神々の憂鬱〜忘れていたもの〜
- Missing Mine -
忙しい現実…それに追われている日々。
それは人間にしろ、神にしろ同様だった。
めまぐるしいように変化する状況と、それに対処しなければいけない数が圧倒的に多くなったと言う以外は。
今日も天使は急いで仕事をこなす為に神々が忙しく働いている神殿へと向かっていた。
外は、雨。
しかしそんなことに構っていられるほど、天使は暇ではない。
なにせ片付けなければいけないこと。
自分がやるべきことが多くあるためである。
神の世界は完全に実力社会である。
実力がないものは容赦なく階級を下げられる。
そのためにも、自分の階級維持のためにも日々働くことを止めるわけにはいかなかった。
というより、仕事を自分から取ったら何が残るだろうか?
宮殿に急ぐ電車の中、天使は考える。
当然電車は満員電車。
隣や後ろにはあったこともない、勿論知るはずもないどう世界の住人達が並んでいる。
苦しい…が、文句は言ってられない。
自分はこんなところで終わるわけには行かないのだ。
だからと言っても明確な目標があるわけではない。
日々、自分のやるべきことをやるだけで一日が終わるのだから。
すべてが機械的に流れ作業のように流れてきて、そして自分はそれをこなすだけの自動人形………。
そう思うとふっと自然に自分のうちから嘲笑が漏れるのを防ぎようがなかった。
しかし、その作業を自分から取ったら?
残るのは何をするはずもない、スクラップのみ。
そう、自分に…その廃棄物に居場所はない。
あとは処分されるだけの悲しき運命というレッテルを貼られた自動人形に生きるすべはないのだ。
そんなことを考えながら、いつもの駅、いつものタイミングで駅に出る。
先ほど横にいた見知らぬ天使は今、何をしているのだろうか? もしかしたら、自分と同様に働いているのかもしれない。
そんな中、駅から出た男の天使の目の前に泣いている女の小さな天使の子がいた。
人々は当たり前と言った面持ちでその少女の天使を無視して歩いてゆく。
右から左に流れるように、安い情報が飛び交っている今の時代。
多少、他人を恨みながらも男は、皆と同じ行動をとることにした。
(何で私だけが、特別なことをしてやらねばならない?)
それは常識のようで、かなり非常識だった。
さっさと次に乗るべき、バスが待っているバス停へと歩みを進める。
そんな時、くいっと自分の白いローブの裾を掴む細い腕に気付く。
男は正直、”まいった”と思った。
その腕の方に目線をむけると、やはり先ほどの少女。
こうされては仕方ない。男はとりあえず近くの交番か、駅に少女を預けることを決定した。
だが、内心考えていることは隠して必死にペルソナをかぶる。
男はにこっと恐怖心の微塵すら感じさせない笑顔で答えた。
「……どうかしたの?」
少女と目線を合わせるために、腰を低くして応対する。
まるで今まで、見えていなかったように。
少女はコクリと涙目の目で頷く。天使である特徴の金髪・金眼が揺れる。
「大切なものを…失くしちゃったの…」
どうせ大切なものと言っても”人形”だの、所詮は子供のようなものなのだろう。
それよりもこっちは”時間”と”地位”と”余裕”という、何物にも変えがたい3つのものを失いかけていると言うのに。
「それは…何かな?」
男はそれでも優しい大人であろうとした。
それは大人の義務であり、それが当然なのだ。
「わからない…」
「……は?」
男は一瞬少女が言った言葉の意味がわからなかった。
「君は…自分がなくした大切なものが何かを知らずに探そうとしているわけか?」
少女がコクリと涙目で頷く。
男は内心あきれた。
そんなの、見つかりっこない。いや、そもそも見つかるものなのかどうかも判らない。
それがもしも金銭的価値のあるものならばすでに見つからない可能性が高い。
ここあたりでは、自らの物は自らで守るのが基本原則である。
「そんなの…お兄さんには無理だ…ほら、駅に言って聞いてみようよ?」
そう言って早めに女の子を手放したかった。
時間が…無い。
これ以上ココで油を売っていようもんなら完全にバスに乗り遅れてしまう。
それだけは避けなければならない。
しかし、女の子は首をブンブンブンと振るだけだった。
男は困った。
正直、すぐにでも見捨ててしまいたかった。
「でも…お兄さんじゃあ、役に立って上げれないんだよ?」
口調は優しかったが、言葉の端々からはちょっとした焦りと憤りが滲み出ている。
女の子はそれでも何も言おうとしない。
「はぁ…ねえ、お兄さんはこれから会社に行かなくちゃ行けないんだ…こんなところにいたら今度はお兄さんが大切なものを失くしてしまう」
そういって女の子と別れようとすると、女の子は静かな声で、
「たいせつなもの…って、何?」
と、聞いてきた。
「子供には難しいだろうけど…”時間”と、”お金”かな? 時間は失ったら二度と戻らないし、お金がないと生活できないからね」
男は早口にまくし立てる。
時間が……無い。
はやく開放されたかった。
「ごめんなさい、私…大切なものを…思い出した」
と、少女がいきなり言い出した。
よかった…男の心の中には安堵が広がった。
意味がわからなかったが、とりあえずこの場は終わったのだとわかった。
これで自分は安心して仕事に行くことが出来る。
「それは…心…だったの」
「…え?」
男は一瞬、女の子が言い放った言葉が認識できなくて混乱する。
こんな年浅はかな少女が言葉にするには多少、ギャップがある言葉だったためだ。
というか、違和感があった。
女の子は、女の子じゃなかった。
女の子は、女の子じゃなかった?
「”ありがとう”…やっと探し物が見つかったよ。ありがとう…お兄さん」
ペコリと少女がお辞儀をして、向こうへ走っていってしまう。
「あ………君は…一体……」
と聞く前にすでにバス停にはバスが今まさに来ようとしていた。
それを見るなり男は駆け出していた。
顔全体で感じる風が、とても気持ちよかった。
あの体験が嘘だったのか,今となってはわからない。
それからと言うものも、男の生活はまったく変わることの無かった。
まあ、唯一変わったことと言えば努力が認められ階級が上がったことくらいだろうか?
今頃になって思うのだが、アレは僕だったのではないだろうか?
そう、もう一人の僕。
今となってはどーしてもそう思えてならないのだった……。
しかし、もう二度と会うことは無いだろう。いや会えないだろう。
何故なら僕も、探し物を見つけたから――――――
『ありがとう』という、言葉を。