彷徨えしアダム〜V.C.〜
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「いよう姐さん。ここんとこご無沙汰だったじゃねぇか。どうかしてたんかい?」
エルミナがサイトに到着するや否やスキンヘッドに蠍のタトゥを右腕に彫った男が彼女の姿を見つけるとしゃべりかけた。
「まさか情報管理局にお世話になってたとか?」
キセルで紫煙をくゆらしている長身で黒メガネの男が煙を吐きながらふざけたように言う。
「ヤクはやめたほうがいいわパイロン。それに、なによそれは? 何であんな無能の集団に捕まらなきゃいけないわけ?」
右腕を腰に手を当て左手でかぶりを振りながらメガネにやれやれといった感じで言う。
「そりゃそうだ。俺達ならともかく姐さんがつかまるわけねぇ」
ビールをジョッキで飲み干した後豪勢に笑いながらタトゥの男が言う。それにつられてサイトにいたほかの連中もつられて笑った。
「あの・・・姉さまこれは一体・・・・・・」
雰囲気に完全に呑まれたエリスがおずおずとエルミナに聞く。胸の大きくはだけた扇情的な赤いドレスを身にまとった妖艶な美女はそれに気付き、エルミナに聞く。
「あら、あなた新顔ね。うふふ〜エルミナちゃんも隅に置けないわねぇ。こんなかわいい彼女を手篭めにするなんて」
「それは残念ねリリス。この子は私の妹よ。それに私には百合の趣味はないわよ。あなたも自己紹介しなさい」
銀のショートの髪、雪華石膏の白い肌に赤い瞳、そして黒いドレスを身にまとっているエルミナには十分そんな雰囲気をかもし出す妖しさというのは十分あるのだが、あっさりと疑惑を否定する。
「は・・・はじめまして。僕、エルミナ姉さまの妹のエリスって言います」
その一言がサイトを熱狂の渦に巻き込む。緊張と雰囲気に呑まれいつもの元気さがなくなり、おしとやかに見えたのも原因だろうが、明らかに場違いな少女が初々しく挨拶すればそりゃ男はイチコロだろう。それでなくともEシリーズは美女姉妹ということで有名なのだから。
「ハイ。おしゃべりはそこまで。聞きたいことがあって私はここに来たの。さっさと喋らないと・・・・・・殺るわよ」
ちなみに、エリスを質問攻めにしていた男達にブチきれたエルミナが二、三人天国に昇天させながらその言葉を吐くまでこの騒ぎは続いたという。
「それで、エリスが緊張しておずおず自己紹介??
無鉄砲で元気一直線のあのエリスが!そりゃ笑えるね」
「笑い事ではないですMr.Banias。お陰で、情報を集めるのに時間がかかりました」
緊張のかけらもない謙悟の答えに少しむっとしながらも、生真面目に答えを返す。
「いや、すまないエル。ものすごく意外なことだったので想像して笑った」
「本人が聞いたら、多分泣きます」
「それはそれでうれしい事だよ。きっちりと感情回路が働いていると言うことだから」
子供の成長を見る親のような表情をふとエルに見せる。
「……そうですか」
「さてと……結局情報は集まったかい?」
「期待はしておりませんでしたが、居場所についての情報は全くありませんでした。ただ、話を総合してみると面白いことがわかりました。情報の発信源は全く掴めませんがすべて同じ時期にいっせいに情報が流れています。そして、これは地上、地下両方ともに同じ傾向があります。」
その報告を聞いて謙悟の目つきが鋭くなる。
「つまり誰かが意図的に情報を流したと?」
「Yes,Mr.Banias」
「なるほどね。」
「しかし、アダム兄さんの動きがここに来てもれてくると言うのが納得いきません」
「それは何故?」
「一年間音信不通でした。つまり、隠れようと思えばいくらでも隠れたわけです。信じられないことにあのイージスの目をかいくぐって。」
「もしくは出てこないといけない状態になった」
「もしそうであるなら、私たちの前にまずあらわれますよ?あの人の性格からして」
エルミナの問いに謙悟は首を振る。
「それは出来ないだろうね。こっちに近づくと言うことはイージスの目に触れることになる。私に見つからずに君たちとコンタクトを図るのは不可能だよ。まぁどちらにせよこのようになったからには…」
「とりあえずは早急なAdamの発見が必要と言うことですね」
その答えに首を振る。
「半分はずれだエル。早急な発見と殲滅を、手段は選ばなくていい。何が何でも消し去れ。そのためにEシリーズの一時的な統括権を委譲する。これ以上あいつをのさばらせるな」
「かしこまりましたAdministrator
Mr.Baniasそれではでは失礼します」
彼女はそういい優雅に一礼をするとその場を退席した。
謙悟との話を終えたエルミナにエモーションが近づく
「エルちゃん。アドはなんて?」
「兄さんの速やかな抹殺を。そのために統括権の一時的な委譲を私に」
「つまり、それは……」
エモーションの顔色と声色が明らかに変わる。
「イージスの使用を認めたと言うことね」
「手段は選ばないと言うことですか」
言葉を暗くしていった。
「そういうことです姉さん。いざと言うときの覚悟はしておいてください。姉さんがいくら兄さんを慕っていても、administratorの命令は絶対です。違えることは許されません」
「……わかっているわ。でも……ねぇ、エルちゃん。殺されるために生んだのなら、何故アドは、最初から作らないと言う選択をしないの?」
エルミナの背中からエモーションが訊ねる。
「……さぁ?私にはわからないわ。でも、まぁ、Administratorなら、『考えてごらん、そうやって君達は成長するんだ』と言うでしょうね」
「……ええ、そうね」
「ただ、私なりにAdministratorを見てきて言えることだけど、絶対に捨て駒にするために私達を作り上げた人達ではないわ。それは、私達のAdministratorとして誇りであり……って誰?」
何もいないはずの座標に急に移動してきた大量のデータ群にスキャンをかけるまでもなくエルミナは思わず声に出す。
「誰?とはひどいなエル。仮にも私の妹だろうに……。兄さんは寂しいよ。それに誰も会いに来てくれないなんてひどいな。こっちから会いに来ちゃったじゃないか」
ごく自然に軽口を叩くようなしゃべり方で、目下最大の敵は厳重なセキュリティーをものともせず、ここに現れた。