05月22日

 

 

普通の、日常通りの朝だった。朝美咲に叩き起こされて、そして薫がいる。

俺は飯を食べてる間中、二人に色々言われ続ける。昨日のコトは、まるで夢の世界だったかのように。

いや、夢と言う部分で言わせてもらえれば、コチラが夢なのだろう。

昨日が、現実の世界。暗黙のルールが敷き詰められた、仮初の現実世界。

夢の世界とは、何時だって甘ったるくて、そして居心地が良すぎて逃げ出したくなる世界のことだ。

でも、もしも、この夢の世界だけでしか知らない人間がいた場合、どうなるのだろう。現実の世界を知った途端、どうなるのだろう。

絶望するだろうか。それとも、割り切って納得するだろうか。苦悩するだろうか、思考するだろうか。

否、答えはどれも違う。大体の人間は、逃避する。つまり、自分から夢の世界を作り出して、その殻の中に閉篭る。

人は誰だって、何時だって、甘やかされて、甘やかして育っているのだ。

だから、いい気がする。このまま夢の世界の中にいたって、誰にも何も言われない。

それなら、現実の世界の問題を頭の隅にやって、夢の世界を満喫しても文句は無いだろう。

だから俺はこの幸せが、いつまでも続けばいいと思う。いつまでも、少なくとも俺が死ぬまでは。

どうか、続いてくれ。終わらないでくれ、きっとこれが幸せだからだ。

「…おはぉ〜」

陰鬱な挨拶だった。その声の主は、勿論俺。

朝、翼との待ち合わせ場所。俺は、かなり没んだ気分で挨拶をした。

「……どうかした?」

おお、流石の翼も俺が陰鬱な原因はわからなかったらしい。

いや、もしかしたら選択肢が無数にあって、逆に選びかねたのかも知れないが。

「いやな、昨日さ、薫たちの買い物とやらに付き合わされてな…テスト前の最後の連休を無下に振ったからな…」

「むっ…無下ととは言いますね、和人」

怒った風の薫。勿論真意は逆だ。だが、これも仮初。そして、俺も仮初の返答をする。

「あれは、無下だろう…俺は失いこそすれ、何も得てないだろうが…嗚呼神よ、少しくらい俺にすべからく利益が与えられんことを」

「まー、可愛い女の子とラブラブデートしたんですから、いいじゃないですか」

うわー、いい神経してるよ、こいつ。まあ、だからこそ薫なんだけどな。

…それにしても、最近巴が転入してから、薫の挙動がおかしいような気がするのだが…。

なんか、はっちゃけた、というか。爆発したというか。こんな薫も、アリ、か?

「…まあ、良い経験だよね、それも」

「変るか?」

「遠慮」

きっぱりと言い切る翼。てか、拒絶といった雰囲気すら含まれている返答だった。

美咲にしろ、薫にしろ、結構な美人なんだがな…。大体の人間は付いてくるのだが、翼は生憎そう云うのに興味が無い。

いや、理由もある。ちゃんと、理由があるのだ。勿論それは翼の”得意能力”のせいなのだが。

まあ、それは置いといて。

「ううぅ〜にしても、憂鬱だぁ…翼、テストまで、後何日だ…?」

「分かりきったこと聞かないでよ。始まるのが水曜日だよ。だから、三日後だね。今日含め、水曜含め、ね」

だろうな〜。何回聞いても変らないものは変らない。俺はさらに陰鬱になる。

「はぁ…二泊三日か…今年こそ、愛の補習授業かなぁ…」

と、隣で

「和人、頑張りましょう。私も、手伝いますから」

と薫が言う。

「……?」

何故か意気込む薫。横から翼の『意外だ』という表情。

それはそうだろう。今までの薫は、どちらかというと『自分でやってこそ、実力がつきますから』というような性格なのだ。

薫は、やはりおかしい。それは、翼も少しは気づいているだろう。俺はそれを―――

「……いや、遠慮しておく。やっぱ、自分でやらないとな」

断った。この返答は、俺の本心とは、真逆だったが。

「………まあ、そうですけどね…」

ちょっと残念そうな薫。さらに意外な表情をする翼。……俺が断ることが、そんなに意外か?

くそう。俺に定着しているイメージを、一回じっくりと話さないといえけないみたいだ。

…大体は正論を突かれまくって、俺が撃沈だろうが。

「……とにかく、そろそろ例の証明解き始めないと、ヤバイよな…感想文の下書きも、書かないと…」

「まあね。そう云う意味では、ウチの学校って結構問題が分かってるから、簡単かもね」

「…あれを簡単といえる生徒は、おそらく学校で数名だろうな」

翼、薫、そして天才的な知力を持つ巴。他数名。うわー、全員身近付近だ…。

ちょっと言ってて劣等感を感じる。何で俺はこんな奴等と付き合っているのだろうか、と。

そう、まるで場違い。まるで道化。まるで戯言。

「ううぅ〜どぉーしよ…」

と、目の前からも陰鬱な声が聞こえる。と、そこをみるとそこに居たのは梓。…しまった。今日は、うっかりしてた。

何てことだ。朝からこんなヤツに会ってしまうなんて…。

「おお、3人とも、おはよーっ」

発見された。さらに最悪。最悪は転回する。

「…何だ梓。まるでテスト前全く勉強をしていないバレーボール部副部長見たいな顔して」

「ふふ〜ん、そちらこそ外見子どもあーんど女の子なのに内心では男だと思いたい人の、月曜日の表情をして」

「………そ、そーやって人を貶してばっかいると、いつか痛い目見るぞ、てめ…」

「あっそ? うん、べつにいいっすよ? 因果応報ってか。ボクなら、それすら乗り越えて行ける自身があるから?」

「相変らずですね、おはようございます、梓さん」

「おうおう、おはよ、オトハ。毎日ご苦労様だねー」

ちなみに、梓は薫のことをオトハと呼ぶ。薫の苗字自体は”乙葉-イツハ”なのだが、何でも同じ名前で芸能人にオトハという人がいるらしい。

そこから取ってオトハ、というわけだ。…俺は、良く知らないが。

「…おはよう、木尾さん」

「ツバッチも、お疲れ。てか、コイツの世話労れるでしょう?」

先ほどの陰鬱な表情はどこへ行ったか。ハイテンションバイオトークで喋り捲る梓。

「それほどでも、あるかな」

コラ、翼っ!! てめーも性格変ったか?

「五月蝿い俺は早く学校に行って勉強しなくてはならんのだよ歩行言語型機関銃様。であるからしてそこを通して貰えぬだろうか?」

「無駄だから止めとけってー和の字? どーせ無駄なんだからさ」

サラリと非道いことを言う目の前の女。てか、無駄って二回も言うな。

「そ…れはやってみなくては分からないぞ? 人間、土壇場での力が物凄いのだ」

「いやー、和の字の場合、わかりそーだからさー。ね、和の字、こうなったら共同戦線を張ろうではないか。1+1が2にも無限にもなるわけだよ、和の字。悪い話ではないだろう??」

「断る。てか、悪い話だおもいっきり。詐欺師になるのならもう少し上手くなることだな。というか、お前の場合、俺じゃなくて俺のオプションに興味があるだけだろうが。それに、お前と組もうものなら、無限が夢幻になるわ」

「お、言うねー。ふふ、愛の補修一緒にうけよーぜー和の字ぃぃ」

「断る。てか、何で俺がお前と一蓮托生しなくちゃいけないんだよ」

「ま、世は道連れって言うじゃない?」

「…道連れないでくれ。頼むから……」

そんな感じで、学校へと到着する俺。学校は連休前にも増して勉強している人間が目に止まる。

必死に皆机に向かって勉強しているし。馬鹿なことやってないで……俺も勉強しよう…

 

 

昼休み。もうこうテストが近づくと、学生は極力昼休みも勉強に回そうとする。

外の学校はどうなのか知らないが、この学校においてはそれが普通だった。

そして、かの言う俺も、その例に漏れず昼休みは片手弁当で勉強をしているわけだが。

「……何か、用か?」

ソコにあわられたのは、何故か巴だった。

一応ここは教室で、巴は違うクラスのはずなのだが。

大体、外のクラスにはあまり自分からは入らないという不文律があるのだが、どうやら、この世間知らずのお嬢様はそういう常識を知らないらしい。

いや、知っていて無視している可能性もありうるが。他の生徒は少なからず困惑している。

「和人、今日私の家に着なさい」

………はいぃぃぃ? おそらく俺の表情は、果然としたままぽかんと、馬鹿っぽく目の前の女の子を茫然自失と眺めていたことだろう。

そしてそれはクラスメートも同様だった。つか、皆同じ表情だった。

行き成りの命令に俺は面食う…が、数秒で何とか復帰。再起動。

「え…っと、つまり、お前の家に、俺が?」

いきなりの爆弾発言。流石に、クラスの数人の動きが止まる。翼の姿と薫の姿が見えないだけ、有難かったが。

…いや、これも”伝説”となって、校内を噂って形で流れるのだろう。今までの例に漏れず。

そう云う意味で、俺は最早、全校生徒で知らない人間は居ないほどの有名人なのだろう。

「そう」

単刀直入に言い切る巴。

「……何のために?」

いきなり何を言い出しているのか意味がわからず、とりあえず訊いてみる俺。

「? テストの為に決まってる。私は、和人が夏休み補修だと、困る」

『ぉぉ』と、クラスのどこかで声が上がる。……照れもせずに、よくこんな台詞を言えるものだ…。

「…誤解を招くようなことは言う無かれ、お嬢様。俺は今回は自分でやるから、いい」

といっても、これは内心で虚勢だったのだが。少しの間、巴は俺が”お嬢様”と読んだことにたいして顔をしかめる。

あ、やべ、これ秘密だった…。とりあえず適当に取り繕う。

「学業のプリンセスともあろう巴さまのお力をお借りするようなことではございませんことですわ」

まあ、どちらにしろ、実際問題として、おそらく巴の学力だったら俺を教えることくらいわけないだろう。

だが、俺はそれを拒否した。そしてこれも、何故かはわからない。

「……そう、私は不必要なわけね」

「…あ、あの………えっと? その、不必要ってわけじゃな…」

そこまで言おうとして、巴が去ってゆく。ちょっとその背中は寂しそうだったが…。

「…後で、謝っておくかな…」

そう、思った。俺と巴の距離が、少し変っていた。

 

 

「って、ああぁぁ〜〜訳分からん…どーしてここがこーなるんだか…」

その夜、俺は頭を抱えていた。時刻は已に夕方。窓の外は微妙に夕焼けに染まりつつある時間帯。

だが、今日は生憎で、梅雨入りが近いために、今にも雨が降りそうな天気だったが。

…確か、今日は夕方から大雨だったか? そんな中。

流石に自分の学力に危うさを感じた俺は、本格的に勉強を始めてみたのだが……早速、つまった。

てか、まったくわからなかった。授業は真面目に聞いているはずなのだが、まったくわからない。

…これは問題として成立していない。授業すら聞いていれば、最低点数は保障して欲しいものだ。

ちくせう。こうなるのなら、例の3人の願ってもいない提案を…訂正。2人の提案をのんでおけばよかった…。

そう後悔していると玄関のベルがなった。…? 誰だろう。恐らく郵便配達か何かの類だろうが。

隣の部屋から美咲が向かった音がする。まあ、美咲が行ったならいいや。

そう思い、また勉強に戻ろうとすると、

『兄〜、お客さんだぞー』

と、階下から声がする。…誰だろう?

「わかったー。今行くからー」

そう答え、俺は階下へと降りてゆく。階段で美咲とすれ違ったが、美咲は何も言わなかった。

まあ、当然だが。演技の時間は、終わりなのだ。

「えっと…え………な、何で?」

その玄関に立っていたのは…何故か千佳ちゃんだった。

いつも梓と一緒に居る少女、今泉 千佳ちゃんだ。しかし、どうして?

「あ、ど、ども、和人さん。旦那様、ご奉仕いたします〜」

狼狽てた風で頭を下げる千佳ちゃん。その後、妙な間を持って意味不明なことを言う。

「………」

「……あ、あれ?」

不安になってきたのか聞き返す千佳ちゃん。俺は自分に再起動をかける。

「………えーっと、どうして、ここに? いや、てか誰からここの場所聞いたの?」

「えっとぉ、お勉強のお手伝いをしにきました。場所は、アズっちから」

……いや、梓。どーゆーつもりだ? 本当に真意が読めない。

「あのさ…そういう今泉さんは…」

「えっと、千佳でいいですよぉ?」

即座に訂正を入れられる俺。

「……えっと、千佳さんは…」

「うう、堅苦しいですぅ」

……何だ、この子は?

意が分からない。というか、テスト前。人の家にきて、いきなり勉強の手伝いがしたい?

いやいやいや、そんな意味が分からない。訳がわからない。本当に理解できない。

大体の人間は今、自分の家で必死に勉強をしているし、はっきりいって他人を構っている暇が無いはずだ。

これは薄情とかそう云う問題ではなく、テストは自己の問題だからに他ならないのだが。

それを差し引いても、今から夜になろうとする時間帯に俺の家に来る行動自体が意味不明だ。

しかも、その目的も。一体どういう状況なのだ。

「んなら、千佳ちゃんは、勉強しないの? というか、失礼だけど、千佳ちゃん頭良かったっけ」

「ん〜千佳は、そんなによくないかも、ですね〜」

何しに来たんだ、オマイは。妨害か? 梓の妨害か? いや、でも、梓もそんなに常識知らずじゃ無いだろうし…。

とりあえず、ここは一旦帰らせよう…そう、決意する。

「…えっと、来てもらった先悪いんだけど、今日は帰ったほうが良いよ。やっぱ、自分の勉強をしないと…」

「……うーん、それも、そうかもですね〜まあ、そう言われて見れば」

呑気な声で返答してくる千佳ちゃん。うわー、本気で訳分からん。

「それじゃ、お騒がせして申し訳ございませんでした!」

笑顔で去って行く千佳ちゃん。……世の中ではいろんな人がいるのだなーと、見送ろうとした途端。

………………雨が。そう、大雨が降り始めた。土砂降りだった。

『あ、兄〜。今日、土砂降りだから、早く帰ってもらいなよー』

って声が同時に聞こえてくる。……なんだこれは。天罰か?

てか、何だ、この一瞬の土砂降り化は? この雨では、はっきりいって傘だけじゃあ辛いだろう。

それに、止まないらしいし。てか、自然現象を疑いたくなるような降り方だった。

「……あはは」

流石に絶句する俺、そして千佳ちゃん。

「…とりあえず、上がる?」

そうして俺は、千佳ちゃんを家の中に入れた。

 

 

「……もしもし、木尾さんのお宅ですか?」

俺は、それから、梓に電話をかけた。

『はい、木尾ですが…どなた様ですか?』

丁寧な応対。ほう、木尾の人間も、やはり梓みたいのばっかりと言うわけではなさそうだな、と内心で感心した。

「えっと、ボクは梓さんと同じ学校の久良木と言う者なのですが…」

『? ああ、和の字?』

うわ、喋り方が変った。

「え……梓?」

『うん、そだけど? てか、和の字、電話で喋ってるとマジで女の子みたいだなー』

放っておけ。てか、俺も意外だった。

「単刀直入に誤植無しで行くぞ。冗談及び茶々入れを全面的に禁止したマジトークだ。本気と書いてマジと読め」

『お、応…どした、和の字? 真剣な話?』

「…えっとさ、今、俺の家に、今泉さんが着てるんだけど…どうしてかな?」

………………………しばし、電話の向こうで沈黙。雨の音だけが、辺りにこだまする。

『…………………ぇ? それって、冗談じゃないよね…? ……マジ?』

と、電話の向こうで狼狽てた感じ。どうかしたのだろうか?

「ああ、大マジ。てか、こんなことで嘘付かないぞ、俺は」

『うわー、ごめん! もーマジでごめん!!』

……一体、何が何やら。梓まで理解できないことを言う。

「いや、梓。ごめんじゃなくて、状況を説明してくれ…」

『うぅ…最初に言い訳させてくれ…ボクも、冗談のつもりだったんだ…』

「いや、だから訳わからん」

『えっとな、今日部活でさ、和の字の話をしたわけだよ』

「…ああ、それで?」

『んで、冗談でさ、”和の字の家にお手伝いに行ってやったら喜ぶかもな”って言った訳だよ』

「…それで?」

なんとなく読めた。

『いや、それだけ? 住所は前に映画一緒に見たときに教えてたしさ…』

「教えるなよ!」

『んなこといったって、教えちゃったものはしょうがないしさー』

まあ、確かに。因果か?!

「…というか、冗談で言ったんじゃないのか?」

『ボクとしては、だよ。千佳は、ちょっとソコ辺りの区別が出来無い子でさ…』

つまりは、梓の冗談を千佳ちゃんは本気ととったわけだ。天然恐ろしい、だ。

「…どうすんだよ、はっきし言って、このままじゃウチに泊まりだぞ? 梓なら、今泉さんの家のこと知ってるだろう? 連絡先とか」

『あー…いや、和の字。これは悪意から言うんじゃないが、千佳の家は、誰も居ないから無駄だ』

「………え?」

一瞬空気が変る。

『ああ、勘違いするな。まあ、確かにお母さんはお亡くなりになられてるが、お父さんはいるし、兄貴が3人も居る。だが、全員今はいない、という意味だ。だから私も”手伝いに行ったら〜”って言ったわけだよ。誰もいないから、さ、勿論冗談でだからな?!』

………なるほど。つまりこの状況は、千佳ちゃんの天才的な勘違いと、そして梓の要らぬ御節介が作った状況だったわけだ。

「…で、どうするんだよ…マジで…」

『すまんが、堪えてくれ』

「…テスト前なのに、か? てか、明日学校だし、薫と美咲に何て言えば…」

『ああ、妹さんとオトハにはボクから言うよ。だから、何とか頼む。実際、あの子は、危ないんだ』

…何やら、訳ありらしい。勿論、聞かないが。それが、俺と梓の”暗黙のルール”。

「…………? それにしても、よくウチの妹のこと知ってたな?」

『ああ、まあ大会とかで会うからね、やっぱり。どっちとも全国選手だからさ』

…意外なところで繋がりもあるものだ。ちょっと意外。

「…分かった。今日だけ、だぞ。ちゃんと今泉さんには言っといてくれ」

『…了解。この礼は、ちゃんとさせてもらうわ。表面上は私の家に泊まったことにしとく、色々あると面倒だろうし。あ、最後に一言』

「何だよ?」

『千佳、胸結構でかいッスよ?』

俺は電話を静かに切る。

…一体何をさせたいんだ、俺に。ま、でも、本当に危ないヤツの家には”行けば?”なんて言わないだろうし。

ある意味で、信頼されていると受け取っていいのかもしれない。複雑な心境だった。

「……美咲、話があるんだが…」

自分の部屋で子機を置くと、俺は隣の部屋の美咲に話に行ったのだった。勿論、ボロクソ言われたが、仕方無いだろう。

…千佳ちゃん、どこに寝るんだろうか。両親の寝室が空いてるから、そこに寝かすかな。

テスト前、はっきりいて全然勉強できそうにない。どうしようか……翼に頼むか。こうなったら。

 

 

「……何、やってるのさ…」

その夜、俺は幾度か、階下に降りて来なくてはいけなかった。と、いうのも…

『わーー、火が火がぁーー』とか、

『止まらないよぉぉ〜〜』とか

『もー、わかんないぃ〜』とか。

悲鳴奇声嘆きに泣き声が絶え間なく聞こえてくるのだ。てか、集中など不可能だ。

…今回のテストは、正直絶望かも知れない。つか、千佳ちゃんはいいのかなぁ…。

「え、えぅ? あー、和人さん…」

「今度は、何したの?」

もう慣れっこだったが、一応聞いて見る。

「すみません〜お茶が…お湯が…」

見ると床には水らしきものが飛び散っている。

「…こぼしたの?」

「ごめんなさいごめんなさい!!」

…もう、慣れたけど。てか、この世の中にはいるものだ。決定的に家事が駄目な人間と言うのが。

いや、千佳ちゃんに当てはめれば全部が駄目なのだが。勉強しに来たはずなのに、シャーペン忘れるし。

てか頭的には俺よりもどうやら下らしい。やばいのは俺より千佳ちゃんだ。

さらには、すごい御節介焼きだということも分かった。何かにつけて人の役に立とうとする姿勢は立派だが、結果的にこうなる。

…もう、正直静かにしといて欲しいのだが。

「いや、いいけどさ…」

俺が雑巾でそれをふき取ると、千佳ちゃんに言った。

「あのさ、何もしなくていいからね。てか、何か食べたかったりしたら、言ってくれたらいいから」

「う…でも、千佳、居候ですし…」

「構わないよ。今回は、完全に梓が悪いんだし…」

てか、何もしない方が平穏無事に終わりそうだとは、流石に言えなかった。

「わかったね?」

「はぁい……ごめんなさいでした」

「いや、いいよ。お茶淹れてくれようとしたんだろ、ありがと」

俺はとりあえずそう云う。でも正直、俺の廻りにはこういう人間は少なかった。だから、気持ちだけでも嬉しかったというのは事実なのだが。

その気持ちに免じて。俺はお茶を淹れてやることにした。俺、勉強大丈夫なのかな…。

 

 

夜、深夜。

時間は大体1時くらいだろうか。外は大雨。それも、ところどころ雷が鳴るほどの嵐だった。

俺はとりあえず目を閉じ、眠ろうとしていたのだが………『キャアァァーーーーー!!!』

絶叫が、木霊した。隣の部屋からだ。

……美咲? 美咲!

俺はベッドから起きるが早いか、隣の部屋へと向かう。まさか美咲が雷にびっくりして声を上げるほど、ヤワじゃない。

だったら、何かあったのだ。俺は次第に胸が加速していくのを体感する。

頭の中で、”もしも〜”が幾つも表れ、そのたびに否定してゆく。

どちらにしろ。俺が今すべきことは、とりあえず美咲の元へと行くことだ。

部屋の前に立つ。激しくノック。というか、もうドアを力任せに叩いているような感じだ。

「おい、美咲。どうした!? 開けるぞ、いいな!!?」

「え、兄!? だ、駄目! 兄、今は駄目ぇぇ〜〜」

しかし、中からは何やら物音。馬鹿。そんなこと、聞いてられるか。

「美咲!! ……な…っっっ!!!!」

そこに広がっていた光景は、ある意味で、俺が想像していたどのパターンにも、当てはまらなかった。

まず、意味不明なのが、そこには2人の人間がいる。そして、一人は何故か千佳ちゃん。

美咲のベッドで、2人で寝ている姿は、官能的だ。てか、何故か美咲の服がはだけているのは、何故だ。

しかも、丁度美咲の胸付近に千佳ちゃんが顔を填[うず]めている。美咲の服ははだけていて、足とかが見得ているし。

ちかちゃんも千佳ちゃんだ。ずっと踞ったまま『ぅ〜』とか微妙にうなっているし。それが少し艶しい。

ベッドの上、2人の美少女が抱き合っている。てか、絡み合っているといったほうが適切かもしれない。

実際には、千佳ちゃんが一方的に抱きしめているのだが。

「…お前ら…まさか…」

「あ、け、る、なぁ、っつっただろぉおぁぁがぁぁぁぁ馬っ鹿っ兄ぃいいぃぃ〜〜〜〜!!」

美咲は力任せに手元に会った何やらの物体を俺に投げつける。

…クリーンヒット。俺は数分、踞(うずくま)っていた。

な、何故綿しか入っていない枕が、こんなにも、重い、の、だ………。

意識が、遠のいていった―――。

 

 

「……千佳ちゃん、何してたの?」

それから数分後、俺の部屋。隣には赤い顔をした美咲。

こういう美咲を見るのも新鮮かもしれない。笑うと殺されるが。

「え、えぅ…か、雷が恐くて…」

泣いているし。号泣だ。

「…いきなり、入ってきてさぁ…もーマジデ心臓止まるかとおもったよ・・・」

だろうな。それは、俺も止まるだろう。俺の場合、美咲みたいに抵抗すら出来ないだろうし。

行き成り部屋に入ってきた人間から行き成り抱きつかれたら、俺だって叫ぶわ。

「……美咲、寝てやってくれないか…? 頼む」

「……わかったよ…しゃーないし…てか、兄の部屋でも良いような気がするけど?」

明らかに不機嫌な美咲。てか、微妙に仮面が剥がれかけてるらしい。

「男と、女がか?」

「兄なら、襲わないだろうに」

まあ、信用されてるのかな? それとも面倒ごとはごめんってところだろうか。

…おそらく、後者だが。

「千佳ちゃんは、どう?」

「わ、私は…その、ご迷惑でなければ、美咲さんのお部屋が…」

まあ、そうだろうね。

「…ってことだ、頼む、美咲」

「…不承不承」

「ごめんなさい…」

今夜は、寝れないかもしれない。はぁ、散々だ…。

 

 

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