〜イントロダクション〜
よん
「………ったく、朝一番いきなりそれか?」
俺はバスに入るなり声をかけてきた友人女Aを睨む。
しかし女は勝ち誇ったように俺のことを見下しており、俺の視線にまったく動じていない。
「お早うございます、梓さん」
僕より後ろにいたはずの薫がいつの間にか前におり、挨拶をしていた。
「………おはよう、木尾さん…」
と、無口な翼もそれに乗る。
「おお、おはよ。ツバっちも薫も、毎朝この木偶の迎え、ごくろーさん」
あはは、と笑って答える俺の友人A。反面、俺の頭を小突く女。
糞…………少しくらい外面がいいからとっていい顔しやがって。
お前の本性知ったら男は全員黙るしかないし、貴様に言い返すだけの人間はいねーよ、馬鹿。
内心毒ずく。僕は内心から、コイツが苦手だが、嫌いではない。
それは、僕の永遠のライバルにして、宿敵。好敵手といっよりも、どっちかっていうと仇に近い女。
得意技は怪力サーブに、怪力スマッシュ。そう、何を隠そう彼女は我がトキチュウのバレー部のエースなのである。
ま、怪力だからな。
名前はカイリキー。ゴーリキーから進化して、得意技は空手チョップだ。カクトウタイプなので、頭は空っぽ。条件反射と本当で生きている人種である。
……ではなくて、木尾 梓。きお あずさという、なんともお嬢様〜っぽい名前である。
無論、名前と外見は一致しないのだが。
奴は鋭い言葉のナイフで(翼ほどではないが)敵を抉り、その反応を見て楽しむことを趣味とした嫌味な奴だ。
生まれてこの方楽しみをそれしか知らないように俺のことを目の敵にしている。
というか、僕のことをよくからかって来る。はっきり言って面倒くさい。
茶色がかった髪を短いショートにまとめている梓は、それだけでもボーイッシュなのに自分のことを”ボク”と呼称する。
一体何を狙っているんだか……。コイツの行動は逐一ケチを附けたくなるのは、おそらく逆にケチを附けられているからに違いないのだが。
背は俺よりも高い。だから僕は少し相手を見上げる形になってしまう。
それに、何よりも、僕は彼女よりも女っぽいのだ……。
中学2年生の時、シンデレラをやろうという話になったのだが、そのとき俺はシンデレラで、王子がコイツだった。
クラス全員の推薦と喝采を浴びての決定だった。しかも、その劇は大成功したのだ。
それから、僕とコイツは犬猿の仲となったのだ。
「……って、こら、メスチビ。今ボクのこと内心で卑下しなかったかい?」
す、鋭い………。
「してないよ。何が楽しくてお前の事を卑下しないといけないんだ?」
言い返す。しかし、相手はニヤリと笑って、
「ああ、アンマリ毎日からかいすぎたもんだからね〜。そりゃ〜恨み言も言いたくなるかなぁって」
分かってんなら止めろ。性格が悪い。
「ふ、ま、俺はお前のような繊毛虫類のような輩を相手にしているほど暇ではないのでな」
説明しよう。繊毛虫類とは―――
「あはは、強がっちゃってチビらしいねぇ。ま、そこがソソるんだけどねぇ」
あ、嫌な目遣いだ。明らかに下のものを見下ろすような、邪悪な目。
き、気持ち悪いな!!!
く、くそ………こいつ、流石に性悪だ。こっちまで悪寒が走る。
「ったく、魔女が……」
「褒め言葉だ」
「生まれてこの方人の苦しみを糧に生きてきたような生活してるから、そんな性悪女に育つんだよ」
「栄養源は主にメスチビだけだけどね」
「…あーあ、お前がもう少し女の子っぽいならモテただろうに」
「別にモテたいとも思わないけどね、アンタ見てると?」
「……人生の脱線者とはこのことだな」
「残念だねおチビ。私は私の生き方で日々生きてるんでね。後悔したことはこれっぽっちもないよ? それに、残念ながら私はモテるんだ。ま、おチビほどじゃないけどね〜。昨日は誰に告白受けたんだっけ?」
またあの目遣い。
「く………そうやって人の心を抉るようなマネばっかしてると、いつか後悔っ……―――!?」
ぐらり…。
大きく体が揺れる。
そりゃそうだ。バスが発車したんだから。
薫はすでに席についており、翼は席に着こうとしている。立っていたのは僕だけ。
結果。
目の前に座っていた翼の元へと倒れこんでしまう。
そしてそのまま翼を本当に巻き込んで倒れたのだった。
「っ! …っ」
無意識のうちに翼と体位を反転させる。このままでは翼が地面に落ちてしまう。
体が無意識に、その事実を拒絶した。
一瞬だけ衝撃がくる。無理やり手を付いたもんだから、少し手から血が出ているのが分かる。
朝の衝撃と同じくらいの衝撃。
まったく受身をとらずの着地は、かなり身体に衝撃を与えた。
しかもバスの構造上、どうやらそこは運悪く段差になっていたらしい。
一瞬視界が暗転する。
呼吸が一瞬とまり、肺の空気が全て絞りだされる。
目の中で光が、飛んだ。
「ちょ、ちょっと! おチビ、アンタ大丈夫………!?」
「か、和くん………!?」
そのほか数人の声と共に、覗き込まれているのが分かる。
そして、言葉を失う皆。と、僕は丁度翼を抱きかかえる形で倒れていたのだった。
当の翼は、大丈夫そうだ。
よかった………………。
一瞬安堵する。すうっと、全身から力が抜ける。
「よっと…」
とりあえず翼を立たせて、自分も立ち上がる。
洋服をぽんぽんと叩くと、ちょっと顔を赤面させたようなクラスメイト+α達。
「?」
僕が何が何だか分からないといった様子で立っていると、ああ、と理解したような声を上げる翼。
「どうしたっていうんだ?」
周りを見渡すが、反応がない。
そこで、翼が一言。
「やおい…ってことかな」
※やおい → 男と男が愛し合う物語
「あはは、というより、チビと翼だったら、普通に純愛ジャンルでいけるってば」
照れながらトンデモナイことを口にする女―梓。その言葉に僕は言葉を失ってしまったのだった。
失笑。そして、涙。