■ / 『通常侵食』 ■

 


私―曽我 琴羽<ソガ コトハ>は、すうっと、目覚めた。

朝7時前。おそらくあと五分ほどでベッドの上に置いてある目覚まし時計が鳴り出すだろう。

目覚ましの五分前に起きるのは、私のささやかな日課だった。

いや、日課、と言うわけでもない。毎日この時間に起きていたら、自然と身についていたのだ。

言うならば、習慣、だろうか。それでも、毎日送れまいと頑張っていくのだから、やはり日課なのか。

目覚し時計がなり始める前に目覚ましを止め、すっと起き上がる。

別に朝は弱くないので、すんなりと起き上がる。そして、背伸びを一つ。

睡眠時間は5時間ほどだったが、私にとっては多い方だ。

そのままの格好で、風呂場へと向かう。

寝巻き代わりの衣服を脱ぎ、裸のままそれを洗濯機へと入れ、たまっていた洗濯物を洗濯し始める。

タイマーをセットして洗濯機が動き出すと、横の風呂場へ。

そのままシャワーを浴びる。コレも、私の日課だった。

いや、こっちの方は習慣、だろう。

熱いお湯が苦手な私は、ぬるめのシャワーをかぶる。

その瞬間が、私は何よりも好きだ。何となく、自分が綺麗になったような錯覚を覚える。

一日が、また始まってくれたんだと、そんな感じがするからだ。

一晩でかいた寝汗を綺麗に流すと、脱衣所へ。

タオルで簡単に髪を拭き、そのまま学校指定の服へと着替え始める。

と、そこまでやっていると脱衣所の扉がガラリと開いて、ある男の子が現れる。

「……んぁ? …あ、姉貴っ!!」

私の半裸を見て驚いたのか、扉を再びぴしゃっと閉める。

扉の向こうで焦燥している気配。

「………別にいいじゃない、弟なんだし。血は繋がってるし」

と、私。

その間にさっさと着替えてしまう。

扉の向こうで弟がはぁっと、嘆息するのが気配で分かった。

『姉貴は良くても、俺はやなんだよ! 大体、姉弟って言っても双子なんだから年、変わんないだろ!』

そう、私とその扉の前で実の姉の半裸を見ただけでも赤面している男は、私の弟だ。

彼の言ったとおり、私たちは”変わらない”、双子の弟。

双子なんだから姉貴も弟もないのだが、幼少の頃から私はずっと”姉貴”と呼ばれてきた。

それは別に年齢だけじゃ、ないだろうが。

私の大人びた雰囲気が、そう呼ばせる原因だと自覚している。

私は年の割りに、無感動な子だと周りから言われた。

今は亡き両親も、私にそうよく言っていたと思う。

小さい頃は”静かな子”で通っていたのだが、すぐに私の異質さ、は目に付くようになってくる。

後天的な無痛症。

文字通り、痛みを感じるはずの時に痛みを感じることが出来ない病気。

私の場合は後天的性だが、ほとんど生まれたときからそうだったに近い。

そのため、私が気づかないうちにもし盲腸になってたり、いろいろ病気にかかっても私はまったく感じることが出来ない。

とはいえ、私は無痛症という病気を表面上は完治させることにより、病院から抜け出したのだが。

今は、自宅療養の身である。

「……姉貴。終ったか?」

と、そこで扉の外からふてくされた弟の声が聞こえる。

「別に入ってきていいわよ。終ったし」

服のボタンをつけ終わり、私はそういった。

ガラリ……と音がして、私と同じ顔の(私たちから言わせればまったく違うのだけど)男が入ってくる。

どちらも中性的な顔立ちをしていて、私が男装をして弟―曽我 樹<ソガ イツキ>が女装をすると、

私達を知らぬ人間は絶対に私達を見間違うだろう。

そういった顔立ちに、すっと高い身長。

やはりそこは樹が少し高いため、ちょっと私は見上げる形になってしまう。

ショートともロングとも取れない微妙な髪型の樹は、いつにもまして眠たそうに髪をボリボリとかく。

ちなみに私はロングヘア。これは別になにやらこだわりがある訳ではなく、前髪は自分で切れないから切らない、それだけである。

……夜更かしでもしていたのだろうか。どうやら最近の弟は、疲れが見える。

何かあったのだろうか? 少しだけ心配になる。

昔は立場が逆だった。毎日、樹は私を守ってくれる騎士様だった。ちょっと頼りないが、精一杯がとりえのナイト様だ。

だから私も、すごく樹には感謝していたし、それと同時に申し訳なさも感じていた。

自分が生まれてきたことを悔やんだこともあった。正直に話すと、自殺未遂擬いのこともしたことがあった。

…勿論それはお家柄、止められて事実は樹にさえ隠蔽されたのだが。

「なあ、姉貴……毎度毎度なんだが……せめて恥じらいを持とうぜ」

「無理よ」

キッパリと弟の問いに答えると、今度は私は台所へと向かう。

「ったく、仕方ないな、姉貴は…」

背後聞こえる声を無視。

私達が住んでいるのは、都内のとある和風豪邸である。

親が資産家であったため、そこそこ”お嬢様”的な生活を送ることが出来た私達は、親が死しても尚、その財産で食いつないでいるわけだ。

でも正直、私達が数人で住むにはこの屋敷は広すぎる感じがあった。

元々私の父が人嫌いの節もあって、ほとんど使用人を含め豪邸の中に住まわせて居なかったため、歴然行って豪邸は無駄化している。

まあ、そんな屋敷でも一応私は主人、ということになっている。

相続税自体は自分でも払えたし、面倒くさいことは父親の会社やらお爺ちゃんやらが何とかしてくれた。

だから、基本的に私の生活は全く変わらない。まあ、少し屋敷の空気が和らいできた感じは歩けど。

お父様は、とても厳しい人だった。

厳格、というよりはどちらかと言うと嫌らしい感じで、屋敷では絶えずお父様の悪口が交わされていた。

しかし、能力だけは超人的にあった。

仕事は完璧にこなしたし、事実会社もお父様が実験を握った段階で利潤が50%も増加した。

結果、この待遇で、何も周りの人間は言えないのである。

そんなことを思いながら、台所への道を歩いていると…

「お嬢様、お早うございますっ!」

と、声を掛けられる。

曽我家に仕えている使用人である一人、幹 沙耶華<ミキ サヤカ>である。

彼女は私よりは年は4つくらい上で、ほとんど身長も変わらない。

いやむしろ、沙耶華と並ぶと私が年上に見られるほど、子どもっぽいのだ。

いや、私が大人っぽいのだろうか。

まあ、それはどちらでもいいけど。

長い髪の毛をポニーテールにしており、それが更に子どもっぽさに磨きを掛けているように思う。

顔立ちも童顔で、とても年上には見えない。

とにかく沙耶華は子どもっぽいことで有名だが、仕事は仕事でちゃんとこなす人だった。

が時々、私より本当に年上かどうか、疑いたくなるほどだ。

「おはよう、沙耶華さん」

簡単に挨拶をする。

「はい、お早う御座います。お嬢様、お食事が出来てますよ」

ニコニコ顔で言ってくる沙耶華。

「……沙耶華さん、”お嬢様”は止めてって言わなかったかしら? お父様の死んだ今、別に無理して言う必要は無いのよ?」

と、底まで言うと沙耶華の顔が一瞬曇る。

言い忘れたが、私の父の名は―曽我 清秋<ソガ セイシュウ>と言う。

そして父はとにかく、使用人といえど屋敷の一員と言うことで、徹底的な教育を施したのだ。

その一つに、私のことをお嬢様、樹のことを樹様と呼ぶことがあった。

小さい頃から私は自分の呼ばれ方が嫌いで、そのたびに母親に文句を垂れていたことを覚えている。

私の母、琴音<コトネ>は宗家の人間だった。必然的に清秋は婿養子だったのだが、実力の性か、お母様よりも宗家に気に入られていた。

特に、お爺様のお気に入り用といったら、凄かった。

まあ、とにかく。

私達の生活しているこの曽我家の屋敷は、過去から続いている”曽我一族”の宗家である。

私達が今現在生活しているのは宗家の屋敷の母屋。泊り込みの使用人や、客人などは離れを使うことになっている。

”身分相応”というやつだろうか……。私はそれが嫌いだったが。

人間皆平等と教えられ、家の教育では悠々と他人を見下している人間に腹が立った。

私は病院での生活が長かったため、俗世の教育には一切触れていない。そのため、それが”自然”になっている社会が、許せなかった。

閑話、休題。

父は養子だった。別にお母様と恋愛結婚した感じではなく、宗家のお母様の養子、その程度でしかなかった。

しかし、家に来てからは、360度立場か変わる。

まあ、先ほど言った様にお父様の能力が認められただけの事なのだが。

それだけ、曽我 清秋という人は凄かったのだ。そして私は、それを誇りに思っている。

「ん? 姉貴と……沙耶華ちゃんじゃん。おはよ」

と、今度は後ろに弟の樹が現れる。お風呂から上がったらしく、片手タオルで頭を拭きながらこちらへと歩いてくる。

「うう・・・もう! 樹クン? 年上の女性に”ちゃん”は無いんじゃないの?」

ぷくぅっと頬を膨らまして沙耶華が抗議するが、

「アハハハハ、照れなくてもいいじゃん。ねえ、姉貴」

その姿が何よりも子どもっぽいのだ。

「ま、本人も好きで呼ばれているみたいだし、いいんじゃない?」

「そんなぁ〜お嬢様ぁ〜」

「ふふ、それなら、私のことを”お嬢様”って呼ぶの、止めてくださいませんか? そうしてくださるなら、樹を調伏するのも考えますわ」

「ちょ、ちょっと姉貴…」

樹が冗談ではないと泣きついてくる。涼しい顔の私。

「ぅぇえ? じゃあ、なんてお呼びすれば?」

「さあ、何て呼びたいですか?」

「えっと、琴葉…様?」

「この調子じゃ、ずっと沙耶華ちゃんみたいですね、”沙耶華ちゃん”?」

「うへ〜お嬢様までぇ〜」

泣きついてくる沙耶華を無視してふと、外を見る。

雪……か。

「あ、雪…?」

私はそれを見上げる。

季節は冬。

空からはほんのりではあるが、白い結晶が降り始めつつあった……。


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