300のお題シリーズ

お題『 髪の長い女 』

ワシに分からぬことなぞ無いぞ。分からぬことがあれば、分からぬと分かるからの。

 

ゆっくりと、目の前に飾ってある飾り棚から、多くの品を取り下ろす作業をずっとやっていると、流石に疲れて来る。

まったく、いくら神社に手が足りぬからとは言え、まさか非力な自分の娘をこんな力仕事に使おうなどとは正に非常識もここまで来ると面白い。

それに、ワシは今、巫女の盛装をしているので、動きにくいこのこの上ないのに、だ。

まったく、どうかしている。

「すまぬ、みなの者。ワシは少し休むが、よいか?」

「ああ、お疲れじゃな梳柚ちゃん、外に麦茶があるよ」

よく神社にお参りにきてくれている老人が、ワシにそう言葉を投げかける。ちなみに、この老人はワシが手伝いを始めるより前に、此所にいてまだ休憩していない。

それを考えると、多少気が引けるのも事実だが、しかし実際からだは最早限界に近い。

昨日、多少ハードな運動をしたため、その影響もあるらしい。

「ご老公、お主も茶をどうじゃ?」

ワシは一応、その老人に訊いて見た。だが、その老人は「いやいや」といいながら、私の持てる何倍もの荷物を抱えたまま、外の倉庫へと向かって行った。

その様子に少し申し訳なさを感じながらも、ワシは休憩することにした。

 

外に出ると、先ほどまでの埃っぽく、そして蒸していた空気から一気に解放され、涼しい風が付近に満ちていた。

と言っても、もう正月が終わった1月の中旬。外は本来、こんな盛装では風邪を引くほどに寒いはずなのだ。

まあ、ワシにいたっては、毎日と言うほど水行をしているのだから、こんな寒さ、寒さの数えには入らないのだが。

逆に、これくらいの昼の気温の方が、とても心地よい。

長い髪が、風に揺れるのがわかる。シャンプーやらトリートメントは一切していない。子どもの頃から自慢でもあった、髪の毛だ。

今では長くもなり、最早そろそろ腰まで届こうというところ。毎日結いてやらないと、次の日大変なことになる。

だが、それもワシを形容する一つの大切な容姿のひとつなのだから、止めるわけには行かないが。

それに、もう一つ理由がある。それは、ワシが思いを寄せている殿方の言葉である。

『一度決めたことを易々と変えてしまえるのは、それはその人間に続ける気力があるかどうかとか、そういうコトとは無関係だ。つまり簡単に、自分が出来そうにも無いことを決めたその時の思考が原因であって、それ以外の何者でもない。そして同時に、そういう奴に限って、何もできなかったりする』

とのこと。

その言葉が、ある意味ワシの中で大きな存在となって、この髪を長くし続けている原因でもあるのだが。

そう考えると、ワシが他人の考えに影響されているというのは、この殿方だけだろうと思う。まったく、想いの力と言うのは偉大だと、他人事のように思う。

境内の外で、茶をすする。老人は無節操に『茶』と言っていたが、それが結構名がある銘茶である事は、飲んだ瞬間にわかった。

このような心遣いは、嬉しい。

ワシが茶を、何気なく境内にすわり、すすっていると、ふと、視界の隅の方で何やら動く気配を感じた。

茶を持ったまま、その方を向くと、そこには一人の男がおった。

「………町の老人会の連中に境内の掃除をさせておいて、貴様は楽々、高みの見物か?」

その男は開口一番、ワシより低い位置から、ワシに声をかけてくる。

ワシは境内前の廊下の手すりによりかかり、その男を見る。

相変わらずの飾らずの外見。気怠そうな雰囲気は変わってはいない。

「ふむ、予定より早く来るとは、汝にしては殊勝な心がけだの?」

「時間は早い方がいいと言ったのは、貴様だろう? 自分の言動には責任を持て」

「そうだったの。まあ、上がられい。粗茶くらいは出すぞ?」

ワシは踊る胸のうちを秘めたまま、境内から本家のある家まで、早足で駆けて行った。

 

家に入るまでの途中。

ワシは未だに巫女の盛装のまま、家の敷居を跨ぐ。

「して、汝は、もしワシがこの髪を切ったら、どう思う?」

特に話題も無かったので、それとはなしに振ってみる。

「……なんだ、藪から棒に……」

「どう思う、と訊いておるのだ」

目の前の男は、一瞬考える様子を見せ、そして次の瞬間には普通の表情に戻っていた。

「……興味ないな」

「………」

ワシは何だか腹が立ってきた。

此奴の言葉でワシは意思を通しておるのに、それを綺麗爽快に忘れてしまっているというのは如何なものか。

「…まあ、強いて言うなら、だが、」

と、ワシが内心腹を立てていると、その雰囲気を察してか、いささか早口に目の前の男は口を開く。

「似合わん」

「………」

あっけらかんと言い放つ男。その顔はいささか渋ったような、何やら苦渋の決断をしたような顔にはなっていたが、それでも自分のこととして言い放った目の前の男。

似合わない。

つまり、それは、

「………確かに」

この髪は、それだけワシを形容しているというコトだ。

「いや…確かに、ワシも、想像がつかん」

そう言うと、男は何やら胸をなでおろす。

…今度は、ワシのことをどう思っておるのかと、質問してみたいものだ…。

だが、『恐れている』などと反って来ても、癪だが。

 

「で、切るのか?」

 

男は、そう、家に入る直前に聞いてきた。

 

「愚問。切らぬよ。切らんでいい理由が見つかったからな」

 

もう少し、この髪型でいよう。そう、ワシは心から思った。
これでも二人は高校生〜♪(死