05月23日
「……んん…あ…」
俺は、その日、意外にも目覚ましの音よりもずっと早く起きた。ん〜っと身体を伸ばす。うむ、何かダルイ。
こー、身体全体に何かしらの気力と言うものが無い。というか、かなり身体全体が起きたばかりだというのに労れている感覚。
…あ、そうだった…。俺は、昨日の事を思い出す。そういえば、家に千佳ちゃんが来てたんだっけ…。
それで、昨日の夜は夜遅くまで眠れなかった訳なのだ。うーむ、これが梓からの妨害だとい言われれば間違えなく信じてしまいそうな感じだった。
てか、マジで躰が痛い…。適当に躰をラジオ体操(見様見真似)をすると、階下へと降りて行くことにした。
階下に降りて、そんで顔を洗いもすれば、少しはダルイ雰囲気も飛ぶだろう。それに、今日は少し早く起きたから朝風呂に入っても良いかもしれない。
階段を、下がり終わる。1階は、文字通り静寂に包まれていた。当然だろう。
両親の寝室に寝ているはずの千佳ちゃんは已に二階の美咲の部屋だし、それでまだ美咲は起きていない。
昨日から振っていた雨も、すっかり止んで気持ち良いものだ。俺は、廊下を歩き、一番奥にある風呂場へと向かう。
そして、扉を開ける。
「え……」
そこで、静止する。
「あ、兄…」
―――――――――…っっっ??!!!!!!
「す、すまんっ!」
バタンっ!と、扉を力任せに閉める。とてつもなく大きな音がして、扉がしまった。
一気に、体内の血圧が上がった。てか、マジで心臓が破裂しそうだ…。
と言うか、美咲、結構成長してるもんだなぁ…胸とか。……っ!!?
その思考を頭を振って打ち消す。てか、何妹に欲情してるんだか…。
でも、美咲って結構着痩せする方なのかも知れない…。
「……もー、いいっすよ…兄」
思考、停止。てか、永遠凍結。背後から控えめの声。ソコには髪の毛を濡らした、微妙に大人っぽい感じの美咲がいた。
てか、顔赤いし。まー、年頃の女の子だしな…。
「あ、ああ、すまん…」
妹の顔もろくに見らずに、洗面所に入る。
少しだけ、まだシャンプーの香りが………
俺は水のシャワーをそれから10分間ほど浴びまくった。冷水で。
『色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空色即是空ッッ〜〜〜!!!』
合唱。
「…兄…馬鹿か、オマイは?」
と、それから数分後、俺は風呂から出てきて妹から言われた。
隣では千佳ちゃんがまだ夢心地でゆらゆらと揺れており、その向かい側では薫がちょっと複雑そうな表情で千佳ちゃんを見ていたりする。
そんな、朝のワンシーン。かなりのイレギュラーではあるが。
「ん…なんでだ?」
鼻をぐずらせながら聞く俺。
「いやさ、流石に朝から冷水10分浴びれば、風邪もひくだろうよ…」
まあ、美咲が言うことも尤もなのだが。
「いや、コレはケジメなのだ…男としての、懺悔なのだ」
と、小声で言った。
「ぁぅ……」
その言葉に対して、言葉を失う美咲。朝から明らかに二人とも不自然だった。
「…でも、和人、どうして朝から冷水を…」
「あー、いや、そのさ、昨日は寝苦しかったからな。汗とかかいてね」
「…冷水である必要がわかりません」
うわ、少し怒っている感じの薫。つか、気づいていると思うのだが…。
でも、先ほどの出来事は美咲から『記憶から消せっ』と脅されているので言えるわけが無い。
「…ま……たまには冷水もいいさ。それより、薫、勉強したか?」
強制的な方向転換。話題転換にすらなっていない、強制的な会話のジョイント。
「……まあ、少しは。和人は、昨日勉強できましたか?」
なんか不満そうではあったが、一応答えは反ってきたので良しとする。
「カヲル、どう思う?」
「ん〜まったく出来無かった、ってとこですか?」
「正解」
くしゃみ。
「うにゃぁ…あ…おはようございます…昨日は…どうも…申し訳ございません…」
嚏で起きて、もう一回睡眠の中へと落ちて行く千佳ちゃん。
「くー」
てか、寝てるし。
「…おい、千佳ちゃん、そろそろ起きて…」
俺は隣に座っている千佳ちゃんの肩を揺する。
「えうえうえう〜〜…あんまり激しく、しないで…」
………。ああ、薫の視線が痛い……。
そ、そんなつもりはないぞ?? それから数分後、千佳ちゃんは超スローペースで起床し、ご飯と食べ、たっぷりと謝ってから、一緒に学校へいくことになったのだ。
その間、薫はずっと拗ねたように口を開かなかった。ただ、一言、
「私が手伝おうか? って聞いたときには、断りましたもんね?」
と言っただけだった。うわー、恐いって、薫さん…。
梓の野郎、ちゃんと事情を説明したんだろうな―――っ!!?
「和の字、本当にごめんっ!!!」
そう言っている相手は、無論梓。てか、その様子をきょとんとした表情で見ている千佳ちゃんも千佳ちゃんだが。
朝の通学路。あれから2人で無言のままツバサと合流し(その際、初見で『痴話げんか?』といわれたことは忘れる)そのまま梓と合流した。
というか、梓が校門の前で待っていたのだが。律儀な奴だ。
「…いや、もう、過ぎたことだしな…」
けっそりとした感じで答える俺。演技しているわけでなく、本当に精神的にギリギリだ。
うう…マジで辛い…。
「和の字…勉強、できなかったよな?」
ふむ、その聞き方からすると、已に知っているということか、千佳ちゃんの天然ぶりは。
まあ、梓の方が付き合い長いしな。…と言っても、まだ3ヶ月経ってないのだが。
そう考えると、この3ヶ月は随分と内容が濃い3ヶ月な気がする。
「ってことで、コレ」
と、目の前に差し出された一束の紙。
「…なんだコレは? 俺はペンタゴンの国家機密レベルじゃないと情報で買収されることはない男だぞ?」
「いや、テストの回答案」
…? 意味が分からない。
「おいおい、梓。お前はこの前、こういうカンニングみたいなことした奴がどうなったか知ってるだろう?」
「いや、だから私が書かなければいいだけだろ?」
……なるほど。だから梓も微妙に労れているような表情なのか。
恐らく、昨日は寝ずにコレを作っていたのだろう。
「…残念だが、断る。俺がそう云うの大嫌いだっていうの、知ってるだろ?」
そう、嫌だ。俺の為に誰かが犠牲になることは、絶対に。
「また、それか…犠牲になるって、そんな大袈裟でもないぞ、和の字」
「それでも、嫌なんだよ。これは、受け取れない」
きっぱりと、言い放つ。しぶしぶと紙の束を革鞄に戻し、今度はもう一つの包みを取り出す。
「…今度は、何だ? 金か?」
「はぁ………いや、お礼だよ。ま、プリント受け取ってもらえないのは予想範囲だったしさ。だから、これ」
「だから、これは何なんだよ?」
「弁当だよ。和の字、買い弁だったよね?」
…なるほど、梓らしい。それに、梓は結構料理の腕があるって聞いたこともあるし。
「…お前の、弁当は?」
「あるよ、ほれ?」
どうやら、こちらが本命らしい。
「……ありがとよ」
俺は弁当を受け取った。
「ん。なら、コレでカリはちゃらだな? 和の字」
「ま、そーゆーことにしておいてやろう。ただ、この弁当が満願全席くらいの食い応えがあったら、の話だけどな」
「流石に弁当一箱で満願全席つりあう保証は無いけど、ソンじゃそこらのより随分と美味しいと思うよ? ま、今度はボクが何か和の字にカリをつくらせてやるからな? そうしたら半強制的にセーラー服を着てもらうぞ?」
………絶対コイツだけにはカリないで置こう………。そう、固く決意した。
どこかの部長さんじゃああるまいし…。メイドのコスプレさせられて下校のかばん持ちとかさせられそうだ…。
だが、梓がいつもの調子に戻ったので、少しだけ嬉しかった。
「さ、行くよ、千佳?」
「うにゃーアズっち、眠い〜〜…」
そうして人ごみに飲まれるようにして、2人は消えて行ったのだった。
「…木尾さんらしいね」
そう、翼は呟いた。
「よかったですね、和人」
と、薫。そうだな。あれくらいが、アイツには丁度いいのかもしれない。
ちょっと気分がすっきりしたところで、俺は学校へと入って行った。
「………ねえ、和人?」
「何も言うな、翼…」
「何を、しているのでしょうか…?」
「いや、何もしてないだろう…多分、本人は…」
それは、少し前を思い出させるような光景だった。昇降口、そこにいる一人の少女。
しかし前みたいに人は群がっていない。それどころか、どちらかというと早く通過したいと感じている様子だ。
無論、学園全体的に巴は憧れの対象だから少しくらいは人がいてもよさそうなものだが。
数々の伝説もあることだし。しかし、そんなのは知るかとばかりに、巴は不機嫌オーラを出していた。
じっと、眼を瞑っている。ただ、それだけなのだが、それがとてつもなく恐い。
目を瞑り、昇降口のど真ん中で、人並みが掻き分けられながら、居るだけ。
だが、その光景が、俺にとっては何よりも恐かった。
「も、森崎…? そ、そのさ…どうかした…か?」
俺は、とりあえずその空気に飲まれながらも、効いてみる。
「……ああ、来たんだ」
思いっきり他人事のように言い放つ巴。だが、その言葉は明らかに俺の事を捕らえて離さなかった。
昇降口に、不当な空気が流れる。
「ねえ、和人。今日、誰と一緒に登校してたの?」
普段の巴からは考えられないような口調。というか、巴の台詞は基本的に自己完結する。
誰かに意見を求めるということが、普通はありえない。
「……普通どおり、だけど…」
「ふーん、今泉 千佳って女の子は、普通っていう中に入ってるの?」
……なんで知っているのだ…コイツは。誰かが情報をリークしたとか考えられない。
「そんなの、こっちの勝手だろう?」
完全に及び腰で答える俺。
「うん、そうだけど。あと、その手の弁当箱らしいものは、何?」
「こ、これは、その、もらってさ…」
「私が渡したときは、受け取らなかった」
ぐさりと、何かが音を立てて俺の背後に刺さった。いや、間違えない。何かが俺の躰を刺した。
それが、巴が俺の事を睨んでいるためのに錯覚したことだとは、到底思えないほどのリアルさ。
「………和人、私を貴方は奴隷じゃないと言った。だったら、私は貴方の何? 友達でもない、奴隷でもない、それなら、何?」
回りの空気がおかしい。というか、地球ってこんなに引力が強かったかな…と思うほどの違和感。
というか、目の前の巴と言う少女から何故か眼が離せなかった。まるで魅入られたように、俺は立ち尽くす。
無論、冷や汗は相変らず躰を流れまくるが。ふと。ふと雰囲気が変る。
そして、次に巴の口から、自然に、そして優雅に、当然という様に、言葉が発せられた。
「私は、和人が好き。あなたは?」
風が、駆け抜けた。俺は、まったく動けなかった。何も、言い返せなかった。
それは威圧感からではない。心の奥底で、何かが引っかかっていたからだ。
そして同時に、目の前の少女が、とてもか弱く見えたからだ。その言葉が明らかに自然に発せられたものだから。
巴はその言葉を言った後、すぐに校舎の中へと戻って行った。
少しの間、俺は固まっていた。頭の中がごちゃごちゃしている。
いや、ソレは虚言だ。俺は予想していたはずだ。こうなることを。
でも、俺は、何も言えなかったのだった。
その背後、薫が、一言、
「変りましたね、巴」
と、呟くような声で言った。