Snow Drops
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―――誰がために、雪は降る?―――
「あの…シグ様。 お父様が呼んでらっしゃいますよ?」
と、のんびりゆったりとした空間に声が轟く。ひどく低い渋い声だ。
今は昼下がりの午後。
あたりにはゆったりとした空間。
囲んでいる白い壁は何者も通さない城壁。
背後には王の権力の象徴である宮殿と、城が聳え立っている。
そう、ここは城内だ。
正式には天候国『雪の国』。その雪の国の王宮城内。
閑話休題。
ここで少し説明せねばなるまい。
雪の国といっても、あたりに雪がずっと降り続いているわけではない。
ここ”雪の国”は、雪を降らせる妖精達が住む国なのである。
同じように『風の国』『雲の国』『嵐の国』というのが存在しており、それらは天上界にあるのである。
雪の国も勿論その中のひとつだ。
空からは温かい陽光がめいいっぱい降り注ぎ、あたりを温かく包んでいる。
どこからともなく吹いてきた若草の薫りを漂わせる風が頬を撫でる。
それはとても優しく、逆に優しすぎで昼寝をしていたシグを起こしてしまった。
草の中に思いっきり寝転び、陽光を身体いっぱい浴びていたのでかなりご機嫌のシグはいきなり不機嫌な声に顔をしかめた。
「あの……聞こえているのですか? シグ様…お父様が・・・」
背後の宮殿の方から背中越しに声がする。
その声をもう一瞬さえ聞くことが嫌だったので、
「五月蝿せぇ! 聞こえてんよ!」
と、不機嫌に応えた。そうすると、背後の渋い声の主はさっさと奥に下がってしまったようで声が聞こえなくなる。
「はぁ〜、いやぁったく…せっかく気持ちのいいところを…」
大きく背伸びをして、あたりを見渡すシグ。
綺麗な銀色の髪がさらっと風で揺れる。
きりっと締まった眉に、少しだけ銀髪がかかってとても美しい。
すらっと通った鼻、そして決して太っていない筋肉質な身体。
しかし、目つきの悪さがすべてをぶち壊していた。
鋭い眼は睨みつけるだけで、そこら辺の赤ん坊と小学生ぐらいなら泣かせてしまうこと間違い無しだ。
そんな容貌を持つ男が雪の国の正式第一子王宮継承者シグ=スノウである。
シグはのそのそと緩慢な動作で立ち上がると、三度、大きく背伸びをした。
その後はゆっくりと深呼吸。
その動作には覇気が無く、それもだらだらとしている。
まさに性格そのままである。
シグは極度の面倒くさがりである。酷いときには”歩くのが面倒”という理由で、雪の国の大切な集会をサボることも多々だ。
しかし、そんなシグが王宮から追放されないのには理由がある。
それは恐ろしいまでの才能だった。
まあ、そんなことを知ってか知らないでかシグは王宮でやりたい放題やっているわけだ。
「あぁ、親父が呼んでるんだったなぁ…ったく、面倒くせぇー! んなことは、アイツにやらせてりゃいいじゃんかよ…」
と、かなりの不機嫌さで毒づきながら、のろのろと王宮へ歩く。
さっきまでは心地よく感じていた風さえもあたりを漂う単なる生暖かい風に成り下がってしまった。
そのせいでさらに気分もだるくなり、さらにぼけっと歩いていた。
「あれ? お兄様! どうかなさいましたか? 全身から”だりぃ”オーラを発して? さてはっ! そこの庭園でのんびりお昼ねの最中にお父様の召集でもかかりましたか? それで、ボクに任せればいいじゃん! みたいなこと毒づきながら・・・」
一気にそこまでまくし立てた人物は多少の息切れに襲われ、そのままはぁはぁと荒い息をする。
、 。
「うーん、説明するのが面倒くさいのでお前の風貌&今までの経歴省略な」
「あぁっ! ひどいです!お兄様はかなぁり長く別に平坦で特記する点も無いことをだらだらと述べておきながら・・・」
「やかましぃ! さっさと行くぞ!」
兄に一括されて押し黙る男の子。
その隙にシグはさっさと親父が居るであろう宮殿の方に歩いていってしまう。
「あぁ! 待ってくださいよ〜!!」
後ろで聞こえた非難の声はあえて聞かないことにした。
「よく……来てくれたな」
そう威厳たっぷりで言い放ったのは他でもない親父、いや、この場では雪の国の第34代目国王である。
あたりは真っ白の外壁に包まれており、立っているだけで緊張感が漂ってくるような中に2人はいた。
白い大理石が敷き詰められた床を一歩一歩、コツコツと音を立てながら進んでゆく。
焦りは許されない。焦ったところでそれは”国の王子たる態度ではない”とみなさてしまう。
意外に躾が厳しいのだ。
雪の国というのは基本的には、実のところ”女性主体”である。
というのも、やはり男性より女性の方が天候操作が上手と言うこともあるので必然的に国は女性が継ぐのである。
だから正確に言えばこの雪の国は親父の国ではない。
だが、表の政治などの役割を受け持つのが国王の仕事なのである。
ちなみに母親は父に後を継ぎ、2人を生んでから、どこかの国へと遊びに出てしまっていた。
管理責任もあったもんじゃない。
つかむしろ、思いっきり放棄だった。
…まあ、それは珍しいことではないのだ。むしろ、雪の国においてはそれが普通なのである。
威厳たっぷりの白髪に白髭、それに反して赤いローブを纏った男―国王は目の前の玉座に座っていた。
長い長い空間を2人はしきたりに従って、ゆっくりと歩いており、やがてその国王の前に方膝をつき、首を垂れた。
「うむ、二人とも、顔を上げてよいぞ・・・」
そのうち、国王の言葉が当たりに響いた。
すっと、2人がまるであわせたのではないかと思うほど正確な動作で立ち上がる。
「して、要件とは何でございましょうか?」
弟のリューグが国王に尋ねる。
これは形式だけである。二人には既に何の申しつけが下るかは知っている。
そう、流石のシグも”面倒くさい”では避けられぬ試練。
王位継承の儀である。
「二人とも、既に察しは付いていると思うが、王位継承の儀が近づいておる。知っておるだろう?」
はぁ、やっぱりな…とシグは内心毒づいた。
王位継承の儀とはそのままの意味である。王位を継承するための儀式。
しかし、王位継承者が2人以上いる場合は、下界(人間界)に下り実績を上げたものを正式な国王とするのである。
シグは18歳。リューグは16歳。両者とも十分に王位を継承するための年齢である。
ちなみにシグが18歳の時に王位を継承しなかったのは、シグが単純に面倒くさいという理由で継承の儀をサボったためだった。
そのため、一年後の17歳になったとき、前年の汚点から継承の儀は見送られてしまった。
…無論、シグの思い通りではあるが。
「はい、お父様…」
シグはあえて返事をしなかった。というか、面倒くさかったのだ。
―どうせ、継承するのはリューグだ―
シグは内心、その言葉を反芻しそして無理矢理顔を無表情にした。
その気持ちが、外に現れぬように。
そういう意味ではこの”王位継承の儀”は飾りでしかない。どうせ、リューグが王となるのだから。
しかし、シグには悔しくなく、むしろそれは喜んでいいことだった。
国王の兄と言うだけで名前にも箔はつくし、それに別に国王と何変わらぬ生活はできるのだから。
だが、シグはそれが好きじゃなかった。
シグは小さいころから自由な生活にあこがれている節があった。
とにかく城から出たい一心で問題を起したのも多々だ。
兄となれば弟が居ない場合は変わりに王を勤める義務を負う。
必然的に自分の時間は削られるのだ。
そういう”不自由”が何よりも気に入らなかったのだ。
「して、2人には下界へ降りてもらう。そこで十分な実績を上げ、帰郷するのだ」
一瞬の沈黙。
そして、
『はい、お父様・・・』
2人はこうしてそれぞれ下界へと下りてゆくことになった。