300のお題シリーズ
お題『 葡萄の葉 』
嘘と本当の境界線って何? 気づかれたか、気づかれてないか??
『五分稼げ。』 そう言ってから、既に3分が経過していた。 エリシアは思う。それでも厳しいと。 呪術というのは効力は魔法に比にならないくらい強力で、そして残酷だ。 そして、それは無制限。基本的に術者の精神力が削られるとか、そういったデメリットは一切ない。 ただ、その代わり。 時間がかかるのだ。準備に。 魔方陣はカーペットなどで代用できる。使いたくはないが、魔力石を使えば態々スウィアを加工しなくともそのまま呪術は使える。 問題は対象の定義と、呪力の制御だ。 相手に呪いをかけるのだが、その際に制御を誤ると自分に呪い返しが帰ってくる。 成功すれば残酷無比な効果が得られる半面、反動も大きい。 それを、自覚する。いつもは意識すらしないのに、こういうときに限って意識する。 エリシアは珍しく焦っていた。 「……エル姉ぇ、アイツは大丈夫だ。心配するな」 と、部屋の中に居るベルという大柄の男が笑う。 そのまま槍を振るう。 あたりには、既に見えるだけで2人の死体。5人の人間が部屋の中にはいた。 シオンが飛び出してからすぐ、部屋の中に2つのドア、といっても一つは窓だ。からなだれ込むように入ってきた黒装束の集団。 しかし、それらの全てを一瞥し、尚且つ優位を保っているベルという男に、少しだけ恐怖を覚える。 「……」 内心を見透かされたような発言は今回だけではない。年は知らないが、多分私を”エル姉ぇ”と呼ぶことから年下であると推測できた。 しかし、私よりもずっとしっかりしている。 ま、しっかりしてくれていないと、困るのだが。 「っっとぉ」 空中でキンという音。ベルが投擲されたナイフを叩き落とした音だった。叩き落されたナイフは壁に刺さり、そのまま床に落ちた。 「あーあー、お前ら、弁償しろよ…」 三度、投擲。だが、5本のナイフを全て弾き落とすとベルはエリシアに完全に背を向けた。 槍を、構える。 投げナイフではどうにもならないと分かったのか、黒装束の集団は、今度はベルに向かって一斉に攻撃を仕掛けてきた。 「槍が接近戦が弱いってのは誤りだって、教えてやるよ?」 そういうとベルは手元にあった椅子を思いっきり吹き飛ばして男の一人に当てると、そのまま半月を空中で描く。 数人の男が切られ、吹き飛ぶ。あまりの実力さ。 しかし、それでも数で攻めれば何とかなる。何人かの黒装束はベルに限りなく迫り、槍の射程範囲以内にいた。 覆面の向こうで笑う男。 「はっ」 と、槍をぱっと手放し、近づいてきた二人の男を素手で殴り飛ばし、再び槍を空中でつかむベル。 ……無茶苦茶だ…。 だが、強い。 間一髪いれず投げナイフの投擲、槍で弾き飛ばし、そのうちの一本は何と掴む。 「多勢に無勢、大いに結構。だがよ、俺を敵にするには、ちーっとばっかし早かったか?」 がっはっはと、こんな状況で笑う男。そして手に持っていたナイフをおもむろに投げる。 まるで剛速球。振りかぶっての投擲。 黒装束一人がナイフをもろに受け、気を失うように倒れる。 「ありゃ? 刺さらないもんだなぁ…」 ちょっとガッカリといた感じで呟くベル。 その戦力差は、圧倒的だった。 単純な”力”だけなら、この国の中でも上位に食い込むだろうその技術と、何よりベルは戦闘慣れしている。 流石に、相手が悪かった。 黒装束の男らがじりっと、後ろに下がった。 「……ご苦労。完成した」 そんな中、エリシアの冷静な声が、室内に聞こえた。 ジャスト、5分。
「死ぬぅぅ−−−!!!」 相変わらず逃げていたシオンは何とか投げナイフの投擲を、ほぼ勘でかわしながら何とか生き延びているシオン。 流石に投げナイフが当たらないのにイラついてきたのか、黒ずくめの何人かが姿を現し、シオンに向かって走る。 「そうそう、男は肉弾戦だぜっ!」 そういうとシオンは嬉々として剣を構える。 投擲。なんとか避けるシオン。 「てんめーーーらぁぁーーーー!!!」 シオンが怒りの声を発するが、それは意味なきことだった。 黒装束の男たちは、ジャックナイフを構え、シオンへと近づく。 シオンも危険を察知し、流石に観念する。とりあえず、ナイフの傷だけは避けなくてはならない。 他の傷ならいい…いや、コノ場合毒でもいい。要は”死ななければ”いい。 そうだ、掠るくらいなら、何とか大丈夫だ。直ぐに治療してもらえば、運が避ければ一ヶ月くらいで元気になるかもしれない。 シオンの頭が『最善を捨てることで最悪を回避する』頭に切り替わる。 だが次の瞬間、 「!!?」 黒色の風が、闇色の町の中を吹き抜けた。 そして、倒れる男たち。いや、男かどうかはわからないが、黒装束が次々に気を失ったように倒れた。 「……はは、サンキューエリシア……」 その光景を見て安堵したのか、シオンはゆっくりとその場に腰を落ち着けたのだった。 5分を少し過ぎたところだった。
「……今回は、どんな術だったんだ?」 その後、朝日が昇ろうかとしている夜明け。 黒装束の男たちを、隣町の警備騎士に託し、やっと宿に戻ってきた頃、ベルが思い出したようにそんなことを呟いた。 「ん〜そういや、見たことない術だったな。”疫病風”とも違うし?」 「馬鹿者、疫病風など吹かせたら、この町が滅ぶぞ? それに、即効性があるわけじゃないからな…ただ、”風/Wind”の一種であることは違いない」 「ん…なら、どんな術だったんだ?」 「そうだな、今回、問題だったのは黒装束が何人いるか不明だった、というところがネックだったんだが…」 「そーそー。それでよく”特定”できたよなぁ? 実は俺、あんまり信じてなかったんだよね〜」 「……今の言葉は聞かなかったことにしておこう。だが、事実、呪術では相手の”特定”ができない場合、それこそ”疫病風”でも吹かせない限り、相手を殺すことはできない」 「……ん、まあな。そもそも、呪いってのは対象が決まってない場合、跳ね返ってくるしなぁ〜」 ぼやく様に言うベル。 「そう。だから、今回は逆転の発想をしたのだ」 にやりと笑うエリシア。 『逆転の発想?』 ハモる二人。その様子にやりと笑って、エリシアは言う。 「お前らは”ベリーリーフ”というのは知らないか?」 イキナリ話が飛び、二人が『?』のマークを頭に浮かべるように見あう。 「……童話だ。とある親が、三人の娘に『何かひとつ果物の実を取ってきて、それで一番美味しかった子に褒美をやろう』って言ったんだ」 「…ああ、それなら、知ってるかもな……確か、そのうち二人はリンゴとかバナナとかを持って来るんだよな?」 「それか〜。うんうん、そんで、一番下の子が確か葡萄の葉っぱ持って来るんだよな? で、それを庭に埋めて、そこから木が大きくなって、最終的に一番両親を満足させたのは下の子だったって話だろ?? あれ? リンゴの葉っぱだっけ??」 「逆だ。自分が嫌いな葡萄の葉っぱ以外の葉っぱを沢山もって来るんだ。まあ、いいが。そう、私はその話からヒントを得た。つまり、消去法だよ」 「……なる、ほど、ねぇ……だが、それは…」 呟くように言うベル。その顔には玉の汗。その表情を見てエリシアは『…仕方ないだろう』と言った。 「え、え? 何なんだ?? どういうことだ?」 相変わらず分からないといった様子のシオン。 「つまり、”特定の誰かに呪術を与える”のではなく、”特定の誰かに呪術を与えない”呪術を使った」 「…えっと、つまり、”俺たち以外の人間全員”に作用する、術を?」 流石にその凶悪さに気づいたらしい。シオンの声が低くなる。 「……俺たちならエル姉ぇ自体で”特定”できるからな…だが……なら、他の人間全員に……」 ベルの声はさらに低い。暗鬱とする二人。 しかし、そんな中にやりとエリシアは知ってか知らでか笑う。 「ま、村人には悪いが、な。今頃村人全員、布団の中で悶絶しているだろうな…。ま、だが安心しろ…命に別状はない…」 そんな様子を遠目で見つめる二人。 シオンとベルは改めて、このパーティーのなかでエリシアが最強…いや、最凶であると、認識するのだった。 「にしても、私も咄嗟にによく思いついたものだ…そうだな、丁度いい、この呪術は”葡萄の葉/ベリーリーフ”と名付けることにしよう」 そんな目線など蚊ほども気に留めず、思いついたアイディアをノートに書き込む。 「……思い、ついたって…? 『五分』ってじゃあ、、何だったんだよ……もしかして俺、死んでた…?」 「”英知の姫”たる姫がこうだと、国王様がお聞きになったら、おそらく悶絶するな、多分…」 溜息をつく二人と、嬉々として蝋燭を前にノートに向かっている一人の姫君。 「そうだな…この呪術は色々は応用が利きそうだ…ふむ、これは、ひさびさに研究し甲斐がある」 そんな彼女を横目で見ながら、王女の護衛の二人は、再び溜息をつくのだった。 夜は更ける。
To Be Continued→ |