(自称)超美少女探偵が起す事件の事件簿?―事件編―
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File−01<<<脱出>>>
室内はなにやらがやがやと五月蝿かった。
といっても今僕らが乗っているバスがバスジャックになって五月蝿いとか、
いきなり自動車のタイヤがパンクして山で遭難しそうになっているから五月蝿いわけじゃない。
この年でそんなことを体験している僕も僕だが・・・
ま、室内の五月蝿さは自然な五月蝿さだろう。
五月蝿さに自然さがあるのかは判らないが・・・
僕―巽 恭一(タツミ キョーイチ)は、そんな中バスの一番後ろの席の一番端っこで身を小さくして席に座っていた。
僕、巽 恭一は続にいう”目立たない人、影が薄い人”と呼ばれる人種である。
あまり目立たないような黒髪、黒目にそこまで高くない身長。
学力・運動と平均的で何もとりえがないのにこの人から目をつけられてからというもの、影が薄いなんて事を感じたことはなかった・・・
今だってこうやって女子達の荷物持ち兼雑用というとんでもない役目を負ってこの人の横に座っているのだが・・・
彼女の名は和泉 千鶴子(イスミ チヅコ)。
性格は自分勝手、自己中心の塊でいつも僕に無理難題を押し付けてくる女の人だ。
その性格もあって超活発で、無闇に明るい。
そんな彼女から目をつけられたのは彼女が転入してきて初日だった。
あのことを思い出すと、外見だけ見て彼女を好きになろうとした自分の気持ちが呪わしくなる。
そもそも彼女は僕ではなく、兄貴が警視庁に勤めていると言うことを買って僕と付き合っているようなものだ。
そう、彼女は無類の事件好きなのだ。しかも、それで結構推理力がずば抜けている。
あたりでは”天才少女探偵”だと評判だった。だが、それを聞くなり彼女は激怒し”超美少女天才探偵の間違いよ!”と訂正して回っていたが。
こんな返事んっぷりがわかった後でも、彼女は俗に言ういぢめにはあっていなかった。
それも彼女の学力と運動の卓抜さと、教師さえ舌を巻くほどの知識量が関係している。
そういう意味では彼女は”天才”と呼ばれるに十分、十二分な資質を持っているのだ。
いきなり兄貴の事件現場に赴き、迷宮入りといわれていた事件を現場を見ただけで解決したり・・・そういうところも、
天才と呼ばれるひとつの所以である。
他はその少女が形容しがたい、美少女であるためだ。だから、超美少女天才探偵ははっきり言って奢りではないのだが・・・
しかし、その性格の少女と一緒となると話は別だ。
あたりも昔では挨拶もなかったのが今では『がんばれ・・・俺は、お前のミカタだ』と励まされる日々だ。
まあ、そう考えると彼女の存在は+なのか?
「ほらぁ、巽!たぁつぅみぃ!!私の荷物からお茶とってよ!」
例の少女―千鶴子が声をかけてくる。
「なんだよ・・・自分でとればいいんだろ?」と言いたいところだが・・・どうもこの人には逆らえないのだった。
僕が素直にお茶を手渡すと、短く『ん』とだけ言ってまた向こうの女子達とおしゃべりに夢中になる。
「なんで、こんな目に・・・」
そう思うと悲しくなった。
千葉県私立牧原中学の2年D組を乗せたバスは、順調にスキー場へと向かっていたのだった・・・。
「んーっ!いやぁ、ずっとあんな狭く苦しい空間に私を閉じ込めておくとは・・・本当にあのバスの会社は何考えてんのかしら?」
スキー場到着早々、それである。
一番エンジョイしていたであろう人物からの文句に、バスもさぞかし悲しいだろう。
『千鶴子さんは僕の席までとってたじゃないか・・・』と言い返したいのは山々だったが、その後の仕打ちを考えると言えずに押し黙る。
スキー場の空は青く澄み渡っていた。
季節は冬。それも、12月である。
当然だが、気温は低いため少々寒い。
まだ微妙に秋の景色が残っているものの山にはすでに雪が積もっているし、あたりには白銀世界が広がっている。
時間的に言うと今は午後の4時。夏ではそうでもないのかもしれないが、東のそらはもう微妙に暗くなりつつある。
まあ、当分青空は続きそうなので問題はないが。
それからは簡単な先生方の話があり(彼女は四六時中文句を言っていたので、先生の話が聞けなかった)その後解散となった。
特に指示はなく、各自部屋に戻り夕食まで自由時間だそうだ。
僕がやっと自由時間だと安堵していると、
「じゃ、巽。あなた荷物部屋において、すぐさま私の部屋に着なさい?」
・・・・・・前言撤回。僕に自由はないようだ。
「あれ?巽ぃ、どこかいくのか?」
と、部屋に着くなり出て行こうとした僕を見て声をかけてきたのは学友で僕の唯一の親友の琴 幸弘(こと ゆきひろ)だった。
それは不審に思うのも当然だが、
「あ・・・成るほど。ご主人様からの召集命令ってわけだ・・・行ってらっしゃい」
と、瞬時に理解してくれたらしい。
「幸弘君・・・人事だと思って・・・」
「ん?ああ、いいじゃねーか、可愛いんだし」
幸弘の悪い性格・・・それは、見ての通りだ。
「だったら彼女に告白でもしてみれば?」
と僕は冗談のつもりで言ってみたのだが幸弘はふうっと頭を振って、
「あぁ、とっくの昔にしたよ。あれ、知らなかったのか?このクラスの男子の大半は既に玉砕済みだぜ?」
「へぇ・・・知らなかった・・・」
僕は本当に知らなかった。
というより、あんな人畜有害で天蓋無法な爆裂少女をやはり好きになるのだなぁと感心した。
そのとき、
ちゃ〜ちゃちゃ〜らら〜♪
携帯電話が鳴ったので、僕は瞬時に採る。着信は・・・やはり彼女。
『あら?なんか、遅くない??』
電話の向こうから不機嫌な声が聞こえてくる。
「う・・・・・・」
『あ、もしかしてまだ部屋に向かってないとか?』
「え・・・それは・・・」
こういうときは彼女の洞察力(?)には舌を巻く。
おそらく彼女は電話から聞こえてくる音や、時間などを考慮して瞬時に推理しているのだろう。
『ま、巽のことだからどーせまだ部屋の扉の前でしょうね・・・相部屋の幸弘とでも話してた?』
なんでこの人はそんなことまで判るんだ?と、一瞬疑うが、まあいつものことなので不思議にも思わなかった。
『どっちでもいいけど・・・早く来てよ。あんた、スキー上手なんでしょ?』
「ま、まあ・・・小さいころに兄貴から連れられてよく行ってたから・・・」
『だぁかぁらぁ、私達のインストラクトしてよってこと。よって、あと5分出来なさい』
「む、無茶だよ!別館までは歩いても5分は・・・」
ブツッ・・・ツーツーツー・・・
切られる。一瞬部屋の中を見ると幸弘がバイバーイと手を振っていた。
あたりは夜。今のゲレンデはないとスキーを楽しむカップルとかそういう人たちしか居ない。
今僕は一人でスキー場に面したところにあるカフェに居た。
ゴオォーという音と共になっている暖房を音を聞きながら僕ははぁ・・・とため息をつく。
どこかで植物を育てているのだろう、あたりの空気に微妙にみどりの匂いが混ざっている。
ゆったりとした、空間だった。
ひとすべりした後だったので、熱いコーヒーでも飲もうかと来たのだった。
やっと昼間の大勢の人たちは消え、やっとスキーを楽しみにこっそりと部屋を出たのがほんの2,30分前。
ものの見事に彼女に行動を読まれ、いまは彼女と一緒だった。
で、最初はスキーのスの字すら知らないはずの彼女はというと・・・
『私を初心者扱いしてると後悔するわよ』とか初心者のクセに行って上級コースから悠々と滑り降りてきてしまうくらい上達していた。
これも・・・天才のなせる業なのか?
ちょっと呆然としたが、まあ千鶴子のことなので対して疑問は抱かなかったが。
「ん」
僕は何も言わず、手に持ったコーヒーカップを千鶴子さんの席において向かいに座る。
「はぁ、暖まるわね〜」
飲んで一口、それだった。
飲むしぐさ・・・その、行動の一つ一つが洗練されていて優美だった。
と、僕がその動作に見とれていると千鶴子さんの視線がすっと細くなる。
コーヒーカップは口につけたままだが、よくはその口がどんな形をしているのかが、良く判った。
おそらく、笑っているだろう。
彼女がこのような表情をするときは二つある。
ひとつはひどく面白い物を見つけたとき。
もうひとつは、事件に遭遇したとき・・・・・・・・・
今回はどちらかと言うと後者のようだ。
千鶴子だけは何もいわず視線だけで合図する。その視線の先の黒いコートの男二人は今や、カフェの扉を出ようとしていた。
「・・・つけるわよ・・・」
短く千鶴子はそう言うと、カフェを出たのだった。
男達は最初、駐車場に向かったが途中で道をそれ、どこかへ歩いていっているようだった。
あたりはすっかりと夜。
空からはちらちらと雪なんか降り始めている。
しかしその雪が物語っているようにあたりの気温は極端に低い。
だが、そんなことお構いなしで彼女は男達を追跡しているようだった。
『ねえ・・・いったい今度は何?』
と僕が小声で聞くと、彼女も小声で
『密輸よ・・・おそらく・・・手に持っているカバンは・・・麻薬じゃないかしら?』
彼女は確信に満ちた態度で言う。
なんで彼女はこんなに事件を呼び込む力があるのだろうか・・・と、時々恨めしくなる。
『はぁ・・・でも、どこいくんだろう?』
と同様に彼らの動向を見守りながら僕が囁き掛ける。
『多分・・・・・・この先にあるのって・・・確か・・・』
少女が怪訝そうな顔をする。
『確か・・・倉庫じゃなかったかな?なんか食料とかを入れておく・・・』
僕が記憶の糸を引っ張り出して答える。
『そこで取引って事ね・・・んじゃあ、携帯かして・・・』
『あ・・・いいけど、ここ圏外だよ?』
僕の答えに、彼女の上げた腕が下がる。
『わざわざ圏外まで来た・・・?』
彼女が何やら考え始める・・・そして、
『まさか!』
彼女が何かに気付いたときには既に遅かった。
僕らの後ろに音もなく忍び寄っていたもう一人の男が僕らにスタンガンを突き当てる。
バチィッ!!
「ぐぅ・・・」
電機の弾ける音が当たりに木霊する!
そのまま、僕らは気を失ったのだった・・・・・・
目覚めたとき、一番最初に感じたのは寒い・・・ということだった。
次の感じたのは、冷たい床だった。
僕はゆっくりと上体を起す。
そこは見覚えのない場所だった。ただ、ひどく寒かった。
吐いた息も当然のように白くなり、そして空気中に霧散して消えてしまう。
暗闇の中にうつったその建物は・・・
「どうやら、閉じ込められたみたいね・・・」
ふと、あたりに声が反響する。
その声の主は、
「千鶴子さん?」
僕はその声の主であろう人に声をかける。
千鶴子さんはすうっと暗闇から現れる。
「ここって・・・」
僕が怪訝そうな顔をして聞くと、千鶴子ははぁ・・・とため息をついた。
その行動がそれは自らの失態を恥じているのか、それとも僕を馬鹿にしているのかは判らなかった。
「倉庫・・・みたいね・・・」
僕の予想は的中した。
「でも、出口とかあるんじゃあ・・・」
「馬鹿。そんなものあったらとっくの昔に逃げ出してるわよ・・・」
「窓とか」
「ココ雪山よ?必要以上に室温が下がらないように二重窓の強化ガラス・・・はぁ、このあたりで狩猟でもやっているのかしら?」
千鶴子がまたため息をつく。
そして僕の横にかくりと膝を曲げ座る。
その瞬間、彼女のシャンプーの匂いが僕の鼻腔をつく。
そのまま彼女は黙ってしまった。
目線も僕に絶対合わせようとはしない。
「・・・・・・・・・ねえ、やつらはどうして僕らを生かしたんだろう・・・」
沈黙に耐えかねてやっとのことで持ち出した話題がこれである。
自分の口の下手さを僕は呪った。
もしかしたら、饒舌の幸弘とかだったらジョークとかでこの場を和ませられるのだろうが・・・
僕には少々、難しかった。
「時間がなかったんじゃないの?どーせ放って置けば死ぬ・・・って事でしょ?」
彼女はやはり目を合わせようとはしなかった。
死ぬ・・・という言葉が、あたりの倉庫に反響し、妙に耳に残った。
嫌な言葉だ。
「死ぬなんて・・・あ・・・」
僕はそのとき始めて気付いた。
彼女の肩が微妙に震えていた。
おそらく彼女のことだ。恐怖によってではない。
そうか・・・いくら天蓋無法とはいえ女の子であることには変わりないのか・・・と、なにやら彼女の意外な一面を発見したので僕は少々嬉しかった。
と、同時に彼女が酷く可愛く見えてきた。
そりゃあ丈の短いスカートしか下は穿いていないのだ・・・寒いに決まっている。
彼女は一度も転ばなかったから、多少も気にならなかったのだが・・・
「・・・寒いの?」
彼女は例によって何も言わない。
仕方ないので僕は自分の着ていたコートをかけてやった。
一瞬、彼女にかける瞬間彼女が震えたような気がするが気にしなかった。
おそらく彼女のプライドに触ったのだろう。
そういうことをしてからは、なんとなくその場に居辛くなり、
「じゃあ、僕・・・ちょっと倉庫を調べてくるね・・・」
と言ってその場を離れることにした。
彼女が何かを調べ忘れるなんて事は考えられない。その上で”脱出できない”と結論を出したのだろう。
おそらく本当に脱出できないのだ。
そんなことを思いながら、僕は彼女に背を向けて歩き出す。
その背後で『情けない・・・』と呟いた声がしたが聞かなかったことにした。
僕は暗闇の中、手探りで手がかりを探していた。
窓ガラスは彼女の言うとおり簡単に破れる物ではなさそうだった。
それに雪山なので窓が小さくおそらく破っても絶対にそこからは出ることは出来ないだろう。
倉庫の壁を破るなんて論外。
まあ、もしかしたら底にあるコンテナを持ち上げるマシーンで突き破れるかもしれないが。
そもそも僕は運転が出来ない。
っていうか、鍵がついていないだろう。
倉庫にしまってあった穀物類が入った袋も調べたが、何もなかった。
焦げ茶色の袋が山積むみになって僕の身長よりも高く積み上げてある。
これを積み上げればもしかしたら倉庫の天井まで届くんじゃないか?と思うほどだった。
まあ、それをそのまま使うとしても薄力粉とか玉蜀黍(トウモロコシ)とかで何が出来ると言うのだろう?
続いて扉を調べた。
扉は大きく分けて二つある。
ひとつはコンテナなどを積み下ろしするのであろう巨大なシャッターがある扉。
だが、シャッターは内側からでは簡単には開くとは思えない。
一応持ち上げようとはしてみるものの、まったく動こうとはしない。
よこにシャッターの入力スイッチがあるがどうやらこの扉には電気は着ていない様子だ。
しかし、シャッターそのものは薄いらしく向こうの音が聞こえてくる。
そしてもうひとつは業務員用の扉。
だがココには電子ロックがかかっていて、3ケタの暗証番号が必要だった。
適当に押してみようとか考えたが、この手のタイプは何回か入力失敗すると扉が開かなくなってしまうヤツだと言うことを思い出る
電子ロック説明を良く見ると
『WARNING この電子ロック(○△*×※社製品 お電話→03−××××−××××)は三回入力失敗をしますと、以後一時間開閉不可能でございますので、ご注意ください』
とあった。
そんなの判る分けない。それに、あと一時間もここに居たら死んでしまう。
ふうっとため息をついて僕はとぼとぼと歩き出した。
こんな状況は脱出不可能だ。
仕方なく彼女が居るであろう場所に戻ると、彼女はもういつもの彼女だった。
まあ、僕のコートは着ているもののオーラがいつもの彼女だった。
「なにかあった?」
彼女が尋ねて来る。
「あれ?千鶴子さん・・・全部調べたんじゃあなかったの?」
僕は意外に思い、聞き返した。そうすると彼女は肩を竦めて、
「馬鹿巽、私がそんなこと言った?だって私がおきたの巽がおきる数分前なんだから全部調べられるわけないでしょ?」
「ああ・・・そうだったんだ・・・」
僕はそういって、彼女に今まで調べた結果を報告すると彼女はニヤリと笑った。
この表情は・・・・・・・・・この、余裕たっぷりの表情には見覚えがある。
それは、
「ふふ、でかした巽 恭一!さ、さっさとココから出ましょう?」
と自信満々で答えたのだった。
「じゃあ・・・」
僕が聞きかけるとのと、彼女が答えるのは同時だった。
「超美少女天才探偵・和泉 千鶴子を欺こうなんて、百年早いわ!」
彼女はどうやら脱出方法を見出したようだった。