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+    第十話『 いつでも唐突な”別れ” 』    +


 

「な、なんで楓さんがっ!?」

 



そう驚いた声を発したのは私、ミスマル=ユリカだった。

そう、行き成り月臣機とスバル機の前に姿を現したのは、紛れもなく月臣 楓さんのエステバリス、『ジョウゲン』だった。

2機ともフル・バーストを起動したものの、目の前に居る楓さんをどうしようかと、今は一時休戦状態だ。

3機の、睨め合いは今なお、続いている。

2機はフル・バースト状態の楓機を簡単に撃破出来るとは、思えない。思っても居ないための、慎重な行動だろう。

仮にも、アキトのエステの師匠さん。

実力は……この宇宙内で五本の指には入るのだから。

「でも……楓機は、ネルガルで保管されているはずじゃあ……」

私がそう呟いたとき、ぱっとサイドスクリーンにアカツキさんの姿が映し出される。

『やぁ、みんな。元気?』

相変わらずゆるいアカツキさん。

……この前の放送のときとは、オーラが違いすぎますね……。

「あ、アカツキさん! な、なんでこっちに楓機が……」

その言葉を聞くとアカツキさんはにっこり笑って、

『実験がてら、飛ばしちゃいましたぁ〜』

アッハッハと笑って言う、アカツキさん……。

―――っ??!

「確かに、出現前と直後に、ボース粒子確認されてました。まあ、あのグラビティ・ホールの出現で気付きませんでしたが」

ぼそっと報告するルリちゃん。

か、確認されてましたって……。

「ごめんなさい、今は、出力が弱っているので…」

涙を拭きながら答えるルリちゃん。

ああ、そうか……。

「そ、そんなことより、なんで楓さんが!!? 楓さんは……もう、ナデシコには……」

そこまで言って、アカツキさんが笑う。

『うん、まあ、エリナ君たってのお願いでね〜ま、詳しいことは本人に聞いてみれば?』

アカツキさんがそう言って通信を切ると同時に、今度は楓さんと通信が繋がる。

その途端、月臣さんが………。

『楓っ!! なんの真似だ!!』

そう、激怒した。

しかし、その激怒にも悠然と耐え、

『ええ、お兄様。これは誰の真似でもありません。私の意志で、やったことです』

きっぱりと、それを跳ね除ける。

グッと、おしだまって何もいえなくなる元一郎さん。

『楓さんっ! なんでだよ……なんでなんだよ!』

リョウコさんも、楓さんに問います。

『私は……昇竜を、愛してます……だからっ!』

一瞬、楓さんの瞳から溢れんばかりの涙が、あたりにふよふよと浮かびます。

『……だから、私は、昇竜がやりたいことを、やらせてあげたい……私には……これくらいしか、できないから……』

やるせない、沈黙が艦内を包みました。

それは、とても悲しく、そして、痛々しい沈黙でした。

愛は盲目・・・誰かが言いましたが、それは事実なのでしょう。

『楓・・・そのために、決心は付いているのだな? 仮にも人殺しを擁護し、我々と離反する覚悟は、出来ている、と』

月臣さんが、静かに、それも諭すように楓さんに問い詰めます。

いや、最早それは私たちの知っている月臣さんとは、似ても似つかない存在。

しかし、それは画面の向こうの人物も一緒でした。

『ええ、月臣元一郎様。覚悟は、もとより出来ております』

真剣みを帯びた楓さん。

『そうか……ならば! 何も言うまい……消えろ、”華月”!!!』

フル・バーストが再び機動。

楓機に凄まじいスピードで迫る月臣機。

戦うしか………ないんでしょうか。

「こんなのって……ないですよね……こんなの………」

痛々しい気持ちに、涙しながら、私の言葉は悲しくもコックピットへと、溶けて消えた………。

 

 

「流石は……お兄様」

私、月臣 楓は先ほどからお兄様、月臣 元一郎の攻撃を避けつつ、反撃をしていた。

というか、一方的に攻められているといったほうが正しのだろう。

そして、隙を見つけつつ、反撃する。

フル・バーストの状態になり、早5分。

未だに衰えぬ兄の機体を見ながら、実は焦っていたことを隠せない。

お兄様は……やはり強い。でも……っ!

「思いの力なら、負けませんっ」

ぐぐっと、力を込めてもどうなるものでもないのだろうが、力んで押し返す私の愛機『ジョウゲン』。

手に持っている槍『ゲッコ』は勿論D.Bを装備しており、それは相手に命中すれば勿論D.Fを軽く貫く。

まあ、相手の機体『カゲン』の装備している日本刀を模して作られた武器『ムラサメ』にも、その機能は備わっているのだから。

まさに、命がけの兄弟げんか、というわけだ。

ムラサメの、薙ぐ様な攻撃。

それを間一髪のところで交し、今度は槍による牽制をする。

しかし相手の機体はそれにひるむことなく次々と避け損ねたら確実に機体が大破するような場所を狙って薙いで来る。

(やはり、本気ですね……お兄様)

そう、再確認する。

「私は……自分の気持ちを偽ってきました………今まで! でも!!」

今度は槍による奇襲攻撃。

ムラサメを槍の反対側で受け止めつつ、逆の刃の部分を使って切る!

バックステップの要領で交す敵機『カゲン』。

しかし、その有効空間内をいとも簡単に追撃するゲッコ。

これは意外だったのかムラサメを使って、防御。

そこに、一瞬の隙が出来る。

「今度は……私が、私が自分の意志で、決めましたから……」

―武器『ゲッコ』へと、高出力フィールドを発生させて…―

瞬時にA.I.に信号を送り、強力な磁場が発生する…。

(これが…私の決意! わがままで、自分勝手だけど…これが、本心っ!)

と、瞬く間に私の武器ゲッコは、今度は青い光から強い赤い光へと変色してゆく。

それは正に炎槍。

真紅の武器をまとった姿は、まるで武神。

それを一振りし、一気に敵機カゲンへと、迫る。

さらなる追撃に流石のお兄様も恐れをなしたらしく、一瞬引く。

そして、私の攻撃を剣で受け止めようとする…。

―無駄ッ―

斬ッッ!!

一気に兄の武器、ムラサメを薙ぎ払い、次はそのまま機体を切断すべく槍を振り下ろす。

勝負は…付いた。

…が、そこで、自分の期待のフル・バーストが切れる……・。

一瞬の爆発的なエネルギーから通常のエネルギーに転換………。

数秒間後に、再起動。

「そ、そんなっ!!」

叫んだところで、もう遅い。ナデシコからエネルギー供給を失った私の機体は、既に動ける状態にない。

おそらく、お兄様の計算のうち。

(……これが……限界、か……)

ふうっと、機内でため息をつく私。

その瞳からは涙が溢れている。

この数秒間を、兄が逃すはずもない。

まあ、兄が『覚悟は出来てるか?』と聞いた時点で、この覚悟は出来ていた。

その時はもう、遅かった……。。

(ごめんなさい………………昇竜……私………)

目の前を、明るい閃光が包む。

それが、兄の放った小規模のグラビティ・ブラストだとは、知る由もなかった…………。

 

 

 

テンカワ=アキトは、すうっと、ただ、宇宙空間に立っていた。

 

 

 

勿論、浮かんでいたというのが正しいのだが、それでも、それは悠然とそこにあり、そして、絶対的な存在として君臨していた。

そして、目の前の光景を確認するようにしてから、ふっと、自分の戦艦へと、足を進める。

<<アキト…>>

チップによる、スフィア概念での通信。

ラピスのまるで遠慮した声が、頭の中に響く。

なんだ…ラピス。

<<一緒じゃなくて、いいの? アキト…戻りたいって思ってる>>

そんなことは思ってない!と、否定したかったが、自分の中ではまだ、少し甘さがあるようだ。

それに、元々ラピスに隠し事は出来ない。

ああ、でも、いいんだ。

<<どうして? アキト……とても悲しそう…>>

まるで嗚咽が聞こえてきそうな、ラピスの悲痛の声。

悲しい…か。馬鹿だな…感情は、ほとんど残っていないのに……。

ぐっと、バイザーの下で眼を瞑る。

いいんだ……ラピス。

ただ、それだけ言った。

<<駄目! 私……アキトがしたいって思うこと、したいっ!>>

強い、感情のイメージが流れ込んでくる。

一瞬、その感情の奔流に負けそうになりながらも、何とか自我を取り戻す。

過剰のシンクロは、内部自我の統合になりかねない。

つまり、完全に2人の人間が1人の人間として、合わさりかねないのだ。

それは、とても危険な状態をさしている。

ラピス……………でも……オレは、もう、多くの犯罪に……。

<<ラピスがハッキングして、消す! そんな記録…消すよ!!>>

・・・そうか・・・ありがとうな、ラピス。でも、オレが覚えてるんだ、俺が殺した人々のことを。何も、かもを。それはラピスにも、消せないだろ?

それは、本心だった。

もう、ユリカが元気なのは確認した。

それに、ルリちゃんだってちゃんと強い意志を持っていた。

もう、自分がしてやれることなど、ない。

<<違う! アキト…なんで、アキトは嘘をつくの? 本当は、嫌なのに…なんで……>>

もう、戻れないから。

<<!?>>

一瞬、ラピスとのシンクロが切れそうになる。

それほど、オレの精神は弱っていた。

もう、何も考えれないほど……

<<………わかった………アキトが良いって言うなら、いい>>

って、感情じゃあ納得してても、心じゃ納得してないのは、リンクしている限り、ばればれなのだが。

ありがとう………ラピス………

取りあえずお礼をいい、俺は、眠りに付いた…………。

―ユリカ―

戦闘は、終わっていた。

 

 

 

『しょ、昇竜…………』

私、月臣 元一郎は目の前の光景に驚愕していた。

まさに、目の前の光景は想像できなかったことであり、しかも、まさかこんなことになるとは思っても見なかった。

『月臣………楓は、オレが預かる………』

そういいながら、昇竜は俺らの前から消えた。

 

 

私が、楓の隙をつき、あらかじめ装備されていた小規模グラビティ・ブラスト発生を打ちのトリガーを引いた途端、前の前に光の刃が振ってきたのだ。

そして、光の刃はグラビティ・ブラストを意図も簡単に跳ね除け、そして、私の機体の機能を3分の2も奪い、消えた。

そして、次には昇竜の期待が楓の機体を抱えていた……と、いうわけだ。

(昇竜が……楓を、助けた?)

驚いているまもなく、昇竜の通信。

『ナデシコC各員、及びそのそばに居る艦隊に告ぐ』

昇竜の言葉は続く。

『今回のことは、オレの責任だ。全ては、オレに責任がある。だから、言い訳はしない。……が、オレもまだ捕まりたくない』

そこで昇竜はニヤリと笑い、

『だから、オレはココを逃げさせてもらう。悪いがな』

それは、始めてみた、草壁 昇竜という人間の本性だったのかもしれない。

ぽかん……と、呆気にとられた表情をしているところに、さらに昇竜の追い討ちはかかる。

そう言うと、どこか、悲しげな眼をして、

『…楓には、迷惑を掛けたからな…今回のことで、それが良く分かった』

愛しい眼をする、昇竜。

『テンカワとの決着はまだついていないが………もう、どうでもよくなった……オレの、存在を認めてくれる人が出来たからな……』

悲しげな眼。そして、悲痛な言葉。

そんな感情が、この言葉には染みとおっていた感じがする。

『すまんが、俺は逃げる。それと……月臣……』

と、昇竜が今度は確りした眼をして、

 



『楓は、オレが預かる…。追ってくるなら、追って来い。殺しに来るなら、殺しに来るといい。そのときは、全力を持って、殺すだけだ』

そう言って、草壁 昇竜は宇宙の果てへと……消えた。


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