眠園
×
ハナバタケ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


-a Sleeping Garden-

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




それは、天気のいい、昼間のことだった。

気候は温暖で、空の雲はゆっくりと西から東へと流れてゆく。

その雲とは正反対の方向へと進みながら、少年は目の前に現れた幻想な光景に、一瞬で心を奪われてしまった。

目を細めて見る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


―それは、無数の、千紫万紅に咲き乱れた、花畑だった―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





御伽話の中で出会い - after - 
- Meet the Girl in Paradise -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





少年は、ゆっくりと、その幻想的な空間へと歩いてゆく。
別に目的があったわけでもないので、とくに急ぐ必要も無い。寄り道は、十分に出来た。
近くで見ると、遠くから見えていたよりも、その世界は幻想に満ちていた。
こんな荒れた土地の真ん中で、こんなにも幻想的な世界を見れるとは、少年は思っていなかった。

ゆっくりと、花をなるべく踏まないように、奥へと進む。

少年は格別貧しい生活をしていたわけでもない。むしろ、裕福な部類に入るだろう。
だから、小さい頃から花は良く目にしていた。
花は実際貧しい人間は買わないし、逆に言えば花は裕福な人間にしか親しみの無いものだった。
ただし、このような量の花を見たのは、流石に少年でも初めてだった。
まさに桃紅柳緑。

奥へとゆっくりと歩いていくにつれて、徐々に花の匂いが濃くなってゆく。しかし、それは不快ではない。
草木は青々と茂り、色とりどりの花が咲き乱れる。
蝶や見たことも無いような虫がいた。
鳥や動物もちらほらと、そこら中に見えた。
まさに夢の世界だった。
少年は、何だか嬉しくなる。こんな時代に、こんなにも綺麗な世界があるとは、ついぞ知らなかった。

世界は争いで荒み、人々の心は疑心暗鬼で汚れている。
金が裏では取引され、それによって人の生命すらも買うことが出来る時代。
全ての人間は、何かに囚れたように相手を憎み、そして愛を忘れてしまっている。
そんな世界の中、ここだけは特別であるかのように、存在していた楽園。
世界から切り取られた、そこはまさに楽園と呼ぶに相応しい。
その世界が、本来の意味からは正反対なものであるとしても、だ。

少年は、いつの間にか泣いていた。

ふと、目を上げる。
随分と歩いてきたらしい。
最早自分の視界は全て、花に覆われていた。
見渡す限りの、幻想世界。目に見えるものは、太陽の光を燦々と受けて育った、色とりどりの花びらの群。
少年はそんな中に一人の、少女を見つけた。
まさに、その光景は、幻想的だった。

「―あの」

声を、かけてみる。
いつもなら人に声をかけたりはしないし、そんなことを思いつきもしない。
だが、こんな優美な世界の中で、、それも自然と声をかけた。
声をかけて、少し自分で驚いたくらいである。

「……?」

後ろを向いていた少女が振り向く。
何故、後ろ姿で何故少女だと分かったかというと、単純に流れるような髪の毛が、風に揺られていたからだった。
特に、何を期待していたわけでもない。
振り向いた顔は、とても美しかった。
少なくとも、少年の返答を、一瞬遅らせるのには十分に優雅で美人であった。

「…あの…」

今度は少女が声をかけてくる。声をかけられて何も答えない少年を不審に思ったためだろう。
少年は慌てて、答える。

「あの…Z市は、どちらの方角に行けばいいか教えてくださいませんか?」

相手は自分よりも2〜3歳くらい年下だろう。
少女と呼ぶのは、もしかしたら失礼かもしれない。
でも、女性と呼ぶには、あまりにも若すぎた。

実際、少年はZ市の方角などは知っていたし、ここの花畑に入っていなくとも、地図を見れば確認できた。
でも、少年は少女に聞くべきことはなかったので、たまたま口から出ただけだ。
少女はそんな少年の言葉を聞くと少し微笑んで、

「Z市に行くんですか? なら、もうそろそろ私も帰るところなので、ご一緒しませんか?」

少年はちょっと驚いた。
それが、少年の予想した答えとは程遠かったからである。
頭の中で、地図を見る。
この付近からZ市までは、まあそこまで遠くは無いが、近いというには余りにも遠すぎる。
ここからなら、Z市よりは、その隣のH町の方が明らかに近いのだが…。
だから、少年の中では少女は、H町の人間であると、決め込んでしまっていたのだ。

「Z市に住んでいるんですか? えっと…名前は?」
「アウラです。はい、Z市で、ちょっとした小物屋さんを営んでいます」

アウラと名乗った女性は、ちょっと笑って答えた。
小物屋にさんをつける当り、ちょっと可愛らしいと思った。
どうやらアウラは、この手の質問は馴れているらしく、少年が聞いた瞬間に直に意図をくみとったのだ。
やはり、この花畑には、どうやら良く来ているようだった。
同時に、この花畑には、ボクみたいな人間が、よく尋ねてくるようだ。

「あ、ボクはリリアと言います」
「……素適な名前ですね…まるで、リリィみたい」

一瞬の後、少女・アウラは少年―リリアの言葉を聞いて、優しく微笑む。
リリアは、その微笑みに見とれ、さらに返答するのに手間取った。
こんな幻想的な世界の中に、こんなにも可愛いらしい女の子が居るなんて、知りもしない。
この時、その沈黙半分はリリアがアウラをじっと見つめていたいと思っていた時間であった。
そして、その沈黙を破ったのは、アウラだった。

「……あの?」
「………」
「……?」
「………えっと、一人なんですか?」

また狼狽して質問する。どうも、リリアはこのアウラという少女のペースは苦手なようだ。
どうもアウラは、マイペースな人間らしく、一々コチラから質問しなければ答えれないらしい。
まあ、人を疑ってかかるのは、当然だが、少女の場合、ちょっと違うような気がした。

しかし、狼狽していたからと言っても、その質問は別に即席で出した意味の無い質問ではなかった。
今のこんな世界で、女の子がZ市からはこんなに離れている場所まで来るには、相当無理がある。
途中で逆賊に魘われないとも限らないのだ。
そんな中、女の子がこんな場所まで来れるとは、到底思わない。

「? はい、そうですけど?」

今度は意外そうな答え。
その答えは、リリアにとっても意外だった。

「…いや、危ないなと思って…」

正直に、答える。

「あぁ、なるほど。いえ、そうでもないですよ。ここからZ市までは、ちゃんとした街道が作られたので」
「? 街道…?」

そんな道は、見覚えない。
リリアは、もう一度頭の中に地図を広げた。
やはり見覚えは、ない。

「えっと、最近できたんです。ですから、遠くから来られたリリアさんが知らないのも、無理ないでしょうけど」
「…なるほど、そういうことでしたか。それなら、安心ですが…」
「ふふ、やっぱり面白い人ですね、心配してくださっているのですか?」

微笑む少女。
リリアはその微笑につられ、微笑する。
そしてふと気づく。
最後に笑ったのは、いつだっただろうかと―――。

「えっと、それでは、行きましょうか、リリアさん?」

アウラはそう云うと、手元にあったバスケットを片手に持ち、リリアにそう声をかけたのだった。


+


「えっと…アウラさん?」
「アウラで、結構ですよ?」
「では…アウラ、」

二人は街道を歩いていた。
時間帯は太陽を読むに、もうそろそろクロリィ(3時)になる頃だろうか。
空は相変わらずゆっくりと、雲が流れている。
そんな中、少年・リリアは少女・アウラに声をかけた。

「この街道って、どれくらい前に作られたのですか?」
「えっと、そうですね…もうそろそろ4年になります」
「4年…というと、丁度紛争があった時ですよね?」

ちょっと驚いた風の表情を浮かべる少女。
どうもアウラは隠し事が苦手なタイプらしい。
同時に、リリアにとっても、思い出深い年でもある。

「……リリアさんって、研究者の方なんですか? よく、ご存知ですね?」
「あ、いえ、そういう訳じゃないんですけど…まあ、研究とまではいかないにしても、勉強はしてますね」
「…ここあたりの小さな紛争を旅人さんがご存知なんて、ちょっと驚きました…」
「まあ、さっき寄ったH町でちょっと聞いた程度ですよ」
「そうでしたか。えっと、多分ご想像のとおりだと思います」

H町で聞いたというのは、嘘だった。
そう言ってアウラは、少し黙った。

「…なるほど、ではこの道は、元々…」
「…はい、軍の物資調達用に作られた、道なんです」
「なるほど、だからこんなに、道は広い割には、未整備なんですね」

道は結構な凹凸や、大きな石などが結構散乱している。
しかも道端には、明らかにここを整備したときのものと見られる土砂の山が、所狭しと積んであるのだ。
明らかに、これはちゃんとした『街道』と言うには、酷すぎた。
まあ、外の地形に比べれば、歩きやすいことには違いなかったが。

「ええ、紛争が終わってからは、誰が管理するというわけでもないので、未整備のまま使われているんです」
「? そうなんですか? では、先ほどから目にする騎士たちは…」

先ほどから街道には、数人の騎士(騎馬に乗った戦士)とすれ違っていたので、尋ねてみた。

「自衛団の方々です。彼らが警備をして下さっているんです」
「ほう、国の方々ですか?」
「はい、国の騎士です。国が作った公道ってことになってますので」

なるほど、だから危険が少ないのであろうと、リリアは納得した。
今の時代、どこの道だって、どんな道だって、危険が少ないとは言えない。
だが、国直属の自衛団によって守られているなら、話は別である。
それに、結構あの騎士たちはちゃんとした、それも強兵であるのが、リリアには分かった。
こんな地方を警備していることを考えると、多少アンバランスな気もしたが、それだけ危険が多いということだろう。
もしくは、他に何か理由があるか…だが。

「あ…」

ふと、考え込んでいるとアウラが声を上げた。
何かとリリアも前を見てみると、街道の先に、ちょっとしたゲートが見えた。
おそらく、Z市であろう。

「あれが、Z国の外れのゲートですよ」

そう言うと、アウラは小走りに先へ駆けて行った。
そのまま、そこの門番の人と話ているらしい。
何回かコチラを指差していることから見ても、どうも少年・リリアの事を説明しているのは間違いなかった。
大方『友人ですので、通行書を下さい』とでも言っているのだろう。
容易に想像できた。

少年はその少女の髪が揺れるのを見ていた。
走ってゆく少女の後ろ姿を見ながら、苦笑する。
そんな必要、無いのだが、と。

しかし、普通の旅人にとっては、それはありがたい。
もし、まったく見ず知れずの旅人だと、町によって異なるが、この時代、通行書を貰うだけで最悪一日かかる場合もある。
しかし、中に友人がいたり、関係者がいたりすると、比較的簡単に通行書を発券してくれたりする。
ので、少女のその心遣いは、確かにありがたかった。

「あんた、名前は?」

ゆっくりと歩いて来たリリアに対して、半分レンジャーのような格好をした門番が尋ねた。
小屋を覗いてみると、その後には数人の人間が詰めている事が分かった。
そして、その誰もが、腕に憶えがある人間なのだろう。

「リリア。リリア=ノスアードと言います」
「ノスアード…聞かん名だね…」
「ええ、北方出身な者ですから」

門番は少しリリアの名前に怪訝そうな顔をした。
だが、特に何も聞かずに、ペンと紙を、差し出してきた。

「んなら、ここに名前を書いてね。それと、その銃」

防人・レンジャーのような格好をした、ドワーフ似の門番が、しわしわの手でリリアの腰にあるポーチ・パースエイダー(簡易式の銃。殺傷力は低い)を指差す。

「これですか?」

護身用として一応持っている銃だが、今迄で一度も使用したことは無いので、すっかり存在を忘れていた。
それをポーチから外すと、ドワーフ似の門番に手渡す。
門番は素早く、少年の数十倍ものスピードで銃を解体し、中のコック(弾に着火する装置)だけを器用に外すと、もう一度組み立ててリリアに手渡した。
その手際の早さに、リリアは感動する。
このレベルになるまで、どれだけの年月と経験がかかるだろう。
一瞬で、この門番に好感を持った。

「ほらよ。良い銃じゃねーか。大切にしろや。まあ、町の中じゃ、完全に武器を禁止しとるで、そいつの出番は無いがな」

そう言うと、門番はガハハと豪快に笑った。
どうも、元は結構良い人らしい。
さらに好感が持てる、ある人に似ているせいだと、リリアは勝手に解釈した。

「まあ、そこあたりはアウラから聞いてくれや。アウラ、いいな?」
「はい、ミッツォおじさん。それじゃ、行きましょう、リリア?」

親しさを出すためだろうか、リリアは始めて名前を呼び捨てで呼ばれたことに、少し嬉しさのようなものを感じた。
ミッツォと言うのかあのレンジャー…と、心の中で反芻しながら、ゲートへと歩いていった。
あの手並みは見事だった、と。
ちょっと、憧れる。
この前まで親しかった、一人のパースエイダー使いを思い出す。
そんな中、Z市のゲートは、重々しい音を立てながら、ゆっくりと開いていった―。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




御伽話の中での出会い - before -
- Encounter with a past Disaster in Heven -

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






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それは、ある昼よりは少し前の事だった。
太陽はもうそろそろ南中に射しかかるといった時間帯。
雲は上空の気流の影響で、太陽を覆い隠してくれたかと思うと、すぐに東の方へと流れて行ってしまう。
そんな、真夏日にも近い昼のことである。

二台のモトラド(注:二輪車。空を飛へないものだけをさす)に乗った一人の少女と、その横で運転している一人の男が、走っていた。
実際、一台はモトラドで、もう一台はサイド・カーであるが。
そのモトラドは今にも砂漠の砂の中に埋まってしまいそうなのを、その乗っている男の見事なライディングによって何とか回避しているといった感じだった。

「……どうも、危ないですね…」

横に乗っている少女が、走っている砂漠とはアンバランスな白いドレスに、日傘といった容姿で呟く。

「……ああ、結構エンジンや駆動系に砂が入り込んでるらしいな。調子も悪い」

男はそう言いながら、思いっきりハンドルを切る。
そうすることで、今まで埋まりかけてたタイヤが、一瞬だけ砂の上に出た。
そうやってジグザクに走行してゆくことで、何とか埋まるのを防いでいるのだ。
実際、サイド・カーすら外してしまえば、結構簡単なのだろうが、男は先ほどからそのような事は一言も言わない。
いや、むしろ、先ほど返答をしたのが、珍しいほど男は無言を通していた。

「どこかに、休める場所は無いのでしょうか…私、労れました」

お嬢様はそう言いながら、サイド・カーへちょこんと腰を下ろす。
実際、頭の上にある日傘をたためば、もう少しスピードが出るのだろうが、男はそれを示唆しない。
同様に、お嬢様風の女も、それをするつもりはなさそうだ。

「あら? ほら、見て? あそこに…」
「………」

その先。
男は無言で答える。
砂漠で出来た蜃気楼の前に、何かが見える。
目を凝らして見ると、その先にあるものは、どうも花畑らしいというのが、何となく分かった。
女は高級そうな遠眼鏡を取り出して、眺める。
その間、男がハンドルを切るのを、極力抑えていたことには、気づいていない。

「何か、ありますわ。…花、かしら…でも、変ね。こんな砂漠に花が咲くのかしら?」
「………」

実際、花が咲くには最悪の環境下である砂漠に、あのような花が大量にあるのは実際問題として理解に苦しむ事実だった。
しかし、実際に幻覚でも無い限り、目の前の花畑は存在する。
おそらく近くに水辺があるのだろうと、男は結論付けた。
ようはオアシスだ。何かしらの水辺があるのだろう。
今までの経験上、オアシスに花が咲いているのは、見たことは無いが。

「ねえヘイ、あそこで休憩しましょう? 水があるかもしれないわ」
「………了解した」

ヘイと呼ばれた男は、そう答えた。
そして、女が遠眼鏡を見るのを止めたとわかると同時に、車輪が半分砂に埋もれかけていたモトラドのハンドルを、強制的にきったのだった。


+    +    +


「それにしても、ここ、凄いわね…」

サイド・カーから降りた女は、モトラドの前に屈みこんでいるヘイを見向きもせず、花畑へ歩いてゆく。
その様子を一目見て、ヘイはモトラドの部品の解体にとりかかった。

モドラドは、想像したよりはそこまで酷くなかった。部品劣化も無い。
まあ、駆動系に砂が入り込んでいるくらいだろうか。
それと、調子が悪いと感じたのは、この太陽での過度な熱と、水分が無い状況でのエンジンのオーバーランが原因らしい。
少し時間を置けば放熱して治まるだろう。
ヘイはそれだけ確認すると、ゆっくりと立ち上がった。

ベルトに挟んだパース・エイダーを彼女に絶対に見えない様に、しかしすぐに取り出せるようにして彼女の後を付いて行く。
少し歩いたところで、ヘイは女に追いついた。
彼女はゆっくりと、それこそ優雅に日傘をさしながら付近を散策していた。
珍しい花を見つければ単純に喜び、そしてその感動を一つ一つヘイに言い伝えていた。

「ねえ、ヘイ、綺麗じゃない? でもこの花、どうしてこんな砂漠に咲けるのかしら?」
「………」

ヘイはその質問に答えるかわりに、付近を見渡す。
付近には河と呼べる河は存在しない。
Z市の方角だろうか、少しの水は存在するが、そんなもの砂漠では無意味だ。
ここの花畑に咲いている花の多くは、砂漠には決して咲くはずの無い花である。
サボテンのように、自らの表皮で水の蒸発を完全に遮断できるような構造だとも思えない。
試しに花を抜いてみると、簡単に抜けた。そこまで、根は深くないらしい。
普通の花だ。だが、普通ではなかった。
しかし、それらの花の茎を見て、なるほどと、ヘイは理解した。

「あ、ヘイ! あそこに誰かいますよ!」
「………」

ヘイは素早く立ち上がると、女の見た方向へと目を向ける。
そこには確かに一人の少女が、いた。
ヘイと女は、ゆっくりと、その少女に近づいていった。
無論、相手が敵の可能性もあるので、万が一の準備を、ヘイはしていた。

「あの…」

女が、少女に声をかけた。
その声に惹かれる様に、少女は黒い髪をゆっくりとなびかせながら、振り向く。

「…はい?」
「えっと、始めまして、私、ロゼと申します。あなたのお名前を教えていただけませんか?」

優雅に、そして華麗に女―ロゼは、目の前の少女に尋ねた。
相手をまったく警戒していない、無垢な目だ。
そして、その目の前の少女も同様に、無垢な目をして答えた。
その少女はにこっと笑うと、

「はい、私の名前はアウラと、申します。始めまして、ロゼさん」
「アウラさんと言うの? 素適なお名前だわ」
「ロゼさんこそ、素適なお名前だと思いますよ」
「ありがとう、アウラさん」

微笑む二人の少女。
その少女は余りにこの世界には現実離れしすぎており、そして同時に奇妙だった。
しかしヘイは、その二人に関しては何も言わない。

「あの、そちらの方は?」
「こちらはヘイと言いますの。私の、夫です」
「まあ、そうだったんですか? 始めまして、ヘイさん」

そう云うと少女は優雅に微笑んで見せた。
その微笑が意味するところが解らなかったが、どことなくロゼに似ていると、ヘイは思った。

「………」

ヘイはその言葉に頷いただけで、特に何も喋らない。
その様子を気に掛けた様子もなく、ロゼは続ける。

「あの、アウラさん。ちょっと、お聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、はい。何でしょうか?」
「ここからZ市へは、どうやって行けばよろしいのか、わかります?」
「え、Z市…ですか? でしたら、私がご案内差し上げましょうか?」

ゆっくりとした会話。
その二人が立っているのは幻想的な花畑。
まさに夢のような様子だと、ヘイは思った。
無論、それは夢を幻想的なものではなく非現実的なものと捉えた上で、だが。

「え? あの、失礼ですがH町の方ではないのですか?」
「? いえ、私はZ市から来たのですけど、どうかなさいました?」
「ああ、いえ。ここからZ市というのは、近いのですか?」
「そうですね…距離的には、H町よりは遠いと思います」

意外、だった。
このような時代、ヘイのような人間が随伴していない限り、ましてやロゼよりも若い女が、このような場所まで来れるだろうか?
町の外ならず、町の中ですら危ないという時代に、だ。
見えないが、目の前の少女には武術の心得があるのかもしれないと、ヘイは思った。

驚いたのはロゼも一緒だった。
でも、すぐに嬉しくなった。
世の中は汚れているらしいけど、でもやはり平和の場所もあると、そう実感できたからだ。
私は幸運だとも、同時にロゼは思う。
今までの旅で、私は災難と言う災難に遭っていない。
そして、実際彼女は行く町々で、平和を講いて回っているのだ。
大半の人が私の話をおとぎ話や、夢の話だと聞いているのが現実だが、実際ロゼは身に覚えの無い話はしたことがない。
ロゼは、幸運体質、なのだ。
彼女が通るときには、何も不幸は無い。
前に山賊の出るという山を一晩中通った時だって、一回だって山賊に襲われたことは無かった。
世界は美しいのにと、ロゼはそう思う。
こちらが恐怖すらしなければ、恐怖は降りかからないのである。
そして同時に、目の前の少女も、自分と同じなのだと、ロゼは思った。

「素適ですね、ここらの町は。危険が無いのですね」
「ええ。ですから私はここが大好きで、毎日来てるんですよ?」

二人の少女は微笑む。
その様子を少し遠めで見ながら、やはりこの二人は良く似ていると、そうヘイは思った。

「私、今からZ市に帰るのですが、ご一緒しませんか?」

と、少女が、そうロゼに尋ねた。
その少女の提案を、ロゼは少し考えてから、答えた。

「ありがとうございます、アウラさん。でも、私達はモトラドですので…御免なさいね?」
「モトラド? エンジンとかいう物で走る、乗り物ですか?」
「ええ、ここ辺りでは有名ですか?」
「私、生れてこの方、モトラドに乗ったことも、見たこともないんですよ」

それは、そうだろう。
実際、鉄の加工技術を持っているのが、有数の大都市に限られるし、そもそもモトラドを持っているのはほんの一握りの貴族だ。
もしくは、旅人か。
ここら周辺の町に、そのような貴族がいるといった話は聞かない。
居るとしても、先日の内乱によって滅びた近くのI国くらいだろうか。
だから、目の前の少女・アウラが、モトラドを見たことが無いといったのも頷ける話だった。
それに、モトラドは他の車などとは用途がことなり、それこそ旅だけのために作られたようなものなのだ。
エンジンはおろか、もっと珍しいと言える。

「あら、なら、見られます? 見ても、何もないですけど」
「お心遣い感謝いたします。でも、遠慮しておきます。もし、Z市で会ったときは、是非、見せてくださいね?」
「……ええ、お約束しますわ」

やんわりと、断わるアウラ。それにすこしがっかりした風のロゼ。
どうもロゼは、モトラドを彼女に見せたかったらしいと、ヘイは推測した。
実際、親しくなるチャンスだったと思ったのだが、ちょっと残念だとロゼは心の中で呟く。

「そして、ここからZ市への道ですが、この花畑を西の方へと少し進んだところに、街道がありますの。そこを道なりに進めば、Z市ですよ」
「何から何まで、誠に感謝いたしますわ。では、私達はこの辺で。あなたに少しでも幸運が訪れますように…」

そう言うと、二人は離れて、別々の方向へと歩き出した。
ヘイはその後を、無言で付いてゆく。
途中、アウラは何回か振り返っては、こちらに向かって手を振っているのが見えた。
その度にロゼも、手を振り返していた。

「ねえ、アウラって子、凄く優しかったわね。ふふ、何だか私、嬉しくなってしまいましたわ」
「…そうだな。ロゼと、気が合いそうだ」
「そう思うでしょう? 私と同じ、ですわ。あの子。また、会いたいものですね」
「…どこかで、会えるさ」

―あの子が、生きている限りな―

その言葉は、言葉にならなかった。



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その夜。
昼間、教えてもらった街道を、モトラドで走ってきて、その後門で簡単な手続きを済ませた後、二人はZ国へと入った。
Z国はZ市を中心とする都市で、周りのほとんどが砂漠で囲まれている。。
大体、このD砂漠を渡るには、H町まで船で渡航して来た後、このZ市を通って、R国へと抜けるのが上等手段だった。
ので、この国は主に産業を観光と宿屋としている。
そして土産や物産店が所狭しと立ち並ぶ、商業を中心とした商業国に発展したのだった。
大概、そういう町には夜になると、適度なバーなどが出来たりしており、ヘイはその中の一つのバーへと入って行った。
この町ではパースエイダーを筆頭とする多くの武器が禁止されている。
それは無論、商業の国としてのイメージを崩さないためである。
そのせいか、町には夜遅くになっても多くの人通りがあった。
久し振りの、休息が出来そうである。
ヘイはバーのカウンターに付くと、まずは一杯、軽めの酒を注文した。
ちなみに、砂漠では保存のきく酒の方が、水よりは安いのだ。

そんな中、リリアは夜の街にくり出していた。
というか、今までずっとアウラの世話…もとい、相手をしていたのだが。
自分は予定がないとはいえ、近日中にはR国へと入国しなければいけないので、ここには数日しか居る事はできない。
それをアウラに話すと少し残念そうだったのを思い出す。
しかし、それは仕方のないことだろう。
リリアは取り敢えず何も考えず、自分が宿を取っている宿屋のすぐ横にあったバーへと、入って行った。
店内はまばらで、人は少ない。
しかし、決して少なすぎるという感じでもなかった。
落ち着いた感じの雰囲気で、ゆっくりと皆酒を楽しんでいるといった感じだった。
そんな中、ベルトにパースエイダーを挟んでいる男がカウンターに座っていた。
リリアは、何となく気紛れで、その男に話しかけてみることにした。
無論、目的はパースエイダーであるが。

「いい、銃ですね」

振り向く。
その声の主は、若い男だった。
昼間会ったアウラという女と、そう変わらないだろう。
ただ、雰囲気が凛としており、育ちがいいおぼっちゃまだということは、見て分かった。
その男はゆっくりとバーのカウンターへと腰をかけ、ヘイと同じ酒を注文した。
ヘイは心の中で、少年のセンスのよさに、少し興味を持った。
ここで強い酒をイキナリ飲むのはおぼっちゃまだが、目の前の少年はそれだけでは、無いらしい。
旅人としての、常識だ。

「…見せて、くれませんか? コックは抜かれているんですよね?」

男はそう、言う。
こういう旅をしていると、こういう男にはよく会う。
銃器マニアというか、そういう系統の奴だ。
ヘイは、男が頼んだ酒が同じだったら、見せてやろうと思っていたので、腰からパースエイダーを外して、少年へ渡した。

「……お前の下げてるそれに比べたら、別に珍しいものじゃない」
「あ、気づいていたのですか??」
「………」

ヘイはそうぶっきらぼうに言うと、酒をさらにあおった。
実際、少年の腰に巻いているポーチには、ヘイのパースエイダーよりは数倍値の張るものがあったのだ。
目の前の男はそれで気分を良くしたらしい、自らのパースエイダーも外して、眺め始めた。

「この銃は、一回も使ったこと無いんです。まあ、形見みたいなものですね」
「…I国生の、か。それも、限定物だな」
「……ご存知、なんですか?」
「まあ、な。旅してると、色んな情報が入ってくる。それを持ってるって事は、軍人か?」
「……なる程、で、どうしますか? ボクを、売り飛ばしますか?」
「………いや、興味ないな」

ヘイはそう云うと、もう一口酒をあおる。
少年はそれを見ると満足げに微笑んで、ヘイにパースエイダーを返した。
自分のパースエイダーをポーチにしまうと、酒を少し飲む。

「…そういえば、旅人さんだということは、H町からこちらへ?」
「……そうだが」

いきなり、話題が変わる。
ヘイは何を意図しているのかは不明だが、とりあえず答えた。
目の前の男は、単なる興味本位で聞いているのが少し測りかねた。

「途中に、花畑があったでしょう?」
「………」

酒が、少し止まる。
ヘイは少しだけ、横の少年を見た。
少年はヘイを見ておらず、前だけを向いていた。

何故自分がこの話をふったのかは、リリアにも分からなかった。
ただ、ずっと誰にも言えなかったせいで、限界がきたのかもしれないと、勝手に解釈した。
そして目の前の男は、何となくだが、それを聞いてくれそうな気がしたのだ。
あの、少女と同じで。

「…なるほど…あの墓地の、か」

ヘイが、そう言った。
リリアは、その言葉に多少驚きはしたものの、頷いた。

「……私の、知人も多く、あそこには埋まっています」
「………」
「ボクだけ、いき損ねました。本当にいくべきは、ボクだというのに」

リリアは、それっきり、何も言えなくなった。
夢を一緒に語った小さき戦士も。
小さい頃から一緒だった、偉大な戦士も。
皆、死んでしまった。
それを、リリアは思い出す。

この世に綺麗なことなど無い。それが、ヘイの考えだった。
綺麗なことの裏には絶対汚いことが隠されているものだ。

ロゼを衛り続ける、ヘイのように。

理想と言われた国家が、滅亡するように。

あの無数の綺麗な花の下に埋まっていた無数の死体のように。

そして、何も知らずに花を愛でていたあの少女のように。

「……タナトスの花、か……」

今日も世界には、無数の綺麗なタナトスの花が咲いているに違いない。

ヘイはそう思うと、目の前の酒を、一気に喉に流し込んだ。




―――fin―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




注釈:
※タナトス( Thanatos )…ギリシャ神話の『破壊』や『破滅』を意味する、死を擬人化した神。

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