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+ 第八話『 ここでしか聞けない”鎮魂歌” 』 +
「準備はいいかよ、お二人さん?」
と聞いてきたのは整備班の班長さん、ウリバタケさんだった。
「ええ、いつでも!」
そう元気で答える私。
「いつでもいけるわ」
隣に座っているイネスさん。
今、私達が居るのはとあるナデシコの部屋の一室だ。
そこには今まで見たこともないような機械があり、そこに座るようになっていた。
その椅子には無数のコード。
そして、派手なコンピューターが一台。
勿論派手というのはケバケバしいとかではなく、とにかくでかい。
「ユリカさん、この装置を使って私達のイメージを遺跡に伝達します。だから、貴方はとにかくアキト君のことを考えて? あと、リラックスね」
イネスさんがぱぱっと手短に説明してくれる。
(私が遺跡と融合してる間に……こんなものが出来るなんて………)
科学というのは、本当にすごいものだ。
「じゃあ、行くぜ、お二人さん! 用意はいいな?」
そう言って、ウリバタケさんが機械をなにやら操作する。
あたりの床が瞬く間に光だし、当たりは一面優しい光で包まれる………。
―アキトッ!!―
私はその中で、ただ、そのことだけを考えていた…………。
―――。
「CC活性化、順調ですね………オモイカネ、最終確認…………………」
私、ホシノ=ルリは今回のボソンジャンプのデータバックアップを手伝っていた。
本来ならば、かなり大掛かりな機械とか複雑なジャンパーによるジャンプのための補佐装置とかが必要なのだが、それを今は私と、オモイカネ2人でやっているというわけだ。
本当のことを言えば、空間補正とか、その他もろもろは今の時代のスーパーコンピューターが10台集まったって、処理不足で失敗するだろう。
かなりの、ハードワーク。
そのため、今敵にこの船を狙われれば、十中八九陥落する。セキリュティはほぼゼロ。機動系制御も、他人にまかせっきり。
しかし、それくらいしないと、今回は、無理なのだ。
膨大な量の数字が頭を駆け巡る。辺りが光で満ちているのが、自分でも自覚できる。
(空間座標、固定。CC活性化順調………ジャンパーとのシンクロ率……極めて正常に上昇、誤差、予想許容範囲内・・・」
一刻一刻と、その時は近づく。それに伴い、辺りの空気すら段々と加速してゆく気がする。
「艦内ディストーションフィールド……最高出力へ―――」
私がIFSを使い、次々と機械へと指示を送っていく。こういうときにハーリー君が居てくれれば、楽なのですが。
…しかし、これをラピスは一人でやってのけるのだ。昇竜とやらも。負けては居られない。
電子の妖精の名前は、伊達ではない、のだ!
自分の手からすさまじい情報量が入ってくるのがわかった。
(最終作業順調………いけますよ、オモイカネ)
パァっと、私の周りで光がはじける。
これは私が機械とIFSを使って高度にシンクロした際になる現象で、私達の間では”同調現象”と呼んでいる。
ハードシンクロナイズドディビジョン。
そして……。
「ジャンプ」
そう、呟いた。
『アキト……アキト…ここの空間に、ボース粒子が増えてる…多分、ジャンプだよ』
暗闇に、浮ぶように響き渡る声。
頭の中のチップを解して、ラピスの電気信号が直接頭に伝わってくる。
その声は声ではないけど、直接自らの頭の中に意思を叩き込む。
そうか……とうとう、来たか。
ナデシコが。
『うん、多分、そう………どうする、アキト?』
また、頭の中に声が木霊する。
そうだな…この戦いを見せておくのも、悪くない。それに………。
『それに?』
自分でも次ぎ言おうとしていることが馬鹿馬鹿しく思え、取り消す。
『…ユリカさん?』
ラピスには読まれたようだ。
まあ、完全に今は五感すら同調しているのだから当然だがな。
ああ、そうだ、ユリカ、オレの…大切な人…いや、守れなかった………人だ。
脳内で、再度、あの光景を思い浮かべる。
遺跡に繋がれた、光景を。
『アキト………とっても悲しい』
慌てて思考を中断する。
今はシンクロしている状態だから、オレが思ったことは100%ラピスに伝わるのだ。
ごめんごめん、ラピス。
『うん、いいの…アキト、でも、無理しないでね……』
わかったよ、ラピス。
『アキトが居なくなると…私がまた一人になっちゃう…』
その瞬間、ラピスが思い出していたのだろう、過去の実験の数々が、思い出される。
…そして、北辰のことも。
ぎりっと、痛みが感じるはずがない唇から、血が滴る。
安心しろ、ラピス。何があっても、一緒に居るから…。
心から、そう思った。
『うん……ありがとう、アキト』
ふっと、優しい雰囲気に包まれる。
ラピスが……微笑んでいるのが、まるで浮かびそうだ。
「いくぞ…………ラピス。サポートを頼むッ!」
そこまで、大体思考1秒弱。
オレは、目の前の敵、草壁昇竜を見据えて言った。
「草壁……昇竜ううぅぅ………ッ!! 遺跡を………返してもらおうか………っ!!」
ついに来た。
このときが。
オレが、最強と成るときが。
今まで、単なる玩具だった俺が……自分の意思で自分になるときが!
目の前の敵を……倒すことで、俺は俺になれる。
影の存在から、光の存在になれる。
目の前の敵は、テンカワ=アキト。
先ほどまで来ていた鈍間な艦隊よりは数倍ましな相手だ。
実の父親は、俺を息子とも思わず、ただ単の駒としか見ていなかった。
山崎は……俺の身体を好き放題いじくりやがって、俺を俺じゃなくしやがった。
あの日からだろうか…俺の言葉が消えたのは。
感情が抑えきれなくなったのは。
そして…俺が、俺じゃなくなったのは………っ!!。
でも、それもどうでもいいことだ。
俺はくくくっと笑いながら、操縦桿を握る。
早く、アイツと戦いたい……そして、早く自分の存在を表へと出したい。
敵の下、一瞬だけ見えた楓が多少気になるが…。
月臣 楓。
あの少女の相手をしてやったのは暇つぶしのほか、なんでもない。
ただ、哀れむ子犬を可愛がるように、別に特別な感情を何一つ持ち合わせてはいなかった。
しかし、いつごろからだろうか?
彼女が”人間らしさ”といえる感情を備えてからというもの、彼女と合う目的は変わっていた…。
それは、立派な恋愛感情。
しかし、その願いが叶うことはなかった。
俺は、あの山崎によって改造され、成すがままに駒となり、そして楓を裏切ったのだから。
そう、裏切ったのだ。
いまさら、俺に愛される資格などない。
いや、ココに存在する資格すらない。俺は、やはり裏の存在。
テンカワの面影を残し、父草壁春樹の下に生まれ、北辰の下に鍛えられ、山崎によって改造された俺は裏の存在にどっぷりと漬かってしまっている。
最初から、俺自身が光を求めるなど、無意味だったのだ。そう、楓という光を。
自由は……誰にも、誰にでも与えられるわけではないのだろう。
世の中とは、つくづく不公平だ。
表では平気で平等だの正義だの掲げておきながら、裏ではその正義に反するものを平気で切り捨てる。
自分とは異なる正義は、悪であるが故に。
俺の子供の記憶は、とにかく自分を鍛えてきたことしか、覚えていない。それ以外は、記憶を排除されたのか、実際それしかしてなかったのかは定かではないが。
いつか……光を掴むため。そして、俺と同じくして作られ、俺とは違うために捨てられた、同じ救われない魂のためにも……っ!!
そのために、鍛えた。自分の存在を強さによって示すために。
自分の存在を確立するために。そして、また、楓と会うために……。
しかし、今思えば、俺は自分自身のために鍛えていたのではないだろうか?
いつでも簡単に、自分を”殺せる”ために……。
そう、自分自身を……………………。
しかし、俺はそんなことより、目の前の相手に集中することにした。
さて…楽しましてもらおうか…テンカワ……アキト………。
そう思いながら、俺は遺跡にイメージを注ぎ始めたのだった……。
貴様を倒して……俺は、俺になるッッ!!
「………ナデシコC、ジャンプ成功しました」
と、艦内の放送で流れたのは、すぐだった。
聞こえるはずのない音が、真空宇宙にこだまする。それほどの、衝撃。
「……ディスプレイ、出します…」
次の瞬間、前の前の状況に絶句する。
その戦いは、すさまじかった。
いや、それだけでは言い表せなかった。
エステバリスに乗っている以上、自分が思ったとおりに行動するためにはそれなりの制限が付く。
なにしろ、自分の行動が何倍の大きさになって返ってくるのだ。
だから、無意識に操縦するときには自分の中でそれを調整して操縦している。
しかし、目の前の2機にはそれが感じられなかった。
比ゆ抜きの眼にも留まらぬ速さで攻防を繰り広げる2機の機体。
それはもはや、常識レベルへとは逸脱していた。
『お、おい……あの輪の中に入るのかよ………』
過去、一回だけ見せた”ゲイルの本気”の状態を絶え間なく維持した状態で戦う2機の機体を見ながら、リョウコさんの声が聞こえてくる。
ナデシコCが空間に到着したと同時に、エステバリス隊は宇宙空間へと出て行った。
しかし、そこで目の前の非常識な戦闘に、釘付けになっているというわけだ。
唯一、ゲイル機だけが、その戦いを冷静に見ていた。
あれからゲイル君の実力はすごい勢いで上昇していった。
記憶を取り戻したことが原因なのか、それとも一回戦ったからなのかは知らないが。
身体が、覚えていた。
そのまま彼はメキメキと実力をつけ、わずか地球に居た1週間のうちにアカツキさんですら、超えてしまったらしい。
それも、1週間のうちのたったの3日で。
「はい、リョウコさん。最初からエネルギー全開放で行ってください。電力だけじゃあ、おそらく出力不足でしょうから……」
そう、スクリーンの中のパイロットの皆さんに言う。
『ああ、了解! そいじゃ、行くぜ! ナデシコのエネルギー、ちょっと貰うわ!』
リョウコさんの声と共に、リョウコさんの機体の周辺は前のゲイル君同様、光の輪……正確には、漏れたエネルギーによって包まれる。
『リョウコ君、全開放状態は、おそらくもって10分だ。それ以上は、機体の限度でね。それでも…あの2人と同等に戦うのは、難しい。3人がかりで、どちらかを鎮圧する』
素早く指示を飛ばす月臣さん。
『ああ、で、どっちをだ?』
リョウコさんの質問にしばし考えて、
『とりあえず、草壁を抑えよう。勿論、その後でアキトくんもだ。ルリ君?』
と、行き成り私のことが呼ばれ、一瞬反応に遅れた私が答えます。
「……はい、なんでしょううか、月臣さん?」
『ルリ君はあっちのシステム掌握に全力を尽くしてくれ』
「はい、わかりました……」
そう言うと、私の座っていた椅子が、徐々に持ち上げられていきます。
そして、ぶうんという音と共にあたりにデータがくるくると回った、光の球体によってすっぽりと包まれる。
「ミナトさん、ユキナさん、ナデシコC、全システム、貴方達にお任せします」
その言葉を聴いたユキナさんとミナトさんがこくりと頷いてくれます。
「おおけールリルリ」
「うん、まかせてよ♪」
頼もしい仲間の一言。
そして、私が敵艦にハッキングを仕掛けようとしたとき、通信が入りました。
『へへ、艦長!』
と、その中はハーリー君でした。
「……ハーリー君? なんで、こんなところへ?」
『やだなぁ、艦長。この情報のソース、誰だと思ってるんですか?』
久しぶりにハーリー君に負けた気がしますね。
その言葉にくすっと笑って、
「そうでした………ごめんなさい……そして、ありがとう、マキビ、ハリ艦長」
そう、口にします。
『えへへ……艦長、俺らも手伝いますよ!』
と、隣に三郎太さんが割り込んできます。
「でも……これは公私混同ですよ?」
『ミスマル総帥直属の命令でして』
笑って答える三郎太さん。
『ユリカぁ〜』
と、今度はまたまた別の回線が開かれ、ジュンさんの顔が映し出されます。
「じゅ、ジュン君!?」
ついさっき、戻ってきたユリカさんが呆気に採られた表情で答えます。
『地球連合宇宙軍第三艦隊所属戦艦『アマリリス』。全力でナデシコCのバックアップにまわります』
モニターの中でにやっと笑うジュンさん。
ミスマル総帥には、感謝ですね…。
「ありがとう……ジュン君……あと、お父さん、こんなことして、本当に大丈夫?」
心配そうに首をかしげるユリカさん。
『がっはっは、なーに、新庄大佐が、裏で動いてくれておる、心配は、無用だ!』
『はは…奴さんに感謝、ですね』
新庄大佐と聞いて、通信に割り込んでくる三郎太さん。
私は、こんなにも皆に囲まれている。
こんなに沢山、仲間がいる。
今なら、何にも負ける気が、しない………っ!!
『と、いうわけで、艦長! 僕も、お手伝いします!!』
ハーリー君もそう言ってくれます。
「はい、お願いしますね」
私はにこっと笑ってから、
「それでは、ハッキング、開始します……いきますよ、ハーリー君………っ!!」
『了解っ!』
IFSをコンピューターパネルに接触させたのだった………………。
『………ルリお姉さん?』
そう答えてきたのは、前回、アキトさんの船にコンタクトを取ったときに回答した少女、ラピスだろう。
暗闇。この世の、どこでもない空間。
私たちは、お互いに向き合っていた。
『ラピス………ですね?』
そう、聞く。
『うん、そうだよ……ルリお姉さん、何をしに来たの?』
先ほどから、ハッキングが上手くいかない。
この船に正常コンタクトを仕掛けようとしても、かなり強固なプロテクトがかかっていて、阻まれている。
やはり………この子は、天才だ。
『アキトさんと、昇竜さんの戦いを、止めに来たの』
その言葉を発した瞬間、一瞬だけだがプロテクとが弱まる………が、すぐに復元してしまった。
『なんで? アキトは……そんなこと、”思って”ない………』
ぐぐぐっと、今度は逆にラピスの方から、ハッキングをしようとしてくる。
そのハッキングを何とかプロテクトで防ぎながら、
『でも………私には、アキトさんが…………必要…………なの…っ!』
そう、言う。辛い、かなりの攻防。
防壁だって、組んでいるそばから崩される。
やはり、天才。
と、さっきまでのハッキングがぴたりと止み、
『私は……アキトの全て。アキトのことは、全部分かる……そして、ルリ姉さんのことも、知ってる』
おそらく常人が思うほどの”知っている”とは明らかに異なることは、すぐに分かった。
『だから、アキトが思ってることも分かる。アキトは…………ルリさんに会いたくないっ!!』
次の瞬間、情報が全て途切れた。
「回線切断……でも………どうやって? ルリちゃんが強制介入で進入したんでしょ?」
ユリカさんが信じられないといった表情で聞いてきます。
ふうっと私はため息をついて、
「ラピスって子が、一枚上手だった……ということです」
悲しげに、答える。
肝心なときに………何も出来ない。
無力な、自分。
それを再認識させられたようで悲しくなってくる。
『艦長〜向こうの敵艦のプロテクト厳しすぎです……それに、マシンチャイルド乗ってませんし………アクセスに応じてくれないんですよ〜』
目の前のスクリーンに、疲れきったようなハーリー君が映し出されて、そういいます。
A.I.だけで……運転されているんですか……あの船は?
だとしたら、昇竜という人物も、ラピスに劣らぬ天才ですね……。
「……つまり、この戦いは、アキトさんと昇竜さんに、かかっているという事ですね……」
そう呟き、私は目の前のスクリーンを凝視した……。
―アキトさん・・・―