The Sacred Gate
V.C.計画発端2年後、V.C.が一般ユーザに普及し始めた頃。
『どうだ? やれそうか??』 巨大な空間。巨大な扉。目の前にあるものを説明するには、多分この言葉だけで十分だろう。 事実、それ以外、この空間には何もないのだから。 「……わかりません、Master。構成も……通常のソレとは、かなり異なります」 「なぁ〜やめた方が良いんじゃねーの? こんな泥棒まがいなことしたって、奴さんの恨み余分に買うだけだぜ?」 背後に控えている一人の男が、ヤル気無さそうにそう言い放つ。 その言葉は、多分真実。でも、今はそんなことを言って居られる時ではない。 『…気をつけろよ』 「その言葉、ありがたく頂戴します、Master…では、」 すうっと、手に持っていたカタナを、目の前の鐵製の扉に向けて構えた。 「これより、Hackingを、開始します―――」 そう宣言すると同時に、おもむろに、目の前の鋼鉄の壁に向かって剣を振り下ろした―――。
そこは、今までに見たことが無いような場所だった。 重く、そしてどしっとした質量感のあった鋼鉄の壁をカタナで力づくで壊し、中に侵入した私達を迎えたのは、そんな場所だった。 部屋の巨きさ自体は、そんなに巨大ではないが、そこには迷路のごとく、無数の『扉』があった。 首を傾け、天頂を眺める。そこにも、無数の扉。 三次元のキューブ(立体)を模して作られた部屋の、その扉がある面を除く全ての面に、扉が付いていた。 そして、その扉の種類は均一ではなく、様々な種類の扉が存在している。 中には見たことが無いような作りの扉、中には簡単に蹴り破れそうな扉。そんな扉が壁に無数、設置されていた。 「………無限回帰術だろーね。きっと、僕等が見ている以上に、本当の『扉』は少ないよ。もしかしたら、一つを除く全ての『扉』が、ニセモノかもしれない」 私と共に鋼鉄の扉を潜ってきた3人のうち、一番外見だけなら子どもな少年が、声をかけてくる。 少年はふよふよと空中に浮遊する奇妙な球体の上に腰掛けながら、部屋中を飛び回っていた。 少年が乗っている球体の表面には、びっしりと電子回路が張り巡らされており、それだけでも十分、その『球体』が異質なものであることを示していた。 「は、一個ずつぶっ壊していけば、わかるだろ?」 「…羽鳥、そう正面から堂々と的のトラップにかかるような手段は、賛同しかねますよ?」 鋼鉄の扉の前でヤル気な下げに答えていた男を、また他の男が嗜める。 羽鳥と呼ばれた男の井出達は、まあ一言で言ってしまうなら、『武士』のソレだった。 武士というより、侍に近いだろう。私の持っていたカタナより、ずっと細く、尖った脇差し。コスチュームも侍のソレだが、髪の毛はぼさぼさの伸ばし放題という容貌だ。 名を、羽鳥京助。ちなみに、先ほど『球体』にのって、相変わらず部家の中を浮遊している少年の名は忌(イミ)と言う。 「…うるせーよ。俺は不器用だからしょうがないんだよ、ミット」 侍の服装をした羽鳥が、もう一人の男―ミットに声をかける。 ミットはその言葉に『そういえば、そうでしたね』と、ニコリと大人に笑ってみせる。その笑顔に羽鳥は何も言えなくなった樣子で、軽く『ちっ』と吐き捨てると沈黙した。 ミットと呼ばれた男は、とにかく長身。そして、長いコートのようなものを三重に着込んでいる服装だ。手には魔法の杖とも言うべき、ロッド。 眸の色が紫な為か、どこか雰囲気的に神秘的な感覚のする男だ。 「ねーねー、ここで乱暴するのも嫌だけどさ、ここの術、そう簡単に解けない見たいんだけど?」 先ほどまで空中を浮遊して選いた忌が、困ったな〜とボヤきながら戻ってくる。 「んなら、またカタナを使うか?」 ニヤリと笑いながら、中心の一人の女をみる羽鳥。 「使うって、どれにだ、京助? 忌、一つに特定できなくてもいいから、兎に角回帰術だけでも外せないか?」 「うに? 外したって、多分嘘の扉の数は、見た感じさほど変わらないよ? いいの、タケル?」 「嗚呼、やってくれ。その後は、手がある」 「まータケルがそう言うなら………出ておいでー」 不承不承といった感じで承諾した忌は、『球体』を少しだけいじって、当たりに10匹ばっかりの子猫を出した。 『にゃ〜』『に〜』『にぃ〜』 その子猫が今度は空中を飛び回り始める。そして…手に持っていたトンカチのようなモノで、壁をたたき始めた。 どこ、ばこ、びち。 がっきん、ぼっこん、どっかん。 カンカンと、まるで工事をしている作業員のように、壁を拍き続けるネコ。 やがて、 ぐらり………。 部屋全体がぐらりと歪むようにして、一瞬ノイズで歪む。しかし、直に素に戻った。 相変わらずの薄暗い、巨大な立方体。そこに、無数の扉が存在している。 しかし、それだけで十分だった。 「お疲れ樣。はいっとね」 また忌が『球体』を操作して、猫たちを呼び寄せると球体の中にしまった。 「……忌の趣味は未だによくわかんねーな……」 羽鳥がその光景を皆がらボヤく。 「うるさいよ、羽鳥ー。可愛いから良いじゃないのさ?」 「……無駄な泣き声とか形とかに拘らなければ、もっと良いのが出来るだろ?」 「これはボクの趣味なのー」 ぶーぶーと口を尖らせて言う。その樣子に『はぁ、んなもんかね…』と嘆息する羽鳥。 どうも、羽鳥は忌があまり理解出来ないらしい。 タケルはその言いあいを無視して、手から何やら『糸』のようなものを出すと、それを鋼鉄の扉の外側へと送った。 「Master、まだ居ますか?」 しばらくして、タケルが話しかける。 『うん、いるよ。 何だい、タケル?』 「確か、この前趣味でMasterが作ったという無限複製プログラム、ありましたよね? アレを、ちょっと送って欲しいのですが?」 『いいけど……動作は保障できないよ?』 「構いません。メモリ域を圧さえてれば、暴走もしないでしょう」 『わかった、はい』 鋼鉄の扉の方から、”光”のようなものが現れる。それはすっとタケルに近づくと、その前で静止した。 「ありがとうございます、通信はこれで切りますね」 ぷつりと、『糸』を手から外すと、光を徐に掴み、それを今度は腰に下げていた『銃』につける。 タケルの持っている『銃』は今、例の”光”によって朧げに発光しながら、なんともいえない神妙な雰囲気を作り出していた。 「……考えるね、流石、タケル」 ぼそりと、球体に乗ったままそれを鑑賞していた忌が、呟く。 「皆退いてろ。中っても修復する暇などないぞ?」 『銃』を空中に構え、おもむろに引き鉄を引く。 弾は最初の、発射された一発の光の球体から、それが分裂して二つに、さらに分裂して四つにと、自己増殖を繰り返す。 二のX乗で加速しながら増えて良く光の弾丸は、一瞬のうちに無数の球体となって…………、 部家の全ての扉を直撃した。 発光。 立方体の部家が、激しい光で包まれ、中にいたタケル以外の全ての人物が目を瞑った。 そしてその跡に残っていたのは、頑丈に固定された一つの扉だけだった。 「ひゅ〜、やる〜」 嬉しそうに声を上げたのは忌。 「……俺の言ったのと、あんまり方法変わらなくないか?」 ぶつくさと文句をたれるのは羽鳥。 「あはは、タケルさんらしいですねー」 相変わらずの笑顔のミット。 「下らないことを話してないで、行くぞ」 腰からカタナを抜きながらその扉に近づいて行くと、今度も、おもむろに鉄の扉にカタナを振り下ろす。 例に漏れず、その扉も一撃で木っ端微塵になった。
「っっっっと、コレで、終わりかな?」 空中に浮んでいる『目』を次々と自慢のカタナで切りつけ、最後の一機をコマ微塵にしたところで、羽鳥は初めて一言喋った。 「お疲れさまです、羽鳥」 「ご苦労さまだったな、京助」 「流石だねー羽鳥兄」 その謝礼に『ふんっ』と一言クールに返すと、再び隊列の後部へと戻った。 羽鳥の壊した『目』は、こちらの動きを追撃するヴィルスの一種。 こちらの動きを観察し、その情報を送るだけの、文字通り『目』としてのAIだ。 「どうも、こっちの動きが、気付かれたみたいですねー。ゲートが閉じられる前に、戻りますか?」 ミットが相変わらずのポーカーフェイスで、顔に笑顔を浮かべたまま中心にいたタケルに聞く。 「カタナで壊れたのは、そう簡単には修復できん。物理的に回線を切られない限り、問題ない」 「はい、でーきた♪」 ふよふよと球体を次なる『扉』の前で浮ばせていた忌が、そう言ったのと同時に、暗闇の通路に『ガシャン』という、開錠を告げる大きな音が響いた。 「ご苦労。AIじゃなく、人間に気付かれるまで、あとどれくらいだ?」 タケルは忌の言葉を聞きながら、後方にいるミットに聞く。 「通報装置はあらかじめ切ってるし、間違っている情報で”穴”は埋めてるから……それでも、もって10分、といったところかな?」 「十分だな、よし、いくぞ」 そう云うとタケルは空いた扉の前に達、扉を開ける。 「ったく、どこまで深く入ればいいんだ…? ここ、6層くらいだろ? まだセキリュティがあんのかよ…」 ぼやく羽鳥。 「ううん、12層だよ、羽鳥兄。残りの6層は、嘘の階層で、最深部には到達できないんだ」 「………つまり?」 「いくら階段を下りても、中心につかないってことですよ」 「………はぁ」 納得できていない樣子の羽鳥。それを『あはは』とお気楽に笑うミット。 その樣子を片目に見て、タケルは次の階層の中へと入った。 次の部屋は、今までの部屋とは明らかに異なっていた。 狭い……いや、さほどは狭くないが、あまり動けるだけのスペースは無い。 部屋をすばやく見渡す。と、反対側に『Warning』とかかれた扉があるのを発見する。 部屋にある扉はたったの一つ。今までのように偽装や、無限回廊、もしくは罠などは一切存在しない。 「……きっと、最下層への扉だ。多分、ここで最後だね」 「同時に、あの扉を開けちゃったら、セキリュティセンターへ、直通で通報がいくでしょうねー」 「けっ、やっかいだな…」 『Warning』とかかれた扉は、三重もの光の輪でぐるぐる巻きにされており、それだけでも保護が固いことが見て取れる。 しかし逆に、あの扉を開き、中にこちらのデータを入れてしまえば、コチラの勝ちだ。
「ようこそ、皆樣。お待ちしておりました。偽装階層などに引っかかっていないかと、ヒヤヒヤしておりましたよ?」
その扉の前、そんな絶対絶命の状況にも関わらず、頬笑んだまま佇んでいる一人の男。 「………お前が、天才ハッカー・Riteの、専属AIってところか?」 「始めまして、お目にかかります、Administrator Riteの専属AI、名をKnightと申します」 「……洒落かよ」 「あはは、Riteって、ネーミングセンス、もしかしてなかったり?」 「それは、同感かもですね〜」 それぞれの意見を述べる三人。しかし、その会話を聞こえていたのか、それとも聞こえていないのか、涼しい顔のまま何も言わない男。 黒髪。黒眼。手には、何も持っていないものの、腰には両刃のソードを二本。 なるほど、門を守る『守人』というよりは、どちらかと言うと『騎士』のイメージである。 「ハッカーRiteの盜んだ情報を、返してもらいに来た。あれを世間に公開されると、面倒になるのでな」 「勿論。私を、Deleteなさってからなら、どれだけでも好きなように」 「その言葉、しかと聞いたぞ」 次の瞬間、タケルがKnightのほうへと走る。手には、例のカタナ。 カタナを振りかぶる。しかし、Knightの方はそれを受ける樣子は見せず、ただ回避した。 空間が、少しだけ歪む。 三度、剣線。 しかし、そのどれもをKnightは避ける。 「避けてばっかりで、勝てると思うか?」 「私の勝利条件が貴方方のDeleteではなく、足留めであることをお忘れですか?」 その通りだと、タケルは内心思う。 「助太刀するぜ、タケル」 突如、背後に現れた羽鳥が、大きくモーションを取って剣を振り下ろす。 Knightは背後を見もせずに、腰に下げていた一つの剣を盾にその斬撃を防いだ。 「!?」 羽鳥の顔が、一瞬歪む。 「Terminaterなら未だしも、普通のArrayで私をDeleteしようと? 少々、舐めすぎではありませんか?」 Knightは羽鳥の顔も見ずにそう述べる。 それと同時にタケルから振り下ろされたカタナを避けると、もう一本の剣を手に取り、羽鳥を切りつける。 「退けっ」 素早い『電撃』がミットのロッドから発せられたかと思うと、一瞬だけKnightの動きを止める。 その一瞬のウチに羽鳥は何とか攻撃範囲からは逃れ、後退する。 「……DelayのScriptですか…まったく、そのような小型Socketを作るとは、貴方のMasterは相当暇な方ですね?」 「これで、どーだーっ」 間一髪入れず、今度は忌の球体から、無数の光がKnightを襲う。 それはまるで落下してくる星のようにKnightに直撃すると無数の光源体へと分解される。 次々と教える光の本流にKnightは顔をしかめたものの、 それだけだった。 「CellでのRelay………無数のデータをCellにして相手に送る……通常のプログラムなら一発でしょうね?」 「う、うそ?! 1024個のヴィルスだよ??!」 「残念ながら、あなた方の負けです。Terminaterだせ気をつければ…貴方は私を倒せない」 にやりと、不適に笑うKnight。 「貴樣も、大切なことを忘れているようね……」 「…?」 背後から、声。 タケルはニヤリと不適に笑うと、”扉の向こうへ”と一匹の蛇を投げ入れた。 「…なっ??!」 ”開いている扉”の光景を見て、固まるKnight。 扉の前で、不適に笑うタケル。 「1024個のヴィルスに、DelayのScriptでの時間稼ぎのお陰で、貴樣のルーチンが働いている間は、扉は無防備だだったな」 「………っっ! では…」 「私達の勝利条件もお前を倒すことじゃなく、ヴィルスを感染させることなんでね…引くぞ!」 「あいさー!」「…ああ」「了解です〜」 すっと、4人の身体が光の輪によって還元され、データとなって消える。 「……」 その後、その部屋の中に残ったのは、Knight一人だった。
「これで、カリは返せましたか、Master?」 『ああ、そうだね。ありがとう。多分、Riteの方もしてやられたって感じだろうね。コレで懲りてくれればいいんだけど…』 「……それにしても、Masterの兄妹喧嘩に巻き込まれる身にもなって欲しいものです。もう少しで無限回廊に禁められるところだったんですからね?」 『あはは、済まない。そのために3台でバックアップしたんだろ?』 「……それでも、足りません。本当に危なか、」 「ん。そうか。ありがとう、タケル。感謝してるよ?」 その言葉に、押し黙るタケル。 「………そういう意味では………」 『え? じゃあどういう意味? メモリ容量足りてなかった? それとも、仕掛けるルーチンが少なすぎた?』 「……何でもありません、それではお休みなさいませ、Master」 『あ、うん…じゃあね…』 通信が切れる。 「………」 無言の空間。 「………お休みなさいませ、マスター」 一人、タケルは呟いたのだった。満更でもない顔を浮かべて。
―――fin―――
天才ハッカー姉妹の姉妹喧嘩です。ちなみに、妹が兄から奪い取ったのは恥ずかしい兄のポエムだったとか。 こんな感じの兄弟が居ても……いいですよね? それにしても描写が難しかったです〜〜〜。結果、ありきたりになってしまいましたケド…。
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