09月14日
「とゆーわけでぇ、今から皆さん、準備開始ぃっ!!」
委員長の掛け声。やけに今日は、いつもにまして元気がいいのは気のせいか?
その掛け声と共に、クラスの全員が、バラバラと散ってゆく。
方や、なにやらコスチュームに着換える女子達。男子はそれを廊下を通過する際にチラっと見ようと狙っていた。
今年のテーマは『ゴスロリ』らしい。
全員が全員、フリルの付いたゴスロリコスチュームへと変貌してゆく。
制服の上から簡単にエプロンを被せるだけなのだが、意外にそれっぽくなることが判明。
女たちは店の準備をそっちのけで、写真会を開いているし。
……まあ、今日ぐらいはいいのかもしれないけど。それにしたって…
「…だからって、ゴスロリ喫茶ってのは妙なネーミングだと思うが…と言うより、よく実行委員会で通ったよな…」
一人ごちる。嘆息、そして冷淡な表情。
そう、我がクラスは今年の出し物はずばり『ゴスロリ喫茶』だった。
「う〜ん、売り上げ高が少し上がるかもって策だとは思うけど、まあ、本人達が着たかったんじゃないのかな?」
横で控えている翼。格好は…。
「……なんで、お前もゴスロリ?」
そう、ゴスロリだった。翼は少しだけ顔を赤らめて、
「………可愛い、から…らしいよ」
確かに、可愛い。というか、男なのにここまで女装が似合うのも問題だろうが。
将来を考えさせられる瞬間だった。
「不公平だよ、何で僕はフロアで、和人が裏方なんだよ…」
………………すまん、翼。
最近は結構一気に身長が伸びたりして、俺は男の体格に近づきつつある。
というより、夏休み空けてみんなにかなり驚かれたが。
……しかし、元が天然で中性的なため、女装は出来たのだろうが。
いや、本当のところは、
「ああぁぁっっ!! プリンス発見!!!」
「ゲゲゲッ!!」
女子軍団から、発見される。即座に、軍団の周りに人だかり。
俺は翼の座っている椅子の下に隠してあったダンボールから飛び出した。
「こらぁぁーーー久良木ぃ! お前が居ないと売り上げ落ちるだろうがーーー!!」
追って来る女子。というより、一方的に追い詰められる俺。
「…和人、嘘付いたんだね…」
ジト目で見つめてくる翼。今回ばっかりは、言い訳は不可能。
「…すまん、皆…俺は、俺は…」
じりじりと、迫ってくる女子達。
その女子の間を、
「あ、巴?」
一瞬、教室の空気が変わる。
―――ふふ、未だにこのクラスの奴等は、巴が苦手と見える。そこを、突くっ!
その隙に、一気に走り出そうとした俺だが―――
「呼んだか?」
―――きゃあーーーーー!!!
「と、巴??」
いた!! いた!! 本当に居やがった!!
「ああ、和人のゴスロリ、見に来たぞ」
笑う巴。完璧な微笑み。俺じゃなくても、女子ですら卒倒してしまいそうな”レア”な瞬間。
「きゅうらぎぃぃ〜〜〜」
三度迫る女子。何か、殺気立って居る。
「かくなる上は、強行とっぱだぁぁぁーーーー!!!!」
俺はばっと、人ごみの中に飛び出す。
「きゅうらぎを、捕らえろぉぉーーーー!!!」
『おっしゃーぁー!』
一致団結するクラス。戦闘という名の死闘が、始まる!!
「多勢に無勢! しかし、我が足には誰にも敵うまい!?」
一気に姿勢を低くして強行突破。こういうシーンでは、色々作をめぐらすより、とりあえず強行するのが一番だ。
一番少ない窓からの、決死の突破だ。一番可能性のある窓際に、女子が未だに気づいていないことを確認する。
俺らのクラスはベランダづたいに繋がっているから、そこからなら出れるはず!!
―――ふっ、プランは決まった。あとは、それを実行に移すのみ!!!
「いくぜっぇぇ!!!」
一人、二人と、次々に躱して抜いていく。大人気ないと分かっていながらも、力で女子を思いっきり吹き飛ばす。
一人の女子を本気で吹き飛ばし、三人の女子がそれにもつれて倒れる。
横には積んであった団ボール。中身は、展示する装飾物だ。それに思いっきり一人の女子がぶつかって大混乱。
「っち、やるな〜久良木」
全線の指揮を任されている委員長が舌打ちをする。その仕草が、どこぞの部長に似ていて冷や汗を垂らす。
だが、ここまでやって負けることは許されない。倒れておる女子も、最早もう直ぐ起き上がってくるだろう。
今が、チャンス!!
俺は窓枠に手を掛け、見事ベランダに―――
「いかせるかぁぁぁっ!!!??」
ぐっと、イキナリ背中が捕まれる。そして、反転。
「―――っ!?」
世界が、回った。
衝撃。
「ぐ……」
「和の字、甘いねー。ボクから逃れようなんて、百億光年早いよ?」
目の前には…正式には目の上には、仁王立ちの梓が、いた。
「あ、ず、さ…てめぇ……クラス、違うだろうが…」
「こんな楽しみなイベントがあってるってのに、自分のクラスの事なんか構ってられるかい」
横暴な学級委員長だった。その後ろ、委員長がニヤリと笑うのが見える。
―――は、諮られた!! 窓枠に気づいていないのは演技で、伏兵を既に潜ませているとは!!
なかなかやるな、委員長。
―――しかしっ!! それが、オマエラの甘いところだ!!
委員長が梓を全面的に信用しているが故に、それ故、他の捨て駒は俺に最初っから向かわせてきている。
その背後には、俺は梓に適うはずがないという先入観がある。そこを、つくっ!!
俺は今日、コイツを、越える―――っ。
「ち…しかしな、梓、一つ教えといてやろう…百億光年はな…」
次の瞬間、俺は、
「距離だぁぁっ!!!」
立ち上がる…振りをして、梓に足をかける。
「なぁっ!?」
「そ、そんな、梓がっ?!」
完全に予想外の梓。その間に、ベランダへ。
「それでは明智君、又会おう!」
俺は、ばっと、駆け出した。
「きゅうぅ〜らぎぃ〜!!!」
背後で呪詛が響くが、俺はそれを耳を窒いで聞こえないようにした。
―――ゴスロリ姿なんか、巴に見られてたまるか…。
「……やっぱり、ココだったね…」
声。
「くっ、見つかったか…」
俺は瞬時に反応。敵を確認、単体。
―――行ける!!
「こら、待て。和人は、何故そうやって逃げる? 皆と遊ぶのが楽しくないのか?」
少なくとも、女装することを愉しむ男は、極々少数だと思うのだが。
「…巴、か…」
俺は、体を再び屋上の壁に預ける。
すると、背後から、
『ともえー、久良木、いるー??』
声。
「いや、いないぞ。別の場所だ」
『そっかーりょーかい♪』
どたどたどたという、足音が遠ざかって行く。
「……あいつら、まだ俺を探してるのか?」
「まあな、何でも和人は目玉らしいからな」
また勝手に。
「…少し、休んで行くとしよう」
「何を、だよ?」
「久良木和人探し」
巴も、屋上への階段の壁に、背を預けた。
ここ数ヶ月で、巴は劇的に変わったと思う。
それは、まるで魔法が解けたような、そんな妙な感覚すら覚えるほど、変わったといえる。
最初の頃は、誰とも会わない、拒絶の対応だったが、今は人に歩み寄ろうとする気すら覚える。
まさか、巴から『皆と遊ぶのが楽しくないのか?』と聞かれる日が来るとは、正直思わなかった。
それほど、巴は変わっていた。そして、俺も。
「…いいのか、クラス。お前のクラス、確か演劇だろう?」
少し間を置いて、
「いい。私の役など、ホンの一握りだ。私がいなくても、何とかなる…」
「……確か、王子だって聞いたけどな…」
すると、巴は少し顔をしかめて、
「…私といるのが嫌なら、言うといい」
そんなことを真顔で言う。
「あ? いや、そういう意味じゃないさ。ま、一緒にはいたいし、それなりに。だから、俺もクラスを抜け出したんだしさ」
いい風に会話をつなげる。
ここで巴は言い訳したりすると、逆に不信がることを、俺は良く知っていた。
「…そう、だったのか…すまない、拍車をかけるようなことをしたな」
本当にもうし分けなさそうな、巴。
「巴、あんまり深刻に考えるなよ。楽しければいいのさ」
「…ああ、そうする。どうも私には、冗談がわからない。和人の気持とか、あとエリやカオリとの気持の差も、多い」
エリとサオリというのは、巴の一番の友達だ。
ちなみに巴は、何をやらせてもほぼ天才的な才能があって、今は音楽の部活に所属していた。
パートは、サックス。肺活量が必要なパートだったが、部員と練習を合わせるまで、一ヶ月かからなかったらしい。
まさに、天才。皆はそういったけど、俺はそうは思わない、巴は、巴だ。
「そう負い目を感じることは無い。巴は、巴だ。そのうち冗談なんてのは分かる」
「だと、いいがな…私は、無知だからな…」
「だから、そう負い目を感じることもないって言ってんだ。その分、お前には特別な部分があるんだしな?」
「……特別な、部分? それは、何だ?」
―――うーん、そうだなぁ…
「勿論、プロポーションとか」
その瞬間、かっと巴の顔が、見る見るうちに赤くなる。
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
―――さて、これからどうするか…。
もっと、からかってみるか。
「いやー、意外に巴は感度がいいこととか、意外に声が―――」
「か、和人っっっ!! そ、その話は!!」
「嘘だよ、嘘。お前の特別な部分ってのは、勿論純粋なところだ」
「ぐっ…そ、それは世間知らずってことじゃないのか」
そうとも言う。
「いや、違うぞ? お前はそういう意味じゃ、俺らが知らない世界も知ってるわけだしな。お前の方が世間を知ってるってことさ」
「そ、そうなのか…」
「ああ、それに、お前は疑うってことをしない。そこが、一番友達を作れる理由だと思うんだ」
「そう、なのか…自分では分からないが…」
「ま、自分についてる梅干は、外の人にしか見えないからな」
「?」
「……なんでもない。さてと、そろそろ行くか」
俺は、ゆっくりと立ち上がる。巴を手を引いて起こしてやる。
「巴、パンツ、丸見えだったぞ」
そう、言いながら。再び、顔を真っ赤にする巴。
「〜〜〜〜〜!!!!」
真っ赤な顔で反論。逆に面白いが。
ちょっと、揶揄いすぎたかもしれない。
「すまんすまん、巴、冗談だ」
「む〜」
未だに膨れっ面の巴。そんな中、
「さってと、どこでサボろうかなぁ〜」
ぐーっと背伸びをしていると、
『久良木、いたぁぁぁっ!!!』
―――万事、休す。
叫び声が、再び木霊する。しかし、対手は二人。
―――いける!
「……ま、報いだな」
しかし。
俺が走り出そうとした途端―――
ぐっと、俺の腕を捕まえる巴。
「と、ともえ!??」
「おい、エリ、サオリ。この現行犯を、連行してくれ」
『アイアイサー』
売られた。
「ともえぇぇぇぇ!!!」
…因果応報、万事に休す。
「あの、お姉ちゃん、ミルクシェイク一つ!」
「はい、ただいまぁ〜」
「あのさぁお姉さん、コーヒーまだですか??」
「あ、あの、もう少々お待ちを…」
「あ、あの、後から、一緒に写真を…」
「てめぇーは消えろぉぉぉぉぉーーー!!!!」
正に、地獄だった。
「和人、お客様、蹴らない」
ソコに表れたのは、ゴスロリから何故か普通のウェイターとなった翼。
そして、何故かゴスロリを着ている俺だった。
バーテンダーよろしく、タキシードを着た翼は、そこそこにきまっていて格好良かったが。
それに比べて俺は…
「あの〜そこの猫耳のお姉さん〜〜ミルクココア、一つね☆」
「うるせー梓! てめーは自分で取りに行け!!」
何故か、猫耳をはめていた。いや、強制的に付けられたのだ。
ちなみに、外したらもっとすごいことになるから…という脅しの元、怖くて外せない俺がいるのが悔しいが。
―――ちくせう。
「さ、和人、これ」
はい、と渡されるトレイ。
「…?」
「3番テーブル、ご氏名です」
そこには何故かひらひら〜と手を振っている保健婦っ!!
ぞわぞわぞわと、何かが全身を駆け巡る。
―――勘弁してくれ…。
「はぁぁぁ〜〜〜〜」
―――終わった。
何もかも、全てが。とりあえず、終わったのは学園祭だけではなかった気がする。
5時をもって全ての学園祭のイベントが終了し、これで学園祭の幕は閉じた。
明日は体育祭だが、そんなこと言ってられないほど、俺は疲れていた。
精神的に。勿論肉体的にも。
「お疲れ、和人、可愛かった……。はい、差し入れ」
ソコに表れる巴。手には、一つの缶ジュース。
「……誰の入れ知恵だ?」
「サオリ」
なるほど。よく見ると、教室のドアのところ、二人の生徒が隠れていた。
巴が”サオリ”というと、”あ〜”といた表情で落胆する。
そして、俺が視線を向けると、びくっ!! として隠れる。
―――頭かくして尻隠さずの、リアル版だ…。
教室の中は、もうほとんどの生徒が帰っており、俺と巴意外にはいなかった。
外の生徒は食器を洗ったり、色々な明日の用事とかで丁度出ていた頃だ。
時間はもう7時。もうそろそろ秋も近くなってくる頃、丁度夕焼けが窓から差し込んできていて、赤々と教室を照らしている。
そんな、幻想空間の中、二人きりになった。
「男にその褒め言葉は、殺人的だろうに…」
缶ジュースを受け取りながら、苦笑する。とりあえず、二人は見なかったことにする。
「でも、事実。似合ってたんだから、変な格好より良かったよ?」
俺の隣のテーブルの椅子に巴は座った。
「止めてくれ……もう、二度と着たくない…」
そもそも、俺に女装させるためだけに『ゴスロリ喫茶』ってのはやりすぎだろうに。
「でも、実際お客さん、増えてたよね」
「そこが、驚きなんだよな〜」
缶ジュースで乾杯。一口飲んで、昼飯すら食べていなかったことに気づく。
それくらい、急がしかったのだ。そして、充実していた。
こんな日があっても、いいかなと正直思う。
「……」
「………」
二人、何も言わずにジュースを飲む。
無言、無言。
「………ごめんな、お前の劇、見に行けなかった」
少しだけ巴は微笑んで、
「ううん、いい。本当は見て欲しかったけど、和人、頑張ってたしね」
本当は、行けたのだが、何となく気恥ずかしくなっていけなかったのが正直だ。
実際、エリとサオリの二人が執拗なまでに俺に行っていたから、抜けれたといえば抜けれたのだが。
いざとなると、何故か気恥ずかしくなってしまった。
まあ、忙殺されていたというのも、理由の一つなのだが。
「ま、何はともあれ、お疲れ様、だな」
一気にジュースを飲む。
そして次の瞬間、
「………ぁ…」
キスされた。扉の向こうの二人は、こちらにも聞こえるような大きさで盛り上がっている。
…隠れる気あるのか、お前らっ?!
「和人には、劇は、本当は見て欲しくなかったんだ。だって、キスシーンあるんだぞ?」
『対手も、同じ女の子だがな』と付け加える。
なるほど、そうだったのか。だから、“王子”だったわけだ。
「見に来なくて正解だ」
今度は巴が、控えめにジュースを飲む。
「ある意味、官能的で良かったかもしれないけどな」
「………和人は、そういうのが、好きなのか…?」
ああ、コイツは又。
「冗談だよ、冗談」
「なんだ、冗談か……」
少し、黙って
「やっぱり、難しい…」
呟いた。
「冗談が、か?」
「色んなものが、だ。私には、色々無さ過ぎる」
そうなのかもしれない。しかし、俺は、そうは思わない。
巴には巴らしいところがあって、凄い部分もあって、素晴らしい部分もあって、確かに抜けた部分も多々あるけど、
それで、『巴』なんだから。
「……」
俺は、そんな巴に、キスで答えることにした。もう、あの二人は見えなかった。
これ以上、俺が近くに居るのなら、巴を不安にさせてはいけない。
そう、強く思えたからだ。