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+    第四話『 ”見えない壁”を打ち破れ 』    +


「…………………………あれ?ぶ、無事!?」

 

私の後ろで、ユリカさんが”衝撃の回避、または危険状態になった場合の対処法”に載っている格好のまま固まった状態で、そう、喋る。

「し、システムに異常はないよ。保有エネルギーの総量が少し減っている以外は……特に目立つ損害は確認できないし……」

自分で言っていて信じれないといった表情で、ユキナさんが報告する。

「ナデシコC、特殊装備のひとつ、”ハイ・ディストーション・フィールド”ですよ」

そんな中、プロスさんが眼鏡を少しだけ持ち上げ、得意げに言う。

「と、特殊装備……? わ、私そんなの聞いてないですよ……っ?」

「当然です。全クルーの中で、知っているのは艦長に就任するはずだった私と、ネルガルの人たちだけですから」

その言葉に答えたのは私、ホシノ=ルリだった。

私、ホシノ=ルリは普通に言う。

「あ………そっか。私、臨時で飛び込み艦長だったんだ………」

何らや、納得気味の艦長。

納得していただけましたか?

「ユリカさん、そんなこと再認識する時間ないです。敵機、動き出しました」

ピッという、音と共にメインスクリーンに敵機がモニターされる。

その姿は……………………っっ??!

「ナデシコ!?」

そう、ナデシコだった。

「確かに……ナデシコAと外見は酷似しています。しかし………」

しかし、やはり信じれない。

―ナデシコは解体されたはずでは?―

そう、ナデシコは解体された。

あの戦争下、あまりにも強大な力を発揮した”ナデシコ”という兵器を、戦争が終わってからも残しておくことはできない、と連合軍が判断したためだ。

それとも、中に搭載されているブラックテクノロジーの塊、『相転移エンジン』と『相転移砲』のせいでもあるだろうか。

勿論、それに反論することもなく、ネルガルも同意。

ナデシコAは解体されたはずだった………。

「フィールド中域にボソン粒子以上増大確認。ボソンジャンプ反応! 大きさは……エステバリス一体です!!」

と、私の思考はそこで中断させられる。

やはり、来ましたね、ボソンジャンプで。

「エステバリス隊へ回線つないで! どう、出れそうですか?」

ユリカさんがそういった瞬間、画面に4人の人間の姿が映し出される。

その中には、勿論彼も居た。

『おうよ! まかせとけ〜!!』

と、答えたのは勿論リョウコさん。

『最善は……尽くします』

何故か、顔色が優れない様子の楓さん。

『…はい…いつでも』

そう答えたのは、ゲイルくん……しかし、いつもとは違う様子です。

……これが、”映像”の時のゲイル=テンイであろうか…………?

『敵機の情報を送っておいてくれ。これより、エステバリス隊は、離脱する』

チームリーダーの月臣さんからの通信を終了したと同時に、エステバリス隊が発射した。

 

『リョウコ機は取りあえず敵に特攻! その後、ゲイル機と楓機は戦線を展開しつつ、敵を撃破せよ。了解?』

通信からリーダーの月臣さんの声が回線で入ってくる。

しかし、僕―ゲイル=テンイには、その声はあまり聞こえていなかった。

別に集中力を欠いているわけではない。

目の前の機体に………、白い目の前の気体に引き寄せられる様に見入っていたのだ。

何かが、頭の奥でチリチリと悲鳴を上げている。しかし、それが何なのかは、はっきりとして実体がない。

白い気体……純白でしみひとつないような外見。

そしてあまりにも巨大な装甲と、そのライダーの士気……。

それを、異常に感じていた。

何か……もっと、身近みたいな……自分の身体の一部のような……妙な感覚……。

『リョ、了解って、敵機は一機か、艦長〜?』

リョウコさんがおそらく疑問に思ったためか、回線をつないで確認している。

その回線は同時に僕のエステにも届く。

『ええ、そうです。イマから目の前の敵をホワイト・レイス<白い亡霊>と呼称しますが、ホワイト・レイスを撃墜してください』

『でもよ、一機だろ??全員総出で出る必要はないんじゃあ・・・』

そこまで言ったとことで、ボソンジャンプから現れたホワイト・レイスが一気に突っ込んでくる。

―速い―

敵機は一気にリョウコさんを抜き、楓さんの目の前まで迫る。

『うわ! 俺を無視すんじゃね〜』

機動性に長けたリョウコさんのエステ『フウガ』が一気に距離をつめる。

そして………組み合い、弾かれる。

『ぐぐ…………なんて出力だよ………』

もう、全員の頭から<ホワイト・レイス>は一体である、という考えは消えていた。

おそらく、この一体は、軍隊十に相当する強さがあるだろうから。

「助けますよ、リョウコさん!!」

僕はその間に間をつめ、専用エステ『シラヌイ』の武器、『ナイトスピア』を使って攻撃する。

その攻撃に一瞬だけ引き、今度は僕を目指して飛んで来る機体。

「ぐっ!!」

機体に来る衝撃。おそらく、僕は飛ばされたのだろう………っ!

だが、それだけで終わるわけには行かない。

上手く反動を回転で殺し、再度迫る。

「はぁっ!」

そして、ホワイト・レイスに背後からスピアを振り下ろす。

が、敵機に届くまでにディストーション・フィールドに守られてしまう。

「吼えよ”ナイトスピア”」

僕がそう叫ぶと同時に、ナイトスピアはうす青く発光し、そして敵機のディストーション・フィールドを容易く貫く。

しかし、その攻撃を見事な回避でよけ、今度は剣を使って向かってくる敵機。

ガシンと、組み合う。

例の衝撃が来たが、無視する。

コックピットに警報が木霊する。

「五月蝿い!! はぁぁぁ!!」

僕は一気に機能の半分を謎の衝撃によって失いつつも、敵機に一撃を浴びせる。

正気じゃない、それを、半分正気な自分が見つめていた。

頭の奥では相変わらずのチリチリが続いている。

一体、コレは、何だ…………っ??!

流石の敵機も、半壊したエステから攻撃が来るとは思っていなかったのだろう。

その攻撃をもろに受け、後退する。

『無茶しすぎだぜ、ゲイル!!』

声と同時に光の雨が、敵機に降り注ぐ。

今度は空中からのリョウコさんの銃、専用武器銃<ソウガ>からの援護射撃だ。

その弾丸一発一発が、よく見ればうす青く発光しているのが見える。

その弾丸はまるでディストーションフィールドを紙のように容易く破り、敵機に迫っていた。

<ナイトスピア>と同じ装備。

反ディストーションフィールドのエネルギーを付随させた弾丸を撃ち込み、敵のD・Fを中和、侵食して無力化し、直接敵機にダメージを与える。

しなみに、僕の<シラヌイ>の武器にも同じ機能が備わっているが。

しかし、ホワイト・レイスは僕からのダメージをくらいながらも、その弾丸を見切ったように回避し、弾き、避ける。

『すごい………テクニック』

楓さんが絶句する。

楓さんが絶句するほど、敵は強い。おそらく、アキトさんクラス………………。

『楓! 援護をするから、リョウコ君の補佐に!』

月臣さんの助言。

『わかりました、お兄様!!』

楓さんがそう言うと超人的なスピードで敵機に迫る。

『た、助かるぜ!!』

リョウコさんはもう、あまり回避するにも余裕のない状態だった。

敵から繰り出される素早く、そして正確な斬撃を回避しているだけでもすごい才能だろう。

『退きなさい、ホワイト・レイス!!』

楓さんの専用機『ジョウゲン』から繰り出される専用武器 槍<ゲッコ>による連続攻撃。

その動きは、まるで映像で見たアキトさんだった。

やはり、師匠なのだろうなと、改めて感心する。

しかし、まだ力が足りないようだ………。

「シラヌイ! まだ、いけるか??」

僕はA.I.に尋ねる。

体の動作環境を素早く検索し、

『<否定>ネガディブ。これ以上の行動は不可能です』

「メイン・ブースターが尽きても構わん。あと、少しだけ………それ以降は動かなくなってもいい!」

僕は叫ぶ。

敵を……倒さなければ、どちらの道、逃げ場はない。

それに、何かが、僕のなかに、確実に芽生えつつある。

それが何かを、確かめたい。

『了解。それでは、専用相転移エンジンを機能させます。ただ、今現在における機体の破損率から計算してエネルギーからくるフィードバックが…』

「御託はいい。いくぞ、シラヌイ!!」

『了解。相転移エンジン、機動……』

ドクン……………っ!!

「え?」

一瞬、僕は気が遠くなった。

そして…。

ドクン…ドクン…。

なんだ…なんだ…この妙な”懐かしい”感覚は…。

”懐かしい”?

―見せてやるよ…戦い方ってヤツを…―

記憶のない僕の脳裏で誰かが喋っている感覚。

―力はな……こうやって使うんだよ!!―

爆ぜた。

そして、何かが、僕の中で覚醒した。

そして同時に、頭の中が、いきなりクリアになった。

 

戦況は不利だった。

私―月臣 元一郎が珍しく焦っていたのは認める。

相手はたった一機なのに、だ。

油断していたことは認めるし、それによってこっちが被害を受けたのも事実だ。

しかし…敵機の動きが遥かに予想を上まっていたのが、一番の原因である。

最初の謎の衝撃はにより、リョウコ君の機体<フウガ>の機動性が30%減少。

それに続いて、ゲイル君の機体<シラヌイ>の機体の機動性はいまや生命維持が精一杯であろう。

楓の腕なら、何とかなるというのは誤算だった……。

楓の腕ですら、あのホワイト・レイスには刃が立たない。

『楓機<ゲッコ>へ通達、今から………』

と、私は我が目を疑った。

その様子に、その場に居たエステバリス全機が、止まる。

ホワイト・レイス含め、だ。

『な、なんだよ……あれ!!』

そう、それは、異様なものだった。

イメージで言うと”羽をまとった堕天使”。そう言うのが適切だろう。

ゲイル君の専用機<シラヌイ>から、強力なエネルギーが検出されている。

それは分析するまでもなく、体中”光の輪”が原因だろう。

いまや、光の輪は何重にもなり、彼を包んでいる。

まるで、メビウスの輪のように………機体の周りをただ、囲んでいる。

その様子は、とても美しかった。

「…ゲイル機<シラヌイ>、応答せよっ!

とりあえず試しに、回線を開き、ゲイル君に連絡を取ってみようと試みるが…。

『電波妨害<ジャミング>により、回線不通』

との回答。

「なんだと…<カゲン>!! ジャミングだと………!!」

一体、誰が?

いや、決まっているか。

ゲイル機<シラヌイ>だろう。なんの根拠もないが、そう、思った。

そして、ホワイト・レイスと、ゲイル機<シラヌイ>が、同時に動いた。

強力なブースターを使用しているのだろう。ホワイト・レイスが動いたと同時に楓機<ジョウゲン>と、リョウコ機<フウガ>が飛ばされるようにして散る。

楓機は超人的なバランス感覚で体制を取り戻したのだが、リョウコ機にはその機動性は残っては居ない。

「まずい…楓っ!!」

私は叫ぶ。

その声は当然ジャミングによって妨げられるものの、気持ちは伝わったのか楓機が決死のところでリョウコ機を受け止める。

そのころ、例の2機は、激しい戦闘を繰り広げていた。

最初の一撃が、まずは違った。

お互い、全力のスピードで衝突したのだ。

過度の加速により極限までGのかかったまま、衝突により衝動。

慣性の法則にしたがって、お互いの運動エネルギーは宇宙空間では加速していく一方。

おかしい………命が、惜しくはないのか……っっ!?

音が伝わるはずがない宇宙空間にまるで響くような、光と衝撃。

そのまま弾かれるようにして距離をとる両機…。

一機は超人的なテクニックをもったホワイト・レイス。

一機は機能の半分以上が破損しているゲイル機<シラヌイ>。

が、実力は端から見て互角だった。

イやむしろ、ゲイル機が少し上まっているようにも思える。

超人的なスピードで移動する両機。パイロットにかかるGなどはお構い無しに戦闘を繰り広げている。

シラヌイのスピアが敵機を掠めると、それと同時にホワイト・レイスも剣を振り下ろす。

眼にも留まらぬ攻防戦。

2人に防御などという文字はない。

シラヌイのまとった光の輪は絶えず2人を包み、まるで”邪魔をするな”と言っているようだった。

まさに、激闘、そして、死闘。

両機はエネルギーが半永久的に成ったように、動き続ける。

と、ホワイト・レイスがすっと構えを取る。

あの構えは――――木蓮式抜刀術<刃>!?

しかし、方やゲイル君もすっと、構えを取る。その構えは、まさしく木蓮式柔術<柔>。

………そして、勝負は決した。

両機は再び全力を持って衝突し、一機は剣を振り下ろし、一機はそれを避ける。

貰ったとばかりに、体の反動をつけ、敵機を叩きつけるシラヌイ。

しかし、その衝撃を食らってなお、上半身のバネのみで斬撃を繰り出すホワイト・レイス。

そして、斬撃をくらっても攻撃は止まらず、全体重(この場合、エステの自重)に相当する威力を、思いっきり平手に込め、打つ。

2機は思いっきり両者ともに弾かれ、距離をとる。

そのまま………崩れた。

それはそうだろう。2機の制御系は、もはやズタズタのはず。

ディストーション・フィールドは使えず、電気制御は過度のGにより、破損しているはずだからだ。

だが、こちらの被害も甚大。リョウコ君を受け止めたショックで楓機ももやは動くこともできず沈黙。

唯一無事は自分は、攻撃したとしても、最低限の動きで回避されてしまうだろう。

つまり、勝負は痛み分け、というわけだ。

ふっと、ゲイル機を覆っていた”光の輪”が消滅する。

と、同時に回線が回復し、通信可能になる。

『ゲイル機、応答せよ!!』

ナデシコからゲイル機に向け、通信が行われるが、ゲイル機は沈黙。

「楓機! リョウコ機! 共に、応答せよ!!」

私はとりあえず2人が気になり、通信回線を開いてみる。

『へへ、悪いな、ドジっちまった………』

と、弱弱しくリョウコ君。

『申し訳ありません、お兄様……』

と、今度は楓。

「2人とも無事か?」

『ああ、なんとか……な』

『ええ、エステは……無事じゃないですけど』

それぞれ、報告を済ませる。

「うむ、それではそのポイントで待機していろ。後で、回収に回る」

と、俺がそこまで入って、強制介入で回線が開かれる・・・

『…………………ナデシコCの全クルー及び、ミスマル=ユリカに告ぐ』

その映像の人物は、少年だった。

おそらく年齢は16〜18歳くらい。

実際のテンカワ=アキトと同年齢くらいかもしれない。

そして、同じく、五感を失っている証拠の、淡い発光が顔面中を駆け巡っていた。

この子も、実験の被害者か…………??

あの、マッドサイエンティスト山崎のボソンジャンプA級ジャンパーを使った、人体実験…………。

ぐっとそう考えると、胸がむかついてくる。

正義の木蓮の中から、あのような男を出すとは…不覚。

木蓮の恥さらし……いや、全地球人の恥だ。

『次は、殺しに来る。そのつもりでいろ……』

と、唐突に回線が切れそうになる。

『まって!!』

と、それに対してミスマル=ユリカが待ったを掛ける。

画面の中の少年はじっと何も言わず、見つめたままだ。

『貴方は……何者ですか?』

そう、聞く。

その時、少年の表情にあきらかな憎しみの表情が浮かぶ。

この私ともあろう人間が、恐怖を感じるほどの。

テンカワ=アキトが、北辰に向けたような、あの、表情。

憎しみが極限まで凝縮された…そんな、表情。

『…忌み子だ』

と、一言、言った。そして、続ける。

『名を昇竜という。さらばだ』

回線が切れ、眩い発光と共に、消える昇竜と名乗った少年…。

ボソンジャンプ…………。

それより…………。

「あの少年が…草壁 昇竜…? ネルガルが、全力で追っていたという…”あのお方”?」

私は、呆然としたまま、そう、呟いた。私ですら、本人を見るのは初めてのことだった。

『……………』

その少年に、楓は深刻な顔で俯いていたのだった。


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