+ + + + + + +
+ 第七話『 間違っている”正しい正義” 』 +
「艦長、ひさしぶりですね!」
と、三郎太さんが歓迎してくれます。
その横にはなにやらテレ気味のハーリー君も一緒に。
「そうですね、三郎太さん、ナデシコBはどうですか?」
すっと、ハーリー君のほうに視線を向け、問いかけてみる。
「いや、なんとかやってますよ、ま、艦長のようには行きませんけど……」
といいながら、ハーリー君を見る三郎太さん。
その視線を受け、更に縮こまるハーリー君。
……何かやらかしましたね……絶対。
まあ、いいですけど。
「そうですか、よかったです」
とだけ、言っておく。
その台詞にハーリー君は申し訳なさそうに、三郎太さんは引きつった笑みで答える。
……そんなに怖いでしょうか、私?
今、私達が居るのは、ホーメーさんが経営する”日々平穏”という料理屋さんだ。
和風、中華、洋風、月、火星などの料理が所済ましとメニューに並び、そのメニューの多さは流石にホーメーさんというべきだろう。
というか……どれもおいしいんですけどね。
といいながら、私は注文したラーメンを食べています。
―テンカワ風ラーメン…―
そう、過去、アキトさんと、ユリカさんと私で、店で出ていたメニューの一つだ。
どれだけユリカさんと私が迫っても、教えてくれなかったテンカワ特性のラーメン……。
そのレシピを…テンカワさんは手放した。
『もう、君の知っているテンカワ=アキトは死んだ……』という言葉と共に。
その後は、そのレシピどおりにホーメーさんに作ってもらっているというわけだ。
しかし、超一流の腕をもってしても、あの味を再現することは不可能だった………。
『ははは、残念だけど、愛って名前の香辛料は、その本人しか出せないんだよ』とホーメイさんは冗談交じりにいっていた。
そんなことをふっと考えてしまう。
「………艦長?」
はっと、その声で現実に戻ります。
と、横ではハーリー君がなにやら必死に聞いていたらしく、私はそれをまったく聞いてませんでした。
「ああ、ごめんなさい、聞いてませんでした」
取りあえず、弁解。
「いえ、いいんですけど……艦長。次出発したら、返ってくるのはどれくらいになるんですか?」
申し訳ない程度に聞いてくるハーリー君。
「そうですね……アキトさんと、あの昇竜とか言う人のことが終わってからに成ります……」
「それじゃあ、いつになるか分からないってことですか!?」
声を荒げて今度は詰め寄るように聞いてくるハーリー君。
なにやら、眼に涙を溜めていますが………。
「はい」
と、一言。
「そんなぁ………」
今度は自分の席に戻ってシュンとなるハーリー君。
「ま、艦長にもいろいろやることがあるだろうしな、元気出せよ、ハーリー?」
三郎太さんが泣いているハーリー君をなだめます。
それを硬めに見ながら、私は立ち上がりました。
「ホーメーさん、ご馳走様でした」
問う言いながら、代金分をホーメーさんに払い。
「ああ、ルリちゃんも、頑張ってね」
「…はい、ありがとうございます、ホーメイさん」
すっと店を出て行こうとしたとき後ろから問いかける声があったので、振り返ります。
「あの……艦長。今度こそ、絶対に艦長のところまで行って見せますよ」
「……期待してます」
そう言葉を交し、私は店を出た…。
『ん…いや、なんとなく…その、大変だね〜って』
電話の向こうで、過去の戦友、アマノ=ヒカリは声を悲しげにしながら、喋っている。
「あぁ……やっぱさ、色々あるんだよな……俺らの知らないところとかでさ」
オレ、スバル=リョウコははぁと、ため息をつきながらその電話に正直なことを打ち明ける。
ここ、地球に返ってきたのは今日で丁度5日目。あと2日したらまたナデシコに乗って宇宙へ出て行かなくてはいけない。
そして、アキトの野郎を連れ戻し、昇竜の野郎を吹っ飛ばす。
…が、事態はそう簡単にいかず、こうやって親友のヒカルに相談してみているわけだ。
だが、それでも、一向にオレの心は晴れる様子がない。
『でもさ、リョウコ、リョウコは…どうしたいの?』
先ほどから何回と聞かれている、意思確認。
オレはその言葉に多少苦笑しながら、
「だから、ヒカル。何回も言ってるだろ? オレは…やっぱ、ナデシコに乗るよ」
と、言った。
その言葉を聴いて安心したのか、電話の向こうで微笑む感じが伝わってくる。
暗い部屋に…少しだけ、優しさが広がった。
その微笑を感じ、なんとなくオレも苦笑してしまう。
『だったら、何時ものリョウコらしく、突っ込んじゃえば良いじゃん!!』
そう…なのだ。
いつもらしく…………私が決めた道を進む。
だが、何故か、そう決めても今回は心が進まないのだ。
何故かは…分からない。
今まで、自分がこうだ!と決めたことは絶対に実行してきたオレだ。
今回も例外ではないはずなのだが…。
「あぁ、それは…分かってるんだけどな」
何故だ…。
やはり、アイツが関係しているのだろうか。
テンカワ…アキト。
でも、俺の中でヤツは振り切ったはずだ。
そう、思いたいだけなのか?
よくわからなくなってくる。
『…今から、ちょっと臭い事いうけど許してね』
と、行き成りのヒカル。
「なんだ?」
と、オレは聞き返す。
『えっと。私さ、思うの』
と、切り出したヒカル。
『自分が信じていることって言うのは、絶対に正しいって』
「はあ、なんだそりゃ……」
よく意味が分からず聞き返すオレ。
『だから、リョウコがね、自分自身で”これは正しい!”って思ってやったことは、間違いないってこと』
…………………?
正直、よく分からなかった。
でも、おそらくヒカルが言わんとしていることは、分かった。
結局のところ…自分自身で決めろってことだろう。
勝手にそう解釈して、
「…………サンキュ、ヒカル!! オレ、もう少し頑張ってみるわ!」
『うん、頑張ってね!』
そう、言って、電話を切ったのだった。
「…そう………だよな………っ!」
そのオレの言葉は、狭いようで広い、自分の部屋に霧散して、消えた。
そして、ついにその当日はやってきたのだった。
あの日の様に、ナデシコCのドッグへと、クルーのみんなが全員集合していた。
勿論その中には、あの、ゲイル君も、いた。
「あれ……あの、楓さんは?」
当日。
ネルガルのとある施設であるココに、私達は集合していた。
そして、あたりを見渡したとき、とある人物が居ないのが気になり、私は聞いてみる。
「ああ、ルリさん。それが………」
私の質問に答えようとしたのだろうが、プロスさんのそれより先の言葉は楓さんのお兄様である元一郎さんに遮られる。
「…楓は、私が下りるように言ったのだ。彼女は……多少、昇竜に入れ込みすぎているようだったからな」
やはり………と、内心思う。
彼女の、楓さんの昇竜さんのことを聞いたときの悲痛な表情は、そう簡単に忘れられるものではない。
やはり………楓さんは………。
「と、まあ、そう言う理由でして」
プロスさんがあたりの重くなった空気を跳ね除けるように言う。
「しかし、楓さん波のエステパイロットが居なくなるとなると……ちょっと、ナデシコの戦力的にはダウンよね……」
ふうっと、ため息をつくユリカさん。
確かに……それは大きいかもしれない。
別に他のパイロットの方々を信用していないわけではないのだが……。
楓さんの強さは、また別の次元にあるといっても過言ではないからだ。
船内で、唯一アキトさんと同等に戦うことが出来るエステバリスライダー。
その肩書きは、軽くはない。
「ですが、このメンバーで出る以上、仕方のないことです…それに、テンイも、います」
と、そこに元一郎さんの正確な言葉。
確かに……そうですけど……。
ちょっと、悲しいですね。
「わかりました。パイロットの皆さん、楓さんの穴は……頑張って埋めてくださいね」
と、ユリカさんが堰を切ったように話し始める。
「了解しました」と、元一郎さん。
そのあとにリョウコさんとゲイル君の「まかせとけ!」「はい…」と続きます。
ついに…、ナデシコの発進です。
私は、どこまでも澄んでいる空を不意に見上げました。
―帰ってこないのなら、追いかけるまでです……―
そう、改めて空に誓った。
「……………よかったのですか、楓さん」
と、声を掛けてきたのは、他でもない、会長さんの秘書、エリナさんだった。
ここは、ネルガル専用の施設の中の倉庫。
私は先ほどナデシコCの出発を見届け、そのまま立ちすくんでいたところを、エリナさんに見つかり声を掛けられたというわけだった。
「……はい。それに、私が居ても……邪魔になるでしょうから…………………」
私は、自分が正直思っていることを口にする。
そのまま、視線を何故か飛んでいったナデシコに移す。
(これでよかったのだ…これで…)
そう、自分に言い聞かす。
「草壁……昇竜さんのことですね?」
エリナさんが口にした名前を聞き、少しだけびくっと身体が強張る。
「……お話、聞いてもらいますか?」
と、自分が知らない間に、その言葉は口から漏れていた。
「ええ、まあ、時間もないのは事実ですが、少しだけなら」
エリナさんの、答え。
「昇竜と私は………そうですね、木蓮軍に居たときは………”影”でした」
そうして、私の話は始まったのだった…。
影…そう、まさに影だった。
毎日、誰にも会わず、必要なことしかせず、そして、ただ単に人に命じられたことをするだけの。
私は草壁春樹直属のエステバリス隊『華月』のサブリーダーに、エステの実力で選ばれた。
そのころは、エステはテツジンと呼ばれていたのだが。
そして、兄はその頃から木蓮軍の隊長…。
正に、表と裏だったわけだ。
そんな中、知り合ったのが昇竜だった。
その頃の私は、とても暗く、人の命じることをやるだけの冷徹な女だった。
おそらく”身体を差し出せ”といわれたら、別に何も疑うことなくやっていただろう。
正に、機械。
しかし、そんな私に”人間さ”を教えてくれたのが昇竜だった。
私と昇竜は境遇が似てた。
私は裏のエステ隊のリーダー。
そして、彼はその時にすでに木蓮の後任者ということで、特別な訓練を受けていた。
しかし、昇竜は、そんな木蓮の、さらに裏の世界からすら、出れる存在ではなかった。
今考えると当然なのだろう。昇竜の中には、”数年後”の人間の遺伝子が組み込まれており、時間を捻じ曲げて存在している存在だったからだ。
それゆえに、木蓮軍の最高機密、さらにその中でも機密とされた。
どちらも………木蓮の陰の存在。
誰にも知られることなく、育ってゆくだけの。
でも、彼には明るさがあった。
別に何ということもなかったのだろうけど、私はなんとなく………という感情だけで、彼にあっていた。
もしかしたら、それは”テンカワ・アキト”さんの遺伝子の成した技だったのかもしれない。
それは、わからないけど。
そして、私は次第に人間らしさを手にいれていた。
昇竜は私よりはもっと特別な存在で、優遇されていたから、私が知らないことをたくさん知っていた。
外の世界のこと……そして、なにより昇竜は星の話をするのが好きだった。
私は、ついついその話を聞きたくて、よく昇竜と会っていた。
そして……やがて終戦。私はとうとう戦うことなく、無事戦争を終えることが出来た。
しかし……昇竜とは違った。
昇竜は木蓮の意思を継ぐものとして、すぐさま私とは離れ離れになった。
その間、私は独断でずっと昇竜を探して……。
そのために、私はネルガルに入った。もしかしたら、彼のことが何か分かるかもしれないと思ったから。
私はネルガルに彼の存在を教え、そして彼は組織単位で探されることになった。
そんななかの、草壁の氾濫。
そして………今回の事件………。
「………そう、だったの………」
そこまで話を聞いて、エリナさんはなんともいえない表情をしていた。
「はい、私にとって昇竜は別に恋愛感情の対象なんかじゃなくて……それ以上の、親みたいな存在なんです」
そう、言い切った。
「だから……私はナデシコの話が来たとき、喜んだ……でも……」
ぐっと、あのウィンドウに移った彼を思い浮かべる。
あの……前の彼とは似ても似付かぬ彼を。
冷徹で、残酷で、ただ”殺すことのみ”に執拗にまでに執着している、彼を。
変わってしまった彼を、私は一瞬でも恐ろしいと思ってしまった。
ルリさんや、ユリカさんは、変わってしまった人を、信じ続けているというのに………。
「……楓さん、私は思うんだけど………彼は………アキトくんと同じじゃないかなって思うのよ」
と、エリナさん。
え? ……と、私が聞き返したとき、すでにエリナさんは私に後ろを向けていた。
そして、一言。
「その問題は、貴方が解決しないといけないと思うわ。だから………辛いけど、彼と向かい合いなさい。こんなところで油を売ってちゃ駄目」
そうして、後ろを向きニコっと笑い、ピピピッと携帯を鳴らし………。
「もしもし、、私です………いつでも、出れる? ………そう、わかったわ」
やがで、電話が終わる。
「さ、行くわよ?」
と、言う。
「でも…どこへ?」
そう私が聞くと、
「決まってるじゃない、ナデシコよ。それに………」
次の瞬間、エリナさんは悲しそうな顔になって、
「私は、もう、会長のお使いは嫌なのよ……」
そう確かに言った。
その頃ナデシコは・・・
『………というわけなんだ』
目の前の人、重々しい雰囲気を漂わせながらメインスクリーンに映っている人は、紛れもなくアカツキさんだった。
「……それは………本当なんですか?」
確認する。
できれば、これは事実じゃあって欲しくない………そう言う一心から口にした言葉だったが、
『残念だけど、事実だよ』
真剣さを帯びたアカツキさんからの、回答。
流石に何時ものようにふざけた態度はなく、どこからともなくだが、会長のオーラが出ている。
これが………大企業ネルガルの、会長。
私はその真剣さに、飲まれながら、先ほどの言葉を反芻した。
「くそぉっ! また……また、あの遺跡かよっ!!」
リョウコさんが、激しく床を踏み鳴らす。
その場に居た全員が、同じような心境だっただろう。
―遺跡は、現在、草壁昇竜が持っている……―
でも、何故?
その質問にも、すでに答えは出ていた。
『実は、あの遺跡はネルガルで機密的に保管してたんだ。あ、勘違いしないで。勿論、これは連合軍との協力体制でってことでね』
…と、いうことだった。
つまり、彼ら…草壁と山崎がさらわれたとき、ネルガルが何故、詮索をナデシコに任せたかというと、遺跡奪還が最優先事項だったからだろう。
そして………例の二人の殺害。
タイミングを見計ってのような、草壁昇竜の登場。
二転三転する、裏と表。
二転三転する、真実。
それから考えると、昇竜の目的は遺跡なのではなく、アキト。
なんでも昇竜の発していると思われる信号が、確認されているらしいのだ。
そして、すでに連合軍の艦隊が3部隊、壊滅状態に陥っている。
あきらかな………罠。
例の言葉『ミスマル・ユリカを殺しに来る』という言葉も納得できる。
全ては、アキトをおびき出すための挑発。
そのために、二人は殺されたのだ。態々、連合軍を騒がせるために。
星の数ほどの惑星の中から、一人の人間を見つけるのは困難だ。
だから、最も見つけることがたやすい身近な人間を殺しに行く。
さらには、自らをおとりにして、いやむしろエサに、人々を殺す。
そのために、草壁と山崎を殺したのだろうか?
たった、一人の人間を殺すためだけに、戦艦艦隊3隻の人間をも、殺した?
それは、とても怖い想像だった。
「でも………昇竜は、何故アキトにこだわるんでしょうか?」
私、ミスマル=ユリカは疑問に思っていることをすっと口にする。
その言葉が震えていることは、その言葉を発してから気づいたが。
『わからない。でも、彼にとってもアキトくんは特別なんだろね………やはり』
艦内に、悲痛な沈黙が流れる。
「…また、アキト、さんですか…」
刹那。
『緊急通信っ緊急通信っ!! ユリカさん、開きます……っ!!』
と、ルリちゃんの声と共に、画面には例のルリちゃん公認の男の子―ハーリー君の姿が浮かぶ。
『艦長!! 大変です!!』
と、慌てた調子で一言。
そして次に、
『えっと、コロニー”サツキミドリ”の周辺で………』
そこで少年はすっと一回息を吸い、
『例の白いエステと、アキトさんのエステに類似した黒いエステが…今、格闘中ですっ!!!』
『やっぱり…そうなるよね…』
ハーリー君の言葉に苦々しく反応する会長さん。
……アキト……アキト………っ!!!
くっと私は唇をかみ締め、
「ナデシコC! 今より急いでコロニー”サツキミドリ”周辺へ急ぎます! 時間は?」
私の質問に素早く計算し、ルリちゃんが答えてくれる。
「駄目です…ここからだと、身近なチューリップを通っても………1時間はかかります」
そんな………無理か………………。
1時間もあれば、戦闘は終わってしまう恐れが多い。
昇竜の目的はテンカワ・アキトのみ。私たちを待ってくれる理由は、どこにもない。
そして、それはアキトにも言える事!!
そのまま、また二人は消息を閉ざしてしまうだろう。
それに、アキトと昇竜なら距離関係なくジャンプできるから、時間は関係ないし。
どうすれば…………。
と、私が悩もうとしたとき、ふと、私の頭に考えがよぎる。
………ん? ジャンプ?
あ、そうだった………今、この船にはA級のジャンパーが2人もいるんだし…………。
「あ、そうか……」
と、一人で納得する私。
「なにが、”あ、そうか”なんですか、ユリカさん?」
何故かあきれた様子で聞いてくる。
しかし、その言葉を聞くが早いか。
「イネスさん、手伝ってください!」
と、私は回線をイネスさんにつなぎ、応援を求める。
『状況は聞いたわ…貴方にしては、いい思い付きよ。ええ、それしか、方法がないみたいだしね』
そういいながら、くすっと笑うイネスさん。
どうやら、先ほどまでの会話は、聞いていたようだ。
他の人たちは? マークを浮かべたまま、この謎の会話を聞いている。
「これよりナデシコCは、”単体ボソンジャンプ”によりコロニー”サツキミドリ”へと向かいます!」
そう、力強く私は言ったのだった。
「ええええ〜〜〜!!!」