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+ 第九話『 ココでは言えない”告白の言葉” 』 +
『目標は……昇竜のエステバリス、ホワイト・レイスだ! 臆すなよ、各員っ!』
サブスクリーンから月臣さんの言葉が聞こえてくる。
僕、ゲイル=テンイは目の前の敵、草壁 昇竜の乗っている純白の機体を睨んだ。
「わかってます」
そして、そう、力強く答える。
『ああ。楓さんの穴は、俺たちできっちりと埋めるぜ!』
リョウコさんも、元気のいい返事。
しかし、2機の戦いは僕らが入ることが出来ないほど、激しかった。
前とは…明らかに動きが違う。
以前は、機能の半分を失っていたとはいえ、フル・バーストの状態と互角だったのだ。
つまり……あのときから比べ、格段と進歩している……いや、前の戦いのときが手加減をしていたのか?
そう思うと、自分が腹立たしくなってくる。
一瞬でも、昇竜……自分の”友”を超えたと思った自分を。
「草壁昇竜……名も無き俺は、貴方を……殺す……っ!!」
誰にも聞かれないように呟き、一瞬眼を閉じる。
すうっと息を吸うと、先ほどまでの怒りはどこへやら言ったらしく、幾分か落ち着く。
そして、数秒。
僕はかっと眼を見開き、
「ゲイル機、”シラヌイ”………フル・バースト機動!!」
そう、叫んだ。
すると前と同様、凄まじい駆動音と共に機体全体にすごいエネルギーが満ちてくる。
どの機関も120%の駆動力、そして何よりも前までとは比べ物にならないほどの移動力。
しかも、前のフル・バーストの時よりも、多少だがエネルギー変換率が上昇しているようだ。
(行けるっ!)
ゴウッ!と音でも立ったかのような振動。それと同時に、瞬時に頭で考えたことを機体に伝え、動き出すエステ。
凄まじいGがかかったが、無視した。
奥歯を思いっきりかみ締め、目の前の純白の機体へと迫る。
『テンイ君! 単独行動は………!』『馬鹿野郎!!てめぇー一人で………』
背後で何かを言っているようだったが、無視した。
どうせ、いまさら止まらない。
止めても、無駄だっ!
そう思い、A.I.に命令し、全回線を遮断する。
(昇竜……いや、俺の友よ……貴様を……滅ぼす……)
そして、僕は更に速度を上げた。
「……ふん、虫ケラがっ!!」
俺は、腹立たしかった。
今は、メインディッシュを食している途中だというのに……。
とんだ邪魔が入ったものだ。
目の前に現れた純白の氣をまとった機体は、確かナデシコの”シラヌイ”とかいったはずだ。
そして、搭乗パイロットはゲイル=テンイという名前をもらった、同胞。
何をしに来た、この出来損ない!! 同胞といえど、この戦闘を邪魔するものはタダではすまさぬ。
目の前に行き成り発射されたレールガンをよけ、今はアキトではなく、ゲイルという少年と対峙していた。
「くくく、余程焦っていると見える…友よ?」
回線が遮断されているようだが、俺には関係ない。
俺の意思で、アイツとはいつでもコンタクトを取れる。
最初に流れ込んできたのは、心地よい憤怒の情。
ほう、こやつにもこんな感情があったのだな? と、少し感心してしまう。
「何故、俺の下へと立ちふさがる? 殺されたいか?」
<<殺されるのは…貴様だ!>>
ゴウッと音を立てるかのように溢れる覇気。
「何故、俺の下へと来た? そのまま余生を楽しんでおればよかったものを。表に出てこなければ、苦しむこともない」
<<黙れ>>
今度は、怒気。
気持ちよい。
「そうか、俺を殺しに来たか……だが……」
そこで俺はニヤリと笑い、
「殺せるかな?」
<<殺す! 何があっても…お前だけは…これ以上、お前を苦しませないために!>>
禍々しいまでの、憎悪。
そうだろう。こいつは山崎に作られた実験体。勿論、俺も、だ。
そして、その中で”失敗作”と判断された不良品。そして俺は”最高傑作”。
どうせ殺すことにためらいはない。元々俺たちは”生まれてなかった存在”なのだから。
そして………。
「奢るなよ、欠陥商品風情がっ!!!」
そうして、2人の戦闘が始まった。
凄まじいGが、機体を襲っていた。
吹き飛ばされ、そして気絶しそうな衝撃。
身体の各部に悲鳴が走る。
無視。
ここぞとばかりの反撃。
敵のバランスが崩れたところに、留めの一発。
しかし、敵は素早い動きでそれを交し、受け止めると、反撃。
攻撃は簡単にディストーション・フィールドを貫き、機体に深刻レベルなダメージを残す。
無視。
片手で相手に襲い掛かる。
その手に、確かな衝撃。
そして、敵の未知数な”衝撃波”がくる。
その衝撃波を上手く避け、相手のディストーション・フィールドを貫き、攻撃。
しかし、相手はそれも呼んでいたらしく、ギリギリのところで来たいに拳を叩きつけ、距離をとる。
失神しそうなほどの、反動と衝撃。
それも、無視。
ラスト、一気に相手に向かって突っ込む。
相手も意を決したのか、グォっと迫ってくる。
身体に重々しい感覚が走り、五指に痛みが走る。
それも、無視。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ――――――あああぁっ!!!」
気合を居れ、思いっきり衝突。
相手は自分の持っているスピアを上手く避け、上半身の部分に叩き込みを入れる。
その反動と衝撃で、一瞬だが眼が回る。
しかし、すぐに持ち直すと、思いっきり目の前の密接した機体を切り離すかのように思いっきり突き飛ばす。
相手のディストーション・フィールドにはじかれ、無駄に終わる。
すくに第二撃を与えるべく、スピアによる反撃。
D.Bを装備した青白く発光するスピアを、思いっきり相手に叩きつける…が、それは剣で防がれる。
<<ふん……所詮、この程度か?>>
一瞬だが、ヤツとのアクセスに成功する。
―死ぬときは……一緒だ昇竜ぅっ!―
ニヤリ、と口元をほころばせる。
そして一気に昇竜の五感にアクセス。相手の身体と完全に感覚をシンクロさせる。
その意味を一瞬で理解したのか、昇竜のほうからも微笑みの感情が伝わってくる。
恐ろしい……暗闇を我が物とした、完全なる悪魔の笑い。
<<面白い……ゲイルとやら。どちらが精神力が上か……勝負しようぞ!>>
次の瞬間、俺のエステは目の前の男の剣によって切り裂かれる。
斬撃部分から激しく火花が散る機体。
そして、俺は全身に来る感電による苦痛に耐えながら、最後にスピアを昇竜の腕に突き刺す。
<<!?>>
その瞬間、昇竜のヤツにも驚愕の感情が走る。
「こちとら、命掛けてるんだよ……昇竜……俺の、存在もな…っ!!」
ピピッと、軽くIFSを操作。
(メインエンジン、及び、サブエンジン、駆動全開放・・・)
『警告、警告、今現在の機体における………』
「シラヌイ! 御託はいい!! やれぇぇぇぇ!!」
俺は叫んだ。
『最終確認。全駆動を開放しますか?』
「ああ…全開放だっ!」
『了解』
A.I.の多少ゆがんだ肯定宣言。
<<本気……のようだな、ゲイルとやら>>
その『声』に俺はにやりと笑い、
「俺の名前はそんな立派なもんじゃないさ……サンプルナンバー4<フィア>。それが名前だよ……」
フィアはドイツ語で”4”を意味する。ゲイル<新風>とは、まったく反する、ただのナンバー。
そう、それが俺の名前……。
「勝負だ、昇竜ぅぅぅぅぅーーーーーー!!!!」
<<”ヒト”の執念……見せてもらうぞ、フィア!>>
瞬間、視界が真っ白になった………。
『ゲイルーーーーーーーー!!!!』
声が、遠かった―――。
『な、なんだよあれ!!』
メインスクリーンから流れてくる凄まじく信じがたい光景……そして、リョウコさんの驚愕に包まれた声だけが、私を現実の世界に引き戻した。
「グラビティ……ブラスト……っ?!」
そう、目の前に放たれたのは間違うこと無き、グラビティ・ブラストだった。
一瞬、二人の間の中心に発生した、空間の歪み、磁場の変動。
中性子の増大と、急激な減少。その現象だけなら、グラビティ・ブラストというより、ブラック・ホールに近い。
そして、強大なエネルギーと共に、2機は消滅した。
ゲイル機と、昇竜機は。
「………どういうこと?」
私はさっきから、混乱しっぱなしだ。
「確かに、小規模なグラビティ・ブラストみたいだったけど………」
呟くユリカさん。
その後ろ、コンピュータの画面から目を離さないまま、イネスさんが語る。
「正確には機体のエネルギーを極限まで高めて、それをスピアに注入…それを高出力のディストーション・フィールドで包み……開放。正にお手軽式の爆雷ってことろかしら?」
淡々と、しかし、声は震えた声で解説するイネスさん。
しかし……原理は分かっていても、それを平気で出来る人間が居るだろうか?
いや、この、正に自分の命と引き換えの技を、誰もしようと思えない。
「!? ………こ、ここの注意域付近に……ボース粒子増大……映像………回します………」
オペレーターのユキナちゃんが、信じられないと言った表情で答える。
そこに映し出されていたのは……間違いなく、純白のエステバリス………あの、ホワイト・レイスだった。
「フィア………いや、見事なり、ゲイル=テンイよっ!!!」
そう、静かに先ほど命を掲げ、そして散っていった戦士に鎮魂の言葉をかけた。
しかし、我を殺すことはままならなかったようだ……。
ゆらりと、機体を動かす。まだ、動ける。まだ、戦える。
ゲイルでは適わなかった、いや、私を殺すには、まだ足りなかった。
やはり、俺を殺す人間は………。相応しい人間、ソレは、貴様だ。
そう、テンカワ=アキト。貴様なのだ………。
「行くぞ、テンカワ=アキト!」
未だに肩に刺さっていたスピアを振りぬくと、それを掲げ、私はアキトへと向かっていった。
「なんで、生きていられる……」
そんな台詞が、自然と口からすべり出た。
『くそっ! ゲイルの野郎は……無駄死にだったってのか!!』
リョウコさんが思いっきり機のコックピットを叩く。
流石の事態に、目の前の月臣さんも目を瞑っている。
華々しい最後。とは、いくら言葉で飾っても死。
人一人の…………死。
『そんなんじゃ……ない』
ぶうんと、目の前に現れるスクリーン。
その中には……。
「アキトッッ!!」
ナデシコCのコックピットが、一瞬で騒然となる。
そこには、黒衣に身を包み、目には黒いバイザーをつけたテンカワ=アキトが映っていた。
『彼の死は…無駄なんかじゃない……』
そう、告げる。
そして、私よりも後ろの人、ユリカさんを見つけると、ふっと微笑み、
『ユリカ…』
そう、呟いた。
「アキ…ト…」
もう、ユリカさんは涙を流しながら、ただ、頷くだけだった。
『最後に、言っておく。……君らの知っている、テンカワ=アキトは死んだんだ……もう、蘇ることはない』
私はその言葉に一瞬、怒りを覚え、
「アキトさん、それは…逃げてるだけです。私達には…まだ、アキトさんが………っ!!!」
そこまで言って、自分も泣いていることに気付き、途中で言葉に詰まる。
「ルリルリ…」
隣のミナトさんが、心配そうに私達を見てくれる。
『そう…かもな。でもね、ルリちゃん。俺の手は…もう、真っ赤なんだよ…ルリちゃん」
悲しそうな、諦めの表情。
何かを悟ってしまった、”人”としての一線を越えてしまった、人間の表情。
それは、とても悲しくて。
私の目には、涙があふれた。
「たくさんの人を…苦しめすぎたんだ…人が背負うには、重すぎるんだよ』
そう、自虐的に笑うアキトさん。
「アキト……約束したじゃない! 私と……私とずっと一緒に居てくれるって……約束…したじゃない……っ!!」
ユリカさんが涙ながらに訴える。
『ごめん…ユリカ。でも、俺は、君が幸せで居てくれればいいんだ…だから…』
「アキトは私が好きっ!! そしてね、私もアキトが好きなのっ!!」
その言葉が終わるか終わらないかのところで、ユリカさんの激しい言葉が、その言葉を中断する。
「私も……アキトが好き! アキトがいないと…寂しい、辛い、苦しい!! ……私が…………っ!!」
『もう…いいんだ。みんな、俺のことは忘れてくれ……これ以上、追ってこないでくれ』
そう、笑いながら、悲しげに笑いながら、回線を切断しようとするアキトさん。
しかし、切れる直後に今度はユリカさんと私は同時に声をあげます。
「アキト、戻ってきてくれないのなら…追いかけるから…絶対、捕まえるから…」「アキトさん、戻ってきてくれないのなら、追いかけるまでです。いつまでも」
一瞬、微笑むアキトさん。
プツンと、回線が切れる。
その次の瞬間、戦闘は始まった……っ!
『リョウコ君!!』
と、目の前のアキトの代わりぶりに、再び衝撃を受けていたオレは、月臣の言葉で現実の世界へと戻ってくる。
『こうなったら……何をしても、止めるぞ……昇竜機を!』
きっと、目の前の睨むような視線を受け止め、オレも正気に返る。
(そうだ……オレは、オレが正しいと思ったことをする!)
一瞬で、前までの覇気を取り戻す。
(ヒカルと、約束したじゃねーか…何弱気になってんだ……オレは!!)
「……ああ、ゲイルの分まで……やってやるぜ………」
力強く叫んだ。
そして、
『フル・バースト! ”カゲン”!!』
月臣が叫ぶ。
それと同時に、月臣にも例の白い輪、氣がまとわり付く。
「オレも……”フウガ”フル・バースト!! いくぜぇぇ―――っ!」
そう、オレも叫ぶ。
ゴウッ!と、機体が振動し、全ての機関が機動率120%に達する。
これが……フル・バースト………。
『リョウコ君!』
「ああ、オレも……って、おい! 月臣、あれっ!!」
ふと、目の前には、知らないエステが立ちふさがっていた。
いや、よく知っていたが、敵になるはずのないエステバリス…………。
楓機”ジョウゲン”。
勿論、フル・バースト状態で、手には専用武器 槍『ゲッコ』を構えている。
勇、とした姿。凛とした空気。その向こうに、最強の称号の機体。
『………楓………』
兄の元一郎は、そう苦々しく言ったのだった。
『お相手、願います』
手に持った槍をゆっくりとかざし、いつもの楓さんのままで、力強く、言った。