〜イントロダクション〜


”いち”

 

「ふあぁ〜……眠ひ…」

朝。僕は目を覚ました。

枕元で忙しそうに鳴っている時計は、僕にとってはすでにBGM。いや、むしろ僕を再び眠りへと誘う天使の呼び声のよう。

一定規則で鳴っている音というのは、人間に対しては単調な繰り返しであり、そしてそれが人の眠気を誘うのは至極当然の理由である。

うむ、もっともである。多分、最ものはずだ。

というわけで、僕は目の前の目覚まし時計を止めることなく、再び眠りにつくのであった。

一瞬、眼の奥になんともいえないむず痒さを感じたが無視する。

頭のどこかが起きなければ! と警告するのも無視して、強制的なシャットダウンを展開する。

OSをシャットダウンしています………カリカリカリ、カリカリカリカリカリ……。

段々意識が無くなっていくのがわかった。

 

 

眠りについている間に僕のことについて説明しておこうと思う。

僕の名前は久良木 和人。こう漢字を書いて、きゅうらぎ かずと と読む。

黒い髪に、黒い目と言うのは日本人な証なわけで、普通だろう。

短く切りそろえた髪の毛に、男にしては長い睫(まつげ)。

はっきり言って運動は得意な方なのだが、あまり筋肉質には見えない身体。

無論、得意とは言っても幼少のことは通院生活をおくっていた身だ。

そこまで元気、というわけではないが。

ただ、身体は言い方を帰れば、華奢ということになるのだろうか?

小柄な体で、まだ声変わりをしていないため高いソプラノの声。

そして、僕は今現在中学校三年生で、受験を控えた受験生だ。

今は大体夏のちょっと前の季節で、世間一般では五月病から抜けてくるころであるところの、つまりは六月である。

まったく朝からじめじめとした気候が続く、僕が一年の中で最も嫌いな季節だ。

僕が通う私立 常葉第一付属中学校、通称トキチュウは、県内でも有数のトップ校で、毎年多くの生徒を有名私立の高校へと輩出している。

まあ、少しの人間はそのまま学校のコネで、ほぼ100%受かる(過去、一人だけ落ちた人間がいたらしいので、ほぼ)試験を受け、そのまま私立 トキワ高校に上がる人間もいる。

僕は勿論進学組みである。

成績もそこそこで、スポーツも得意である。

ちょっとだけ音楽の成績が悪かったりするが、それは玉に瑕ってことで。

クラスの中でも孤立しているわけでもなく、友達も多い方だと思う。

別に友達付き合いがうまいわけではない。そう、僕には他の人間には無い、ある特徴があるのだ。

そして、僕の最大の悩み…………それは………、

 

 

ダダダダダダダダダッ!!!!

音が、迫ってくる。その男は疑うことなく”何か”が迫ってきているという意思表示にして、僕にとっては危険信号。

正確には、階段を上るある人物の足音が迫ってきているのだが、最早それは音が迫ってくると形容した方がいいような様子だ。

決して焦っているわけではない、むしろ、カノジョにとってあれが普通なのだから。

元気とか活発と形容するより、どちらかというと暴走とか驀進とかの単語の方がぴったりくるような性格。

軍隊のような整った足音。これも毎日聞いていると微妙な違いというものが分かってくる。

ダダダダダダダダダダダダダダ、ダダダッ

音が一瞬途切れ、再び続く。

これは、二階にある僕の部屋にたどり着くまでに階段を上りきった時点でベクトルの転換をしなくてはいけないためだ。

何故か今日の足跡は、いつもよりも殺気だっているような気がした。

つまり、今彼女がいる位置というのは、僕の部屋の前。

そして、

「おっはよぉ〜〜〜〜!!!」

やたらとハイテンション。

ノンノックで、いきなり年毎の男の部屋に殴りこみ。というか、蹴り破らんばかりの勢いで扉を開け放つ。寧ろ蹴ってた?

プライバシーって何? 権利侵害、は、しらねーよ? とばかりに飛び込んできやがったのは僕の妹であり、お世話役の久良木 美咲だった。

「兄、起きろやぁぁぁ!!!」

………。

 

 

妹の美咲は、僕の一つした、つまりは中学二年生である。

義理とか、そんなロマンティックな背景は無い。両親、今尚ラブラブである。

・・・少しは遠慮しろやっと突っ込みたくなるくらい。てか、突っ込んでる、毎回。

僕と同じで黒い髪の毛に、黒い瞳。

髪の毛はセミロングぐらいの長さで、それを纏めもせずにばっさりと肩まで落としている。

体は運動部なため、かなり引き締まっていて、はっきり言って僕よりも筋力はあるだろう。

しかし、僕と同じ遺伝子を持っているのか、身体自体はまったく太っている印象は無い。というか、痩せている部類に入るだろう。

しかも彼女は着太りするタイプという珍しい女性だ、が、それでも尚平均的な女性よりはいいスタイルをしていると思う。

いつもは、ぱっちりとした瞳なのだが、今はじーっと半眼になっていた。

ジト目というやつだ。説明すると、何かに”呆れている”ことを示す意思表示。

妹は僕とは違って運動が特別に得意のため、勉強ばっかりの私立を蹴って公立に通っている。

と言っても、超お嬢様学校であるが。昔は、私立だったとかも聞いたけど、それはもう昔の話。

公立のクセに、中学入試で10倍の競争率を誇る女子中である。

中学二年生にして、陸上部の”神風<ザ・ウィンド>”、水泳部の”津波<タイダルウェーブ>”、バスケ部の”万能家<オールラウンダー>”と数々の称号を頂戴している。

と、妹の友達である光ちゃんが言ってた。多分、これは”俺に言える”称号なのだろうと、思う。

どういう風にしたら運動部を三つも掛け持ちできるのかと聞いたら、けろっとして、

『なんで?一日一日交代で行けばいいじゃん?』

いや、そんな三回に一回しか来れないんじゃあ、部員としていいのか……?

大会等が土日で重なっている場合は気分で決めるという最悪の部員だ。

それでも運動はできるんだから、性質が悪い。即席レギュラー……、って最早本来のレギュラーの意味からはかけ離れている気がする。

 

「おぃ、まだ起きてないの〜?」

見りゃわかることを一々口に出す。

煩い。あっちいけ、お前なんか。

無意識に拒絶し、妹に背中を向けるように丸まりこむ僕。

後ろで、『あ、そーゆーことするんだー。ふーん、なら私にも考えがあるよー』という気配。

「いい加減あきらめろよなぁ、兄。目覚まし疲れてんぞ」

めちゃくちゃ男っぽい口調。無論、美咲は名前の通り男ではない。

目覚ましが疲れるとは、それは新しい発想だな。

それでとまった目覚ましが見てみたい。

ジリリリリリリリィィィィィィィィ………ィ……ィ…モウダメポ…

だんだんと力尽きていく時計。

それって、唯の電池切れじゃねーかよ。

想像して損したぜ。

「………ねえ、マジで起きないつもり?」

あ、ちょっと機嫌が悪くなってきたようだ。

声のトーンが一旦下がる。

「はぁ、兄ぃ〜。下で薫さん待ってんよ〜起きて〜」

甘い声。まるで誘惑されているようだ。

もし、妹の本質を知らない男が聞いたら、一発KOだろうなぁ。

ちなみに、僕も違う意味でKOだ。

「って、おきろよっ!!」

「ッッ!!?」

ゴスッ

布団の上から、強烈なナックル。布団はまったく衝撃を緩和せず、ダイレクトに体を攻撃する。

いや、最早それは拳ではない……凶器だ。

兵器だ。アームズだ。

てか、痛い……。いや、”痛い”なんてもんじゃない…それは懇親のチカラを込めた拳を形容するには適切ではない。
即ち、”壊い”。体が壊れる。意識がゆがみ、目の前に火花が散る。

思いっきりに背中に一発。しかし、その一発は全身を弛緩させる。

「……っ…ぅは……」

一瞬呼吸が止まる。やつが叩いた背中の裏にはどうやら肺があったらしい。

軋みをあげる肺。しかし、そんなことに構ってられるほど悠長な場面ではない。

すぅっと、後ろで空気が歪む。奴は第二撃を放とうと構えているに違いない。

今すぐにでも回避しなければ、生命活動すら危うい。折角心地よく眠っていたのにも関わらず、一気に地獄行きである。

とりあえず今は命乞いでもなんでもして、反撃のチャンスを伺うべきであった。

「み、みさき……お、起きた…今、起きた…でも、逝きそう……学校じゃないところに」

体をクの字に曲げながら訴える僕。体の神経伝達系に異常があるらしく、ぴくぴくと痙攣を起こしているのが伝わってくる。

「逝ってもいいけど……まずは目覚ましてからね」

去る妹。悶える僕。

こうやって、僕は目覚めた。

平穏で、平凡で、繰り返される毎日の、始まりの合図である。

 

 

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