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+    第零話『 From × The Prince of Oblivion 』    +


 

―戻ってきますよ……あの人は……タイセツな人ですから……―

 

あの言葉を言ってから、少しだけ、時間が経った。

私―ホシノ=ルリは今、とある指令で会議室へと出向いている。

内容は、不明。いや、正確には”知らないフリ”をしないといけない指令。

内容は知っている。そしてそれは、私の望んだ結論。

コツコツと、なれないハイヒールの音だけが、狭い廊下に木霊する……。

 

木蓮戦争。

地球は過去、大戦争を経験した。

敵は……同じ人類であったはずの、敵。

流石に、私営企業ネルガルが作った機動戦艦ナデシコに乗り、戦線の最前線で戦っていた私たちはその事実に直面したとき、心が揺らいだ。

敵は…同じ人類。

それが、今現在、火星コローにからも追放され木星に逃げることしか出来なかった人類との和平へと、繋がっているのはすごく嬉しいことだ。

しかし、人々の心は未だに対立している部分もあり、完全なる和平は、まだ先のことであろう。

でも、それでいいと思っている。

確かに人の心は…複雑だ。其れは、自分が一番理解している。

でも、人の心はとても強い力を持っている。

それを……あの人が教えてくれたから。

そして、和平直後、私はあの人と、その奥さんであるミスマル=ユリカさんに引き取られ、少しの間、幸せな生活を送っていた。

そう、少しの間。本当に、瞬きをしたら消えてしまいそうな、そんな短い、時間。

思い返せば夢のような時間。もしかしたら、あれは私の夢だったのではないか、そんな風に思えてしまう、夢。

でも、私は覚えている。ユリカさんの暖かなぬくもりを。アノ人の幸せそうな微笑を。

そして何より、笑っていた自分自身を。

あのころの生活は、とても幸せだった。3人で、ラーメン店を営みながら……それは、永遠に続くかと思った。

でも、この世に永遠なんて……ない。

永遠は、幸せはすぐに終わりになる。永遠なんて、凄く刹那の時間しかないのだ。

ぬくもりが、消え去り、冷たさが私を襲う。

飛行機事故によって……2人は他界したのである。

その時の絶望は、言い表すことが出来ない。もう、全てがどうでもよくなってしまうのどの……深い、溝。

でも、自分の心で私は立ち直った。

そして、和平し、地球連合軍が誕生して2年……また、事態は急変した。

過去、木蓮軍を率いてきた男、草壁中将による、クーデター。

多数のコロニーを襲い、再び、この世から元地球人を排除しようとしたのである。

しかし、その策略は、私が食い止めた。

また、再びナデシコに乗って…。

その間にあの人が実は生きていることが分かり……そして……、消えた。

再び……私の前から…。いや、”私たち”の前から。

 

そこまで思考して、私はぶんぶんと少しだけかぶりを振り、考えを飛ばす。

―また…私は、どこかであの人に頼っている……―

自分の情けなさには時々呆れさせられる。

気持ちの弱さは、アノ人には絶対見せたくない。今度会ったとき、最高の笑顔で答えられるように。

強く、なりたい。

「あれ?ルリ艦長、どこへ?」

と、突然背後から声をかけられて、自分が廊下のど真ん中でたたずんでいたことを気づく。

「あ……、三郎太さん……」

目の前の背が高く、ハンサムな顔立ちの男性は、高杉 三郎太。

私が所属している地球連合軍宇宙軍第四艦隊所属機動戦艦『ナデシコB』のオペレーターの一人である。

過去、彼は木蓮に属しており、一回は刃を交えたこともあった。

そんな彼と、今は職を共にしている。それは、とても幸せなことだと、とても思う。

こんな些細なことだが、私は、こんな些細なことだからこそ”和平”というものがどれだけ大切で、そして簡単なのかを実感している。

「ルリ艦長、どうしたんすか? 端正な顔立ちが、まるで台無しだ!」

サブロウタが大げさにリアクションを取ると、すっと私の目の前に回る。

そのまま、ぐっと顔を近づけてきてニコリと笑う。

私は流石に恥ずかしくなり、ちょっと下を向いてしまう。

人に見つめられるのは……あまり好きではない。

「アハハ、すみません、艦長。艦長、そーゆーの苦手でしたね」

今度は苦笑いで返す。

「はい、それより……私はハーリー君にも話があるんですが…」

手に持っていた書類一式を握り締め、サブロウタに言う。

「ん? ああ、ハーリーのヤツなら……」

と、くるっと後ろを向くサブロウタ。

そこには何故か怒り気味のハーリーが居た。

そう、サブロウタさんの後ろに隠れていた今度は背の低い子供は、マキビ ハリ。

みんなの間ではハーリー君と呼ばれていて、みんなにいぢめられ……いや、基、好かれている。

「三郎太さんっ!! さっき……何しようとしてたんですか!!」

と、子供には似つかわない形相で怒るハーリー君。

「ん? いや、俺は艦長とアツイキスを……」

当然冗談で、三郎太がハーリー君に言う。

「キキキキキキ、キスゥゥゥ!! ほ、本当ですか!! 艦長!!??」

……それを馬鹿正直に信じたのかハーリー君はかなり狼狽し、そして私に聞いてくる。

少し、怖いです。そしてそういう反応こそが、皆からいぢめられ…基、好かれる原因なんですよ?

自覚してください。

「なわけないでしょう」

「冗談だよ、ハーリー」

クククと腹を抱えて笑う三郎太。

「ああぁぁ!! 酷いです!! からかうなんて……」

そして其れに対して、精一杯怒るハーリー君。

…あんまり、というか全然、怖くないです。

「それより、三郎太さんに、ハーリー君大事な話があるんですけど……」

ハーリー君の頬っぺたをぐりぐりと引っ張り伸ばしている三郎太さんに私は声をかける。

「ん? 何ですか、艦長?」

いつもの軽い調子で、三郎太が聞き返してくる。

「ふぁんでふふぁ、かんちょふ……(何ですか、艦長?)」

頬を伸ばされ、少しなみだ目のハーリー君が聞き返してくる。

「私、ナデシコB、降ります」

場の空気が、固まった。

 

「………で、ハーリー君、案の定泣き出しちゃった……て、訳?」

その話を聞いてくれているのは、私の過去の戦友、機動戦艦ナデシコのパイロットであった、ハルカ ミナトさんだった。

容姿は美麗で可憐。女らしさを持っていて、頼れるお姉さんみたいな人だ。

ミナトさんもナデシコに乗っていたため、いろいろな苦難を共にした。

そして、ミナトさんは……最愛の人を、戦争によって、失った。

その悲しみは、今は少し、理解できた気がしていた。

私も……同じ気持ちを味わったから。

「ええ、最後なんか、私に掴みかかってきて……三郎太さんが止めましたど」

ずずずっと、お茶をすする。

そんなことを内心考えながらも、私は炬燵に入り、ほのぼのと過ごす。

今は外では季節は冬。

四季というものは地球にしかないため、先ほど地球連合のスペースコロニーから来た私には、多少きつい温度差でした。

コロニーでは四季なんてものは存在しません。

絶えず快適な、そして安全な、変わらない温度、湿度そして季節。

そんな変化のないコロニーにいると、どれだけ四季が大切で尊いものか、理解できるような気がした。

「ふーん、それで……ルリルリは、その……降りてどうするつもりなの?」

ミナトさんが私を正面から見て、聞いてくる。

私は入っていた炬燵からすっと、立つと、お茶を置く。

「私は、あの、ナデシコCに乗ろうと思います…」

一瞬だが、ミナトさんの目が見開く。

そして、また再び優しい目に戻って……、ニヤリと笑った。

「はは〜ん、なるほどね〜。それで、私のところに?」

一瞬で、私が言わんとしていること理解してくれたようだ。

ありがたいです。

「はい、草壁中将が氾濫したときはハーリー君がバックアップを行なってくれましたからなんとか操縦できたんですけど、今回は流石に無理で……」

「…で、私が必要だ……と?」

「単刀直入に言いますと、是非、お願いします…無理強いは、しませんけど。ハルカさんにって……ナデシコは…」

私も、それ以上は言えず、口をつぐむ。

―悲しみの場所なのは、分かっていますから―

「白鳥さんのことは、もう否定してないわ。でも、時々……少しね」

最愛の人、白鳥九十九さん。

その存在すら利用し、自分の正義を貫こうとした男、草壁 春樹。

「……それでは、私は、帰ります。ハーリー君のこともありますので。お邪魔しました。」

そのまま、肌寒い空の下、私はハルカさんの家を後にする。

―悲しみを引きずっているのは……私も、一緒……―

「あ、ハルカさん、お饅頭、美味しかったです」

そんな内心を見透かされるのが怖くて、今は精一杯強がっていたかった。

 



「あ、プロスさん…」

とある施設の廊下。

私はネルガルのシークレットサービスに所属している、プロスさんとばったりと出合った。

プロスさんは黒ぶちのメガネ、それに口ひげをちょこんと付けている気の良さそうなおじさんだった。

この人も、ナデシコに乗っていた……一人。

「おお、これはルリさん。で、どうでした?」

プロスさんが早速、今日のことを聞いてくる。

「はい、ミナトさんは、やはり難しいみたいです。メグミさんも、今の声優のお仕事がありますし、パイロットの方々もそれぞれ事情がありますから」

百歩譲ってもいいとはいえない結果を、報告する。

「そうですか、困りましたね〜。ネルガルはあくまでも私企業。あまり、軍人さんを使いたくはないのですが……」

ふっと、ため息をつくプロスさん。

「と、言うことは…リョウコさんは……どうだったんですか?」

過去、一緒に戦ったパイロットである昴 涼子さんのことを聞いてみる。

「リョウコさんは、一応正規に地球連合軍所属の軍人さんですから……やはり、無理強いは…」

またまた、ため息。

「そうですか……やっぱり、集まりませんか、人材」

「ええ、当分の問題でしょうな」

私は少し、残念に思う。

―また、あの旅が出来ると思ったのに…―

メグミさんがいて、ミナトさんが居て、ユリカさんがいて、そして、あの人が……。

―でも、それはもう、戻れない過去……なのかな―

私は少し考え事をしてしまう。

「ルリさん、今日はお疲れ様でした。今日はネルガルが用意した部屋で、ゆっくりと休んでください。人材は、ネルガルがなんとかしますので」

プロスさんも私のことを気遣ってくれてか、そういった。

私はその行為を、素直に嬉しいと思う。

「はい、それでは、お言葉に甘えさせていただきます」

一回ペコリとお辞儀をし、用意されている部屋へと、向かった。

今日は……なんだか、疲れた。

それにしても、どこに居るんですか?

 

アキトさん…………。

 


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