Snow Drops

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Two

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 








相変わらずずシグはその一本の木の根っこに居座っていた。

そろそろアレから10日が経とうとしている。

そろそろ儀式を始めないと間に合わないころだ。

木も心なしか少し枯れてきたようだ。

落ち葉が多くなってきている。

それは”冬”の訪れを知らせてくれるものだった。

だが、丘の上は相変わらず楽園が広がっていた。

あれから10日。シグはすっかりこの場所を気に入っていた。

ここならいい雪が降らせられるような気がする。

そんな自信に満ち溢れている。

いつもならだるくて起き上がりさえしないのに、今日はなぜかぱっと起きれた。

朝、それは今までシグが一番嫌いだったものだ。

だが、それがシグは一番好きになっていた。

一回なんか、朝日の出が見たいがために早起きしたものだ。

アレは感動した。生命の脈動を感じた。とでも言えば伝わるか。

(……人間界も、捨てたものではない。あのガキには、ちっと感謝してもいいかな…)

心の中で思う。

あくまで心の中で。

声には出さない。

「シグさん?」

と、いきなり背後から声が聞こえたのでシグはふりかえってみると、ソコには女の子がいた。

「おっ? チビガキ?」

今日は何がるのかわからないが、いつもよりも早い。かなり早い。

「なんでお前がこんな時間にここにいんのよ?」

普通に話す。

いつしか、サラをシグは受け入れていた。

最初はしつこくよってくるサラを撥ね付けたり、追い返したりしていた。

だが、話してみると普通の女の子だった。

相変わらずに女の子と話すのは度胸がいるが、それでも楽しかった。

さびしくなかった。

天界に居たころは自分ひとりだけでよかった。

何をやるにも自分でできたし、他人が必要だとは思わなかった。

それは今でも一緒である。

だが、シグの中ではそれでも違う思いが芽生え始めている。

そんな感じがした。

サラと話していること自体は別に普通のことだった。

料理の話、季節の話。

だが、一番サラが話したがっていたのはここの景色のことだった。

『ココは思い出の場所なんです』

と、いつだったかサラは言っていた。

『ここは、私だけの秘密基地でした』

過去形なのは、すでにシグが知ってしまったかららしい。

『いいでしょ。ここ、ここにいると、嫌なこと全部忘れることができそうで……』

それっきり、サラはパタッと丘の話をしなくなった。

それが最初で最後のサラの本心だったのかもしれない。

「うん、今日はちょっとこれからは来れそうに無いから…」

サラはそれでも毎日この丘に来ていた。

病院は丘にあるとはいえ、少しは歩かなくてはいけない距離にある。

それを、毎日通っていたのだ。

その言葉に何も言わなかった。

うすうすは気付いていたのだが、あえて無視していた。

「ん? あ、そうか?」

あえてそっけない返事をした。

呼び止めたい自分を必死で抑えた。

「じゃね、シグさん! あ、シグさん、ありがとうございました」

そう改まるとペコリとサラはお辞儀をした。

その姿はひどく儚げにシグには映った。

「ん。じゃ、行け。お前は、行かなくちゃ行けないんだろ?」

どこに? とは、あえて聞かない。

多分、サラはどこかへ行ってしまう…そう思えてならなかったからだ。

「へへ、正解です。それでは〜」

タタタッと丘を下ってゆくサラ。

その後姿を見つめるシグ。

何かを言わなければいけない。

何を言わなくてはいけないのか判らない。

徐々に遠くなってゆく少女の背中には、一握りの勇気と、溢れんばかりの悲しさがあった。

だんだん、朝焼けの中溶けてゆくように少女が小さくなってゆく・・・

何とも言えない感じが、膨らんでゆく。

今言わないと後悔する、判ってはいるが・・・

「おい、ガキッ!」

考えもまとまっていないのに声をかけた。

「はい?」

と、声はしたものの振り返りはしなかった。

ただ、丘を下る足を止めたに過ぎない。

それだけでも嬉しかった。

「また、来るか、ココヘ?」

もう来ない。それは判っていた。

「………」

沈黙。でも、次の瞬間には、

「はい、絶対きますよ! 待っててくださいね!」

大声で、そう応えた。

そうして、また少女は駆け出す。

タタタッ………

黒髪の女の子はさらに勢い良く丘を下って行った。

途中、2回ほど転んだ。

それでも走っていった。

まるで、何かから逃げるように。

「絶対……来いよ…」

その言葉は空中へ舞い上がり、天へ届き、そして霧散していった。

 

 

それっきりチビガキは来なかった。

 

 

「……おい、お前!」

と、イキナリ無礼極まりない声がしたのは丘に来てから大体15日ぐらい経ってからだった。

木は既に裸になっており、寒そうに震えていた。

もうあたりは”冬”の訪れの象徴だった。

そうすると、やっと雪の精霊の仕事が来るわけだ。

あたりの風も雪雲を呼んでいるせいで乾燥してきた。

それは、刻々と換わり行く季節の流れを鮮明に表している。

この丘にも、変化があった。

女の子が一人、いなくなった。

それは別に悲しくなかったが、寂しくはあった。

そんなときである。

時間帯はすっかり夕方に近づいている。

何度も見た、暮れる太陽と上ってくる月。

それをむやみやたらに繰り返す毎日。

しかし、飽きることは無かった。

「あ?」

思わず不機嫌な声で答える。

そうして、声の主を見てみると、それはシグと同じぐらいの年齢の女だった。

「アンタだよ! 間抜けな声だしてないでさ」

失礼な女だな……。

目の前の女はサラとは対極のような性格だった。

赤々と燃えているような髪の毛はショートカットで、活発な印象与えている。

そして、性格もそのままだった。

燃える真紅の瞳はいまは目の前のシグに対して怒りにも似た感情をあらわにしている。

「だからなんだよ」

思わずむきになって反論する。

「あんた、ずっとここに居るよね?」

イキナリ口調が変わった。

赤い髪を少しだけ夕闇にとかし、目の前のシグを見つめる。

「ああ、それがどうかしたか? 迷惑か?」

あえて皮肉っぽく聞いてみる。

その視線に睨まれてか、それともさっき言った自分の言葉を反省してか赤髪の女はどもった。

「んなわけじゃないけど…ほら、これ」

そういうと、ひとつのバスケットを差し出した。

「? なんだ、こりゃ?」

そのバスケットを受け取りながらも、首を傾げるシグ。

目の前の女には心当たりは無い。

あったことも無いし、この辺りの住人には覚えのある人間は一人しか居ない。

……。

「いや、遠慮しておく。知らない人からのプレゼントは貰うなと親の躾がされているから・・・」

そういってプレゼントを返そうとすると、その女は声を上げて笑った。

「…っく、くくく……あぁ〜おもしれ。傑作だわ…くくく、くく…っ」

と、腹まで抱えて笑った。

流石のシグもこれにはカチンと来て、

「あのなぁ、俺はお前を知らないんだぞ? だったら……」

「あ、ごめんごめん! …くくっ…いやいや、悪かった」

顔面をまだ笑い顔から直さず、必死に謝ろうとしてる女。

そして、コホンッとセキをして、体裁を整えると、

「あ、私の名前はミミス。んで、これは病院の子から。なぁんで私がアンタにプレゼントしなくちゃいけないわけ?」

「しらねーよ!!」

半眼で聞いてくる女。

内心毒づきながら、しぶしぶバスケットを受け取るシグ。

目の前の女は、何か触ってはいけない、そんな生命根本からの危険性を感じていたのだ。

しかし、次の瞬間、

「アンタ、サラのこと、随分励ましてくれてたんだね……感謝するよ」

…、…。

「なぁに、驚いた顔してんのさぁ。あの子ね、毎日のように話すんだよ、あんたのこと。そりゃ覚えるって」

またまた笑いそうになりながら必死にとどまる女。

そんな女を見て、シグは聞いた。

「お前、チビガキのこと知ってるのか?」

明らかに怪訝そうな顔で見てくる赤髪の女。

「っまね。私、医者だし」

医者?

つまり、この目の前の女は、サラの担当医ってやつか?

「医者としてお礼を言うよ。サラの……妹の最後の友達になってくれてアリガト」

その言葉に、シグは何もいえなかった。

(最後の…か。サラにとっては最初のでもあっただろうな…)

「あいつ、楽しそうだった。とっても。今じゃ、過去形なのが悲しいけど」

さぁっと音を立てて丘を乾いた風が通り過ぎた。

それっきり、ミミスと自らを名乗った女は、きわめて軽薄に『じゃねー』と言って去っていった。

サラが来なくなってから、少し時間が経ったわけは、聞かないことにする。

シグの手には、ひとつのバスケットだけが残っていた。

 

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