300のお題シリーズ
お題『 白鷺-シラサギ 』
想像してごらん、自分が想像している姿を。
白鷺。しらさぎと読んでもはくろと読んでも別に意味は伝わるのだし、あまり変わらないのだが、個人的には『しらさぎ』を推したいと思う。まあ、かの有名な姫路城だって別名が『しらさぎ城』なわけだし、短歌の季語の中にも『しらさぎの〜』で始まる句がある。それになりより、はくろっていうのは渡り鳥の事をさす場合もあるから、何となくしらさぎの名前ではないような気がする。 「………」 もともと白鷺というのは、コウノトリ科の動物で、基本的には渡り鳥なのだがとか。その中でも全身が雪のように白い鷺を、白鷺と特別に読んでいるというわけだ。その綺麗な姿から昔から優雅な感じを覚えていたのだが、実際問題はそんなことない。 やはりあいつらは鳥類で、そういう意味では生きるために生存しているのであって、そこに美しさの破片も無いのだが。まあ、こんなことをここで説いても詮なきことだし、何よりも時間の無駄なので割愛する。 「………」 はぁ。 溜息をつく。その溜息は特に何も意味を発するものではなかったし、決して疲れから来るものでもなかった。そして序で俺には落胆するべきことも無かったし、何も悲しいわけでもない。 まあ、強いて言えばアレは現実に対する逃避のようなものだ。そう思ってもらって構わない。 「……」 見つめる。見詰る。凝視る。目の前の現実と、目の前のイメージと、それらが表出す意味を。そして、理解する、思考する、考慮する、黙考する。 答えは、出なかったが。 『………どうした?』 隣の奴が俺に話しかけてくる。いや、実際にそういった言葉では話しかけてはくれなかったのだが、俺にはそのイメージが伝わってきたしそれはおそらく間違いないだろう。そうやって俺達はイメージの伝達で会話をしている。 「………」 俺は答えなかった。いや、正直喋り方が未だに分からなかった。というか、前ほどから何故か知らない場所で立っているだけで、俺は特に何をしているわけも無かった。 「……?」 隣の奴は俺に何も興味を失って去った。というか、最初から話しかけたのは気紛れだろう。いや、鳥類にそもそも気紛れがあるのかは、分からなかったが。 何故か俺は、例によって白鷺の格好をして、立っていたわけだ。いや、白鷺の格好ではなく、白鷺で、だが。
何故そうなったかなど、訊くだけ無駄だが、それに仮に答えるなら知らないうちにそうなっていたとでも言うのだろうか。いや、まさしくその説明が適切なのだが。 俺は多分前は人間だったはずだ。いや、間違えなく想だった。記憶もある。でも、今は何故か白鷺なのだ。わからない、何故だ。 ああ、そうか、コレは夢だ。夢なのだ。だが、夢にしてはイヤニリアルだし、そもそもなんで俺は白鷺になった夢を見ているんだ。夢と言うのは隠された本性とも、今現在望んでいる本望だとも、そして何より精神判断をする上で役に立つらしいが、今の俺はどういう診断をうけるんだろうか。 本性、白鷺です。意味が分からん。 本望、白鷺になりたかった。いや、思ったことすらない。 精神判断、白鷺、つまり渡り鳥のように自由になりたかった。だが、今は不便しているだが。 つまり、意味が分からない夢。夢と知覚できる夢を明晰夢、そして現実に起こる夢のような出来事を白昼夢というが、今のコレはどっちなんだろうか。 例えば、明晰夢だとした場合。これは夢で、俺が現実世界で夢だと知覚しているというコトは、俺はつまり今寝ている状態に無くてはならないのだが、残念ながら俺にはそんな記憶は無い。それどころか、今俺は学校へまさに行こうかとしていた時だった気がする。いや、勿論夢だし、思い出せることなんかには限界があるのかもしれないけども。 もしくは白昼夢。つまりこれは現実に起きていることだ、と。だが、それこそ馬鹿馬鹿しい。しかし、俺は思う。いや、不安が浸食してくるといったほうが正確かもしれない。例えば人間が死んだ時あの世とは外の動物への転生だったりするのではないか、と。それに、これが夢であるという証明すら、俺にはできないのである。 と、目の前に虫が見えた。はっきり言って気持ち悪い系の無視だ。芋虫ではないが、如何にもと云った感じの虫だ。 「………」 ―――あ。 身体が、何故か自然に動いた。 その虫は今は俺の腹の中に何故かおさまっている。というか、俺は意識していないうちに、虫を食べていたのだった。気持ち悪さは、ない。というか、味覚すらしない。ただ、腹が少しだけ満たされたのがわかる。 「………」 マジかよ…俺、ミミズみたいの喰っちまったぞ…。 少しだけ、絶望。というか、夢なら早く醒めてくれ、マジで。正直、きつい。俺は虫なんて食べないし、ましてや白鷺になんかなりたくないんだ。そとの大きく羽ばたいている優雅なイメージなんかは最早現実の鏡像なわけで、実際はやはり生きるか死ぬかの瀬戸際で精一杯生きている生物に過ぎないのだ。 想考えると、人間も一緒ではないのか、と思う。人間も自分のために一生懸命だし、まずは自らを優先させるし、自分がいい生活をするため、豊かな人生にするため、安心できる道を進むため、必死に生きているのだ。そういう意味では、俺はコイツらとなんら変わらないのだから。 だが、流石に虫は食べたくないな…。まあ、あの話じゃないが、スープは飲めないが。 にしても、やっぱ、俺、鳥になっちまったのかなーと、漠然と思う。 途端、一気に周りが騒がしくなった。俺がそっちの方に頭を向けると、そこには多くの仲間が空に向かって飛び立っていた。力強く、羽を広げて、空に向かって。 急に、寂しくなると同時に、不安になる。俺は、飛び方を知らないのだ。 いい表出せない不安。小さい頃、大きな場所で親とはぐれたところに居る時の不安。知らない道に言って、そこで、迷ったときの不安。つまりそれは未知、知らないという不安。 それは絶対的なものだった。何故かと問われれば答えは無いが、兎に角俺も一緒に行きたかった。今すぐ俺も、空に向かって羽ばたきたかった。だが、俺は一歩歩くことすら、適わない。というか、羽を広げることすら出来ない。飛べない鳥なのだ。 俺は空に飛んで行くみんなを見送っている。いや、実際は見送りたくないのだが、そうするしか方法が無いのだ。 そんな中、空から一羽の鷺が降り立ってきた。 『どうした?』 その鷺は鳴き声で言った。 「………」 俺は答えられない。答え方が分からない。 『…ケガしたの?』 その鷺は、先ほどの鷺とは違い、俺に構ってくれるらしい。そう思うと無性にこの目の前の鷺と、話したくなった。呼吸を絞る。だが、口からはなんら音が出ない。まるで神経系が完全に痲痺してしまったかのような感じ。身体が、思うように動かない、いやしたいのにできない。自由では、とてもなかった。 「………」 それも、無言。本当は無言で返したくないのだ、ちゃんと喋って、ちゃんと向き合って、そして会話したいのだが、その仕方が分からなかった。というか、勇気も無かった。 『………何?』 流石に向かいの鷺も俺の異変と言うか、変な様子に気づいたらしい。少しだけ、心配したような、そんな様子になる。それが堪らなく、嬉しかった。 俺は、飛びたかった。目の前の鷺のために、いやもうこれは俺の意思だ。もう鷺で構わんから、今すぐ飛びたかった。 ぐぐっと、刹那、俺の身体は、浮き上がる。 ―――飛べ! さらに、力を込めるというより、意思を込める。強く念じる。やり方なんか知らない、そんなの知らなくたっていい。俺は、俺は飛べるはずだ。 ―――さ、飛べっ! 今度は翼が大きく輾む様な音を出した。だが、無視した。さらに高い位置へと舞い上がるため、さらに上に飛んだ。 そして、風が吹いた。 俺はその瞬間まるで今までの努力が全部なくなったかのような幸福感に包まれた。風は俺の周りを回るように抜けて行き、俺はその風に乗って飛んだ。 とても自由じゃなかったけど、とても楽しかった。俺らが白鷺に抱いていたイメージとは裏腹だったが、それでもそれはとても素晴らしいことだった。 そして………夢が醒める。
「………」 むくりと、起き上がる。 付近を見渡し、今の現状を把握する。顔は少し火照っているように熱く手は痲れていた。感覚が洞ろで、頭が霞がかったように働かない。 もう一度、見る。 そこは、教室だった…どこの?…勿論、俺の。じゃあ、ここは学校?…らしいね。嗚呼、そう云えば俺はテストに入って眠りに落ちたんだった…今、思い出した…思い出した?…ああ、そうだ。俺は―――。 緩慢な動きで目の前の用紙を眺める。そこには已に書き込まれている解答用紙と、一番前の問題用紙。全部で4枚。つか、国語のテストで4枚も問題用紙を擦る教員も馬鹿だ。両面印刷をすれば、2枚で済むのに、資源の無駄だ。 俺は固まった身体を伸ばす。手は自由に動き、そしてやりたいことが出来る。そんな当たり前のことが、とても素晴らしく思えた。俺達はよく鳥を自由の象徴に使うが、あれは嘘だ。 ―――あれ、そう云えば。 「……さっき、どんな夢見てたっけな…」 回想………するが、思い出せない。ただ漠然と、感動した感動だけが、イメージとして残っていた。 |