Snow Drops
One
シグは精霊である。
が、新緑のベッドに抱かれてシグは眠っていた。
ツタが自然に絡んでできた自然のハンモック。そこでゆれている銀髪の男は間違うことなくシグだった。
ちなみに、今はきっぱり昼である。
それも真昼。雪なんか見渡したってどこにも存在してはいなかった。
太陽はサンサンと頭上に輝き、あたりを照らしている。
比喩なしの雲なしの空。それはそれで心地よいのだが・・・
「あぁ〜だりぃ……」
下界の風は天上界の風ほど心地の良いものではなかった。
あたりの森から吹いてくる風は全部そんな風ばっかりだ。
(ったく、近くに海でもありやがるのか?)
と、ついつい毒づく。
風は乾燥しておりさばさばしているし、ときより”雨”と呼ばれるものが降るのでじめじめする。
そんな環境の中、あと1ヶ月も居なくてはいなくてはいけないと思うとさらに気分がなえてくる。
ちなみにこれは下界に来てまだ1日たらずである。ちなみに昨日は雨だった、
シグが訪れた下界はほんとうに人もいないような辺境だった。
大都市とか、重要箇所―雪祭りがあったりする雪が重宝される地域―にはもっと位の高い精霊が訪れる。
だから、シグのような”見習い”精霊はこのような辺境にまわされえる場合が多い。
精霊なので一般には食には困らないのだが、いかんせん不快感は来る。
それがさらにシグを堕落させていた。
雪の精霊の仕事は主に3段階に分けられる。
まずは、”雪を降らせる”こと。
これは最重要任務ながら当然の任務である。
そして次に”雪のコントロール”。
降雪量や、呼び込む雪雲の量、そしてなによりも雪を降らせる地域などをちゃんと把握しなくてはならない。
そうしないと各地で災害が起きたりしてしまうからある。
それに、他の地域の精霊とかぶると、それは面倒くさいことになる。
自らの能力を、自らでコントロールできない物は、無能であるとは、シグの母親の常々の言葉だった。
…と言うが、当の本人は、思いっきり全世界に大降雪を降らしたと言う問題児だったりするのだが。
反面教師ここに極まる、である。
そして、最後には一番難しい”雪を除く”こと。
一番簡単なようで一番難しいこの任務は、呼び込んだ雪雲やその他もろもろの”雪を降らせる材料”を撤去することである。
この3つが大きな任務である。
そのため、今は雪のコントロールのことから町などを歩き、そして雪を降らせる位置を特定しなくてはいけないのだが…。
「あぁ〜、きつい…」
やる気がなかった。
さっきからシグはまったく動かないで居た。
木の木陰にずっと身を隠し、昼寝ばかりしているのである。
かといってよる行動しているかといえばそうではない。
つまりは、何もしていないダラダラとした生活をしているのである。
腕のいい精霊ならすでに位置を定め、そして雪雲を呼ぶための儀式にとりかかるところである。
「ったく、どこか適当な場所で…っと!」
と、シグがあたりを見渡していると、一人の女の子が目に入った。
その女の子は黒髪、黒目のおしとやかそうな雰囲気を纏った女の子だった。
女の子と表現したのは明らかにシグよりは年下であろうという軽蔑である。
どこかへ行く途中なのか、視線を道路に這わせ、ゆっくりと歩いている。
なんとなく気だるそうではあるが、シグはそんなこと構わなかった。
「おい、そこの…黒髪の女!」
乱暴な言い方でその女の子を呼び止める。
しかし、木の上に居るシグを女の子は見つけることができない。
あたりをきょろきょろと見渡し、探している様子だ。
「ったく……」
ザザザザッッ!!!ッドゥン!
すさまじい音を立てて、木の上から落下してきたシグ。
「アタタタ…」
それも着地をミスったらしい。
それを見て、女の子はしどろもどろするかと思えば、冷静な表情でシグを見据えていた。
(意外に、肝が据わってるな。なら、話しやすい)
「お、おい! お前!」
痛がりながら、立ち上がりざま声をかける。
声が一瞬裏返ったのは聞かないことにしておいてほしい。
女の子は一瞬首をかしげ『私ですか?』と尋ねるように見つめる。
「あぁ、そうだ、お前だよ。ってか、他には誰も居ないだろうが……」
あたりを見渡してみても見えるのは森とか林ばかりで、家などは微々たる数である。
そんな中で森の中の道を歩いている人なんか、いるわけがない。
「で、ちと聞きたいんだが…」
ギロッという効果音でも付きそうに鋭い目つきで女の子を見る、いやむしろ睨んで聞く。
女の子はその視線を直視しながらも平然と、
「はい、なんでしょうか?」
綺麗な言葉で応えた。
澄んだソプラノの声、一瞬でもシグは綺麗と感じた自分が馬鹿らしくなった。
「この辺で、見放しのいい丘とか、知らないか?」
なぜかシグがしどろもどろになって聞く。
しかし、やはり言葉の棘はなくなっていなかったが。
「丘……ですか?」
一瞬また首を傾げる女の子。
「あぁ、知らないんならいいわ。ん、もう行っていいぞ」
さっさと会話を切り上げ背中を向けるシグ。
なんとなく子の女とは話し辛い。
というか、シグはこの方母親以外の女性にあったことが無かったのだ。
だからなんとなく女には抵抗があるのである。
しかも唯一あったことのある女性が能天気で馬鹿な母親なのだからまた困った。
まさに目の前の女の子はその女の対極にあるような性格なのだから。
話辛いのも当たり前なのだが……。
(ったく、なんだ? 別に緊張するようなことでもないだろうに…)
気付いていなかった。
「あのぉ、わ、私…知ってます」
「あ?」
一瞬背後から聞こえた言葉を聞き、間抜けな声を出したシグ。
次にその言葉を認識し、ささっと振り向く。
じっとその女の子を見つめる。というか、睨む。
「マジか?」
そう、聞いた。
「はい、マジです」
わざと女の子もシグの口調に合わせてくれたのかにこっと笑って応えてくれる。
(へぇ、結構可愛いじゃんか…)
思わずその光景に見とれるシグ。
その笑顔はかなりシグにとって新鮮だった。
ココロから、綺麗だと思った。
(って、俺はなにを思ってんだ! こんなチビガキに欲情してんじゃね〜!!)
と思った自分を必死に殺しながらシグは、
「んなら、悪いが、そこに案内してくれないか?」
と、言った。
そこは、想像していたより素晴らしい光景が広がっていた。
先ほどまで居た場所から少し歩いた場所にあったら小高い丘には白い建物が建っており、その建物がまた緑の中に溶け込むことでなんともいえない素晴らしさを醸し出していた。
その建物は女の子(サラという名前らしい)に聞いたところによると病院らしい。
サラとはその他の事もいろいろ話した。
といっても、もっぱらシグは聞き手だったが。
しかも、大半聞き流していただけだから、実際はサラが勝手にしゃべっていたのだった。
サラは小さいころから病院通いでもうかれこれ10年になるという。
10年前といったらまだほんの生まれたばかりであるから、サラは生まれたころから身体が悪いらしい。
そういわれると心なしか元気が無いような気がした。
その丘の頂上へたどり着いたとき、シグは素直にすごいと思った。
下界は驚きの連続だった。
丘の上ともなると、駆ける風も澄んでいて気持ちがいい。
シグは案内してくれたサラには何も言わず軽く『行け』といって追い払い、丘の上に咲いている一本の木下へ行き、また昼寝を決め込むことにした。
身体を木に預けると、暖かな鼓動と共に温かさが広がる。
ちゃんと受け止めてもらっているという安心感がある。
丘を駆ける風の薫りが、かすかに鼻孔をくすぐる。
自分が寝転んでいる草は、まるで自然のベッドで若草の薫りがしてそれもまた心地よかった。
それは全てがとても気持ちよかった。
まるで天界に戻ってきたようだ。
そして、待たずとも直に眠気は訪れた。
(ここなら雪雲も呼びやすいし、いい場所を見つけたもんだ)
眠りに落ちる前、シグはサラのことを思い出してみた。
だが、それをすぐ止める。
(ま、どうせ、もうあわないだろうが)
そう思い、眠りに落ちた。