その出来事は、なんのおかしい所もなかった。
私は3歳に頃からピアノを習って、今では県内では有名な腕を持っていたから、別に不思議じゃなかった。
だから、とくに断る理由もなく、引き受けた。
その出来事事態は、なんの変哲もなかった。
ただ、単に2人の男女が、お別れを言っただけ。
ただそれだけのために、ここにこれを綴るのははっきり言って無意味だと確信しているし、もしかしたらこれを読んで共感してもらおうなんて思っても見ない。
というか、そういう感情の押し付けは返って、私を不安にさせるから止めて欲しい。
そう、それでは、どこから話そうか。
あの日は丁度、卒業式。
私達はあの頃、まだ高校三年生の時で、もうすぐで高等学校の学校過程を終了しようとしていた頃。
仲のいい後輩も居た。
別に人付き合いが普通な私は、とくにライバルと呼べる関係も居なかったけど、とくに中が悪い関係も作ってなかった。
まあ、無難だろう。人間関係など、それで十分だ。
私自身、あまり人を”好き”とか”嫌い”とか言う感情に鈍い、というか、理解できない節があって、とくに付き合っていた男子が居るわけでもない。
というか、そんな感情は持っていない。
愛とは単なる嘘の感情で、いつかは冷める感情だと思ってたし、今でもそう思っている。
だから、その出来事は起こったのかもしれない。だからこそ、私はこの出来事を覚えていたのだろう。
そして、いまこうして書く気になったんだと思う。今、PCの前にいるのは、だからだと思う。
こう、人間的にあまりにも頼りなく、そして不完全な私だからこそ、あの会話が成立していたのかもしれない。
ああ、長く話しすぎた。そろそろ、話を始めよう。私の独白なんか聞いても、面白くないでしょ?
卒業式、特に断る理由もなくピアノの伴奏を引き受け、普通に卒業証書を受け取り、そして涙ながらにお別れを言っている同級生達を尻目に空をぼーっと眺めてた時。
そう、あの時は確か雨だった―――――
ザー………。
雨は、好きだ。
なんとなく、といってしまえば実も蓋もないのだろうが、実際事実、なんとなくなのだから仕方ない。もし、他人から『理由をひねり出せ』と言われたら間違えなく『一人になった気がするから』と答えただろう。
我ながら、なんて女だ。マせている。
ふと、苦笑する。あはは、私らしい。
雨が降ると、それをぼーっと眺めるのが好きだ。何故か分からないが、雨は世の中の汚いものを流す役割があると思う。空気中の二酸化炭素とか、もっと毒々しいものが落ちて流れる……という意味でも、汚いものを流す役割なのだろうが。そうじゃなくても、なんとなく、雨には浄化の意味があるように感じるのである。
つまり、理由なんてない。
寝る前、部屋の電気を消して、雨の音を聞くことが好きだ。なんとなく、閉鎖的で、静かな空間を絶え間なく包むように包んでくれる雨の、断続的な音。時にはパラパラ程度だし、今のようにザーっと振るときもある。雷が鳴れば尚、よい。私は、雷を見て『キャー』と叫ぶようなカワイイ感情を持ち合わせては居ないので、格別怖いとも思わないし。
マセているって、自覚はしてるけどね……。
視線を、目の前に戻す。
ここは、教室。卒業式の後、これから各クラスで打ち上げ(?)に行こうというときである。
目の前の泣いている同僚に一瞬だけ、見入る。泣いている。つまり、涙が出ている。悲しいから。医学的(まあ、私が知っている範疇でだが)に言えば、眼球の上(下だっけ? 嗚呼、生物の河口先生ごめん、思い出せないや)のほうにある涙腺から分泌される液が、あふれ出して流れる。それだけの現象だ。でも、涙というのはそんな医学的な範囲を飛び越えて『素敵だ』と思わせる要素があるような気がする。
よく、女の涙は、美しいというが、果たしてそうだろうか?
ふと、考える。いや、すぐに止める。その思考が、自分にとって無意味なものだと知ってしまったため。結論は、目の前にある。結論、醜い。ちゃんと化粧してきたこの化粧が剥がれるし、何よりも自分の弱いココロを見せてしまっているようで、哀れだ。
ま、こんなこと、口が裂けてもいえないけど。口が裂けたら喋れないじゃん。 ……思考停止。
今度は、視線を男子に移す。
何故かこう言うときは、男子は男子だけ、女子は女子だけで集まる。まあ、このクラスは別にイヂメとかなかったし、平穏無事に学術過程を終了しているから、男子と女子も仲がよいのだが、不思議だ。こういうのは、もしかしたら人間本来の潜在意識から来るものなのかもしれない。男子には、あまり涙を流している人は見えない。中には居るようだが、大半だ笑顔だ。それが、無理をしている、していないに関わらず。ま、男子の中には『女子の前で涙は見せられない』と、偏見と無恥と無知の塊のような発言を平気でするキザ野郎がいるけど、どうぞご勝手に。
私には、関係ないし。だから私に話を振らないでね?
今度は、目線を窓の外へと、移す。相変わらずの、雨だ。 ざ―――………。
卒業式に雨なんて、折角の季節感が台無しだっ!と怒っていた教師とか同級生が居たけど、ある意味一生忘れられない卒業式でいいんじゃないか? なんて思ったりする。そもそも、ただ単に高校を卒業するだけのことで、何故泣かなくてはいけないの? 何故、忘れてはいけないの? 思い出は大切に…なんていうやつが居たら、私がぶん殴る。だったら、お前は過去のことを全て記憶してるのか? もしそうならキミはきっと病気だ。精神病院行ったほうがいいよ? あれ、病院に行くべきは私かな?
まあとにかく。それは無理だろうが。思い出など、何の意味もない。まあ、老後、精々『あの頃は楽しかった…』と思い描くくらいだろう。というか、思い出が出来るというのは、その人にとってその雰囲気や学校そのものが特別な感情輸入されている場合に限って出来るものだと思う。そう言う意味で、なんの感情も持ち合わせていない私に思い出が出来そうにないのは、あたりまえか? 感じる感情といえば、3年間も、よくも意味のないことをツラツラと言ってくれたね? という、皮肉な感情くらいだろうか?
私自身、そこまで勉強が出来るわけではない。何を”勉強”といって、何を”学問”というのか、そんな問題をとやかくはいう趣味はないので、省略。
とにかく、学校で習う勉強に関しては、あまり困った覚えがない。懲りない男子が私に宿題を見せてくれと頼んでくると、別に嫌とも言わず見せてあげていた。別に断る必要も意味もないし、これで目の前の人間に『便利だな……』と思われたってかまわない。というより、そう思っていたほうが、気が楽だ。そこに、恋愛感情などを持ち出されると私としては一気に気分が悪くなる。
まあ、そんな他人とは、人間関係もそれまでだろうけど。
あ、そういえば、いたなぁ。こんなヤツ。確か……。
「おい、木本……」
と、私を呼ぶ声がした。
卒業式お決まりの色紙だろうか?それとも、今日だからという理由で携帯のメールメアドを聞くとか? そんな、簡単に切れるような友達は要らない。というか、それで相手に妙な期待を持たせるくらいなら、別にいらない。
思考を中断し、目の前の声を掛けてきた男子を見る。
なんとない、男子。容姿は…正直言ってあまり良いとは言えないだろう。だが、それにまして彼にはなにやらエネルギーのようなものがあって、嫌うに嫌えないタイプの男子だ。普段はしっかしりているのだが、時々唐突に、突拍子もないことを平気でやりのける。成績はいいほうなのだろうが、そこまで誇示しないタイプ。
前、一回話したことがあるけど、私と似ているタイプだ。なんとなく、感覚が同じなのだ。ただこのことを彼に言う必要はない。彼自身、私を恋愛対象としてみていないことを祈る。 やめてよね。
「なに、川口君?」
とりあえず、観察。手には…何も持っていない。色紙も、携帯も。それだけで、世間一般の馬鹿とは少しだけ異なることが分かる。泣いても居ない。でも、格別『強い』と感じることもない。今のご時世、泣かない生徒のほうが多い。というか、彼の場合なら、私と同じ理由かもしれない。
さらに、観察。とくに変わった様子もなく、私を見ている。別に、なんと言うこともない眼。告白する前の男子とか言うものは、何故か妙に迫力がある。その迫力に押されて女の子は付き合うことを承諾してしまうのだろう。というか、高校生にもなって”告白”だけで、付き合えるのだろうか? というか、高校生にもなれば、勿論肉体関係も関係してくるというのに。
もっと、身体を大切にしよう。ま、私じゃないからいいんだけどね。
「な、なんだよ…人のことジロジロ…」
「別に…ただ、川口君が他の人たちみたいな人と一緒じゃないかと、疑ったのよ」
一瞬、なんのことだ?と怪訝そうな顔をする川口君。
まあ、それも仕方ないことなのだけれど。
「あ、あのさ、木本。お前は、女子達と話さないのか?」
あぁ、そんなことを言いに来たのか。ただ単に、妙な興味を寄せただけか。まあ、この目の前の川口って男子は、よく分からないところも多いし。勉強できる…のに、テストで赤点を取ってみたり、妙に仕切りたがりなところがあるのに、決して人の前には立たなかったり。『人の上に人をつくらず』という言葉がそのまま当てはまりそうな人間だ。
これを言ったのは誰だっけなぁ〜、たしか福沢諭吉だったっけ?
一旦、思考中断。
「別に、特に話さなきゃいけない理由もないでしょ? 仲良い子は後からでも話せるし」
「あれ? 木本、今日の卒業パーティー出席するのか?」 「…意外?」
…どうして、そう意外そうな言葉を発するのよ。流石の私も、場の空気くらい読むわよ。40人中39人出席…じゃあ、あまりにも格好つかないし。そこまでして、孤独に成りたいわけじゃないし。まあ、確かに人の馴れ合いは嫌いだけど…自分から先陣切って友達を無くすことはしないわよ。 「まあね」
「参加するわよ、二次会は…どうかな?」
ふと、目の前を飛んでいった花びらに眼が行く。どこからともなく現れ、そして教室の地面に落ちる花びら。あ、そうか。確か、ココのクラスに生徒会長が居て、花を贈呈してもらってたっけ。
花も可愛そうだ。だって、こんな人間のお気楽行事のために詰まれ、そうして水もないところに放り出されて、そのままなんの処置もしなかったら枯れてしまうのだから。単なる、人間の行為だけで。私はそういうのが一番嫌いだ。別に、私はどんな生物も殺しません!なんて大それたことは言わないけど、無意味な死は好きじゃない。無駄死にというか、もっと生きれたのに、もったいないと思う。それも、他人の都合で。だから、殺された人はとてもかわいそうだと思う。
よく、連続殺人鬼が死刑になっているが、あれは好きじゃない。死刑の制度はむごいものがあって、すぐに執行されるわけではないのだ。毎日、独房に入れられ、いつ死刑になるのか…いつ死刑の日が来るのか…と、毎日怯えながら暮らす。そんな生活が待っているのだ。殺人をした人は、その人の未来を奪ったわけで(まあ、輝かしいかどうかは別にして)、その罪を償うべきだと思う。そんなことを考えていると、ブルーになってきた。なんで、こんな卒業式とか言う晴れがましい日に、死刑について考察しなくてはいけないのだ………。
気分を紛らわすために、ふうっとため息をつく。
全然、晴れない。天気も、晴れてない。
「疲れてるのか?」
あら、まだいたの、川口君。
「まあね。昨日は……暗譜の練習で忙しかったし」
「ああ、あのピアノか? 相変わらずすごいよなぁ、木本は。やっぱ、オレ、音楽やってる人すごいと思うよ。なんとなく、感受性が豊かな気がしてこない?」
ふうっと、今度はあきれてため息をつく。別に、音楽をやっている人が、感受性が豊かなわけじゃない。まあ、仲にはベートーベンとか、そこら辺のロマン派の人たちとかは当てはまるかもしれないけど、こちとら、別に作曲するわけもなくただ単に音符の羅列をその記号通り弾いていけばいいのだ。そこに、何の感情もいらない。
ま、それは川口君の考え方なんだし、とやかくいう必要はないけど。
「こない」
単刀直入に、一言。あぅ…といって『取り付く島もない…て感じだな?何、怒ってるんだ?』と、聞いてくる川口君。別に、私は普通だし、それに怒っても居ない。ただ、他人と話をあわせるのが好きじゃないだけ。それに、今回は単刀直入に言っただけじゃない。怒ってないわよ……というと、少し川口君は安心した様子で、
「アハハ、木本を怒らすと怖そうだなぁ」
と、言ってくる。
「怒らせたい、川口君?」
威圧的な笑みで迫る私。その姿に冷や汗(が、浮かんでるように見える)を書きながら、川口君が引く。今回はヤバイ!と、彼の感情が察知したのだろう。長生きできそうじゃない、川口君?
そろそろ…本題に入ってもいいんじゃないかな。告白とか、そーゆーの。
「で、用件は何?」
単刀直入に聞く。回りくどい聞き方は、好きではないし、何より時間の浪費だ。でも、今はなにをしているともないんで、別に構わないのだが。そう思いながら、目の前の川口君を見据える。
「ん? あ、篠原がお前を呼んできてくれってさ」
……はぁ、そんなことか。下らない。
「自分でも女の子を誘い来れない人はお断り。そう言って……」
「うわっ、これでもアイツ頑張ったんだけどなぁ……ってか、仲介屋としてのオレの立場は?」
苦笑して聞いてくる川口君。
「面目丸つぶれね」
何故か可笑しくなって笑う、私。それにつられて笑う川口君。しかし、彼の顔は笑ってない。
「仕方ないわね…携帯かして」 「持ってるわけないじゃん」 「もう卒業しちゃったから、この学校の規則守る必要ないわよ?」
「…変なことするんじゃないだろうな?」
「馬鹿! 篠原君に直接電話するの」
私の言葉に多少疑問の余地があったのは認めるけど、私ってそんなに信用ないかなぁ? それとも、川口君の周りの女子がそう言う態度だったのだろうか? どちらにしろ、人を疑ってかかるのは戦争のときだけにして欲しいな。私はしぶしぶと言った感じで篠原君に電話をつないでもらい、直接断りの電話を入れた。
電話の向こうで、何故か少し怒っている篠原君が居たけど、無視。まあ、断り方も……きつかったかもしれないわね。
「…はい、終わり」
電話を返す。おお、サンキュっと簡単にいい、受け取る川口君。そして、貰いがてら、
「…なあ、お前の携帯から電話したらよかったんじゃないか?」
と、川口君が聞いてきたので、答えた。
「だけど、番号控えられると面倒くさいもん。非通知だと拒否る人居るし」
はぁ、左様ですか…といいながら電話をポケットに直す川口君。
「なあ、木本、少し、聞いていいか?」
「ん? 何? どうせ、暇だし…いいわよ?」
と、話が終わってもまだそこに居た川口君が問いかけてきたので、適当に返事した。
「木本は…………卒業式、悲しくないのか?」
その質問に、一瞬答えを戸惑う。確かに…卒業、というか万物の終わりは悲しいものがある。それは人の死であり、今回のような卒業から、人と人の別れまで、全てに、その悲しみの大きさの問題はあろうが、悲しみがあることには変わりがない。
私はその質問に答えることが出来ず、一瞬考えてから、
「何で? 卒業って言えば、どっちかっていうと祝う日なのよ?」
その質問から逃げた。質問転換…というヤツだ。そんな自分に罪悪感を持ちながら、再び思考の海に沈む。
だが、その思考もすぐ、中断する。
「なら、なんで、泣くんだろうな……祝う日だろ?」
その質問は、私にとって斬新的で想像していなかった質問だった。
確かに…矛盾だ。普通、人は祝う日には笑い、悲しみの日には悲しむ。それなのに、祝う日に笑うなんて…矛盾だ。というか、卒業式と過去2回体験したけど、そんな視点で見たことはなかった。
そう言う意味で、私は少しだけ、目の前の少年に好感が持てた。
でも、本当に何故だろう。祝う日に泣く。それははっきりと可笑しいといえるし、それでも現実にそれがあるのだから。そもそも、卒業式は祝う日なのか? いや、それは…逃げに使った言葉だが、真意だろう。事実、晴れ晴れしい日であることには、変わりがない。逆に言えば、悲しむ日ではない。
3年間の、思い出から来る悲しみ? でも、そんなものはない。私自身、そこまで人間不信というわけでもないし、そこまで友達が少ないというわけじゃない。
じゃあ、何故?
何故に…人は、泣くのだろうか。そりゃ、悲しいから。時には嬉しいから泣く…というのも考えられるが。それは当てはまらない。卒業式は、祝う日であり、別れの日である。
なら、人は別れに悲しんでいる…のだろうか。
「さあ…別れちゃうから…じゃない?」
とりあえず、そこまでの結論を、述べる。
「どうだろうな? 実際、そんなに遠くない距離だし、会おうと思ったらいつでもあえるぞ? 携帯なんかもってたらなお更な。それで、分かれたっていえるのかな?」
……更なる、疑問だ。
確かに、小学・中学校と友達とは関係なく一緒だったし、今度の高校でもそれは学力的に分かれるといっても、そこまできっぱり行くわけでもない。やはり、仲のいい親友は分かれないケースが多い。私だって、何故か小さい頃からついてくる男(世間一般では幼馴染というが)とも一緒だ。
アイツは…変に頭だけいいから。
別れではない…なら、何故?じゃあ、こういうのはどうだろうか……。
「将来に…不安を抱えて?」
その質問にくすっと苦笑して、
「そうか? 実際、ココの高校、結構有名私立だから、結構有名大学受かってるしなぁ。あ、でも、そう言う意味じゃあ気軽に合えない距離になるから…ってことかな?」
そうとも…考えられるけど。
でも、そこまで遠くないし、有名私立なこの学校は国立に結構まとまった数の生徒を排出してる。
言わば、大学まで一緒…というのも、ありえるわけだ。
「あ、分かった………多分な…」
と、唐突に川口君が喋りだす。
「待った。その答えは聞かないことにしておく。楽しみが減っちゃうでしょ?」
ニヤッと笑う私。それにつられて川口君も笑う。最後に『お前らしいな』といいながら、少年はどこかへと言ってしまった…。
あのときの答えは未だに分からない。
あはは、聞いておけばよかったかな?
ただ、それが正解かどうかは、分からない。
ただ、私は今、大学に通いながら思う。
彼は、私のことを好いていてくれたのでは、と。
まあ、そんな感情を押し付けられるほうが迷惑だったのだが。
初々しい限りだ。
だとすると……彼の言いたかった答えは…………。
『好きな人と、離れちゃうからかな?』
だったのかもしれない……………ま、確認はできないけどね。
―fin―
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