとめられた髪の毛からは薄いミントの香りがする。 身体全体から、俺達を拒絶するような、上品なオーラが滲み出ている。はっきりいって、住む世界が違う。 だが、どうしたもんだ? 今コイツは、俺を助けると言う。その証拠に、俺が押えている限りに於いて、この女が抵抗すらしないのだ。 「冗談もそれくらいにしてくれ。お前が俺を逃がす? そんな事は絶対ない。誓って言える。お前は嘘吐きだ。それに、お前らお嬢様が、お父さまお母様を裏切ることができるとは、到底思えない」 「そうでもないわ。実際、私はあの人達の本当の娘じゃないもの」 「…? だから、恩もないってか? だから裏切れる? 本当にそれだけか?」 「ええ、そう。だから、私は貴方を逃がしてあげる。そして、私は今日の事を誰にも言わないわ?」 「………いや、今一信じられない。それに、そんな取引をするメリットが、お前には無い」 「あるわ、私はあの人たちのこと、最高に嫌いだから。ちょっとした、嫌がらせよ。私を邪魔者みたいに扱うの。その癖、パーティーなんかじゃ『自慢の娘』なんていうのよ? もう、うんざり。ねえ、だからさ私に協力してくれない?」 そして俺の下で、首筋にナイフを突きつけられている少女は、ちょっとだけ悪魔のような微笑を浮かべる。 …もしかしたら、コイツも俺達と一緒なのかもしれない…という考えが、少しだけ過ぎる。もしかしたら、コイツも俺達と一緒で、親と離れ離れになって、養子として来たのかも知れない。実際、そういう話は結構耳にする。もしくは、御家同士で決めた許婚とか。 「それにね、このままじっとしていても、結局貴方は捕まるわ。お父様とお母様が、今警察に連絡したもの。ここ付近は貴族の家の集落街、事件があれば警察はすっ飛んでくるわ」 確かに、この女の言うことも一理ある。 警察とて、まったくの慈善活動で動いているわけではない。勿論、裏では貴族達の連盟との癒着だってある。大人の社会ってのは、汚い奴が得するように出来ているのだ。 俺はその世界で、ずっと生活して来たのだから。敗者の、世界で。 「…オーケイ、俺の負けだ」 俺はそう云うと少女の上から降り、ナイフをポケットにしまった。女の子は少しだけ戸惑いながらも立ち上がり、俺を見て少しだけ微笑む。 その笑顔が、最高に可愛かった。俺は少しだけ、その笑顔に見とれる。 「信用してくれて、嬉しいわ」 「…別に、信用したわけじゃない。俺にとって、このままずっといても、意味がないって思っただけだ」 「まあ、私にとってはどっちでもいいけどね。さてと、じゃあ、私についてきてくれるかしら?」 言うが早いか女の子は慣れた足取りで部屋を出てゆく。俺は一瞬逡巡ったものの、今は眼の前の女の子に他依るしかないということを再確認して、少し後に部屋を出る。 女の子は、流石は家の住人だけあって、部屋を知り尽くしていた。足音を忍ばせながら俺達は階段を降り、階下の扉から地下室へ出た。そして地下室の窓から外へと出ると、家から少し離れた場所まで俺を連れて、そこで止まった。 「…流石だな…まさか、こんなにスマートに行くとは思わなかった」 「まあ、伊達に家族の”フリ”してないわ? それより、早く逃げなくていいの? こんな貴族街に貴方がいるのが見つかりでもしたら、100%自白してるようなものよ?」 正直、そうだった。俺はすばやく周りを確認すると、少女に一回礼を言って、駆け出した。 が、途中で少女に呼びとめられる。 「あ、貴方、名前は何て言うの?」 と、また最初の質問を女の子は繰り返す。 「…俺の名前は………カシオ…カルシオル・フリーバーだ。お前は?」 と、女の子は少しだけ駭いたような表情をして、一言、 「…私はケリー。ケリー・マイグワイツ。じゃあね、カシオ。二度と、逢う事はないでしょうけど…」 次の瞬間、町の片方からけたたましい音を鳴らしながら、警察の車が来るのがわかった。俺はそれを聞くが早いか、近くにあった茂みの中に飛び込み、そこから人に見つからないように、あじとまで戻ったのだった。
ちなにみ。 俺らの仲間の中の誰も、何も取らずに直に家を出たらしいということが後でわかった。 つまり、”データ”とやらを隠したのは、例のケリーって少女だったと言う訳だ。彼女にとって、偶然強盗に入った俺らは、丁度言い口実だったのだろう。 まったく、俺は結局あの女に利用されてたって訳だ。 そう思うと少しだけ悔しかったが、そこまであの女を怨めない自分がいる。 何となく、俺と同じ気がして。
また一方。 一人の女の子が、自分の部屋から外を見ていた。名前を、ケリーと言う。 彼女は父親と母親をギャング団の部下の報復によって失くし、たった一人の弟とも生き別れになったという過去の持ち主であった。 |