Snow Drops

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

finale

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



 




「ね、アンタはさ、なんでここに居るの?」

相変わらず隣で五月蝿い女、赤髪の女はシグに話し掛けてきた。

あれからずっとだ。

かれこれこの丘に来て20日以上が経っていた。

途中、この女とサラのことで会って以来、なぜかこの場所に良く来るようになった。

シグにすればサラほど新鮮な印象は無いが、やはり接しにくさは感じていた。

あたりの空気は既に冷たく、それは”雪雲”が十分になったことを知らせていた。

あとは、降らせるだけである。

除雪の準備は既に整っているためである。

意外に、ココまで何の障害もなくできたのはやはりサラのおかげかもしれない。

雪の精霊―、その存在を下界の人間は一生知ることは無い。

それは目の前の女であっても同様である。

だから、『なんでここにいるの?』と聞かれたときは沈黙で応えた。

サラのときは聞いていないフリをした。

そのうち、赤髪の女は自分のことを話し出した。

サラとは血がつながっていなかったけど、親友で妹のようなものだったこと。

既に自分には好きな人がいるということ。

そして、その人がこの地から離れていってしまうかもしれない事。

シグが思うに、赤髪の女―ミミスはそれゆえに寂しさを感じているのではないかと思った。

 、 。

シグは精霊である。

だから人間のように感情が豊かではない。

所詮は精霊。雪を降らせるだけのために生まれてきて、死ぬ存在。

その存在自体を人間が見たら羨ましがるかもしれないが、シグは逆に人間の人間らしさが羨ましかった。

サラの別れが辛くなかったのも、その感情の欠如があったためだ。

精霊に感情は不必要だから。

役目さえ果たせば、なにもいらない。ただ、雪を降らせれば終わり。

雪のように溶けて消えてしまうような、儚げな存在。

どうせ、自分と会った人間は雪が降ってくると同時にその記憶を失ってゆく。

人間と精霊は自然界の仲ではあってはならないものだからだ。

しかし、シグはそれはおかしいと思った。

シグは様々なことを学んだ。

人間の感情や、そして考え。

喜怒哀楽、寂しさ、辛さ、そしてなにより愛しさ。

俗に言う人間らしさ。

人間にしか持つことが許されなかった宝物、”感情”。

だから、ミミスが好きな人の話をしたとき少しだけその気持ちがわかる気がした。

あくまでも気がしただけである。実感はできない。

しかし、そのことも悲しくない。悲しいけど、悲しめない。

精霊ゆえ。

そうして、ミミスは毎日夕方頃、仕事が終わってから毎日来た。

そしていつも日が沈むまで話、そして帰ってゆくのである。

そんな毎日を繰り返した。



そして、”冬”が来た。

 

 

丘に来て、丁度1ヶ月が経った。

あたりは夜である。

空気はすっかり冷たく、そして澄んでいた。

雪を降らせるためには丁度いい気温、湿度。

それは全てシグが整えたものだった。

そして、その日を迎えた。

すっと、丘の真ん中の木へ移動する。

(こころとも、お別れか…)

内心そう反芻し、木に優しく手を当てる。

最初感じた温かい鼓動は、まだあった。

すべてを共にしてきた木。

あるときはシグの雨を防ぎ、日陰をつくり、寝床となり。

生活を共にしてきた木。

それとも、お別れである。

あたりを見渡してみる。

暗闇の中に仄かに見える、森。

最初にサラとであったのはあそこあたりかな? と、感傷に浸るがそれもすぐに止めた。

静かな、時が流れる。

あたりを駆ける風が、まるで鎮魂歌を歌っているように静かだ。

何者も寄せ付けない、月の光があたりを包み込む。

光は優しく暗闇を照らし、気持ちを浮かび上がらせる。

心を、洗い流す。

すっと眼を閉じると、まるでつきのささやきが聞こえてきそうだ。

あたりは静かだった。

湖に波紋のひとつも無い、静かな雰囲気。

空気は相変わらず寒かったが、それは辛くなかった。

微かに見える、病院の余韻。

そして、丘。

全てが新しく、懐かしかった。

(さてと…)

シグは一通り回想を終え、力強く沈黙の空へと手を伸ばした。

今日は、あの日だ。

偶然か判らないが、今日はミミスと好きな人が分かれる日らしい。

それは一生あえるかどうか判らないらしい。

そして、それをミミスは笑って話していた。

だが、心は笑っていなかった。

泣いていた。

涙を流していた。

それが、感じれた。

少しでも、人間に触れた感じがした。

そっと、でも、あんまり触ることのできない、神秘の領域。

神秘ゆえに、神秘を感じることができない矛盾。

(始めよう……っ)

すぅっと…手が薄く光る。

それに反応したように空に雲がかかる。

ゆっくりと、ゆっくりと。

それはやがて、空一面を覆う。

それと同時に、ゆっくりとゆっくりと、すうっと、シグの手が透き通ってゆく。

優しい月の光が遮られる。

あたりは三度、暗闇になった。

(ま、これくらいしか、俺はできないけど…)

うっすらと光った手の先から、生きているように光の塊が無数に飛び出す。

それは真冬の蛍のようでもあり、魂の饗宴の用でもあり。

ゆっくりと空へと舞っていった。

(たとえ、俺のことを誰もが忘れるとしても……)

 、 。

古来より、雪は神秘であると言われている。

空から降ってきて人のココとを洗い流す。

神聖な気分にする。

それはいつ見ても新鮮である。

そして、たとえ雪が溶けて消え去っても、また新しい雪へと生命の橋を繋ぐ。

雪は命である。

その一つ一つに、役割がある。

人間一人一人に感情があるように。

そして、誰一人として同じ人間がいないように。

雪は…………。

(サラ…届いてるか? お前のところまで……)

いつの間にか、空一面には雪が降り注いでいた。

(ミミス…最高の演出だろう?)

雪は、穏やかに

雪は、儚げに

雪は、ゆっくりと

雪は、しっとりと

雪は、確実に

人の心に、

溶けていった・・・

 

…、…。

 

そして、その雪が地面に着き溶けて消えるころ、シグの姿はなかった。
 

 

 

 、 。

 

 

―――は精霊である。

 



だから人間のように感情が豊かではない。

所詮は精霊。雪を降らせるだけのために生まれてきて、死ぬ存在。

精霊に感情は不必要だから。

役目さえ果たせば、なにもいらない。

ただ、雪を降らせれば終わり。

雪のように溶けて消えてしまうような、儚げな存在。

自然の延長上に生まれた、”精霊”という存在。

それはきっと、自然のままで。誰とも触れ合えない。

理解できない。

どうせ、自分と会った人間は雪が降ってくると同時にその記憶を失ってゆく。

人間と精霊は自然界の中では、会ってはならないものだから。

世界が、違う。

こんなにも、近くにいるのに。

 

誰よりも愛すことができ、愛されることの無い、存在であるがゆえに。



悲しみを誰よりもよく知り、そして知らないがゆえに。

でも、それでも精霊はそれでも雪の精霊であり続ける。

雪を降らせる。

愛しい人間のために。

この世に生きる、全ての生きとし生ける者達のために。

この世に生きる全ての生きとし生ける者達の、ために。

それはもしかしたら、すぐに忘れられてしまうかもしれないけど。

それはもしかしたら、誰からも理解されないかもしれないけど。

儚く、消える運命だとしても。

でも、それでも、雪は降る。

誰のためでもなく、

そして、それはきっと誰かのために。

 


 



 

――Snow Drops For My Lover"s"――

誰がために、雪は降る?

 

 



 


 

〔fin〕

 

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