彷徨えしアダム〜V.C.〜
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いかにも梅雨空といった曇天、青年は約一年ぶりにその門戸を叩いた。
イヤホンを鳴らすと、認証確認の後、玄関に通された。迎えに来たのは車椅子に乗り、杜若に重ねた和服を上品に着こなしている少女とその従者達、その姿を見て軽く口笛を鳴らす。
「お加減はいかがですか先輩?」
「お蔭様で最悪よ。何しにきたの謙悟??」
「あれから一年・・・ですね。まだ、引きずってるんですか?」
「右足が痛むわ。雨が降るときは特にね・・・」
そういうと車椅子を操作して奥へ案内する。
部屋に着くと彼女は人払いをする。そしてモニタに電源をいれ
「・・・さてと、本題に入りましょうか謙悟。ここに来た理由は何?メッセでは話せないことでもあるの?」
扉の付近にいる謙悟に車椅子を反転すると、年相応の話し口で問う。
「まぁ、それもあるけどね。本題は先輩に線香でも上げようかと。今日でちょうど一年ですから」
すぐそばにあった地球儀を触りながら、謙悟は訪問の目的を伝えた。丁度ポツポツ窓ガラスに雨粒があたりはじめる。
「そう・・・もう、一年たったのね」
車椅子を動かし、窓の外を見上げながら彼女は憂いの表情を浮かべ感慨深くそう言った。
「ええ、螢奈」
「あの日から、・・・兄さんが死に、私の右足が言うことを聞くことがなくなってから、私の時間は止まったまま。もう、一年たったなんて・・・・」
「いつまでそう、落ち込んでいるつもりですか。それでは、その魅力が台無しだ」
ハンドルグリップを握り、優しくそして、少しふざけた感じで問いかけた。
「あれは・・・・、あの事故は・・・・、私が原因よ。それで、兄さんは死に・・・私も怪我を、兄さんは死ぬべき人ではないのに・・・。私が不完全なエモーションコードを開発しなければ・・・。兄さんはX.C.の暴走で死ぬことはなかったのに・・・」
一年間堪えていた何かが決壊し涙が頬をぬらす。そんな彼女を謙悟はただやさしく見守っていた。
しばらくして泣き疲れたのか、眠ってしまった彼女を横抱きにし、ベッドにつかせた後
モニタに向かった。
「やぁ、一年ぶりだね。エモーション。お加減はいかが?」
インカムを装着すると画面に向かって問いかける。
「Yes,Ad(アド)Mr.Banias一年ぶりですね。こちらはお嬢様が一年間も落ち込んでいたお陰でず〜っとストレスが溜まりっ放しですよ。お嬢様はお元気になられないのでこっちは見てるだけで心配でしたし、こっちはこっちで出来の悪い妹達が足を引っ張るし・・・」「ハハ、それだけ文句が言えるということは調子大丈夫と思っていいかな。」
「お蔭様で。ところで、どうしてこちらに?私を呼んでいただければそちらにお伺いいたしましたのに」
ディスプレイ上で可愛く小首をかしげたずねた。
「家だと途中で傍受される可能性がある。あと、もうひとつ。君達の情報にも引っかかっているかの確認を」
「了解、アド。で、何でしょうか。守秘違反を起こさない範囲でお答えいたしますが。」
「最近V.C.を狩っているV.C.の話だ」
「ああ、その話でしたらこちらでも話題になっていますよ。確かエルちゃんがいろいろ情報集めているみたいですので、今変わりますね」
一時的にディスプレイがブラックアウトその後に今度は銀髪の少女が出てくる。
「・・・久しぶりねAdministrator
Mr.Banias・・・何か用?」
「お久しぶりエル。話はエモーションに聞いた?」
「・・・・はい。件のV.C.の話ですね。確かに私達V.C.の中でもとみに話題となっているわ。ただし、実態がつかめない噂として」
「噂?」
「・・・はい、話としては存在する。・・・しかし、地上、地下両方とも合わせてどこのAdministratorのどのV.C.が消えたという話は一件も報告にあがっていない。」
淡々と会話は進んでいく。
「と、言うことはただの噂でしかないということかい?」
「・・・答えはNOですMr.Banias。おそらく今回の噂は確実に真を持っていると推測されます」
「というと?」
「・・・件のV.C.がV.C.を消したと思われる場所を発見しました。アドレス149.24.193.28.地点です」
「へぇ。なぜそれがわかったの??ウイルスの仕業とは考えないのかい??」
「・・・自壊したのではなく、消滅していました。痕跡がぷっつりと。・・・ただ、騒ぎにならない理由。それは、フリーアドレスのV.C.でした」
「なるほどね、確かにAdministratorが放棄して消去せずにそのまま捨てたV.C.なら消えたところで誰も見向きもしないか」
「Yes, Mr.Banias。」
「消滅させたV.C.はわかるかい?」
「Yes,こちらもフリーアドレスでした。ただ・・・」
「どうしたエル?何か不都合でもあったのか?」
珍しく逡巡するエルを疑問に思いながら答えを促す。
「・・・答えはNoですMr.Banias。・・・ただ、私達にとっては忘れることの出来ない名前でした。V.C.Name・・・Adam。・・・エモーションコード初期ロットV.C.です」