300のお題シリーズ
お題『 ジャックナイフ 』
ここにいて、いいの? そう少女は、まるでその場所が、自分がいたらいけない場所のような感じで、驚いていた。
”人を殺す時、一番有効な手段はなんだろうか。” そもそも、人を殺すのはそう簡単ではない。いや、人を殺すこと自体は簡単でも、それを止めさせるだけの数多の障害が存在する。 だから、多分人を殺すのは、この手の中にあるジャックナイフだけで、十分なんだ。 そう、人を殺すときに殺すのは、自分自身。 自分の未来や将来、自らの家族、親、そして友達、何より人を殺すことを『禁忌』であるとした人間当然のルール、そして道徳。 そんなものを手のひらの中にあるコレで殺せれば、多分人を殺すことなんか簡単なんだと思う。 そんなことを最近、よく思う。 ガタン、ゴトンと周期的に揺られる電車の中、何気なく目の前の男を観察する。なんてことはない、男だ。頭にはヘッドホン。 ヘッドホンからは微かに聞こえるくらいの音洩れが聞こえている。髪の毛は金髪。格好も、何となく好きになれない。 ふと、目が合う。男は直ぐにそらした。ボクはそらさなかった。 そのまま、数秒。しかしボクも何となく目をそらした。意味などない。 ただ、そうしなきゃいけないと思ったからだ。 何となく、そんな気がしたからだ。 ボクは今から人を殺す。言葉で言うより、現実は怖い。 沢山のモノを捨てる勇気。そして、それらを二度と手に入れないとする勇気。 それがボクにあるのか、ちょっと怖いけど。 それでも精一杯やってみよう。それだけが、やれることなのだから。 目の前の男の子は、そんなボクのことなんか、多分一瞬だって覚えてはいない。 そう、だから。 ボクは服の下に隠したジャックナイフを、ちょっと強めに握り締める。
”誰を殺そうかな?” 誰かを殺そうと思って、でも誰を殺そうとも考えていなかった自分に腹が立った。なんて無計画。 でも、ボクは既に『そーゆーもの』は無かったから、それは自然な発想なのかもしれない。 多分、そうなんだろう。ボクには色々、欠けて無かったんだ。 昔の世の中だったら、ボクは目立っていて、多分気味悪がられて。 それで阻害されて、そして最後には自殺でもしていたのかもしれない。 この現代の暖かい”棘”がボクをずっと蝕んでた。刺さりそうで、刺さらない棘。 それはハリネズミのソレに似ている。ボクには刺さらない。でも、確かに何かを刺す為にある棘。 変化を意識して、そして普通から外れて、それでもなお、ボクは”普通”でいた。いれてしまった。 それは多分、問題。 だからボクは欠陥商品。それはきっと、生まれながらの失敗作だったのだろう。 ボクみたいな人間は、昔の社会なら、体内に入った毒を正常化するようなシステムでつまみ出されるが、その抗体が今の世の中にはないと思う。 だから、ボクみたいな人間が、生きることができるのだから。 くだらない、世の中。それでも、ボクは精一杯自分を『殺し』た。 だからボクは後はどうでもいいんだ。誰でもいいんだ。 何となく、電車を降りると、そこは懐かしい学校だった。 ここは小学校? 確かそうだったと思う。 時間帯は昼を少し過ぎたあたり。それでも、まだ小学生らは校庭には出ていなかった。 ココで、もしかしたら………。 …止めよう。思考を殺した。 ボクは何気ない様子で、学校の正門を、飛び越えた。
”最初に見つけた人を、殺そう。” それがボクに与えられたミッションだった。 ゆったりと、校舎に近づく。誰とも会わなかった。まるで、ボクのためだけに、ボクを誰にも見つからないようにしてくれたと、そういった雰囲気。 ちょっとだけ、嬉しくなった。きっと、神様も味方してくれている。 これで、ボクは”異常”になれる。普通でないということが証明されるのだ。ちょっと嬉しくなる反面、ちょっと怖い。 普通は別に悪いことではない。多分、沢山の生徒が普通になろうと努力してる。 皆が皆で、普通になろうとしているから、だから世の中には普通の人間しかいない。しかし、たまに僕みたいな人間が生まれる。 そしてそういった人間は、多分それを気づいて欲しくて、何かをする。それが一番分かりやすい。 自分が”壊れている”と証明するには、多分一番早いから。 ゆっくりと、学校に入る。何となく後ろめたくて忍び足。手にはまだ何も持っていない。 懐かしい学校の校舎。そしてボクはそこを、靴を丁寧に脱いで入った。 ちょっと自分のそんな習慣に苦笑する。多分、飛び降り自殺をする人が靴をそろえるときも、同じ気持ちなんだろう。 ”どうだっていいのにね。”
『? あの…何か御用ですか?』 ……っ!? 一人の男が目の前に現れた。ボクはその瞬間、初めて人を『殺す』ことに恐怖を抱いた。 思考の中で何度もシュミレートしてみても、所詮は創造。妄想。想像。 現実が、押しかかる。喉がカラカラになる。心臓が高鳴った。何となく、目の前の男がに憎くなる。 頭に血が上るのが、意識してわかった。 くそ、お前が現れたから、俺はお前を殺さなきゃいけないじゃないか!! どうしてくれるんだよ!! そんな感情が、心の中で吹き荒れる。不安定、そして何より、不条理。 『ここの生徒さんだった人?』 目の前の男は俺から視線をはずさない。明らかな警戒。 まあ、それは正しい。ボクは確かに警戒されてしかるべき存在だ。 「…あ、はい。○○先生はいらっしゃいますか?」 馬鹿、俺の馬鹿!! 最初に見つけた人を殺すって約束はどうなった?? 心の中でののしる。 目の前の男は俺の口から知っている先生の名前が出て、緊張を解いたらしい。にこやかに笑うと、 『ああ、多分職員室にいると思います。場所は…』 「わかります、生徒でしたから」 ちょっと笑いあう。心の中で葛藤。 そのまま、その男の人とか別れた。何となく、また会いそうな気がした。
”次は、ちゃんとやるから。” 自分に言い聞かす。 そしてそのまま、廊下を歩く。 何処からとも無く生徒の声が廊下に響く。何人かの女の子がボクに挨拶をしてくれた。 ちょっと嬉しくなる。そんな少女らにボクはいつもならしないのに「こんにちわ」と笑い返した。 何人かの生徒とすれ違って、そしてやっと職員室にたどり着いた。 その前で少しとまる。じっと、職員室の看板を見た。 何も、考えていなかった。 「あの、何か御用ですか?」 と、後ろから声をかけられる。振り向くと、それは○○先生だった。
あぁ、仕方ないなぁ……。
ボクはため息をついた。 服の下にしまったジャックナイフ。 多分コレで人を殺すのは二人目。 そして、多分これで一人目。 ボクは胸ポケットに手を差し込むと、そのままおもむろにナイフを取り出して。 ――――――っ!
”殺すつもりは無かった!” あそこで先生が現れなかったら、もし校庭に生徒がいたら、あの時、電車の中の男がボクを殴っていたら、僕は多分人を殺したりしなかった。 悪いのはボクじゃない、欠陥商品を放置した、世界そのものだ!! ”先生は小学校の頃ボクをいぢめていた。だから殺してやろうと思った。” 理由が必要だった。 自らを助けるため、今更ながら世界に拒絶されるのが怖くなったため、俺には理由が必要だった。 何でもいい。俺を援護してもらえるもの、そして俺を助けてもらえるものが欲しかった。 世界から拒絶されるのは嫌だ。 ああ、今頃気づいた。僕は欠陥商品なんかじゃなくて、多分、”普通”の人間なんだろう、と。 普通の人間は多分、ボクみたいにならないのは多分、いつもその感情を上手くコントロールしているからだろう、と。 あれ? おかしいな。だったらやっぱり、ボクは欠陥商品だったんじゃないのか? ”自分がなんだか、わからない。” 今のボクは、一体なんだろう? ちょっと悪趣味だったかな………。実際の事件を基にした話。 |