300のお題シリーズ

お題『 子(仔)馬 』

例えば目の前に傷ついた老人がいるとする。きっと貴方は老人を見捨てず、老人を助ける。
そこに目の前に傷ついた母親がいるとする。きっと貴方は老人を見捨てて、母親を助ける。
そして目の前に傷ついた自分がいるとする。きっと貴方は母親を見捨てて、自分を助ける。

 

小さい頃の、ことを思い出している。私はソレを自覚する。たしかあれは……私が、もっともっと小さかったこと。

優しいお父さんと、お母さん。それに、ちょっと世話のかかるけどとっても可愛い私の弟がまだ居た頃だ。

お父様は私にある日『着いて来い』と言って外へ連れて行ってくれたことが有る。夏の暑い日だった。

夜になってその昼間の暑いのが嘘のように消え、とても外は涼しかった。そしてこそで、私はお馬さんが生まれるのを見た。

王国一の名馬と知られるそのお馬さんから、子どもの仔馬が生まれていた。

私は正直に言うと、最初にその光景を見たとき、『汚い』と思った。だって、全身血でドロドロだし、草とかが体中にひっついてて、とても汚かった。

私はそのとき、白いドレスを着ていた。

でも、その仔馬が一人で立ち上がった。そして、母親のお馬さんは、それを見てるだけ。

お父様も『触ってはいけないよ?』といって私を止めた。私はとても不思議だった。だって、あんなにも苦しそうなのに。

そして仔馬さんはたった。自分の力で。自分だけの力で、立ち上がった。私はそれを、何も考えずに見ていたに違いない。

お父様がどうして私にソレを見せたのかは、分からない。理由をその後聞かず、すぐに寝てしまったからだ。

でも多分、お父様は私に言いたかったんだと思う。私も、こうならないといけない、のだと。

私はそれが分からなかった。だからお父様にこういったのだ、

『もう寝ていい?』

と。

 

―――ぁ……」

体が、ついてくる。後から、夢だと気づく。それまで現実だと思っていたのが、一瞬で反転する感覚。

夢から覚めるときはいつもそうだ。終わって初めて『ああ、これは夢だったんだ…』と思う。いつも、そう。

そしてそれは夢じゃなくても同じ。いつも私は終わってから、その意味に気づく。後手を踏む。

憎らしい才能だと思う。そして私の体には、無数の後悔の楔が打ち付けれていくのだから。

そのたびに苦しくなる。自らの行いのせいで、自らの首を絞める。

「っふん、”叡智”の姫の、名折れが―――」

その独り言は、誰に向けたものか。そのまま姫は、再び瞳を閉じた。

 

「とりあえず、この山を越えようと思う」

目の前のガタイの良い男が、そう述べる。指を指したほうに顔を向ける。ソコには明らかに自然がそのままのこっている林道。

「……一晩で越えられる山では、なさそうだが?」

「ああ、勿論だ。フルマラソンでおそらく2日はかかるな」

しれっと言ってのける男。私はその男を半眼で睨みながら、男がソレを見てもまったく反応を変えないので仕方なく嘆息する。

「まさか私たちにフルマラソンしろと言うわけじゃあないだろうな?」

確認。もしYESとでも言おうモンなら、この場で縛り付ける。

「必要に応じて」

…前言撤回。ありえそうな話に、私は再び嘆息する。一回目の嘆息は諦めと諦観、そして今回の嘆息は無計画さと現実性に、だった。

「ま、こんなの、俺ら始めてじゃないしな」

ケロっと言ってのけるもう一人の少年。方に剣を担ぎ、それを頭の後ろで持っている、まるでヤジロベイのようだと連想する。

「……なら、そろそろ行こうか。歩き始めないと、流石に一晩では越えられそうに無い」

私はそういうと、先頭に立って歩き始める。まったく、私はいつから肉体労働が得意になってしまったのだろう。

嘆息する。三度目の嘆息は、単なる自分に対する自己嫌悪と自らの運命の悲惨さへ。

まったく、叡智の”姫”の、名折れが。

 

予想通り、いや、必然的に私たちはその山の中で刺客と出会う。

あたりには暗闇。まったく、ご苦労なことだ。私たちをずっと付けてきておきながら、私たちが就寝するまで、気配を潜めて待っていてくれたのだから。

まったく、この暗殺者(?)どもは何も分かっていない。呪術師たる私に、時間を与えるとは―――。

「なら、二人とも下がっていろ」

私はそう暗闇にいるはずの二人に言い放つと、おもむろに今までたっぷりと準備してきた”術”を発動させた。

術は三つ。対象は不明。だが、道の選択がよかったのが、あたりに民家はないため、存分に発揮できるというものだ。

「消え去れ、闇よ」

ふと、世界が明るくなる。いや、これも呪術…というか、それに多少の改良を加えた私の魔術。

明るくなったのではなく、正確には私たちの”目”に変化を与える付随的な術。

魔術的な要素も多少入っている、私のオリジナルの術だ。

今なら私たちは星が一つでも空にあれば、昼間と同じ光度で戦うことができるはずだ。

「おお、すげー!!」「ふむ、これなら…」

にやりと不適に笑うベル。そして、あたりの急激な変化に一喜一憂するシオン。

「結界だからな…範囲を出ると真っ暗だから気をつけろ二人とも」

『了解っ!』

暗闇、といっても二人にとっては昼間と同じだが、へ飛び出してゆく二人。

私はその後を見送ったあと、もう一つの術に取り掛かる。

こちらは、呪術。それも極めて性質の悪い、術。

「ココからが本番だ……さあ、出でよ、”影”」

ぞるり……。ざるり……。ぞぬり……

私の周りに、無数の”影”が姿を現す。それらは暗闇にまぎれているが、明らかに別の生命体。

姿も気配も無い。ただ、存在だけがある。生命を吸い取る、凶悪無比な私の”僕”たち。

「殺さない程度にしろ。流石にコレだけの生命を吸い取ったら、私とてもたないからな………さあ、”散れ”」

静かにそう呟く。その途端、”影”は四方八方へ、まるで自らの意思を持っているかのように、私の元を離れる。

もしこの術を民家などがある場所でやろうものなら、町が全滅するばかりでなく、私の生命そのものがもたないだろう。

だが、この誰もいない山の中は、むしろ私にとっては、最高の環境といえた。

そして最後の術。これは取って置きの術。私がもっとも得意とする術で、尚且つ最も好む術。

「お前らの未来、見せてもらうぞ?」

私がそういった途端、世界が、反転した―――。

 

「っふうぅ、これで終わり、だな?」

私たちを襲ってきた連中を一箇所に集めるベル。ぶーぶーいいながらそれを手伝うシオン。

「……ご苦労だったな…」

私はじっと、目を閉じたまま、目の前に次々と囚われていく男たちを見ていた。

「ったくさぁ、さっさと”縛っ”ちまおうぜ〜。俺、もう眠たいよぉ…」

「だな? さて、エル姉さっさとやっちまおうぜ?」

二人の視線が私に向くのが分かった。同時に、私の反応がいつもと違ったのを察知したらしく、沈黙する。

「エリシア…? どーか、したのか?」

シオンの言葉を無視する。私はゆっくりと捉えられている目の前の男に近づく。

「喋れるか? ほら…」

私はその男の髪の毛を一本取り出し、”光”の術の対象に加える。男は一瞬で明転した世界に多少はびっくりしながら、私を見た。

「…殺せ。情けなどいらぬ……」

私よりもずっと年上の男は、私にそれだけ言って沈黙する。私はその沈黙の間、目の前の男を見つめたまま動けない。

「? どうかしたのか?」

ベルの声。私はその声で思考を殺す。そして思いっきり目の前の男を平手打ちした。じんっ…と、手のひらに血が上る。

「!?」

驚愕のあまり声が出ないシオン。二人の視線が私に向けられる。

「……行くぞ、どうせこいつらはもう私たちを襲えない」

その巻きつくような視線を無視し、私は歩き出す。あわてて私についてくる二人。

「エル姉ぇ、どういうこった? こいつら、縛らないのか??」

ベルの声。聞こえてはいるが、それを意味のある言葉と認識するだけの強靭な意識と、そして冷静な思考ができなかった。

「エリシア? 一体どうしたんだよ?」

シオンの言葉。それすら、今の私には聞こえない。

「……そこの、老人。何故、暗殺者などになった? 地獄を見たのだろう……だったら何故……何故…」

分かりきった質問。背中越しに声をかけられた男は私を見なかっただろう。ただ一言、

「…知れた、こと………最初から我らに、…選択権など皆無……」

思考を、殺す。今なら、私はおそらく何の躊躇も無く、目の前の10人あまりの人間の命を、いやむしろ、魂までも抹殺できるだろう。

それがたとえ、悲惨な運命を持つものの同属嫌悪だとも知りつつ、私はその感情を殺すすべを知らない。

私はコイツらとは違う。私は違う。決して違う。絶対違う。全く違う。全然違う。同属嫌悪に苛まれる。

 

ああ、なんて私は愚かだ。私はそれを思い出す。

それと同時に昔の仔馬を何故か思い出した。自分の足で立った仔馬―――。

「…ふ、自分の足で未だに立てぬ私は、”子馬”以下、というわけか…」

自嘲する。そして、嘆息。その無数の嘆息は、おそらくどうしようもない現実に対してだった。

まったく、”叡智の姫”の名折れが。

 

まだまだ To Be Continued

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