■ 零/『夢幻覚醒』 ■

 


「月・・・か。綺麗・・・だな」

男はふと、空を見上げる。と、そこには黒々と暗黒が漂っている中、一つの月があった。

月光が辺りを照らしており、静寂が支配している空間。

別にいつもと変わらない夜。

耳を澄ますと、何処からともなく草虫の音色が聞こえてくる。

心地の良い、夜だ。

現代。

あたりはコンクリートで固められた牢獄。

逃げ場の無い、隔絶された社会。

当たり前という先入観の檻の中、当然という重圧の服を着て、仮初の自由に縋(すが)ってだけ暮らす事を許された、牢獄。

日中は日光によるアルファルトからの照り返しによって炎獄と化し、夜は夜で不気味な静寂が漂う中、徐々に闇が深くなってゆく。

とはいえ、光が完全に消えることはありえない。

人類が生み出した光……”非”自然な神々の火によって照らされているためだ。

神々の真似事。決して神にはなり得ない不完全な生物だからこそ持つ、願望。

そして、願い。思想、さらには変化。

そんな日々変わってゆく不完全な生物。そして、その不完全な生物が生活している、社会。

それは一つの大きなシステムと言い換えることが出来る。システムに入らない人間は、生きることが許されない。

絶対かつ、必然。それは、無為の強制。沈黙にして暗黙の了解。誰もが識っている当然の決め事(ルール)。

だが、中心の男が立っている場所は、その世界のどこにもないような、幻想的な場所だった。

あたりの夜色の中に、男の白いコート……というか、マントだけが切り取られたように見える。

白いマントは言った。

「今宵の空には……あまり相応しくないが、な」

男は嘲笑する。

別に何を哂っているのかは分からないが、男の顔は愉快といった感じだった。

――男と、その月が、妙に印象に残った……

「キミは……もうじきめざめる」

すうっと、男の目線が中を仰ぎ……ボクとぶつかる。

そこにいるはずの無いボクと、確実に目線を合わせながら、男は続ける。

”彼はボクを見えているはずが無い”。そう、確認する。そう、コレは夢だ。

”見えているとするならば、それはボクがボクを見ているだけ”にすぎない。そして、白マントは”ボク”じゃない。

「それが……どのような運命を描くのか…私には残念ながら見る資格は無い」

だが、目の前の白マントの顔が、今度は悲しみに染まる。

――泣いて、いるのかな?

漠然とだが、ボクはそう思う。

しかし、男の目は悲しみを映し出しているものの決して涙を流すことは無かった。

「結末は……決して一つではない。無数に分岐し枝分かれし、未来は無数にあるものの、辿ってきた道は一つ。辿るべき道もまた然り」

男は、ぴったりと目線をボクと合わせたまま、続けている。

ボクはその光景を、ひどく懐かしいと、何故か感じていた。

自分の中にある、ナニカが、男と共鳴するかのように、ボクは男の気持ちが分かった。

しかし、唯一つ。

悲しげな目の理由だけは、わからなかったが・・・。

「私は、―――だ。だから、キミらに託す」

一瞬、男の口から発せられた言葉が霧散し、消えてしまう。

その言葉が記憶に残らないうちに、まるで勝手に消えたように・・・。

――後から思い出しても、この言葉だけは、思い出せなかった。

「”  ”<ブランク>と名づけられた、存在しない私からの……宣託だ。聞け、魔道師達よ」

男の目に、一層強い力が篭る。

「運命は……キミ達が決めるのだ。さあ、私に”魅せて”くれ―――――

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そして、目覚めた。それが、始まりだった。


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