■ / 『虚実奴隷』 ■

 


私は、憶う。

私の特殊なチカラに気づいたのは、あの夢を見始めたあたりからだっただろうか……。

私は、辿る。

いや、もしかしたらもっと前だったのかもしれない。

とにかく、自分自身に不思議なチカラがあると確信したのはおそらく数年前の夢の日からだったとおもう。

果てしない暗闇。夜色に塗りつぶされた空間。そこにいる、白い魔道―――いや、魔法使い。

その夢を見てから、私の未来が明るいほうに向かい始めたんだ。

その夢を見てから、私の無痛症が快方に向かい始めたんだ。

正確には、”チカラ”を使いこなす練習を始めたんだけど。

幼稚園から中学校の3年まで、私は病院での生活だった。

やっと退院して、俗に言う”お嬢様学校”へと転入した後、今の大学へと通っているのだ。

病院生活が長かったせいか、私は色々欠落しているところがあった。

しかし、そのたびに弟である樹が、手助けしてくれていたのがよかった。

今でも樹には感謝している。

そして、これからもずっと………。

私は、想う。

「…………」

すっと、私は目を閉じる。

時間は既に深夜を廻った頃である。

夜の風が、私の全身を包むような気がする。

いや、実際そうなのだろう。

私は、願う。

私の力はイメージが大切である。

もし、そのイメージが少しでも壊れたり、掛けたりすると、私の”チカラ”は解けてしまうのだ。

ふわり……と、体が宙に浮く。目を閉じているので確かではないが、私は浮いているはずだ。

改律者<<クリエイター>>。私は、自分の力をそう呼んでいる。

自分の思ったとおりに全てを支配する能力……しかし、それは大変難しい。

イメージできれば私に不可能は無いが、逆にイメージを出来なくては何の意味も無いのだ。

やっとここ数年で、”自分の痛みを感じるようにイメージする”ことによって擬似的な痛覚を取り戻すまでになったのだ。

そう、病院の中で生活していた私に与えられた、一筋の希望。

それが、この能力だったのだ。

しかし、最初の頃は不安定で不完全だったため、途中で集中力が切れてしまったりして大変なことになった。

今では別に、会話をしながら”あたりまえ”のようにイメージできるようになったのだ。

すっと、目を見開く。自分の体が空中に待っていることを”あたりまえ”のように見て、私は次なるイメージを作り出す。

そして、私は空高らかに舞い上がった―――。

今日も、気持ちが悪い風が、付近を駆けていた。

 

それから、しばらくして。

「追いかけっこは、もう終わりか?」

ひどくやつれた声。その声の主こそ、今私を追っていた人物が発した声だった。

おそらく30代の後半の男。体格はそこまでよくないけど、私をずっと補足してきたのだから、そこそこのチカラを持っていると考えていいだろう。

すっと、私も声に振り向く。そこには、大体想像と違わぬ男が立っていた。

一つ違った点を上げれば、その男は私服ではなく、セールスマンの服装だった。

「ええ、ここなら、邪魔は入らないでしょうしね」

とびっきりの笑顔で答える、私。

目の前の20代前半の男は若者らしく『ひゅ〜♪』と口笛を吹いた。

あたりは路地で、コンクリートの壁に囲まれた空間。私のように飛べる能力者なら別として、普通の能力者には適切な――葬り場所。

「まったく…貴様が主が追っている女か。どんな女かと思えば……まだ小娘か…」

その言葉にむっとしつつ、私は言い返す。

「あら? 貴方ももしかして現代のジェンダーを信じてる人? 今時、女の方が強いのよ?」

「ふん、口だけは達者、か? それとも、少しは主の目に泊まるだけあって、できるのか?」

男は挑発にも乗らず、冷静に答えてくる。私はとりあえず煽ることを止める。

このタイプの人間は、とりあえず実力でしか物事を判断しない。

ある意味では、一番やりやすい。

「主…? ああ、”修羅神”って自分のことを名乗っている人のことね。とんだ粋狂…」

と、男の目から笑いが消える。

おそらくまさか私の口からその言葉が聞けるとは、予想外だったのだろう。

「あら、貴方達のお仲間は意思疎通がうまくいってないのかしら?お仲間が、もう4人ほど、来てたわよ。そして、全員……」

一瞬言葉を切ると、とびっきりの殺意をこめる、

「……還したわ」

冷徹に、一言。くすりと、悪魔の微笑みも忘れない。

……ここあたりの表情の制御は、どうもお嬢様学園時代に後輩だった、私なんかより随分と洗礼されたお嬢様の影響だ。

いや、彼女に睨まれでもしたら、それこそ体中の水分を吸い尽くされるまで燃やされるに違いない。

しかし、その言葉を聞いても男に変化は無い。相変わらず、私を冷たい眼光で見つめるだけ、だ。

「………ふん。奴隷が何人死のうが関係ない…がな? 貴様、何故ご主人様の名を?」

なるほど。こいつらの中には運命共同体みたいな考えは無いようだ。

つまり、主従関係の世界。他の人間は無関係……というわけだ。

人間単体と、個人契約をしている魔術師の卵の集まり。そして、それぞれに修羅神が関わっているといった感じだろう。

用は単体の傭兵。残念ながら、1対1で私に勝てるのは、それこそ”魔法使い”レベルではないと無理な話だ。

「馬鹿ね……私も”種”で生まれた始祖魔道師の直接血縁の者よ? それくらい……”読める”わ」

トントントンと、頭を私はたたく。

まあ実際は前に襲ってきた口の軽い男が喋っただけなのだが、それは臥せておく。

能力を相手に過大評価させることは、それだけ相手を混乱させることに繋がる。

コチラの能力のバリエーションが多ければ多いほど、相手は手を間違える。

ソコにつけ込む隙は、必ずある。

「”種”……か? だが、ご主人様も”同じ”だと? 笑わせてくれる、ご主人は貴様より貴い」

どうやら、彼は”ご主人様”を侮辱されたのが許せないらしい。

男が威圧的に詰め寄るが、私は別に気にしない。

というか、先ほどから勝敗は決まっている。

「それは、戦ってみないと、わからないわ」

おしゃべりは終わり――――。

私は目の前にあるもの全ての破壊するためにイメージする。

そのたびに頭が焼けるように痛いが、イメージするのは一瞬で済むので、我慢は出来る。

《術式、改律開始》《引力変換、改律》《重力指数 上昇値》《反発係数、改律》《e=無限大へと転換》《気圧、改律》《圧力 零へ》

路地にあったものが手当たり次第壊れてゆく。

バケツや電灯が、まるで何かに潰されるかのように拉<ひしゃ>げ、地面が大きくつぶれる。

私がイメージしたのは・・・巨大な物体の落下による重圧殺。

正確には最大までに重力を増やしていき、内部の衝撃を完全に吸収させる。

それにより、作用反作用によって重力+圧力の力がそのまま破壊力へと置換される。

「……ぐ……っっ!!」

男も流石に動けないのか、必死に重圧に耐える。

あたりの空間にあるものがどんどんと沈んでゆく。まるで、そこだけ何か重たいものが落ちてきているようだった。

ありえない、光景。付近の景色が重力変化の為に歪む。

これが、私の”チカラ”。

「……降参しなさい。命まではとらないわ」

もうそろそろ私の頭が限界だ。

しかし、それを悟られること、イコール敗北へと繋がるのは、戦闘経験が浅い私でもよくわかった。

「……今までも、お前は……そのようなことをしてきたのか? 敗者は・・・死ぬのみ……」

私は仕方なく、内部からの爆発を……

《改律、再展開》《酸素濃度、上―――

?!

次の瞬間集中力が途切れた。

一瞬だがチカラの反動によって気を失ったためだ。

その瞬間を好機とばかりに、男が重圧から解き放たれる。

「…能力を使いこなせて…いないと見えるな……小娘ぇっ!!」

哂う。そして先ほどまで苦しんでいた場所から呪縛から解き放たれ、大きく跳ぶ。

一瞬にして、私の首を鷲づかみに、持ち上げる。

途端、私は宙に浮き、不安定な姿勢になる。

「ぅっ??!」

「はぁはっ……”死”という恐怖から、目線が定まらんだろ? 貴様の…能力はすでに4人の同胞達から聞いていた」

成る程。こちらの手は読まれていたというわけだ。

考えを改める必要があるようだ。

その”修羅神”と呼ばれる人間を中心に、お互いが群のように行動するタイプの団体のようだ。

冷静に状況を分析しながら、言葉や体全身では苦しみを表しながら、

「……こんな、こと…を、するのは…復讐…?」

と、言ってみる。

実際は、少しでもこの手に力を込めれば私を殺すことができるだろうが。

この男は私を殺さないのが、何となくわかった。

それは復讐のためなのか、それともそういう”命令”なのかは分からないが。?

「……喋るチカラは残っているのか…流石だな。ご主人が認めることだけはある…普通の人間では恐怖に沁(し)んでいるところだ」

いや……違うな。こいつは復讐のためなんかじゃない。

やはり…絶対なる忠誠心。

決して裏切ることの無い、純真な兵隊ってところだろう。

――敵の能力もそろそろ読めてきた。

「目線を合わせることがなければ、貴様の呪縛にもかからん。さあ、さっさと死ね」

そろそろ……私は演技を止めることにした。

すっと、全身の力を抜く。

だらりと垂れた私を見て、男が一瞬ひるむ。

次の瞬間、

何かが高速で背後から前へと通り抜ける。

集中しろ、とびっきり、今だけの、集中。

頭が酸素が足らないために悲鳴を上げる。体が何処となく痙攣のような痺れを伴い、体中が熱くなる。

視界が白くなる。私は、それでも”思考”した。

《改律、再展開》《圧力 急変動》

「っっっーーーっ!!」

すさまじい衝撃を受けて、後ろへと吹っ飛ばされる男。

すうっと、宙に浮いたままの私を見る。

「な、なんだ……貴様は」

私は未だに目を瞑っているが、目を開けているときのように…いや、それ以上にあたりの様子がありありとわかる。

この路地に隅から隅にかけて…リアルなビジョンが浮かんでくる。

「……残念ね…私は先天的に無痛症。多少は苦しいけど、それは私にとっては苦しみですらないわ」

「む、無痛…」

目を、うっすらと開ける。

目の前の男にとっては無痛症という言葉は聴きなれなかったのか、未だに状況が把握できていない様子である。

男が一瞬ひるむ。体勢を立て直すべく、立ち上がろうとする。

無論、そんな暇、許さない。

「本気で苦しんでいると思った? それなら、それは嘘だから」

「ぐっ……小娘ぇ!!」

途端、男が私に歩み寄って……いや、飛び掛ってくる…が。

私の寸分前で停止する。

まるで、時間が止まったように、男だけが動きを止める。

《改律、展開》《重力 限りなく零へ収束》《反発係数指定 e=0》

正確には、男は私に触れた瞬間、すべての動きを停止させる。

「な、なんだ……」

そこで私はハッキリと目を開け、男を見据える。

私の視界が、緑に染まる。

”チカラ”発動時になる、特異な状況。

「ふふ……一人目を逃がして正解だったわ…貴方達は”視線を合わせる事で破壊する能力”と聞いたのでしょう?」

そこまで聞いて、男はやっと意味を理解したらしい。

そう、私の…魔術に。

古代、魔術は”不思議なこと”という意味だったのだ。

そこからマジシャンという言葉が派生するのであるが、昔の魔術自体は何らトランプのマジックと変わらない。

”如何に相手に覚られず”に、”如何に不自然なことをやってのける”のか。

それはトラップであり、たまには話術であった。それが、魔術の源。

魔術師の本質は、瞞しあい。

それを、目の前の男は分かっていなかっただけ。

「本当のことを教えてあげる。私の能力は改律。法則を変化させる力。眼が見えようが見えまいが、関係ない、わ」

《改律、再展開》《酸素濃度 上昇値》《気圧 上昇》《圧力 減圧》

「塵と化しなさいっ!!」

次の瞬間、男の体が燃え、そして一瞬のうちに霧散する。

私がイメージしたのは、すさまじい高温の蒸気による蒸発。

体の部分が一つも残らず、消える。

「………」

その様子を最後まで見守り、そして私は路地を後にする。

《改律、初期値》

「?!」

途端に眩暈がしてきた……。

―チカラの……長時間使用による、過度の負担……。

こればっかりは、無痛症になろうが付いてまわるので、仕方ない。

この後からの痛みこそ、この能力の2つのうちの一つの弱点。

連続戦闘には向かないのだ。

同時に、多人数戦闘や広範囲戦闘にはとことん弱い。

―仕方ない。

そのまま私は地面に降りて、夜の街を歩いて帰ることにした。

今日は、なんだか、疲れたように感じる。

と、気づくと路地を抜けて繁華街へと入りつつあった。

華やかな町・・・決して消えることの無い光……そして、人の輪廻。

ふと、あの白い魔術師のことが頭に浮かぶ。

―ブランクの種…そう、私達はブランクによって覚醒した、魔術師達。

そして、その目的は…不明。

「ブランクは私達に何をさせたいの…一体…何を」

空を仰いで見る。

その問いには、深夜の闇も答えてはくれなかった……。

――嗚呼、今宵は月が、あんなにも遠くに見える………


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