300のお題シリーズ

お題『 竜の牙 』

倒れねぇ、絶対進み続けてやる、たとえ倒れたとしても前のめりだ!(スクライド・カズマ

 

『昔、ここいらには竜がおった』

また始まったと、シオンは思った。

バーのカウンターの席、シオンは一人で頬杖をつきながら、その反対サイドで聞きとしてホラ話を話し始めたバーのマスターを見る。

バーのマスターは自慢の体格と、そして大げさな身振り手振りとでさもその物語をリアルのように話す。が、シオンはソレが嘘であると知っているので何となく腹が立った。

いや、勿論、今バーのマスターの話を聞いているやつと友達だからホラを話されるのが嫌とか、そういう理由じゃない。実際、聞いている奴らはその話の真偽なんかどうでもいいだろうからだ。

ただ、何となく腹が立つのだ。

『そしてその竜は我らのエネルギー源であるスウィアの宝庫である山に住み着いたのじゃ。結果、町はスウィアが採れず廃れ、ここいら南方には疫病が蔓延して子どもらが死に、そして我らがゼア国も存亡の危機に立たされたのだ』

何が存亡の危機だ、と思う。実際ゼア国の歴史上、そんな大飢饉が起きたことなんかないし、そもそも天然のスウィアが詰まっている山など存在するわけが無い。

ただ、御伽噺はまだ続いていた。

『それを見かねた我らが国王、ティリー5世は、国中から勇者を集い、その中から一名を選び、竜の討伐を命じた。その勇者はとても勇猛果敢で武術に優れ、そして尚且つ魔法をも極めた魔法剣士じゃったのじゃ』

それは大層なことで…とシオンは心の中でつぶやく。第一、一名を選んだのがうそ臭い。どうせなら竜に懸賞金をかければよかったのだ。問題定義自体がそもそも疑わしい。

シオンは目の前のコップの中に残っていた酒を煽ると、バーのカウンターで聞きとして話に熱が入っているマスターを尻目に、戸口に向かった。

かちゃりと、少しだけ鎧の継ぎ目が音を立てる。しかし、立っているときも鎧の重さを意識したことはないし、最早慣れてしまったから自分の鎧に違和感も無い。

戸口で金を払うとそのまま野外に出る。

ふと、何となく入り口の右のほうを―マスターが話しているあたりを―見た。ソコにはでかでかと、本当に普通の象のそれの何倍もあろう牙の形をした彫刻が、飾られているのだ。

マスターはその彫刻を”竜の牙”だと言って聞かないし、最近ではここいらの名物化している話を聞きにさっきみたいな旅行者が来る始末。

まったく、良い商売してやがる…。

内心毒づき、そしてそのままバーのドアをくぐった。

 

シオン。本名は理由があって伏せているが、まあそんなたいそうなものじゃない。

ここいらでは本名で相手を呼ぶ人間などいない。いや、本名で相手を呼ぼうものなら、瞬時に切られる。

戦争になった際、家族が危ないし、何より自分の出身などが全て分かってしまうのだ。だから、名を伏せるのは剣士の間の常識だった。

「お、シオンじゃねーか」

夜道、イキナリシオンは一人の男から声をかけられる。

シオンはその男を一瞥すると、すぐさまに剣を抜く。そして疾る。

相手も既に臨戦態勢。射程の広い”槍”をフルに活用してこちらに迫ってきていた。

10メートル以上はあった間が、一瞬で詰まる。お互いが速度を緩めず、そのまま衝突。

大きく槍が振られ、シオンの剣が強く押される。だが、その反動を逆に利用して、シオンは後方へと飛ぶと、そのまま倒れるように地面に付した。

線。

先ほどまでシオンが立っていた場所―受身を取っていたなら立っていたであろう場所―を大きく槍が薙ぐ。

それを見越していたかのように倒れ、そして一瞬で起き上がる。

槍の弱点はすなわち槍の重さ故の反応の鈍さ。大技を出した後は隙ができる。

その隙を絶対に見落とさない。シオンは即座に体制を立て直すと、両刃の剣を構え、大きく跳躍した。

だが、対峙している男は槍を持っている手とは”逆の手”で槍の下方をつかむと、おもむろに突き出す。

それはれっきとした棒術の技。跳躍していたシオンはその槍の底をもろに腹に食らう。

…が、シオンはそのまま棒を強く握り締めると、”手元に引き寄せるように”強く引っ張った。

一気に間合いを詰める。男の、一瞬だが、焦った表情。

勝った。シオンは確信した。

力を込め、不安定な空中の状態で、おもむろに槍を引き寄せた。

「…は?」

その言葉はシオンが発したものだった。何と男は槍を手放していたのだ。

にやり、と男が笑う。

結果、思いっきり引っ張った槍は文字通り引っ張られる。シオンは空中の変な体勢のまま、自由落下を始める。

そして、衝撃。

 

悠に10メートルは吹き飛ぶ。シオンは無様に路上に転がっていた。

「………」

先ほどの男がゆっくりとした動作で自分の槍を拾うと、その矛先をシオンの喉下に突きつけた。

「き……たねぇ………棒術の……次は、体術…かよ」

虫の息で述べるシオンに、涼しい顔で受ける男。

「効いたか、俺のケリは?」

「あ…あぁ…息が、でき、ね、ぇ……」

文字通り意気絶え絶えで言うシオン。その様子に満足したのか、男は矛先をすっとシオンからはずした。

「、!?」

おそらく、それは呼吸の隙に終わっていた。

シオンはまさに神速の動作で立ち上がると、男の腹におもむろに剣を叩き込む。文字通り、”叩き込む”。

刃ではなく、側面で。

モノを切るとき、シオンの使っている両刃の剣は特にだが、有る程度の”速さ”が必要となる。

つまり、大きく振りかぶって切り下ろせば、どんなにナマクラだって、そしてどんなに腕が悪かったって、有る程度の傷にはなる。逆に、速度が無ければ、それこそ本当に達人か、それとも切れ味が相当良い剣で無いと切れることはない。

コノ場合、振りかぶっている時間は無かった。でも、それでは相手に致命傷を与えることはできない。

だからシオンは剣を剣として使わずに、単純な”鈍器”として使用したのだ。それなら予備動作も必要ないし、力そのものを叩き込める。

ゆえに、シオンは剣で切らずに、叩く選択を選んだのだ。

だが、それにすら男は動じなかった。

おもむろに足を上げると、

「はっ」

蹴り飛ばす。

「ぎゃふんっ!」

普通では滅多にお耳にかかれない言葉を発して、さらに吹き飛ぶシオン。

そこからさらに10メートル先に、完全にノビた状態でぴくぴくしているシオン。今度こそ男の完全な勝利だった。

 

「ふ、甘いぞ、シオン」

その後、とある宿で二人の男が話していた。

正確には二人の男と、一人の女が、だが。

「…ちっくしょーーー!!! ケリは反則だろ、ケリは!!」

未だに言っているシオン。その様子を横からさめた様子で見つめる女。

「……第一、エモノを手放す戦士がどこにいるんだよ!? 試合放棄だろ!!」

「シオン〜わかってないなぁ〜、俺は肉弾戦でも勝ち残れる自信が有る」

『わかったか?』と付け加えるとガハハハと笑ってみせる男。

「はい、お待ちどう。特製チャーハンに、特製カレー。それに、特製……」

「いっただっきまぁぁーーーーすっっ!!!」

宿屋の娘が説明するのをよそに、すぐさま飯を書き込み始めるシオン。先ほどまでの態度はどこへやら、今はもう微塵も気にしていない様子だった。

「……すまん、エリア」

「えっ? あはは、いつものことですから〜」

同席していた女が代わりに謝った。しかし、シオンの態度をまったく気にした様子もない宿屋の娘。

「むしろ、シオンの場合、ご飯をすぐ食べないほうが、心配ですよ」

くすくすと笑うエリアと呼ばれた娘。しかし、その言葉にシオンが少し額に皺を寄せて、

「ほぉ〜ゆうぅいみはぁよっ!」

反論。だが、刹那。

「口にモノを入れて喋るなっ」

音。シオンの頭を何か見えない不可視の鈍器が殴り飛ばす。

「んんっっ!!」

店の中を豪快に滑っていくシオン。それを『あ〜大丈夫?』ととりあえず気遣う娘。『心配いらん。例え死んでもリザするから』と冷徹に述べる女。

その様子を尻目に、男は目の前のスープをゆっくりとすすっているのだった…。

 

「っぷっはぁ〜、沢山食ったなぁ!」

「お前だけな」

夜。宿屋の食卓から階上に上がってきた三人は、どっかりと部屋の中の備え付けの椅子を円形にして座っていた。

「んで、エル姉ぇ、これからどうするんだ?」

「そーそー。とりあえず町に戻りはしたけどさー、コレといって情報もないしさー」

ちゃんと座っている男に対して、逆向きの椅子を抱くようにして座っているシオン。そして、その先には一人の女。

エル姉ぇと呼ばれたその女は細い目を二人の方へ向ける。

エリシア。それが女の名前だった。長く腰まで届くロングの髪に、すっと通った目と鼻。さらにきゅっと結ばれた口もとが一見すると厳格な雰囲気を醸し出している。

図書館で本でも読んだらさぞかし知的なお姉さんとして萌えキャラになるであろうが、残念ながら今来ているのは真っ黒のローブだった。

彼女の得意とするのは魔法。正確には魔法ではなく、呪術。

エリシアは二人を見た目を一瞬だけ外に向けると、再び戻した。

「……いや、収穫はあったようだな」

穏やかな夜。窓の外には大きな月。

「……エリシアぁ、もしかして、戦うのか〜?」

明らかに不満と言った様子で述べるシオン。がたがたと椅子を揺らしながら、退屈そうに手元の剣をいぢる。

「シオン、お前がまずいっておとりになれ。私の術の時間を稼ぐんだ」

「ええ〜〜!!俺が!!別にベルでいいじゃん!!」

がたんっと立ち上がるシオン。

「はっはっは、俺はお姫様を守るナイトだからな〜」

ベルと呼ばれた大柄の男も、同様に立ち上がる。

「5分、稼げ。それ以降は戦闘せず、とりあえず逃げろ。あとは追って伝える」

そして、エリシアも立ち上がる。

相変わらず不満そうなシオンだったが、『仕方ないか…』とつぶやくと剣を鞘から抜く。

「んじゃ、行って来るわ」

とぼとぼと、窓際に近寄るシオン。その背後。

「死ぬなよ」「死ぬな」

二人の声がハモった。二人の顔は真剣だった。

「死んでもリザしてくれるんだろ?」

そうシオンは言い返すと、窓を開け、世闇の中に体を投じた。

 

世闇の中、一人の男が飛び出してきた。

宿屋は完全に包囲済み。気づかれないように万全の用意をしたはずだった…。

「…気づかれたか…」

ソウ判断せずにはいられない。このタイミングで、しかも窓から飛び出してくるとなると決定的だった。

「……」

無言で近くの見方にサインを送る。そのサインは瞬時に全ての”潜んでいる仲間”に伝えられたはずだ。

即ち。

「刈れ」

端的に、しかしそれだけで全てを内包している言葉。

暗闇が、動いた。

 

「か、数が多すぎ!!」

暗闇、兎に角シオンは走っていた。

時たま暗闇の中から飛んでくるものを剣で叩き落しながら、とりあえず走る。

背後をちょっとうかがってみると、底には目視できるだけで10人以上の追手。まだ確認できていない輩も合わせるなら、多分20人はくだらない。

「ちっくしょぉ〜!」

大きく、跳躍。

近くの建物の壁を思いっきり蹴り、反動で反対側の屋根に上る。

「ここなら……っつっと!」

剣を構えたとたん、四方から何かが飛んでくる。横薙ぎに二つ弾き飛ばし、二つは体をひねってかわす。

今度はさらに六方からの投擲。

さすがに避けられず体を前に投げ出すようにしてかわす。

「も、もしかして……逆に格好の標的だったりして…」

間一髪いれずにさらに投擲。近くに刺さったソレを見ると、それは投げナイフであると判明した。

夜空の月の光りを反射して、薄く青色に光る。

「…毒、かな…」

おもむろに走り出す。後方、何本かナイフが掠めるがとまらない。

そのまま屋根からまるで水へだいぶするかのように頭から落ち、瞬時に前回り受身を取って立ち上がると、その勢いのまま走り出す。

一瞬立っていた場所の跡には、ずべてナイフが刺さっていた。

「こりゃあ…五分じゃ無理だ……」

シオンはそう薄くつぶやいた。

 

次へ続く(笑)

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