300のお題シリーズ

お題『 名前 』

休むってことは、そのままもう動き出さないって意味だからね?

 

『はぁ…』

そこで私たちは、初めて呼吸らしい呼吸をしたと言っても、まったく過言ではなかった。

あたりは夏。いや、夏と呼ばれた概念はとうの昔に消え去り、私のような過去の哀愁に囚われた悲しい人間の頭の片隅にしか、その言葉は嫌な存在していない。

過去、この世界には春・夏・秋・冬といった概念が存在していたらしい。

それを、ある者は生物学的見地から、自らが食す物体の変遷に伴い連続的に変化していったと述べ、ある者は太陽の昇る南中高度の角度から連続的に変遷していったと述べ、ある者は過去この世界を支配していた支配者たちが、ある一定の目安のために意識的に変化させていたと述べた。

そのどの仮説も当然仮説に過ぎないことは重々承知だが、だが一向に我が世界としての共通認識としては定まっていない様子である。

まあ、所詮そのような世迷いごとに耳を貸すような連中は結局どういう結論に転んだところで絶対にその結論を受け入れるとは思えないし、結果的に何が変わるわけでもないので問題ないわけだが。

まあ、そういうわけで。

今は、過去の暦に従うならば夏。

しかし、一年中照りっぱなしの太陽と、軽く人間の体温の温度を超えた外気温がそのような感覚は必要ないくらい、夏を認識させていた。

もしかしたら過去の人間たちは皆、結構いい加減に自らの体感でそれぞれを分割していたのではないか。多分、きっかけはそんなものだったのだろう。

人間はわからない。

閑話休題。話題を頭から消そう。

私は少しだけ目を瞑る。それは今までの疲労がそうさせたのだろうか、しばらく私は立ったまま動けなかった。

『町が、見えました。あと少しじゃないですか?』

隣に立っている一人の女性、否、一人の少女というべき年である女の子がこちらを振り向きながら言い放った。

その言葉にはどこと無くいつもの覇気はなく、何かやっつけ仕事を嫌々させられている雇われ人のような雰囲気をもっていた。

ふむ、それは言いえて妙だと思いつき、少しだけ一人で苦笑した。

『そうだな、おそらく、あそこを超えれば懐東だ』

『カイトウにはいったい何があるんですかね? 確か、あの人は珍しいものがあるって言ってましたけど…』

済ました顔で言う女の子。私は汗だくだと言うのに、汗ひとつかいていない。

いや、私のような引き篭もりとは体から違うのだと言われているように感じて、少しだけムっとするが、しかしそれは栓無きことだし、被害妄想だし、さらには自分が悪かったので何も言わなかったが。

人間の体というのは、本当に勝手が悪い……それを、強く実感する。

私は目を開け、前を向きながら言った。

『ああ、珍しいものが有る。いや、あるという言い方は適切ではないんだよ。そうだね、適切に言うとすると『あるかもしれない』かな?』

私は、再び一歩を前に踏み出す。

ゆらりと、前方の町が揺らめくように見える。

砂嵐でも来るのだろうか?

私は今来た砂漠の道を振り返りながら、そんなことを思った。

 

砂漠の端っこ、オアシスの木で作られている家が並ぶ町並みを見て、私は店を探していた。

町に着いた私たちは、とりあえず不足した物を買い揃えるようにしたのだ。

なるほどこの付き添いの少女は砂漠育ちだけあって、物の買い方や使い方が上手い。

砂漠ではどのような物でも貴重になる。それが食料だったりすればなおさらだ。

なので砂漠で育った人間は、必然的にそれらの有効利用法を小さい頃から頭に叩き込まれるようになる。

無意識にだろうが、少女はよりよい商品を、よりよい値段で、さらに大量に買い込んでいた。

私のような、見るからにインテリかかった人間はカモられることが多いので(実際、カモられたコトにも気づかないことはしばしばだが)少女のような人間は凄く助かった。

『ところで、さっきの質問ですけど、何をやっているんですか?』

唐突に少女が尋ねる。

なるべく太陽光を反射するように進化した白髪に、まるで黒砂糖のような真っ黒の肌が対照的で目立った。

でも、回りも全員そんな人間ばっかりだから、少女自体は自らの風貌に疑問を持ったことは無いだろうが。

『ああ、君は知らないの、えっと…』

『カオです』

『ああ、香音。ここあたりの、三つ巴の争いを』

少し小声になりながら、私はそういった。

『ばっちゃんから少しだけ聞いたことがありますけど、でも実際何してるかは知りません』

ケロっとした顔で言い放つカオ。砂漠の人間にとって自らが生きるうえで必要な情報以外は、無駄と同じなのだろう。

どうもここあたりの争いも、それこそ童話や伝承レベルと同一レベルで彼女らの間では話されているらしい。

そう思うと、やはり『砂漠育ち』は違うのだなと認識させられざるを得ない。

『そうだね、多分、聞くより見るほうが早いよ』

そういうと私は少女を尻目に歩き出す。目的は、ここあたりを統治している貴族の家。

すでに私が行くと言う連絡はいっているはずなので、後は私たちが出え向けばいいだけである。

 

豪華絢爛、という古語を思い出さずにはいられない、そんな室内だった。

人間は本来、自らの立場や、地位、そして器の大きさを示すような理由のために屋敷を構えたり、神殿を構えたりする。

それは何世紀にもわたって伝統となり、そしてやがては伝説になるようなものを、だ。

『よくこられたな、客人』

そう言ったのは、ここあたりを統治している貴族の若。

私が東方より来たからといって、ざわざわ出迎えてくれたらしい。ご苦労なことだ。

見るからに、私は器の大きい人間で、しかもお金を持っているんだぞ、と見せびらかす衣装に少なからず反感を覚えたが、私はそんなことは表情に微塵も出さずに、男の手を握った。

カオが後ろで『うわ…』とうめくのが微かに聞こえる。まあ、わからないでもないが。

『して、客人。後ろの、ヒョウジは誰かな? 残念ながら私の屋敷には、ヒョウジに出す食事も場所も無いのだが?』

私はその一言にも反感を持ったが、それを笑顔で隠す。ヒョウジとは、白人と書いてヒョウジ。砂漠で生きる民族の俗称だ。

だが、その俗称があまりに”穢れたもの”を示すのは周知の事実だったが。

『…』

カオは黙っていた。でも、その無言には今までに無い怒りが込められている。

しかし、言い返すことはできない。それが砂漠に生きるうえでの”鉄則”だからだ。

『いえ、私は自分の宿がありますから、今晩の晩餐は遠慮させていただきます』

『むぅ……それなら、致し方ありませんね…』

若も、さすがに言葉を失う。きっと私が来ると聞きつけて、大勢の料理人をかき集めて、最高級の料理を作っていたのだろう。

『しかし、少しだけでも寛いでいかれては? …その、例外でそこのヒョウジにも…』

『残念ですが』

きっぱりと断る。そこで初めて目の前の男に怒りらしき表情が見て取れた。なんとも、面をつくろえない奴だ。

内心少しシニカルに構えながらも、目の前の男を見返す。

若は私に何か言いたげに視線を向けるが、だが何も言わずに一礼だけして『それでは』というと去っていった。

角を曲がって消えた後、怒鳴り声が響く。まったくもって子どものようだ。

その後ろ、ひょこひょことカオが着て、『アイツ、気持ち悪いな…なんだ、アイツ?』と、そういった。

『この国の国王だよ』

私は笑ってそう答えると、きびすを返して城門を出て行った。

 

夜。

私は高台の上にいた。

別に夜風にあたりたくなったわけでも、高台の上に何か珍しいものがわけでも、さらには理由があったわけでもない。

いや、理由ならあった。正確には『ある』。

『ううぅ、寝ないのか?』

眠たそうに目をこするカオ。私はそんなカオをマントの中に優しく導いてあげた。

そして。やがて、来る。

遠くから、どーんと、花火のような音が響く。

『うわ〜』

カオは目を輝かせて、今発生したソレを見た。それはまるで子どもの目だ。いや、カオは正真正銘の子どもなのだが…。

さらに立て続けに響き渡る重低音。

町中の建物がその光りを反射して、高台の上から、夜であるにもかかわらず一望できるようになる。

『す、凄いぞ!! こんなのがあるって、知ってたのか??』

カオが興奮して私に話しかけてくる。私はカオをしっかりと抱く。

カオは先ほどから、『うわ〜』としか言えなくなってしまったらしく、目の前の光景にただ見とれていた。

夜の高台。ソコから見える町は、あまりに幻想に満ちていた。

”聞くより見たほうが早いよ”という言葉を言ったのを思い出し、ちょっと苦笑する。

『なあなあ、コレ、なんていうんだ?』

カオが私を見上げるようにして聞いてくる。私は優しくその声にこたえた。

『イクサ、という。戦いだね』

前の前に上がる炎。響き渡る重低音。そして、町になだれ込んでゆく無数の兵士。

殺される人々。そして、今に壊れそうな城門の周りに、多くの兵士が詰め掛けているのが見て取れる。

『凄いなぁ……これが、ばっちゃんが言ってた”戦争”なのか?? カオ、始めてみた』

それはそうだろう。砂漠で戦争する馬鹿はいない。砂漠で戦争が始まった場合、最善手は”逃げること”なのだから。

『ああ、凄い。あれだけ賑わっていた町が、もうほら、半分くらい燃えてしまっている』

家は半分以上木。それ以外は土。燃えていない半分はおそらく、粘土製のものでできているのだろう。

私はその光景を、ただ何もせずに見る。ソレが目的なのだから。

『凄いなぁ〜、シン。シンはコレが今日あるって知ってたのか?』

カオがさらに私を覗き込んでくるように訪ねる。

『そうだね。知っていた……うん、そうだろう。知っていたんだね、きっと』

私はそんな少女の質問に一瞬戸惑いながら、最後は笑って答えた。

『ちなみに、カオ。私の名前は”シン”じゃなくて、本当は”カミ”って言うんだ、まあどっちでもいいけどね?』

ふと、昼間にあった国王のことを思い出す。彼は今どうしているだろうか?

『………まあ、どちらでもいいか』

私―神―はそう言うと、ただ町を見下ろしながら、歴史の変わり目の大戦争を、ただ覚めた目で見つめていた。

名前…につなげるのは、ちょっと無理があった??

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