計略だらけのフェスティバル
- 前編 -
「おい、スノゥ聞いたか??」
朝、登校してすぐ生徒会室に顔を出したきたスノゥに対し、挨拶もそこそこにして、カインがいきなり話を持ち出した。
「何のことだ? いきなり、聞いたかなんていわれても、今ここに着いたばっかだぞ。何にも聞けるわけがないだろう? それより、そんな噂を耳にする暇があるのなら、生徒会業務をやってはどうかな生徒会長殿? 君がいつもばっくれるお蔭で申請書やら、予算案やらが大量にたまっているのだが」
そう言うと、副会長の机脇においてある引き出しから、大量の書類を取り出す。厚さが大体三十センチぐらいだろうか、机の上に置くと、席に座っているカインの首から下が見えなくなるくらいの高さだ。
「そんなもの私がやらなくても君が決済すれば済むことじゃないか。私がいちいち生徒会印を押さなくても君のサインでも通るだろうが。それとも、私が出張らないと厄介なことかい?」
その高さに多少引きつりながらそれでも、余裕のある口ぶりでスノゥに言う。
「言うようになったねぇカイン。それとも、あのことをユリアにチクられたいのかな。生憎と君の弱みは結構握っていてね。例えば、下級生のリンスちゃんだったかな? 去年の舞姫だった娘との密会デートとか、生徒指導室で、ポーカーやったりとか、ああそうだ、会議室で酒盛りもやっていたっけ? 下二つはユリアも広い心で許してくれるかもしれないけど、最初のやつは怒り狂うだろうね。前回の浮気騒動のときは逃げ込んだ体育館をチリに変えたっけ?」
悪魔とも形容できる笑みをカインに向けていけしゃあしゃあと言う。
「いくらだ?」
耐えかねた様子で口止め料の話をしだすカイン。
「はて、何のことやら。何かを要求した覚えは全く無いんだけどね。まぁ、あえて言うなら、ポーカーの取り分の五割といったところか?」
「・・・・鬼」
「ん〜〜〜〜なんか聞こえたなぁ。無性にユリアにチクりたくなったなぁ。善は急げというし、教室に行くか」
課員の一言をあっさり黙殺し回れ右をして早足で部屋を出ようとした矢先、後ろから肩をぐっと捕まれる。
「どうした? 生徒会長?? こっちは、教室でやることがあるんだからその手を離してほしいんだが?」
至極まじめな顔で、しかしやろうとすることははそれとまったくべつの事だが、そのつかまれた肩に置かれた手を軽く見ながら言う。
「ああ、わかった。まじめに生徒会業務を行えばいいんだろ。だから頼むあの事はばらさないでくれ」
「ああ、任せろ。酒盛りと、ポーカーは黙っといてやる」
「ち〜が〜う。それじゃない」
半泣きになりながら生徒会室を出て行こうとするスノゥの制服をつかみ、必死に口止めを促す。
「じゃあ何のことだ?? というかお前にプライドはないのか??」
そんな友人の様子を冷ややかに見て、扉の前で動いている足を止める。
「リンスちゃんとの密会の話を口止めしてくれるのならプライドだって捨てれる」
「なら、浮気しなければいいものを……」
「だってリンスちゃん可愛いんだもん。さすがミスコン準優勝だけはあるね。それに、そのときの1位のフィリアちゃんはすでに誰かのものだったから仕方ないじゃん」
「ほう……」
スノゥの声色が多少変わったがそれに気付かずなおもカインは続ける。
「ストレートでロングの金髪、それにぴったりの雪花石膏の肌に健康的な色香、その中にある楚々とした雰囲気と親しみやすい性格。さすがミスコン三連覇して殿堂入りになっただけはあるね」
「そうか、それはよかったな。じゃあひとつ聞く。リンスとの密会を俺がユリアにばらさなければいいんだな??」
「ああ、そうだ」
スノゥの問いかけにしっかりとカインはうなずく。
「だ、そうだユリア。思う存分やってくれ。つーか殺ってくれ。私が許可する」
と、扉の向こうにいると思われる人物に対して呼びかける。
―――スピア―――
という真名が扉の向こうでしたかと思うと扉を貫通して何本・・・・いや何十本もの槍が二人に降り注ぐ。
その後、ゆっくりと話題の少女が入ってくる。美人だが笑っていた子供も泣き出すに違いない殺気と引きつった笑みが、彼女の魅力を台無しにしている。
「後は、好きなようにどうぞ。私はまだやることがあるのでね。とりあえず、避難誘導はしといてやるから遠慮はいらんよ」
カインと同じくあれだけの魔術の直撃を受けたはずなのに、丸焦げの彼と違い、傷ひとつないスノゥはそういうと入り口で彼女とすれ違いざまに死刑宣告にも等しい言葉を吐いてその場を立ち去る。
その日、生徒会室のある本館三階がそのフロアにあるほかの部屋、会議室、職員室、理事会室もろともだるま落としのように消えたというのは余談である。
それと同時にカインが病気療養のため一ヶ月学園を欠席したということも・・・・・。
「で、今度の大祭の件だが、武術祭において生徒会役員は出場禁止となることが決まった」
一ヵ月後、包帯を全身に巻きながらも久々に学園にやってきたカインは放課後、生徒会室緊急招集をかけ、副会長のスノゥ、書記のシャリオ、ティリア、会計のユリア、フィリアに告げた。
「ああん? 何ふざけた事を言っているのかな、あんたは?? あれにはどれだけの賞金が生徒会予算から流れているのか分かってるのか? あの無駄金を回収するのが生徒会の出場理由だと知っていてそれを言うか??」
むんずとカインの胸をつかむとがくがくと揺らしながら言う。
「怪我人だからほどほどにしておいてよシャリオ。さらに怪我を悪化させるとここから先は真剣に大祭準備の業務が滞るから」
何の遠慮もなく揺さぶり続けるカインに冷静なティリアのツッコミが入る。
「でも、なんでまた生徒会役員が出場禁止になったのですか? 昨年までそんな話題は一回も出ていませんよね?」
小首をかしげながらフィリアが誰にでもなく尋ねる。
「確かにそれは知りたいわね。シャリオ、もうそろそろやめなさい。すべてが終わった後煮るなり焼くなりすればいいのだから」
ユリアの助言だかなんだか分からない一言でやっとカインが解放されいすの上にしりもちをつくように落ちる。少々咳き込んでから息を整えカインは神妙な面持ちで
「それは、一ヶ月少々前になるが大祭執行部の連中と今年の開催日程などの話し合いをした際に発覚した話なんだが、今年は武術際に参加拒否する人間が多いということが分かった。教師、生徒問わずこういうことが起きている原因というのは、去年、一昨年とスノゥ、シャリオ、ティリアが一位から三位……すなわち賞金を生徒会が独り占めしている為というのが原因らしい。実際いろんなサークルからも今年の武術際について苦情が来ていてね」
「そのサークルというのは??」
カインの話を一時中断するようにスノゥが一言入れる。
「まぁ、非公式新聞部や、ブックメーカー研究会、トトカルチョ執行部なんかだが……。曰く本命スノゥ、対抗シャリオ、穴ティリアで決まるから大損になるので参加をやめてくれということだ。実際にこういう話が起きているのは私たちにとっても由々しき事態なので、どうするか執行部と話し合ってね」
「で、ポーカーで大負けして出場禁止が決定したわけか」
「うん、そう。ってスノゥ何言わせる。ってシャリオそこメリケン装着しない。ティリアも、ユリアも長机やパイプ椅子は反則」
「いや何、無性にお前が殴りたくなっただけだカイン。他意はないからおとなしく殴られろこの野郎」
そういうと三人が一斉に飛び掛る。で、残りの二人はというと、
「ねえスノゥ。ここの喫茶店おしゃれだと思わない? 水出しコーヒーのお店だって。ケーキも美味しいって噂だよ」
「また、ケーキか? 甘いもの食べすぎで泣くことになっても知らないよ?」
「みゅ〜、だって小さくて可愛いよ? このベリーのタルト食べないほうが可哀想だよ〜」
「はぁ〜、分かった、じゃあ次の安息日に行くか」
等といった、見ていて当てられるような話をカインがリンチされている間していた。
「気は済んだか??」
小一時間ほどして、さらに怪我が増えたカインを尻目にして三人に聞く。
「まぁなんとかな」
ゼーハーと肩で息をしながら、シャリオが残り二人を代表して言う。
「実際どうするの? 出場禁止の話。まだ書類は出してないから正式には決まってないけどこのままだとまずいわよ」
ユリアがスノゥに言う。
「だからといって、このまま武術祭を中止させたら生徒会の沽券にかかわるし。なんかいい案はない??」
「まぁ、そっちは何とかするさ。兎に角生徒会役員が武術祭に出場辞退するという書類を作成する。武術祭が中止になるという事態だけは回避させることが先決だからな。之に異議は?」
「ないわ」
「ないな」
「あるわけないじゃない」
「仕方がないですね」
と賛成四、棄権一で決まったところで本日の生徒会業務は解散となった。
学園都市ミストは大陸のほぼ中央部四大国家の国境に出来た自治都市だ。
大陸中の優秀な若者たちが集い、お互い切磋琢磨して、ここで学びそして巣立っていく。
その中には、王族や貴族はもちろん、商人や農民といったいわば身分的には下層の人間も将来国家の中枢となるべくここで学んでいくのだ。
一般的な教養、学問はもちろん武術、魔術、精霊術、天命術、はては料理や裁縫といったおよそ関係の無いものまで生徒が望めばそれを学ぶことが出来る反面。
お祭り好きということでも知られているのだ。
そういった関係上、生徒会が絶大な権力を持っておりイベントの開催、日程の決定権などの瑣末事はもちろん、学園都市全体の運営にも携わっている。
本当の意味での中枢である。そんな生徒会の一幕を垣間見てみよう。
「兄様、お帰り〜♪♪」
ミストに設けた別邸にスノゥが帰ると、いつもとは違い執事たちより先に金髪をボブカットにしているアルカが頬をすりよせハグをし挨拶をする。そんな様子にちょっと面食らったスノゥはいつも上着を脱がせてくれる近くの侍従に聞いた。
「なんか、悪いものでも食べたのか? 決まりではないがあいつがホールで出迎えるなんてことは今まで一回も無かったんだが」
さすがにアルカの様子がおかしいのはみんな知っていたためか侍従も多少困惑気味に答えた。
「そのようなことは無いかと存じますお館様。アルカ様は学園より帰られてから、ずっとあの調子でして・・・。何かよいことが学園であったのかと思われますが詳しいことは全く・・・。おそらく、エリュシオン様なら、何かご存知かと思われますが」
「そうか、ありがとうリル。詳しい話は後でエルにでも聞いておくよ」
そういうとそっとその手にそっと口づけをし、リビングへと向かった。
「あら? お帰りなさいませお兄様。どうかなされました?? そんなに慌てて」
リビングに入ると、夕日の射し込むリビングでセミロングの髪を片手で遊びながら本を読んでいたエリュシオンが本を閉じ顔だけを向けて挨拶を交わす。
「ん、あっああ、ただいま。そんなに慌てているように見えたかな?」
そんな兄の返答が面白かったのかアルカ瓜二つのでも彼女とは違い物静かな表情でクスクスッと笑いながら答えを返す。
「安心してください。気付くのは私やフィアお義姉様ぐらいですわお兄様。アルカお姉さまは他人の心の機微には疎いですし、リルさんやシャルナさんでは、表面上何も無かったかのように振舞うお兄様の心の奥を見透かす事が出来るほど傍には居ませんから」
そういうと本を完全に閉じて窓際からソファに移動し、紅茶を二人分用意する。
スノゥもソファにすわり用意された紅茶に口をつけ、アルカについて聞く。
「アルカお姉さまがはしゃいでいるのは、ある意味お兄様のせいですわ」
「私??」
「ええ、今回の武術祭、生徒会は参加しないというあの話を聞いてからですわ」
「それであいつは優勝出来ると思って喜んでいるわけか・・・・。何というか」
「呆れてものも言えないってこういうことを言うのでしょうね。それにしても、久々にお兄様の面白い顔を見させてもらいましたわ」
あまりにも意外な答えに毒気を抜かれたような顔しているスノゥを見て、右人差し指を少し曲げて唇を隠すようにしてクスクスと笑う。
「では、私からの質問。お兄様、今回は生徒会メンバーが参加しないというのは本当ですか??」
ひとしきり笑った後、彼女は微笑みながら聞く
「それは、昼に正式回答をしただろう。あれが全てさ。何だ?私を疑っているのかい?」
そうスノゥが聞き返すとなんら悪びれることも無く即答する。
「ええ、残念ですが。お兄様はこういうことに関して悪魔の狡猾さをお持ちですので。皆さんは騙されますけれど、私は疑ってしまいますわ。それに、正式回答とは言いましても書類を提示しただけで、お兄様の口からは何も聞かされておりませんもの」
紅茶を飲みながらそれを聞くとカップを置いて話す。
「それは邪推というものだよエル。確かに私はこういうお祭り騒ぎは大好きだがね。それ以前に生徒会の役員だよ。きちんと明文化したものに関してはまもるさ。生徒会の重さはいやというほど知っているからね」
「普段職権を乱用している人が何を言いますやら。でも、お兄様が出ないのなら、私も出場しようかしら」
「それなら生徒会推薦で出ないか?」
「謹んで辞退させていただきますわ。そんな、生徒会候補だから勝ったみたいに思われるのは私にとって不本意以外の何者でもないので。やるからには実力で勝ったといわれたいですし。」
「それは残念だ。お前も候補に挙がっていたんだが・・・。そうなると、また選定は振り出しか・・・」
そういうと、席を立ち部屋の外へ向かって歩き出す。
「お兄様、どちらへ?」
「温室さ、もうそろそろ月下美人が咲き誇る頃なんでね。つぼみの選定をしないといけないんだよ」
「そんなことを言って、本当はすでに誰か決まっているのでしょう?」
背中越しに聞こえる声に立ち止まった後そっと目を閉じかすかな微笑をたたえながら、スノゥは言う。
「さぁ?言っただろうエル? 私は選定が振り出しに戻ったと。それは邪推というものだよ君の悪い癖さ」
「なら、思わせぶりな態度で最後まで人を翻弄し続けるというのは、お兄様の悪い癖ですわ」
「何のことやら」
そう言い少し肩をすくめると彼は部屋を出て行った。
「・・・全く、今年の武術祭は本当に楽しみですわ」
夕日の赤一色に染められた部屋で彼女はそう呟いた。
「兄様、今年は私が優勝をいただくわ。生徒会の出ない武術祭なら、負ける気がしませんので」
あれから数日後、三人でお茶を飲みながらカードゲームを楽しんでいるとアルカがカードを捲りながら言ってくる。
「アルカお姉さま、私も出場しますわ。そう簡単にお姉さまに抜かれませんわよ」
そういうと山から一枚カードを選び不要な手を捨てる。
「なら、賭けをしないか? アルカが優勝するかしないかで」
そういいスノゥが一枚カードを選ぶ
「掛け金は何になさるのです?」
カードが廃棄されるのを見ながら、エルが問う。
「そうだね。屋敷の掃除一ヶ月なんてどうかな」
アルカがカードを選ぶのを見ながら、何気なく言う
「いいわよ兄様。受けてたつわ。優勝してから泣きを見ないでくださいね」
そういうと、一枚札を捨て、ストップを宣言する。
「なら私は、お姉さまが決勝で私に負けるにかけますわ」
エルは役が出来ているらしい。そのままスルーする。
「なら、私は大穴だな。一回戦で生徒会推薦の人間とあたることになっているし一回戦敗退ということで」
スノゥは最後の足掻きとばかりに二枚交換する。
「どうしてそうも私が負けるほうにかけるかなぁ」
不満たらたらの声で、アルカがうめく。
「それは楽しいからに決まっているから」
「もちろん楽しいからに決まっていますわ」
そう二人が声を揃える。
「じゃあ、私が優勝して二人に掃除してもらうからいいもん」
そういうと、手札をオープンする。結果、アルカの一人負けだった。