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+ 第六話『 いつかお前が”歌う歌” リテイク 』 +
私は正直、複雑な心境のまま、今居た。
いろいろ考えるべきことはあるのだが、色々なことをいっぺんに考えることが出来ない。
整理して考えるにしても、整理が出来ないんでは意味がない。
そう言う理由で今、私は船内の自分の独房に籠もり、一人で考え事をしているというわけだ。
過去、私―ミスマル=ユリカは、アキトのことをずっと考えていた。
とにかくアキトのコトを……弱気になったらアキトに……………………。
アキトに…頼りっきりだった。
そうではいけないと考え、自分自身で歩く決意したのは遺跡の融合から感覚が完全に戻ってから……。
でも、心は理解できていても身体は無理だったようだ。
やっぱり、私は身体のどこかでアキトを欲している。
あの………幸せな生活に、憧れている。
ぼふっと頭を枕に埋める。
―私、こんなに弱い存在だったんだなぁ…―
涙が出そうに成ったけど、無理やり止めた。
アキトと再会できるまでは。
その時はいろいろ聞こう……そして、その時は。
一番に言おう、誰よりも早く…『大好き』と。
よく考えれば私の口癖は『アキトは私が好き』だったような気がする。
肝心な私の気持ちが……………入っていないなぁ、これじゃあ。
ピッ、と、目の前に通信用の小型スクリーンが現れる。
『おはようございます、ユリカさん』
ルリちゃんだった。私の娘…血のつながりがないとしても、大切な娘。
「お母さんって呼んでも良いんだよ?」
そう言うと、みるみる顔が赤くなってゆくルリちゃん。
その後ろで船員達の『ヒューヒュー』だの、『ルリちゃん照れてる〜』などの茶かしが聞こえる。
……………こんな人たちなのよね〜ナデシコクルーって。
『……馬鹿ばっか……………』
あ、久しぶりに聞いたこの台詞。
「で、何…?」
と、これ以上ルリちゃんをいぢめてオモイカネにお仕置きをされない内に私は話を本題に移すことにした。
『ユリカさん、もう………いいんですか?』
一瞬、何故かとても申し訳がない懺悔の念が浮かんでくる。
―艦長たるもの、弱きところを見せるべからず…なのにな―
そう思い、苦笑する。
「うん、気を使わせちゃったね………」
『いえ………』
一瞬の沈黙。その間に、ルリちゃんはなにやら優しい笑み(といっても、微妙な変化だったが)になり、
『もうすぐ着きます………、』
あ、そっか。
今現在は山崎と草壁の発見されたコロニーから移動しているんだった。
死体はネルガルが今、保管しているはずだ。
そう、今私達は来ている。
『地球に』
その言葉が、妙に懐かしく聞こえた。
「艦長〜〜」
と、ナデシコCから降り、倉庫に着いた私を歓迎・・・基、辱めてくれたのは例の如くハーリー君だった。
行き成りガバッと襲い掛かるようにして抱きついてくるハーリー君。
丁度、顔を胸に埋めるようにしているので、はっきり言って・・・恥ずかしいです。
「………………ハーリー君、その………非常に言い難いのですが、セクハラ?」
その言葉を聴いた瞬間、顔を真っ赤にして今度はガバッと離れるハーリー君。
相変わらず、面白いですね。
「ちちちちちち違います!! か、艦長!!!」
どうやら、”セクハラ”って言葉に反応したみたいですね。流石子供っていうか、まだ7歳なんですけど。
あれ? ソウ考えると、私もまだ子どもなんでしょうか?
「お帰りなさい、艦長」
びしっと最敬礼をする三郎太さん。
それにつられ、私も最敬礼で返す。
「はい、ただいまです」
『それでは、私達は一旦ネルガルに戻りますけど、他のかたがたは自由に行動していただいて結構ですよ』
倉庫で再会した会長秘書エリナ=キンジョウ=ウォンさんが苦笑いのアカツキさんと、何時もどおりのプロスさん、月臣さん、楓さんを連れ、最後に行った台詞はそれだった。
どうやら、草壁の話はトップシークレットになっているため、連合軍内でも知っているのは上層部だけでしょう。
「で、何か予定はあるんですか?艦長?」
車で送り迎えしてもらいながら、運転手の三郎太さんが聞いてきます。
特に予定というわけでもありませんが……。
「はい、ユリカさんと存分に一週間、過ごそうと思っています」
と、はっきり答えた。
「ごめんなさいね、君達の都合も考えず……………」
隣で座っているユリカさんが申し訳なさそうに言う。
「えええ〜〜艦長!! 連合軍には……来てくださらないんですかぁ!!?」
前の座席に座っていたハーリー君が抗議の声を上げる。
「その…ゴメンナサイ。それに、表向き除隊という形ですから、今更連合軍には入れないんです」
一応、謝っておく。
「うう………艦長のいぢわる………」
半泣きのハーリー君。
………………別にいぢわるしてるつもりはないんですけど………ハーリー君。
「はは、ハーリー、今回は諦めろ。久しぶりなんですよね、お会いになるの」
三郎太さんがちょっと笑ってから、言う。
「…私、ずっと夢見てたから……とても荒々しく、そして寂しい…夢…」
沈黙。
「ずっと…会ってなかったもんね………ゴメンネ…ルリちゃん」
三郎太さんの言葉に悲しげに答えるユリカさん。
そんな……私、ユリカさんからそんな顔されると………私……。
と、ぐっと下を向いたまま泣きそうになっている最中、ハーリー君が疑問の声を上げる。
「え? ……その………今一話が見えないんですけど…その、横のミスマル=ユリカさんって……?」
雰囲気が、ぶち壊しです、ハーリー君。
…そういえば、ハーリー君、一回もユリカさんに会ってなかったんでしたね……。
あれ?でも、例の研究所で会ってませんっけ?
「私は、ルリちゃんの母親で…」
……あながち間違ってないですけど………戸籍上は。
勿論、とても嬉しい反面、アキトさんに憧れているので何故か釈然としないのですが。
「え……えええっ!?? …お母様…!?」
まあ、ハーリー君の反応が面白いので放っておきましょう。
「宇宙連合軍総督のお嫁さんだ、ハーリー」
三郎太さんの追い討ち。
「ええええええーーーーーーっっっ!!!?」
さっき、雰囲気を壊したお礼です。
「ハハハ、そーゆーこった、ハーリー♪」
三郎太さんもそれに乗って話を進めます。
「そ………そうですか…………すみませんでした、艦長さん……い、いえ、ミスマル・ユリカさん………」
ハーリー君が申し訳なさそうな声を発したところで車は目的地へと、到着した。
ミスマル=コウイチロウ邸宅
「…………ここにくるの、久しぶりですね」
横に居るルリちゃんがそっと、声を上げる。
「そうねぇ、アキトが『娘さんをください』って言いに来たとき以来かしら?」
私は今は無き、遠い思い出を回想する。
お父様も、別にアキトが嫌いだったわけじゃないから、承諾してくれたけど。
………でも、あの後の宴会が問題だった。
アキトは………お酒が駄目なのだ。
で…酔った勢いで………………っ!
「…ルリちゃん、その思い出は、ココにしまっておくとして……」
酔った勢いで私とある女の人を間違って……。
「そうですか? 私には…どれも楽しい思い出でしたけど」
ルリちゃんに襲い掛かった。
まあ、途中で私が止めたけど。
(あれから、アキトのロリコン疑惑を晴らすのに大変だったんだから……なんでか、ルリちゃんも満更じゃない顔してたし)
そんなことを考えながら家のインターフォンに手を伸ばし、
『お父様! たっだいまぁ〜!!』
元気な声で告げた。
「ユリカァ〜〜〜、心配してたんだぞぉぉぉ!! 勝手に……家を出て行くなんて………ぅっぅっぅ…」
ミスマル低の巨大なリビングの巨大なソファーの上、私達はミスマル総帥と向かい合うように座っていたのだった。
目の前の男性…大きな身体に髭を生やしたむさい男の人……基、ダンディーな男性は間違うこと無きミスマル=コウイチロウさんだった。
そして、連合軍第二艦隊総指揮官から昇進し、今現在の地球連合宇宙軍及び統合軍総帥にあたる人物である。
つまり、連合軍統合軍内で一番偉い人。
ただ、親ばか。
「もう、お父様。私、そんなに子供じゃありませんよ! それに、ちゃんと置手紙残したじゃない!!」
…ナデシコに乗るのに、遺書じゃなくて置手紙を残して出て行くのは、おそく全宇宙でもユリカさんだけだと思います。
ぷんぷん怒りながら答えるユリカさん。説得力ないです……残念ながら………。
多分、置手紙『ナデシコCに乗ってきます。夜ご飯ははいりません。』ぐらいだったのでしょうし。
「う、うむ……そうか………そうだったな………ユリカは………………ユリカはぁぁ〜〜」
……なにやら感銘しているご様子で。
「あら、貴方。久しぶりの再会がそんなに嬉しいの?」
と、笑い顔で言いながらお茶を運んできてくれた女性は確か……!!
「おお、ミドリ! そうなんだよ〜ユリカがなぁ〜」
「お久しぶりです、お母様…………」
「あら、私のこと、お母様って呼んでくれるのね…嬉しいわ……ありがと、ユリカちゃん」
そう、母親だった。
実際の母親はずっと前に死去したと聞いている。
その間、ミスマル総帥(その時は提督)は男で一つで子女を育ててきた。
しかし最近……再婚したと聞いていたけど。
こんなに綺麗な女性なんて……。
ミスマル=ミドリさんは、綺麗………というより、優雅な女性をイメージさせた。
年齢的にはもう確実に40歳過ぎであるのだが、何故かその姿かたちは”若い”姿を想像させられてしまう。
「ええ、お父様にとってお母様なら、私にとってもお母様ですから」
そう、笑って答えるユリカさん。
「おおおぉぉぉ〜〜ユリカぁぁ〜〜〜こんなにいい子で……………お父さん嬉しいぞ!!!」
更に感銘。
ミスマルさん…………相変わらずの大親ばかぶりですね。というか、磨きがかかってます。
当然ですけどね…死んだはずの娘が…生き返った(実際死んでなかったんですけど)んですから。
「これから一週間、地球に居ることになったから……ルリちゃんもいいわよね?」
「勿論! 連合軍切っての天才児、全宇宙最年少で戦艦一隻の艦長に就任したホシノ=ルリ艦長とあらば、拒む理由はあるまい!」
はっはっは、と豪快に笑って言うミスマル総帥。
………持ち上げすぎです、総帥。
冷たい視線をじとっと、総帥に対しておくるわたし。それを見た総帥は『う、ご、ごほん…』と言って沈黙した。
「ルリさん、確か空の”電子の妖精”って呼ばれているんですってね。話はかねがね聞いております」
ミドリさんの、優雅な一礼。
もう……………恥ずかしくて死にそうです……………。
「ど、どうも……………」
とりあえず、それだけ言っておく。
「”電子の妖精”ぇぇぇぇ??!!! うわぁ!! カワイイ〜〜。お持ち帰りだよぉ!! その妖精さん、今は私の独り占めだもんねっ!」
ユリカさんの更なる追い討ち。
私はもう恥ずかしくてぐっと下を向いてしまった。
「一応、まだ、私、少女ですから…………」
その言葉は誰に聞こえることもなく、霧散して消えた。
今から一週間、幸せな予感がした。
多分、人生で二番目に。
『……楓、いるか?』
声が聞こえてきたのは、扉の外からだ。
今、私が居るのはネルガルの用意してくれた自宅、その自室である。
家では私と兄の元一郎、そしてお手伝いの方と一緒に生活している。
そして、今現在夜の深夜。
「………なんでしょうか、お兄様」
あまり人と合う気分ではなかったのですが、取りあえず答える。
『話がしたい。ココを…開けてはくれないか?』
別にカギがかかっているわけでもないのに……律儀なお兄様だ。
まあ、木蓮に居たころは兄弟間の交流などなかったのだから、当然なのかもしれない。
ほぼ、他人。しかし、兄妹。
それが、私たちの間の、変な関係。
私は裏の部隊……………そして、お兄様は表立っての隊長…………まさに、太陽と月。
正反対の場所に居たのだから。
「…………どうぞ、開いています」
その声が終わるのとほぼ同時に、がちゃと、部屋の扉が開く。
部屋を見渡し、私に軽く挨拶すると、身近な椅子に腰掛ける。
私はそのまま台所へ言って、お茶でも入れようかと思案していた。
「楓、どうも、お前は彼、昇竜とは………親しい仲らしいな」
びくっと、身体が強張る。お茶を持った手が、一瞬とまる。
「お、お兄様…………」
おそらく驚いた表情のまま、このときのあたしはお兄様を見ていただろう。
その表情にふっと一瞬だけ顔をしかめ、
「悪いことは言わない、楓、お前は…………ナデシコCを下りろ」
「そ、そんな…………っ!! お兄様!!」
言葉ではそんなことを言いながら、内心『ああ、やっぱり』と思っている自分も居た。
仕事に私情を挟んでは………いけないと、分かっている。
「別に、仕事に私情を挟むなと言っている訳ではない」
心のうちを読まれたような気がして、眼をそらす。
しかし、お兄様は続ける。厳しい目線。
旧木蓮軍第一部隊体長、月臣元一郎その人だった。
「これから、さらに辛くなる。それも、かなり………だ。ネルガルは………草壁 昇竜の存在を…………世間に公表する」
!?
「そ、そんな!! 反逆者草壁の息子なんていえば………連合軍が黙っていません!! そうなったら……昇竜は…………っ!!?」
そう、昇竜は間違いなくお尋ね者になる。
そして……いつかは殺されるだろう。
「そんな……それじゃあ………昇竜が………」
私はもう、何も考えれなかった。
昇竜が………好きな人が、愛している殿方が殺されるなんて……悪党になるなんて……そんな………っ!
「そして、ナデシコCも…彼を追う。今までどおり”捕らえるため”ではなく…”殺すため”に、な…」
びくっと、身体が震える。
「………そんな艦に………お前は、乗れるのか? という、意味だ」
確かに………今からこの間は昇竜を殺しに行く! という艦には………正直乗りたくない。
でも…………でも………っ!! こんなところで、ただ、昇竜を待ちたくも………ない。
「一週間ある……ゆっくり考えて、結論を出すんだ」
そういい残して、お兄様は部屋を出て行ってしまう…と、最後に、
「草壁・山崎を殺したのは…草壁昇竜。間違いない………」
言った。
しまる、扉。
もう私は何も考えたくは、なかった…………。