5月5日
「いいか、翼。男はな、やると決めた以上、やりぬく以外に道は無いのだ。男に二言は無い」
と、俺。がしっと、目の前の友人を鷲づかみにしながら強く主張する。
久良木 和人と佐藤 翼は、今、とあるショッピングモールに来ている。
今日は休日。しかも、国民の祝日とあって、町には多くの人が詰めかけていた。
まっとく、よくもまあ休日という貴重な休息な時間までこんなあくせくと働いたりできるもんだね…と感心する。
…ま、こんな休日の日なのに、こんな街中で暇している俺に言われたくないだろうけど。
まあ、その中の一人であるところの俺は、目の前の少年を必死に誘っている。
何に誘っているのかと、無粋なことを聞くべからず。
休日に彼女がいない男がやることといえば、それはこれ以外にあろうか。いや、ない。(反語表現)
それは健全かつ立派な青年が期待する甘々しい生活への第一歩。(時に厳しい)
その後言ってしまえばあんなことやこんなことすら夢ではない!!(夢かもしれないけど)
そぅっ、言わば男の夢、ザ・マンドリーム!! (泡沫の夢と言う無かれ)
言わば夢の楽園への片道切符!(後戻り不可!)
そして、ゆくゆくは大空へと羽ばたくもの也!!(跳びすぎて”堕ち”ないように注意)
………。
無論、平たく言えばナンパである。いや、本当にぶっちゃけちゃうと。
あたりの人間が、俺らのやり取りを見て怪訝そうに見つめては去ってゆく。
そして、めっきり視線は俺に注がれているのは言うまでも無い。
ま、俺の完璧な男気に惹かれるも仕方ないが、おいおいハニー達(私語)そんな街中で俺をみていいのかい??
いやいや、愉快愉快。と、すぐ近くにいた男の会話。
「ねえ、あの子可愛くない??」「えーでも、彼氏もちっぽいしなぁ」「ちぇ。あんな痩せ男ほっとけばいいのになぁ」
去っていく男達。
………一見してみたら、デート中のカップルだからな。
それも、女性が先導してるし。ええいっ!Gパンにノーフレームのトレーナーだぞ??
格別着飾っているわけでもないのに、なんでそのように思われるんだぁっ!
理由はわかってるけどさ。
「はぁ………翼ぁ〜」
意味も無くがっくり来る俺。
「………ボク、何も言ってない」
「っっ黙るっそこぉっ!」
翼が何かを言わんとしているのだが、俺はそれを却下した。
しかも、即座に。
どーせ、
『ボク、別に行きたくないよ……興味ないし』
とか、言い出すに決まっている。
あーもぅ!じれったい! 男だぞ、男!
そして、目の前には美人な女性!!(さっき見つけた。その後尾行。軽く犯罪)
しかも、一人!!
これは、声を掛けないことがあるだろうか、いやない!(反語再び)
「あのなぁ、翼。ナンパと言っても、別に疚(やま)しいことじゃない、わかるか?」
うぅと、ちょっと気圧され気味の翼。
昔から、というか中学生のころから気が弱いからな……。
まあ、そこが萌えるのだが。
………女には、だが。俺は、断じて、違うっ。
「これは一種のコミュニケーションだ。日本人はどーもそこあたりを勘違いしている節がある、わかるか?」
あきらかな疑いの眼差し。………っく、俺は屈しないぞ。俺は、勝つまで負けない!!
全力で洗脳して………いや、もとい説得をするまで。俺は目の前の男を、男の仲の男として育て上げると決めたのだ、そうあの日!!
「アメリカ等の諸外国を代表にとってみても、キスというものは軽いスキンシップだ。そう、スキン(肌)シップ(交流)だぞ。しかし、それを日本の人間が見たらちょっと変な見方をする。普通なのに、だ。」
「なんでキスの話になるのさ…ナンパでしょう?」
はい、無視。
「つまるところ、これは単なる、極々僅(わず)かな小さいほんっとにちょっとした価値観の違いから生まれる隔たりギャップ隔絶だ。しかし、俺はそんなものは不必要だと思っている。むしろジャマとすら、だ。おい、翼。かくいうお前も、まさか未だに及んで”キスは特別だ”なんて言っているわけじゃないよな?」
「…特別だと思うけど…」
「あまーーい! 甘い!! まるで棚から振ってきた牡丹餅のように甘々しいったらありゃしないっ!! 宇治金時のように甘い!! そんなことでどうやってこの寒く厳しい日常という平穏な世を切り抜けていけようか。つまるところ、俺が言いたいのはだな、日本人とかアメリカとかイギリスとか、そんな不必要極まりないボーダーラインを取り除いた上で、俺らも彼らの良い部分を純粋に吸収しようというわけだ。かの有名な偉大な音楽家でありミュージシャン、ジョン・レノンも『Imagine』で歌っている、そう俺らには国境はない!! なあ、人間として普通だろう? 相手のいい部分をとる、というのは。他山の石は、自分の玉だぞ?」
「…厳しい日常という平穏って分からない。 それに、ジョン・レノンはそういう意味で言ったんじゃあないと思う」
どこまでもマイペースなやつだった。いやいや、ここでくじけるな久良木和人。
相手は佐藤翼。仮にも、無表情面を得意とする感情欠落男だ。
ある程度のことは予想済みだ。オーケイ。こうなりゃ毒を食らわば皿までだ。(違
「いいだろう、そんなに勇気が無いのなら、俺も一緒に言ってやる。まあ、確かに、いきなりお前一人ってのも、難しいだろうしな。ふふ、わかっている、俺はちゃんとわかっている。お前もきっとあ〜んなことやこ〜んなこと、したいんだろう?? ふふ、わかっているぞ我が友よ!! 友達に軽く『え、あの子? あ、オレのカノジョ』とか言ってみたいだろう??? ははは、臆するな少年、そのような内気で自らの欲求に正直に答えられないものを導くのが、我が使命にして直命にして生きる理由。さあ、行こうじゃないか少年、大いなる地平線の向こうへ、ピリオドの向こうへ、少年よ、大志を抱け!!」
大げさなジェスチャーと、チェ・ゲバラ顔負けのパフォーマンスを披露するオレ。しかし、さらに半眼、いやむしろ疑いの眼差し。
「…そんなの、和人の理由だよ…屁理屈にすらなってないって」
ぐぐ、どこまでも強情なやつだ。仕方ない、これだけは使いたくなかったのだが……。
すまん、これも和人を男にするためなんだ。
わかってくれ(内心)。
「はぁ、そんなんだから………翼ぁ?お前、薫になんて思われてるか知ってるか?」
その言葉に一瞬ビクッと震える翼。いつものような温厚の翼ではなくなり、どこかそわそわしている。
そう、何を隠そうこいつは……。
「”可愛い”だぞ? 可愛い。はっ、これほど男を形容する言葉でバカにしている言葉は無いと思わないか??」
「和人は確か、”綺麗”だったよね」
…痛いところをつくが無視。目が”和人、人のこと言えないよね”と物語っているのもあえて無視。
「頼りない。ソウ思われても仕方ないと思うがなぁ、お前はどう思う?」
外から見たら、俺が(女の子が)翼に(男の子に)対してまくし立てまくっている光景に見えるだろうけど。
翼は相変わらず佇んでいるだけだが。
「だからな、翼。お前も少し、大人に………」
「ふ〜ん、いぢめ?」
ビクッッ!!!
その声に俺は凍りつく。空気が凍り、時間が凍り、辺りの人ごみの人間が泊まる。
永遠の凍結時間。昼間に到来した”冬”のなか、深々と降り積もってゆく雪がオレの心を冷やす。体温も。
あ、冷や汗。
氷よりも冷たく、しかし確実に、最低限の言葉で威圧を掛けてくる。
この声の主は……!!!
「あ……木尾さん」
そう、俺の天敵にして、最大の好敵手。俺のすべてを知る(知られた)女にして、何故か俺のことを偏愛(恋愛ではないところに注意)しているサイコ女、ゴーリキ梓ことその名も木尾 梓。相変わらずのボーイズファッションに身を包み、俺らのことを半眼で眺めている。
いや、主に俺中心に、だが。つか、寧ろオレだけを。
「な、何で、お前らがこんなところに……」
俺は無意識に上ずった声を上げてしまう。しまった、こいつはこういうことに妙に鋭い。
ここは平静を装って……
「あのねぇ、和の字? 今は祝日。国民の祝日。こどもの日!! ゴールデンウィークの最後っ! んで、入学式とか面倒くさいことは全部終わって、仲良くなりたての友達と一緒に遊ぼうかなぁって思うのが自然でしょ? まったく、あんたらって言ったら、まあ同じ中学校出身なのはわかるけどさぁ、男二人でむさくるしくない? あ、そうか。和の字はどっちかって言うと女の子って役割なのか? ふむ、だとしたら結構つりあってるのかもね…あ、でもやっぱ休日、しかも高校生にやっとなったって言うのに代わり映えの無いメンバーと一緒にしかいれないってのはやっぱ寂しいところがあるわよね〜」
ぐわ、マシンガントーク。というか、吐く毒舌その物が生物兵器のように俺を抉っていく。
バイオトーク(?)だな。ち、致命傷だ。HPの50%が一気に持ってかれる。
ちくしょう、持ってかれたぁっ!!(意味不明)混乱している頭で、何とか言い返す。
「て、てめぇみたいに外面がよくないからな、俺は。そんな数日でうわべっつらのだけの付き合いだけで一生付き合っていく人間を決めてしまうほど、俺も人を見る目が無いわけじゃあないんでな。やっぱ、高校生活を誰と過ごすかってのは俺にとっては死活問題かつ最重要問題なわけだ。てめぇみたいな楽観的思考+感情行動的、本能的なことはできんのだよ、慎重派の俺としては」
精一杯、反撃を試みる。が、梓はその言葉の中に引っかかりを見つけたらしく、ニヤリと笑った。
「はぁ? 入学式早々、いきなり隣り合っただけで『心の友』を決定しちゃったあんたが言う台詞じゃないっしょう?」
ぐぐぐ、そうであった。いや、気があったのだ、それも妙に。
趣味は似てるし、考え方も似てる。
んでもって、好きな女の子のタイプも同じときたら、もう心の友というレーベルを張らざるを得ないだろう。
……まあ、HR中にやってしまったのが失敗と言えば失敗だったが。
今回ばっかりは、部が悪い。
「ん〜、言い返せないようだねぇ和の字? はぁ、そろそろボクに対して負けを認めたらどうなのさ?」
勝ったと言わんばかりに俺のことにらみ付ける梓。上から人を見下すような魔女の目だ。
く、屈辱的だ……。これ以上と無いくらい陵辱的だ。
と、その梓の横にいる少女、クラスメイトだろうが名前を覚えていない、は少しクスっと笑った。あ、可愛い。
「梓、そんなにいぢめちゃ駄目、”和ちゃん”可愛そうだよ?」
…?
…??
…???
…????
…は?
「「和ちゃん!?」」
俺と梓の声がハモル。というか、めっちゃ親しげなんですけど。
相変わらず目の前の女の子はニコニコしたままだが。俺は……覚えが無い。
―――高速思考、展開。思考を並列化。同時に4つの思考回路を開放。
俺の中の脳みそが、それぞれ同時によっつのパターンで思考を始める。
「ねえ、千佳。あんた、知り合い?」
へぇ、チカっていうのか……名前。でも・・・そんな名前聞いたこと無いぞ……。
少し茶味がかった髪の毛をロングに伸ばし、それを後ろで結って結んでいる。それでも結構な長さになるのだろう。
うーん、幼馴染とかおろか、許婚とかも誰もいないし、至って平凡な日常を送ってきた俺だ。
こんなに変わっている少女がいれば記憶ぐらい残っているだろうが。残念ながら記憶に無い。
ぱっと見、あんまり見栄えしない子だけど、よく見てみるとケラケラとよく笑う。なんか、幸せそうな感じだ。
思い出せ、俺の全存在をかけて。今こそ、今まで培ってきた全てを使って思い出せ!!
とりあえず現在からたどっていこう。しかし、ここ数年まともな女(梓・薫・美咲例外)と交流すら持たなかった。
今は私服を着ているが、そんなに着飾った感じもしない。ちょっと黙ってみていれば、文学少女そのものなのだが。
俺だぞ結構可愛い女の子と話すどころかすれ違っただけで鮮明に記憶できるのだからおそらく忘れているということは無いだろうし(いたって悲しいが)小さい頃は病弱で入院がちだったとは聞いているけども(オレは記憶曖昧。ま、子どものころだしな)。
本人はいたってインドア派の人間ではなさそうだしな。しかし、見た目は普通なのに、体中からオーラみたいなものが出ているのがわかる。
どことなく、薫に似たオーラだ。他の人とは違う…。決定的だが、ささやかな変異。俺はそれを敏感に感じ取った。
ああ、今晩のおかずなんだろう……今夜は美咲の番だからな…冷蔵庫に入っているものから想像するに、カレーか?
もしやそのときに知り合っていたのかでももうそれは時効だろう流石に10年前の友人を覚えているほど俺の脳にはキャパがない。
一番―――停止っ!! 二番―――停止っ!! 三番―――停止っ!!!
結論、思い出せないまま。うう、高速思考停止。てか、訳にたってねーよ!!
「ううん、初めてだよ?」
あたりまえじゃん?といった感じで聞いてくるチカとやら。
・?
・??
・???
…そうなんですか。
「あの、今泉さん、だよね?」
と、いきなり横から声を掛けてくる翼。おお、珍しい。
翼が自分から声を発するなんてレアだ。中学校僕と美咲と、あとたまたま梓とか薫とかが翼をつれ回した甲斐があったってもんだ。
「あれ? 自己紹介したっけ……えっと…ううぅ〜ん、ごめん、覚えてないみたいだよぉ…ごめんね、名前も知らない人A」
と、彼女は翼に目を向けると、うーんと唸った。どうやら翼は知らないようだ。
「あ、違う……」
ドモってしまう翼うーん、声を掛けるまでは良いんだけどな…。
そこから押しが弱い。っと、冷静に分析してる場合じゃない。
「あー、今泉さん、だっけ? 違うよ。コイツ、すげー記憶力いいからさ、一回あった人間のこと、忘れないんだ。それがほんの一瞬だったとしてもさ」
と、弁明する。半分間違いで、半分正解な半端な答え。
これは俺と翼の秘密。俺がコイツの秘密を知ってるように、コイツも俺の秘密を知っている。
翼、小さいころから本のようなものを大量に読んでいたせいで、頭が発達したらしい。よくは知らないし、原因がソウなのかも分からない。
それで、すでにコイツのIQは大人のを軽く上まっているのだ。まあ、コイツはそのことを何故か隠したがるのだけど。
そして、コイツの特技として、『写真記憶』がある。最初会ったときは本当に疑ったほどに、凄い。
これは今はすでに精神病にも入っている病気で、一度見た物を、そのまま頭の中で写真を見るように思い出すことが出来るのだ。
まあ、翼の場合、意識して記憶すればそうなるらしいが。おそらくコイツのことだ。名簿でも写真記憶しておいてのだろう。
しかし、翼はこのことを誰にも言っていない。オレ以外の誰にも。それは勿論、親にすら同様だ。
俺が中学校のころ、あんまり歴史の成績が良過ぎるので、俺が問い詰めた(もとい、尋問した)ことでやっと知ったのだ。
まあ、その代わり、俺の翼に秘密を差し出すことになったのだけど。いやぁ、アレは痛い等価交換だった。
しかし、そのお陰で今の関係ができているんだから、感謝すべきだろうが。
「へぇ、すごいねぇ!! 翼くん……だっけ? うん、すごいすごい!」
やたらとほめる千佳さん。しかし、俺はコイツがあまりいい気分じゃないことがわかった。
明らかに慣れないタイプだからな…翼にとって。仕方ない…助け舟を出すか。
「それにしてもさ、何で俺のことを『和ちゃん』って呼んだの?」
質問を逸らす。上書きする。それを何となく梓も感じ取ってらしく(気が利くやつだ)何も聞いてこない。
それに、その質問は梓も同じだったらしく、千佳さんに聞く。しかし、当の千佳さんはケロっとして、
「え、梓が和の字って読んでるから……女の子をちゃん付けて呼ぶのって、そんなに変?」
と、聞いた。
絶句。
・。
・。
・。
……なーるほど。納得。
そして、
「あーはっはっはっはっは………なぁるほどねぇ……クク、よかったなぁ和の字、いや、”和ちゃん”?」
笑う梓。苦笑する翼。訳がわからない当人、今泉 千佳さん。やたらめったらと疲れる俺。
や、やめろ!! 冗談でもお前が言うと気持ち悪い!!!
あ、おい、今笑っただろ……翼。
「あのさぁ、入学式の日、俺ガクラン着てたでしょ……? それに、自分のこと俺って呼ぶのって女の子にしては変だと思わない?」
聞いてみるが、
「ほら、ドラマとかでいたじゃん? 体は女の子だけど〜みたいな?」
ケロっとして答える。正直、目の前のチカちゃんとやらが、分からない…。
「ドラマの見すぎ……俺は、男だよ」
「うん、うん……ちぃ、コイツは久良木 和人。こう見えて、ってかこんなに見えても男だよ、一応生物学的には」
「精神学的にも、だ」
いい加える俺。一瞬、千佳さんは戸惑って、やっと自体が読み込めたらしい。
「え、え、ええっ!! こんなに可愛いのにっ!?」
グサリ……男として、可愛いって言われるのが痛いって…ある意味、犯罪…。
勿論、名誉棄損で。
「あはは…」
薄笑いの翼。相変わらず腹を抱えて笑ってる梓。おろおろと落ち着かない千佳さん。
「ご、ご、ごめん……なさい、えっと、和人………さん?」
何か、いきなり年をとった感じだ。
「いや、慣れてるけどさ……普通に和人でいいよ」
はぁと、ため息をつく。
「はぁ−っ、ったく、ちぃ、もーサイコー。あはは……ぁっ? ……ああっ!!」
笑いから復活したかと思えば、いきなり町のど真ん中で奇声を上げる少女(15)。
何気にとった携帯を凝視し、顔を青くする。
「あああーーー!! ちぃ、ちぃ、時間っ!!」
叫んだ。
「え……?」
千佳さんは自分の持っている腕時計を確認する。
それにつられて僕も時間を確認するが、別に変わったところは無い。
「ああっ! やばいよ、やばいよぉ!ピンチだよ!!梓っち!」
あわてる二人。チカちゃんにかんしては、何かいつもどおりののんびりな感じで、あんまりそんな感じはなかったけど。
俺と翼には何が何だかわからない。いや、少なくともオレにはわからなかった。
とりあえずその光景を遠めに見ながら、何で彼女たちは慌ててるんだろうか…と、とりとめも無く思考した。
「うん、走るよ、ちぃ」
「合点承知ぃ」
しかし、彼女たちにはその理由を弁明する余地も無いらしい。
挨拶も無しかい。と、一瞬梓はこっちを見て、
「和の字、急ぐから、じゃね」
「ふぁいと、おーだょっ!」
と言った。
「……何だったんだ……」
と、俺はつぶやく。
まさに嵐のようにやって来て、風のように去りぬ。
「ふむ、今からあの二人をハリケーンシスターズ、略してスターズと名づけようじゃないか、な翼?」
「多分、駅までやってる映画の上映時間だと思うけど……」
そこにボソッと翼がつぶやく。
「嘘…マジかよ。悪いことしたかな……」
流石の俺の少しだけ申し訳なくなる。
「…うん、多分、今から急いで言っても人気の映画だから、多分CM中にすら、多分無理」
「…お前、知ってたろ?」
「うん、目的を知ったのが今だから、指摘しようが無かったけど…」
ある意味、鬼だよ、お前は。つか、朝の新聞を覚えてたのだろうか? 流石だ。
俺らはそれから町を一日中ぶらついた後、いつもどおり翼の家に寄ってから、帰ってきた。
翼のお袋さんも、親父さんも忙しくて普段は家にいないため、俺が家を出る9時ぐらいまでずっと家にいた。
まあ、お二人とも医者だからな……。”木の医者”だが、まあとにかく忙しいのだろう。
久しぶりに、楽しい今日実を過ごしたと思う。
夜はぐっすり眠れそうだ。