〜イントロダクション〜


"さん"

 

 

横を多くの生徒が通り過ぎていく中、僕らはじっとバス停で止まったままいた。

公立とは違い私立は少し場所が遠い位置にあるため、僕と薫はバスで通学している。

僕と、お嬢様である薫が並んでバス停に向かう。

その間、気の効いた会話などは無かったが、僕らにとってはそれが普通だった。

妹は薫に挨拶をするとさっさと学校へと出発する。僕と妹は違う学校に通っている。

薫と美咲が知り合ったのは、小学校のときだ。驚きだが、美咲も薫と同じ学校に通っていたのだ。

なんでも、同じ部活だったらしい。確か、弓道だったかな?

小学生に弓道部とは、ちょっとすごいな……さすがお嬢様校。そして物好きだな、美咲…。

そして、薫は何故か成績的に下の常盤に(と言っても、有名私立には変わりないが)、美咲はそのままお嬢様学校の中学校へと進学した。

その理由を尋ねたことはあったが、上手く質問を逸らされてしまった。なにやら、理由があるらしい。

ただ、人間を作るのは、やはり環境だけではないということだろうなぁということだけは分かった。。

サンプルより判断して。お嬢様学校に行った美咲、そして普通高校へ行った薫。

そして同時に、美咲の性格と薫の性格。この違いは言わずもがな、である。

と、そんな僕たちの前に、一人の少年が向かってきているのが見えた。

「おはよ」

僕はとりあえず挨拶する。

「………………、?」

目の前の男の子は言われて初めて僕らに気づいたらしく、ちょっと戸惑った視線を僕に向ける。

その子はゆっくりとした様子で、ボクを見て、隣の薫をみると、ぺこりとお辞儀をした。

顔は相変わらず無表情だったけど。

「佐藤君、おはようございますね?」

 

 

黒髪、黒眼。そして学生服も黒(夏なのに、何故か上まで着ている)なので、結果的に全身黒だ。

名前は、佐藤 翼。彼は僕と薫のクラスメイトでもある。翼くんは目が悪いらしく、いつもノーフレームのめがねを掛けている。

しかも、結構度が高いらしく目が少し歪んで見えるほどだ。小さいころから本が好きで、ずっと本を読み続けていたらしい。

小学校のころになると、家にあったドエルフスキーとか、ヘッセとかに興味を持ったらしいので、すごいと思う。

あまり会話しないので、こちらが『どんな本がすきなの?』と本の話を振ってみたら

彼は『…僕はドン・キホーテみたいなのも、逆にハムレットみたいのも好きじゃない。中性的な物語がいい』と言われた事がある。

何のことやらわからなかったが。薫は、わかったらしいが。

ちょっと、差が。さらに、翼くんはそのせいで体が雪のように白い。

顔も未熟……というか、幼稚な顔で、僕よりも背が低い数少ない人間だ。

基本的に無口で、無表情なのだが、結構付き合ってみると色々とわかるようになるのだ。

まあ、それでもボクより男の子っぽいんだけど……。てか、僕が極端に女の子っぽいだけ、なんだけど。

はぁ…………。怨むよ、神様…。

 

 

「ねえ、翼くん」

少し、首をかしげ、目をこちらに向ける。

「今は、何の本を読んでるの?」

一瞬、少し戸惑った雰囲気。目線を自分の前の道路に落とす。

「あ、ごめん。そうだよね、どうせ俺が聞いてもわかんない……」

と、素早く僕に顔を向けると今度は僕の目をじーっとみる。瞳は少し不安に揺れている。

「あ、いいんだ。翼くんがそんなつもりじゃないってことはわかるから」

コクリと頷く。安心したようだ。

……………。

見事なコミュニケーションだ、最も人間と話してる気がしないが、これはこれでいいと思う。

ブロロロロ………。

と、遠くから僕らの乗るバスが迫ってくる音が聞こえてくる。僕らがバス停に到着してから、大体五分。

まあ、薫が迎えに来てくれていなかったら絶対五分どころの騒ぎじゃなかったこと請け合いだ。

遅刻すると言うことすなわち、このバスに乗り遅れると言うことなのだから。

普通は二十分おきに来るバスも、何故かこの時間帯だけ三十分おきになり、僕は遅刻するのだ。

もし、このバスの二十分後に来るバスがあれば、僕はそっちにゆうゆうと乗っていけるのに。

と、薫に憤慨したことがあったが、薫は笑って、

『でも、もし二十分おきのバスがあったとしても、和くんはそっちの方を基準に考えちゃうから、結局遅れちゃう思うなぁ。だって、最後の最後まで、家にいるでしょう? どうせ』

言った。ごもっとも。

出来るやつは、どんな状況でもできる、ということだった。納得。

結局、その会話の中では僕は自分の自堕落さと、不甲斐なさを暴露しただけだったのだが。

バスにまつわる僕の暴露話はこれくらいにして。バスがぷしゅ〜と、独特の音を出して沈む。

その後、前の部分にある扉が開く。僕らはいつもどおり定期を見せると、バスの中へと乗り込んだ。

トキチュウは、全体の登校生徒数の半分以上が電車で通学してくる。その後半分がバスで、残りは歩きか自転車である。

さらに、遠い人のために寮も完備しており、そこには毎年大体200人くらいの人間が入るそうだ。

結構なマンモス校であるトキチュウには、そこへの直通バスが出ており、多くのバス通学の生徒はこれを利用する。

そして、バスは何本も出ているわけが無いので、

「あ、よっす、夫婦夫妻。お元気?」

必然的に、僕らは友達と会うのだ。

「うるせーよマンネリ部長」

その声に、僕は条件反射で言葉を返すのだった。

 

 

<もどる> <いんでっくす> <つぎへ>