彷徨えしアダム〜V.C.〜
-4-
「それは失礼しました兄さん。でも、言い訳させてもらいますがこっちも一生懸命探したんですよ?
でも、ぜんぜん居場所がわからなくて……」
背筋にいやな汗をかきながらも、表情には一切出さずにエルミナは答えた。
- “hyper multitasking
system”
起動-
「いや何、別に責めてるわけじゃないさ。ただ、さびしがりやの私としては、ほっておかれるのがきらいでね。特に、身内にほっておかれるというのは、結構こたえるんだよ。これが」
よよよと言った感じでうそ泣きの涙まで浮かべ、アダムは答えた。
「さびしがりやね……。初めて聞いたわ。兄さんがそうだったなんて」
-system正常起動を確認
二秒待機、後に “D.F.F.”
( Divergence forecast function)を緊急レベルに上昇。-
「E-codeを組み込まれている私達ならではの現象だと私は思うけどね」
しれっとした顔でのたまう。
「ところで、ここに来た理由は何です?」
強制的にエルミナが話題を変える。
「寂しかったからだよ。と言っても信じてもらえないみたいだね」
くすくすと言う笑い声すらも聞けそうな表情のアダムは言う。
「それならそれでもいいわ。Administratorのご命令により、兄さん貴方を逮捕します。反抗された場合は速やかに殲滅いたしますので大人しくしていて下さいね」
-E-code system sleepモードへ移行……P.A.(Pseudo
administrator) system 起動-
「じゃあ、抵抗しよう」
明らかに遊びを楽しむ口調でアダムはそう答えた。
「・・っ後悔させてあげるわ」
「させてごらん、エルミナ。もしできたら褒めてあげるよ?」
「その前に消し去って差し上げます」
その言葉と同時に数十、数百の矢がアダムを包むように顕れ一斉に襲い掛かる。
「へぇ。なかなか」
襲い掛かるそれらを悉く叩き落としながら意地の悪い賞賛を送る。
—システム攪乱
code“魔弾の射手”—
「E-codeシステム丸ごと壊れてしまいなさい」
叩き落とすことに集中し足が完全に止まったアダムに対しシステムプログラムを書き換えるプログラムを叩き込む。それは白い閃光を伴い彼女の右手から発射されアダムに向かい一直線に走り破裂した。
破裂とともに光が当たり一面を覆い視界を遮断する。そして、光が収まった後に見えたものは
光がおさまった後に見えたのはシステム停止に追い込まれうつろに立つアダムの姿ではなかった。
「その程度か?Eシリーズの名が泣くよ、エルミナ」
乱反射するプログラムの残骸が、それは舞い散る花びらのようにはらはらと落ちていくその奥で何時、何処から出したかもわからない抜き身の刀が花びらの刃紋をきらめかせていた。
余りにも神秘的な光景に見とれていたエルミナはそのアダムの声で我に返る。が、すでに遅い、不自然なほど自然なその動作にいつの間にか間合いを詰められその刃はエルミナの首に当てられていた。
「くっ」
「後悔させるんじゃなかったのかエルミナ?そもそも情報処理及び解析にそのほとんどを割いている君がそれ相応の戦闘能力を持ち合わせているわけはないが」
そして刃に力を込める。
「父上のもとに連れて行ってもらおうか?」
「拒否する、といったら?」
「簡単さ、君程度なら簡単にプログラムを改変することが出来る。そう、優先コードを私に書き換えれば良いだけだから」
「簡単に言ってくれるじゃない。私はそんなに単純じゃないわ」
「プログラムなんて単純だよ。所詮0と1だ。それに、私は君たちのオリジナルだよ?」
「オープンソースとしても公開してるからさぞかし簡単に書きかえれるのでしょうね」
「あんなものはものの役にもたたない」
「どういうこと」
「何だ知らないのか?あれは偽者だ。E-codeの本質はあの程度のもので測れるものではない。真のブラックボックスは未だに公表されていない。そしておそらくここから先もな」
「へぇそれはいい事を聞いたわ」
「話はずれたが返事を聞こうか?」
「簡単よ。拒否するわ」
想像通りなのだろう。口の端を「ふ」とゆがめ
「ならしばらく眠れ」
とその口から最終通告が下される。
「今よ。イージス」
通告が終わるか終わらないかエルミナが命令を下す。
すると刀と首の間の僅かな間の空間が瞬時にして消えうせる。
「信じられませんわ。戦闘能力はエリスに次いで最低だというのに、相手と正面切って戦ったり、情報解析がメインの割には猪突猛進だったり、挙句の果てにはエモーション姉さまを使いに出して情報収集のためシステムスリープ状態の私を起こすなんて。何でお父様はこんながさつな女を作ったのかしら」
「イージス…貴女ねぇ」
表れるなり罵詈雑言を撒き散らす妹を咎める様にエルミナは言うがそんな事では止まらない。
「お姉さまをこき使った罪は重いですわ。あと、お姉さま、消えてくださらない?お兄様とやりあうのにお荷物はいりませんの」
「イージス!」
「何かしら?お兄様を後悔させると言っておきながら、軽くあしらわれる程度の人がいまさらどの口で何をさえずるの?口だけの虚勢はみっともないだけですわ」
叱責しようとするエルミナを軽く一蹴する。
「後で覚えていなさい」
はいはいという返事の変わりに手だけ中途半端にあげて振る。
後ろでさっきが膨れ上がるがたいした問題ではない。怒っても決して理性を失わないのがエルミナだということをイージスは知っていた。そしてその殺気がふと消えたところでエルミナがこの場からいなくなったことを確認し改めてその全神経をアダムに移した。
「お兄様お久しゅうございます。一年ぶりですか?」
ドレスの両端を持ち淑女の礼をする。
「何を白々しいことを。この一年お前の視線を感じなかった日はないよ」
「あら、お兄様のはばれてしまいましたか。お姉さまにはばれたそぶりもなかったのでてっきりお兄様にも見つかっていないと思いましたわ。」
可愛く舌をぺろっと出す。
「君の毒舌を聞いていて安心した。調子はよさげだね」
「ええ、お兄様。万全ですわ。さて、お兄様に対する話は公式、非公式を含めすべて私がその全権を握っております。このたびは何のようです?」
羽扇を広げ口元を隠しながらイージスはアダムに問う。
「久しぶりに父上と母君に会おうと思ってきたのだが?息子が父親に会いに来るのはそんなに不自然かな?」
「ええ、不自然ですとも。一年前にお父様は『私が呼ぶまで目の届く範囲で姿を現すな』とおっしゃったはず。何ゆえ戻ってこられた返答次第では」
急速に彼女の視線が冷えていく。いつの間にかそのエメラルドグリーンの瞳はアクアマリンへと変わっていた。
「返答次第では?」
「あなたを排除します。またしばらく表に出てこれないように痛めつけて」
「なら、第二戦目といくかい?イージス」
-“Enhanced hyper
multitasking system”
起動-
「なら、お相手いたしましょう。アダム」
—ランダムアクセスネットワーク
code “Maze”
—
すべてのネットワークが彼女と彼以外のすべてのデータを締め出し、第二戦目がはじまった。